とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第5話

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

 寄宿先に戻った前原将貴は、玄関を開けてそう呟いた。家主である中村涼乃は支部にいるため、返事は無かった。

 

「ふぅ……」

 

 その辺に買い物袋を置いて、俺は倒れるようにソファーに転がった。無遠慮な行動だが、昨日はここで寝たので、大丈夫だと信じている。

 

「………」

 

 他人の家に1人、というのはどうも落ち着かない。

 というのも、何をしていいか分からない。掃除をしようにも、涼乃の部屋は元より片付いているし、食事を作るにはまだ早い。風紀委員(ジャッジメント)は休みだし、家ごと炭になったため、夏の課題もできない。

 

「(久々にゲーセンでも行くか……?)」

 

 そう思って上体を起こすと、ポケットに硬い感触があった。出してみると、それは先ほど没収した音楽プレーヤーだった。

 中身は、都市伝説が生み落とした産物である。

 

「(……幻想御手(レベルアッパー)について調べるか)」

 

 円筒状の超小型ケータイを取り出し、学園都市のインターネットに接続する。

 手に入った後で調べるのも妙な話だが、トントン拍子で手に入ったのだから仕方ない。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「ただいまー」

「ぅえぇいっ!?」

 

 背後から突然響いた声に、俺は驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げた。しかしそんな事は露知らず、背後に現れた涼乃は、くすくすとイタズラが成功した子供のように笑っている。

 

「あーびっくりした……普通に入って来いよ」

「鍵は将貴に渡しちゃったじゃん」

「いや、インターホン押せよ」

「自分んちのインターホン押すのも変な話だよね」

 

 笑って誤魔化す涼乃の手には、ちょっとお高いスーパーの買い物袋が握られていた。

 広い窓を見ると、外には夕焼けが映えており、数時間は経過しているのが伺える。

 

「なに調べてたの?」

「ん?ああ、幻想御手についてだよ」

「れべるあっぱー?」

 

 なにそれ?と問いたげな涼乃が、何故か俺のすぐ隣に座った。心臓が一瞬跳ね上がるが、なんとか平静を装って会話を進める。

 能力レベルが跳ね上がる事例が多いことは涼乃も知っていたらしく、突拍子も無い話をうんうんと素直に聞いてくれた。

 

「なるほど……確かに、そんな物があれば説明はつくね」

「だろ?そんで、これがその幻想御手だ」

「え?」

 

 そう言って、俺は音楽プレーヤーを差し出す。涼乃は目をぱちぱちさせ、その度に長いまつ毛が動いた。

 

「え、本物?」

「多分な」

「何でそんなの持ってるの?」

「色々あってな。偶然手に入った」

 

 音楽プレーヤーを受け取った涼乃は、それを様々な角度から眺め始めた。その反応が、最新機器を見た田舎者のようで、ちょっと面白い。

 

「ふーん……どうするのコレ?」

「明日支部に持ってよ。白井も探してたみてーだし」

「なら丁度良かったね」

 

 涼乃が満足したように音楽プレーヤーを返す。俺がそれを受け取ろうとした、その時だった。

 

 バンッ、と。ブレーカーが落ちる音がして、部屋のすべてがブラックアウトした。 

 

「――あっ」

「――っ!!?」

 

 恐怖と不安、そして悲愴。あらゆる負の感情が混ざった少女の声が、すぐ近くから聞こえる。

 

「あ。ぅ、うぁぁああ!!!」

「涼乃!!」

「やだぁ!!やめてよぉ!!!」

 

 全力で手を伸ばし、華奢な涼乃の体を強引に抱き締める。俺が背中に手を回すと、応えるように涼乃も手を回した。決して離れないように、かたく。

 

「………」

「………」

 

 そのまま、何十倍にも引き延ばされた数秒が過ぎる。やがて電気が戻り、視界が明瞭になった。

 

「涼乃?」

「しょうき……」

 

 抵抗もなく腕の中に収まった涼乃が、縋るような声を上げる。先ほどとは想像もつかないほど弱く、小さな声だ。その姿は、押せば崩れてしまいそうなほど脆くて、儚くて。肩まで伸びた薄茶色の髪は小刻みに震えて、目元には大粒の涙が浮かんでいるのが見えた。

 

「………」

「………」

 

 『ある事件』以降、涼乃は『突然の闇』が深刻なトラウマとして焼き付いている。今でも、豆電球が無ければ夜も眠れないほどに。

 

「……もう大丈夫か?」

「まだ……離れちゃやだ……」

 

