とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第49話

 

 

 

 

 

風を切る音が聞こえた。それが止むと、やがて夜のしじまが静かに降りてくる。エンデュミオンと呼ばれる巨塔は三日月に映え、磨かれたばかりの刃物のように輝いていた。

 

「………」

 

その足元……地上から300メートルほどの外壁に、前原将貴はしがみついていた。重力を打ち消すよう適度に反射をしているため、浮かんでいる、という表現が正しいかもしれない。

外壁の異常を確認する警備室では、人がこの高さまで登れるはずがない、だが警報は鳴っている、と論争を繰り広げているが、当の本人は何処吹く風である。

 

「……腹、減ったな」

 

ガサガサと手元のビニール袋を漁り、張り付いたままサンドイッチを一口頬張る。カツサンドの味が口内に広がるが、悠長に余韻を楽しむことは無かった。

夜中に限定しているとはいえ、ここで観察を始めて、合計で半日ほどだろうか。日没から夜明けまでただ待つのは、体力以上に精神にくる。

別に何も無いなら良い。ただ、知らない所でミサカが傷付いているかもしれないと思うと、平常心でいるのが難しいのだ。

 

「(奏の言葉を信じれば、ここから見るのが1番効率が良いはず。音はともかく、視界に何かが映れば……)」

 

ここは第二三学区の北西部、その先端に位置する場所だ。右には第六学区、左には第一八学区、そして正面には第五学区が見える。

結論から言うと、『実験』が確認できる可能性が1番高いのがここ、エンデュミオンなのだ。

ここから覗ける実験場──と奏が予想した場所──は多く、それを隠す遮蔽物も無い。未完成のため人の目も無いし、何かあっても落ちるだけで逃げ遂せる。まさにうってつけの場所と言えよう。

 

「21時、か」

 

買ったばかりのスマホを一瞥し、ふと呟く。疲れているのか、それは溜息に近かった。

無理もないだろう。秘密の『実験』を暴くために、それを直接見て確かめようというのだ。非効率的どころか本末転倒も甚だしい。

だが仕方ないんだ。奏をこれ以上協力させる訳にはいかないが、俺は奏ほど万能じゃないんだ。

 

「(……はぁ、つくづく自分が嫌になるな)」

 

協力、とは随分とぬるい言い方だ。実際には都合よく巻き込んで、自分勝手に切り捨てただけだろうに。奏は部下でも、ましてや便利屋でもないのに。

……何かいつになく鬱屈としてるな。暗く寂しい場の雰囲気に影響されたのだろうか。

 

──そんな感傷に浸っていた、その時だった。

 

「……!」

 

遥か遠くに、光が見えた。日常的なものとは明らかに異なる、瞬くような強い光。視界の左側、つまり第一八学区、第二資源再生処理施設のあたりだ。

 

大当たり(ジャックポット)だ」

 

口元を歪め、俺は飛び出すように夜空へ飛び出た。

もしかするとこの瞬間に、俺の日常は終わりを迎えたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一八学区、第二資源再生処理施設。

そこに山積みにされたスクラップは、遠くに望むエンデュミオンとは対照的に、朽ちた墓石を意識させた。

その中の僅かな隙間に、1人の少女が佇んでいた。半袖の白いブラウスにサマーセーター、灰色のプリーツスカートというのは、名門の常盤台中学の制服だ。

 

「……ふう」

 

夜中の処分場に、場違いな涼しい声が響く。茶色い前髪に暗視(NV)ゴーグルを引っ掛けたその少女は、とある超能力者(レベル5)を模して造られた体細胞クローンだった。

検体番号は10013。その数字に意味が無い事は、当の本人も理解していた。

 

「20時53分……なんとか間に合いました、とミサカは準備の完了を報告します」

 

スクラップの1つを一瞥し、腰に着けた奇妙なフォルムの大型拳銃に触れた。調子を確かめながら歩を進めると、『実験』で指定されたポイントが見えてくる。

 

そして、気付いた。

 

「───っ」

 

