とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第47話

 

 

 

 

 

中村涼乃には1つの日課がある。それは学校や仕事が終わる夕暮れ時、街は薄紫色に染まり、空の支配権は昼から夜に移る頃に行うものだった。

 

「……急がないと」

 

小走りになりながら、制服の胸元をぎゅっと握り締める。暗闇に呑まれつつある空模様に、自身の本能的なトラウマが刺激されてるらしい。

そのまま走り続け、空間移動(テレポート)を何度か使い、とある病院の屋上に着いた。白壁は色を失いつつあり、空の端には半分に割れた月が浮かんでいる。

 

「(間に合った)」

 

多少の安堵と共にもう一度空間移動し、目的の部屋に一気に飛び込む。突然広がった白は距離感が狂いそうになるが、慣れればどうということはない。

ともあれ、そこには見慣れた2人の男女がいた。片方は慣れた様子で私に気付いたが、もう片方は見向きもしない。この反応も慣れたものだ。

 

「おう。今日は遅いな」

「うん、風紀委員(ジャッジメント)の仕事が長引いちゃって」

「そっか。お疲れさま」

「うん」

 

部屋の主である明菜ちゃんは、そもそも私を認識すらしていないのか、視線を向けることもなかった。お風呂から上がったところなのか、純白の髪にはタオルが被せられ、隙間から覗く白皙の頬はほんのりと桜色に上気している。

無論、明菜ちゃんをお風呂に入れているのは専属のナースさんである。流石の将貴もそこまでは自粛しているらしい。

 

「ほら明菜、髪乾かすからじっとしてろよ」

「────」

「そうだ。偉いぞ」

 

ふぁー、というドライヤーの音が聞こえてくる。送られる風は冷風かつ弱めで、根元からゆっくりと乾かそうとしているのが分かった。髪へのダメージを最小限に抑えるためだろう。

明菜ちゃんも将貴を認識はしているのか、言われた通りその場でちょこんと座ったままだ。異様なほど澄んだ蜂蜜色の瞳が、午睡を楽しむ子猫のように細くなっている。

 

「随分上手くなったねー」

「そりゃ毎日やってるからな。少しは慣れるよ」

「いや、絶対それだけじゃないでしょ」

 

その迷いの無い手付きを見れば、将貴が色々と勉強しているのはひと目で分かる。実際、ここ数週間で将貴はドライングが急に上手くなっており、明菜ちゃんの髪も明らかに滑らかになっている。

 

「涼乃、頼む」

「うん、じゃあ代わるね」

「───?」

「ちょっと待っててねー」

 

私は立ち上がり、明菜ちゃんの頭をそっと撫でた。以前にも増して柔らかな髪をひと房摘み、そのまま三つ編みを編んでいく。当の明菜ちゃんは動じることなく、吸い込まれそうなほど深い瞳で、世界のどこかを捉えたままだ。

 

「っと、はいおしまい」

「サンキュー。今日も可愛いぞ、明菜」

「───?」

「うし、じゃあ寝るか」

 

編み終わると将貴が立ち上がり、床に座る白い少女を持ち上げた。明菜ちゃんをお布団まで運ぶための、俗に言うお姫様だっこである。

……なんか、ずるい。毎日会いに来て、一緒に過ごして、髪を乾かしてもらって、可愛いって言われて、寝かしつけてもらって……うぬぬ。

 

「私も行くよ」

「あいよ」

「────」

 

将貴は慣れた様子で部屋を出て、そのまま隣にある寝室に向かった。その間も明菜ちゃんは微動だにせず、眠たそうに目を細めている。

時刻はまだ8時前だが、日が沈むと眠くなるというのは、人間に残された原初的な本能の1つと言えよう。

 

「……っと、これでよし」

「───?」

 

将貴は宝石を寝かせるように、明菜ちゃんをそっとベッドに横たわらせた。状況を理解できていないのか、白い少女は不思議そう将貴を見上げたままだ。それとも、視線の先にたまたま将貴がいるだけなのか、私には判断がつかなかった。

 

「───?」

「おやすみ、明菜」

「おやすみなさい、明菜ちゃん」

 

将貴が枕元に座り、明菜ちゃんの頭をゆっくり撫でた。私もそれに応じ、純白の髪に反対側からそっと触れる。何をされてるか分かってないのか、明菜ちゃんは私達を交互に目で追い、そしてゆっくりとその目を閉じた。程なくして、その白い胸元に、ほとんど見えないほど小さな起伏が見え始めた。

 

「──……」

「……私達も帰ろっか」

「……ん。もう少ししたらな」

 

将貴は呟き、白い頭をもう一度撫でた。自然な安らぎに満ちたその姿は、なんだか年の離れた兄妹に見えた。現実味が薄れるほど端整な顔立ちが、普段の取り澄ましたような無表情より、幾らか幼く思えてすらくる。

 

「……~~♪」

 

やがて将貴は目を閉じ、静かに口を開いた。タイトルも歌詞も知らない、けれど将貴がいつも口ずさむ歌だ。

特別上手い訳じゃない、むしろその旋律は少し歪んですらいる。しかしそこには、明菜ちゃんを思う気持ちが存分に込められ、聴く者を安心させる何かがあった。将貴が一小節を歌い終える頃には、明菜ちゃんはすっと落ちるように眠っていた。

 

「じゃあ行こっか」

「ああ、頼む」

 