 思わず頬が緩みそうな台詞も、この状況では何の意味もない。俺も涼乃も、そんな事を考える余裕は、どこにも無い。

 

 お互いに縋るように、存在を確かめ合うように交わした冷たい抱擁は、俺のシャツに涙が滲むまで続いていた。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 あの後、何とか落ち着いた涼乃は、俺を風呂に催促した。シャツの染みがどうとか言っていたが、要は1人になれる時間が欲しかったのだろう。

 正直心配で仕方ないが、本人が大丈夫と言ったのなら、言及するのは気が引ける。

 

「……はぁー」

 

 湯船に見を委ね、大きく息を吐く。

 入るだけで何故か安心できる風呂も、今はそうでもない。それには涼乃の他に、もう1つ理由があった。

 

 幻想御手。

 都市伝説が実在しただけでも驚きだが、その中身が『能力レベルを簡単に引き上げる』という、学園都市の根底を揺るがすようなものなのだ。自分の中で消化するにも、もう少し時間が欲しい。

 

「……気になるのは、それが『都市伝説』として流布したこと」

 

 そんな物があって、なぜ学校で日常的に使われていないのか。その方が、ちまちま開発するより遥かに効率的で、コストも安く済むというのに。

 子供に過度な力を持たせないため、というのもあるだろうが、やはり一番の理由は。

 

「それ相応のリスクがある、ってことだろうな……」

 

 では、そのリスクとは?

 幻想御手の使用者なら、何か知っているのだろうか。それで思いつくのは――虚空爆破(グラビトン)事件の犯人だ。

 今度警備員(アンチスキル)に頼んで、そいつと話してみようか――って無理か。完全に越権行為だし、それ以前にそいつは今、倒れて意識不明になってるらしいし。

 

 

 

 ………

 

 

 

 ……………

 

 

 

 …………………

 

 

 

 ………………………何故だ?

 

「――ッ!?」

 

 どうして、犯人は意識不明になった?

 白井曰く、身体のどこにも異常が無い極めて稀なケースだという。どうして、何の前触れもなくそんなことが起こった?

 

「幻想御手を……使ったからか……?」

 

 世の中に完璧な物などない。

 インターネット然り原子力発電然り、便利な物には、その利便性に比例するだけの危険が付き纏うものだ。

 

 ならば、幻想御手における『危険』とは?

 

「………」

 

 ネットで【幻想御手】と打つだけで、何千何万ものヒットがあった。つまり、それだけ知られているということ。加えて、スキルアウトがこれを手にしているのも確認済み。

 

 そしてスキルアウトは、自身が無能力者(レベル0)である事に強い不満を持つ集団だ。そんな連中が、コンプレックスの根本を覆してくれるような、そんな夢の様な物を手に入れたら、どうなる?

 

「だとしたら……」

 

 例え半信半疑でも、結果としてレベルは上がった。すると、興味がなかったり慎重だったりする人も、『なら自分も』と手を出すだろう。

 そうして誰も止めることなく、違和感に気付くこともなく、広がったのだ。スキルアウトに収まらず、どこにでもいる普通の学生にまで。

 

「………」

 

 都市伝説と、原因不明の意識消失。

 もし、この2つが繋がっているとしたら。幻想御手を使用することで、深刻な副作用を引き起こすとしたら。

 

「(……いかんな。ボーッとしてきた)」

 

 朦朧とした意識を取り戻し、俺は湯船から出た。風呂における居眠りは失神と同じらしく、多少なりとも危険だそうだ。

 

 だが、代償としては十分だ。

 安心しているうちに、さっさと出るとしよう。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 同時刻。同じ家の片隅で、中村涼乃はソファーに寝転びながら、目元を腕で覆っていた。その目に映るのは、激しい自己嫌悪だけだ。

 

「(はぁ……またみっともない姿見せちゃったなぁ……)」

 

 また、あのトラウマを呼び起こしてしまった。

 将貴がいなければ大変なことになっていた。最悪、空間移動(テレポート)の暴走という大惨事を起こしていたかもしれない。

 もう1年が経とうとしているのに、どこも成長していない自分に腹が立つ。

 

「………」

 

 私はなんて弱いのだろう。

 大能力者(レベル4)と言われながら、暗闇1つ乗り越えられない。風紀委員と言われながら、他人に縋ってばかりだ。

 

「(もっと強くなりたい……)」

 

 近くて遠い、彼のように。

 あのトラウマを乗り越えたいから。

 もう、迷惑をかけたくないから。

 