真夜中の処分場、という非常識な空間においても、なお異常。

髪も肌も恐ろしいほどに白い少年。それも濁りに濁った、腐敗を連想させる白。それを強調させるように、衣服は全て黒で統一されていた。

そして、瞳。鮮血のように赤く、火炎のように紅く、地獄のように緋い、その双眸。

 

一方通行(アクセラレータ)

学園都市で──いや、全人類で最強と謳われる超能力者(レベル5)が、静かに笑っていた。

 

「開始まであと4分33秒ですので、準備をお願いします、とミサカは指示します」

 

地獄のような少年に対し、去来するイメージは殺戮の2文字。

しかしミサカは物怖じしない。そもそも1万回以上『実験』を繰り返し、同じ数だけ死を経験してきたのだ。今更何を恐れる事があるのだろう。

 

「21時00分になりました。これより第10013次実験を開始します」

 

暗視(NV)ゴーグルを目元まで下げて、ミサカは呟く。自らの死刑執行に等しいその声に、白い怪物は口角を一気に釣り上げた。

それを塗り潰すように、ミサカは腰の大型拳銃を一気に抜いた。標的を補足し、電子制御で弾道を調節する。『考える機械』こと演算銃器(スマートウェポン)に任せておけば、銃の名手になる事など容易い。

 

「(まずは視界を奪います、とミサカは攻撃を開始します)」

 

短い銃声が連続する。直後、遠くに見える街灯が撃ち抜かれ、全ての光源がその機能を失った。処分場を照らすのは三日月のみとなり、ただでさえ深い夜の闇がさらに深くなる。

白い怪物はつまらなそうに辺りを見渡すが、特に動いたりはしなかった。

 

「(次に指定のポイントまで誘導します)」

 

闇に紛れて処分場を進み、事前に用意したヒット・ポイントへと向かう。自分に絶対的な自信があるのだろう、怪物は溜息をつきながら、躊躇もなく歩を進めた。

下手に撃っても跳ね返されるので、直接的な攻撃はなるべく加えない。これは先日殺されたミサカから得た知識である。

 

「(逆に言えば、弾丸を直接当てない限り『反射』は起きません)」

 

スクラップの隙間から、演算銃器を静かに向ける。この銃の真骨頂は、精度以上にその弾丸にある。

この銃は赤外線を使用して標的の材質、厚さ、硬度、距離を正確に測定し、破壊に最も適した火薬をその場で調合、弾丸を作成する機能を持つ。設定によっては鉄鋼を撃ち抜くことも可能だ。

 

「いきます、とミサカは引き金を引きます」

 

鈍い銃声が周囲を震わせた。破壊のみを目的としたその弾丸は、吸い込まれるようにスクラップの山に直撃した。怪物の近くに積まれたそれは、あらかじめ用意しておいた特製の爆薬庫である。

 

ガカァッッッ!!!と、眩い閃光が、音を置き去りにして撒き散らされた。

 

「……っ!少し火薬が多すぎたでしょうか、とミサカは爆風に耐えながら反省します」

 

学園都市製の気体爆薬『イグニス』。

スクラップ内のコンテナに仕込んだそれは、人体には無害だが、僅かな火気で引火する爆薬だ。香水瓶サイズで手榴弾に匹敵するそれがコンテナになれば、その衝撃はミサカ自身も計れないだろう。

しかし──

 

「オイオイ、今更こンなモンで倒せると思ってンのかァ?」

 

白い怪物には、傷一つ付かない。数千度に及ぶであろう爆心地に佇む様子はごく自然で、衣服が焦げる様子すらなかった。

射角からこちらの位置を見抜いたのか、赤い瞳は既にこちらに向いている。

 

「思っていません、とミサカは否定します」

 

ローファーを鳴らし、スクラップの隙間を縫うように移動する。ここの地形は事前に頭に叩き込んでいるとはいえ、今の爆発で多少は変わっただろう。慎重に行動せねば命取りになる。

 

「これまでの実験結果から、目標は周囲にバリアのようなものを張り巡らしていると推測します」

 

手元の銃を操作し、もう一度同じ弾薬を製作する。どんな弾丸も作れる演算銃器だが、強力になればなるほど製作に時間がかかるのが玉に瑕だ。もっとも、時間にすれば数秒の差だが。