部屋に戻り、隣に立った将貴が、ふと私の手を握った。今まで数え切れないほど手を繋いできたが、こういう不意打ちはずるいと思う。ここでこっそり指を絡めたり……なんて事を思いつつ、私は先ほどの天井に空間移動した。

 

「──っ!!」

「涼乃」

「──……う、うん」

 

暗闇が眼前に広がり、一瞬で喉が渇くのが分かる。思わず喉を掻きたくなるが、しかし手を握る将貴がそうはさせなかった。ぎゅっと繋がれた硬い手から、言葉にできない何かが流れ込んでくるのが分かる。

もう一度空間移動して地上に降り、繋いだ手を離した。名残惜しかったが、これ以上は逆に平常心じゃいられない。

 

「そんじゃいつも通りに」

「うん、お願い」

 

代わりに将貴の制服の裾を摘み、私達は帰路に着いた。こうしている事に恋人的な意味は無く、空間移動を暴走させないための対策に過ぎない。しかし、理由はどうあれ、将貴と一緒にいる事が嬉しくないはずがない。

 

「……♪」

「?」

 

トラウマの狭間だというのに、思わず笑みがこぼれてしまった。それを隠すように、ちょっとだけ将貴に肩を寄せてみる。

ちょっと大胆だったかな?まぁ将貴なら大丈夫だろう。多分気付いてないし。

 

「こいつは本当に……」

「?」

 

将貴が何か呟いたが、遠くに響いた電車の音に重なり、よく聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は0時を回っていた。街には夜の暗幕が下りて、まるで死者に被せる打ち覆いみたいだ、と前原将貴は思った。モノクロの世界を黙って見下ろすのは、見透かしたように冴え渡る月だけだ。

 

「………」

 

小さな息遣いが、無人の車両基地を駆け抜けた。隣に涼乃がいないのは、これが風紀委員の仕事ではないからである。

先日、ここで大きな爆発があったらしい。被害者も目撃者もいないことから、ただの爆発事故として処理されたそうだ。

 

……しかしこの場所、あそこと近いのだ。多少入り組んではいたが、昨日ミサカと別れた、あの路地裏と。

 

「──おかしい」

 

だからこそ、無関係であってほしいと、それを調べに来た訳だが──何も、無い。

割れたガラスも、めくれ上がったレールも、吹き飛ばされた砂利すらも。まるで、初めから爆発など無かったのだ、とでも言うように。

人的被害の無い事件の処理が早いのは分かる。しかし、昨日の今日で元通り、というのは流石に早すぎる。規模を考えれば、原因の追求にもう少し時間をかけてもいいだろうに。

 

「(やっぱり、何か引っかかる……)」

 

そもそも、これほど大きな爆発があって、全く騒ぎになっていないのも不自然だ。他学区より騒音が大きい第二学区とはいえ、誰も住んでいない訳じゃない。SNSで話題にも上がらないのは、単に運が良かった、と考えていいのだろうか。

 

「……分からん」

 

そんな疑念を挟みつつ、車両基地を2周ほど歩いた所で、俺は溜息をついた。この調査が徒労に終わりつつあることに、俺はようやく気付いたみたいだ。

こうして1時間近く車両基地を調べてみても、結局俺は残骸どころか、その爆心地すら掴めなかった。もはや爆発ではなく単なる騒音被害だった、と言われた方が納得できそうだ。

 

「(もういい、どうせ何もなかったんだろ。今度ミサカに会った時に聞けばいい)」

 

踵を返して、開けた場所を通って俺は出口に向かった。被害者はいなかったのだから、それで構わないではないか。専門家でも無い俺が調べたところで何が分かるのだ、と言い訳を残して。

そしてもう一度溜息をつこうとした、その時。

 

「……?」

 

ふと、何かが光った。それは人工物にしてはあまりにも淡い、そして場違いな煌めきだった。街を照らす月光が何かを映したのだろう、つるりとした光沢は、敷き詰められた砂利とは明らかに違った。ここに明かりの1つでもあれば気付きもしなかっただろう。

 

「(何だ今の……?)」

 

ふと近付き、携帯端末のライトで照らしてみると、それは砂利に埋もれた金属片であることが分かった。押し潰されたそれには、鮮やかな色と艶があるのが伺える。裏には折れた針のような物があり、これが何なのかなんとなく察しがついた。

 

「……缶バッジ、か?」

 

明るい塗装と、デフォルメされたカエルの絵。お子様趣味が強いそれは、無骨な車両基地にはあまりにも不釣り合いだ。

しかし、そんな事はどうでもよかった。こんな物が何故ここにあるのか、という思考に戻るまで、随分長い時間を要した気がする。

 

「………」

 

可愛らしいカエルの絵──そこにべっとりと付着した血を眺める。変色した血は完全に乾いており、擦っても指は汚れなかった。しかし艶が残っている分、これが潰されたのはそう前の事じゃないだろう。

……こんな子供っぽい缶バッジ、昨日の今日で忘れるはずがない。

 

話題にならない大規模な爆発。

あまりにも早い事故処理。

見覚えのある缶バッジ。

そして、昨日出会った1人の少女。

 

「(……実験、か)」

 

そっと握り締めた缶バッジを、睨むように一瞥した。そこに何を込めたのか、俺にはいまいち判断がつかない。

雲が重なり、月の光が僅かに翳る。街は一層暗くなり、黒を基調とした俺の制服は、その輪郭をより曖昧にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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