 

「しかし第9982次実験において、あなたに衝撃波による攻撃は効かないことが分かりました、とミサカは再確認します」

 

遠くにある別のスクラップの山を一瞥し、すぐに手元の銃に戻す。ちょうど弾丸の製作が完了したようで、引き金の安全装置が外れたのが分かった。

 

「このことから、バリアは足裏含め全身に隙間なく張り巡らされていることが分かります」

「何ブツブツ言ってンだァ?」

「ですが能力であるからには、連続で行使するには僅かなインターバルがあると断言します」

 

赤外線で照準を合わせ、引き金に手をかける。狙いは怪物の足元に埋めた、大量のイグニスが密閉されたコンテナ。それも1つじゃない。目標を囲むように幾つも設置されている。

地上における爆発は、衝撃を逃がす範囲が広くあるため、地下への影響は意外と少ないのだ。

 

「そのため、連続爆発による衝撃波の弾幕を張れば、そのインターバルを突けると推測します」

「あン?」

王手(チェック)です」

 

ゴガァァッッッ!!!と、光の壁がミサカの眼球を叩いた。スクラップの山が遠くに吹き飛び、外周を囲むフェンスの壁が紙のように破けた。

無論ミサカも無事では済まず、背中から勢いよく地面に叩きつけられ、砂利の上を何度も何度も転がった。

 

「……ぃ…ぎ!!」

 

鑢で削られるような感覚が全身に走り、ようやく回転が止まる。どこかで頭を打ったのか、平衡感覚が狂っているみたいだ。

クローンとはいえ瑞々しい肌も、おろしたての新品の制服も、もう見る影もない。今は無い痛みも、きっと後から津波のように押し寄せてくるに違いない。

しかし、これで──

 

「ざァーンねンでしたァっ!!」

 

煙が、ざわついた。目標とは何十メートルも離れていたはずなのに、急に眼前に華奢な腕が伸びてきた。躱すこともできず、その細い腕からは考えられないほど強い力で、胸元を弾き飛ばされた。

 

「あっ……がっ……!?」

 

衝撃を殺しきれず、数メートル後ろにあったコンテナに、背中から思い切り叩きつけられた。肋骨が折れたのか、呼吸するたびに釘で刺されたような痛みが走る。

目を上げると、先程まで自分がいた場所に、白い影が君臨していた。当然のように傷の1つも無い怪物が、悪意を凝縮させた壮絶な笑みを浮かべている。

 

「イイ線はイってたけどなァ、オマエの考えはてンで的外れなンだよねェッ!!」

「ッ……」

「能力が足裏まであるってなァ違いねェよ。た・だ・しィッ!!インターバルなンてありませェんッ!!!」

 

聞いたことのない笑い声が、針よりも鋭く耳に刺さった。それは揺れていた軸を強制的に立て直し、ミサカにやるべき事を浮き彫りにさせた。

そうだ、まだ手段は残ってる。這いつくばっている場合ではない……!

 

「……っ!」

「あン?まだ逃げンのかァ?」

「まだ……実験は、終わりません……!」

 

震える足で立ち上がり、最初のポイントへと向かう。動かすたびにそこが痛み、もはやどこが痛いのか分からなくなる。

怪物は乾いた笑みを浮かべながら、じわじわと間を詰めてきた。ゆったりとした歩調は、ミサカの中に燻る不安を煽るには十分だった。

 

「何だァ?まだ何か奥の手でもあンのかァ?」

「(バッテリーは貯めておいたはずです。壊れてなければいいのですが……)」

 

怪物の言葉を無視し、体を引き摺るようにして、ようやく最初のポイントへ辿り着いた。ある程度距離を取っていたためか、目的のコンテナは多少焦げているものの、無事ではあるようだ。

 

「(くっ、重いですね、とミサカは嘆息したい気持ちを抑えます……)」

 

体を強引に動かし、重いコンテナの扉を開ける。そこにあるのは、跳び箱のように積まれた大容量バッテリーの山と、全長2メートルほどの大口径の手持ち兵器だ。

俗に言うバズーカに近いが、積層プラスチックの材質に機能美が加わったそれは、子供のオモチャに見えるかもしれない。

 

「故障等は何も無いようですね。素晴らしいです、とミサカは惜しみない賞賛を送ります」

 

バッテリーに繋いであったそれを持ち出し、ミサカは薄暗いコンテナから躍り出た。幸い怪物はまだ遠く、このまま撃っても巻き込まれることはないだろう。

 

「ヘェ、いィねェ、そーこなくっちゃよォ」

 

初めて見る兵器に、怪物は笑みをより深くした。しかし場を動く様子はなく、むしろ率先して受け入れようとしているみたいだ。

それを横目にミサカは安全装置を解除し、不慣れな手つきで照準を合わせ、引き金に指をかける。

 

「弾幕攻撃が効かないのなら、一点に最高火力の攻撃を叩き込むだけです」

 

ズドンッッ!!!と空間が痺れる音がした。

直径1メートルほど雷が、一直線に怪物へと吸い込まれていく。青白い雷撃の槍を見てから避けれるはずもなく、怪物は身動き1つせず直撃を受けた。

 

欠陥集積超電磁砲(レディオビートレールガン)

クローンをより第三位(オリジナル)に似せ、実験を効率化するために、妹達(シスターズ)が編み出したとっておきである。

元々宿す能力に、大量のバッテリーとダイナモを加えることで、圧倒的に足りない電力を補った訳だ。しかし打つ度に大量の電気と時間を食うので、実戦ではほとんど使えないと判断された技でもある。

しかし、それでも届かない。

 

「──ッ!?」

 

放った槍は真後ろのコンテナに直撃し、爆音を響かせた。

その衝撃で吹き飛びそうになるミサカだが、しかしその首を怪物が掴んだ。そのまま為す術もなくコンテナに叩きつけられ、首がより締められていく。

 

「か、はっ……!!?」

「フーン、とっておきってやつか。中々おもしれェ技じゃねェか」

「いッ、ぎ、あぁあああああッッ!!?」

 

超電磁砲(レールガン)の直撃を受け、どろどろと溶けた金属が、ミサカの背中に容赦なく流れ込んできた。服は焼け、肌は溶け出し、肉と血が生臭く焦げていく。

 

「あ、がぁ!!?あああぁぁあああッッ!!!」

「ヘェ、オマエそンな声出せンだな。初めて知ったぜェ?」

「ぐっ、がぁッ!!」

 

ミシミシと、首の骨が軋む音が聞こえる。苦しさが勝ったのか、背の痛みが次第に薄れていくのが分かる。

目の前にいるのに、あまりにもかけ離れた白い怪物は、珍しいものを見たように口元を歪めた。蟻を潰す子供のように、ごく自然な口調で。

 

「まァオマエにしちゃ頑張ったンじゃねェの?いつもより攻撃的だったしなァ」

「か、はっ……!」

「さァて、ここで敗者復活戦の問題です」

「……?」

「俺は今オマエに触れてる。オマエの生体電気に触れてる。ではここで問題。その生体電気を逆流させたら、人間はどォなるンでしょォかッ!!」

 

ぞわりと、熱いはずの背筋に悪寒が走った。より死を近くに感じたことで、生への渇望が生まれたのかもしれない。

しかし、それはあまりにも遅すぎた。

終わる。あと数秒で、この生は終焉を迎える。

嫌だ。死にたくない。まだ生きたい──!!

 

「おい」

 

カツンッと、短い足音が聞こえた。白い怪物でも、もちろんミサカでもない、別の誰かの。

怪物が振り返る。結果的に首から手が離れ、ミサカの体は崩れ落ちた。しかし、その呼吸は止まってはいなかった。

 

「(誰、でしょう……?)」

 

膝を着き、痛みも忘れて顔を上げると、遠くに誰かが立っていた。

爆発から逃れ、未だ高く積まれたスクラップの山の頂。黒を基調とした制服に、右腕に通った緑の腕章。悠々と夜空に浮かんでいた三日月が、譲るかのようにその後ろに回った。

 

蒼銀の影を背負った少年が、そこにいた。

 

風紀委員(ジャッジメント)だ。話、聞かせてもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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