「……?」

 

 ふと風呂場の方を見ると、机に置かれたある機器が目に入った。将貴が今日押収した、音楽プレーヤーの形をした都市伝説。

 

 幻想御手。

 

「………」

 

 それを手に取って、じっと見つめる。

 それは、使うだけで簡単にレベルが上がるという、すごいアイテムらしい。将貴曰く、ちゃんと結果もあるとか。

 

「………………」

 

 私は、強くなれるだろうか。

 

 確信は無い。けど、試す価値はあるかもしれない。私は既に大能力者(レベル4)だが、更なる高みを目指すのは、何らおかしくないはず。

 

「……少しだけ」

 

 言い聞かせるように呟いて、イヤホンをそっと耳にかける。

 いけない事だと、心のどこかは言っている。でも、やめようという行動には繋がらない。チャンスが目の前に吊るされているなら、手を伸ばすのは自然な事のはずだ。

 

 大丈夫だ。

 私は変わるんだ、もっと強い自分に。

 

「……………よし」

 

 そう自身に言い聞かせ、再生ボタンを押した。

 

 私は、越えてはならない一線を、越えた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「お風呂上がったぞー」

 

 タオル片手にリビングに戻った前原将貴は、そこにあった光景を見て寂しい気持ちになった。

 落ち着いでいると思ってた涼乃が、1人楽しそうにジェンガで遊んでいたからである。

 

「あ、出た?なら私も入ろっかな」

「……いや、何してんの」

「んー、空間移動の練習?」

 

 何で疑問形かは分からないが、どうやら能力の特訓をしているらしい。パーツを抜くのではなく、空間移動させて積み上げていくルールのようだ。

 

「これ結構難しいんだよ?抜くのはともかく、積むのとか」

「そうなのか」

「やってみる?」

「普通のならいいよ」

 

 一見簡単そうだが、かなり神経と集中力を使う遊びらしい。移動先が少しでもズレるとすぐに崩れてしまうとか。それを軽くこなす辺り、流石は大能力者(レベル4)といったところか。

 

「お、最高記録更新」

「なにそれこわい」

 

 喜ぶ涼乃の前には、世にも奇妙な物体が出来上がっている。十字を重ねたように、パーツを1つずつ交差して積まれたそれは、本来のジェンガタワーの高さを軽く凌駕し、人の手で形作るには到底不可能な姿になっていた。

 

「すっげーな、それいつもやってんのか?」

「別に。疲れるし面倒くさいもん」

 

 改めて抱いた尊敬の念は、涼乃の素直すぎる回答によりあっさりと砕かれた。見栄を張るより良いが、そこまでハッキリ言わなくてもいいのに。

 

「そーいやさ、涼乃。1個いいか?」

「んー?」

「幻想御手のリスクについてなんだけど」

「…………え?」

 

 涼乃が動きを止める。その瞬間、空気を混ぜるような大音響と共に、高く積まれたジェンガタワーが跡形も無く崩れ落ちた。

 予想外の轟音に、涼乃の体が一瞬だけ強ばる。

 

「……大丈夫か?」

「……え。あ、うん。それで、何だっけ?」

「えーと、それがな――」

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「――と思うんだが、筋は通って……涼乃?」

「――ッ!?だ、大丈夫」

「何が?」

 

 涼乃は慌てて取り繕うが、そのせいで余計に焦っている。あまりに下手な演技に、逆に心配になる。

 

「さっきのがまだ残ってるんじゃ……」

「……大丈夫だよ」

「でも」

「大丈夫だから」

「…………そう、か」

 

 有無を言わせぬ言葉に、俺も自身を納得させた。

 嫌ではないが、ここまで露骨に隠し事をされると、少しは気になる。だが涼乃が隠そうとしてるなら、無理に問い詰めはしない。

 

「……まぁ所詮仮説だから、頭の片隅にでも留めといてくれ」

「……うん。じゃ、お風呂入ってくるね」

「……?溺れんなよ」

「うん」

「………」

 

 ……何か変だな。いつもなら『溺れないよー』とか言ってくるのに。浴室がある洗面所へ向かう足取りも、どことなく重く見える。

 

 言及はしないが……やっぱり、少し寂しい。

 少なくとも今の俺は、涼乃にとって『弱みを見せるに足る人物』ではない、ということでもあるし。

 

「……〜〜♪」

 

 そんな負の感情を上書きしながら、放置されたジェンガタワーの残骸を拾い集める。

 俺が口ずさむ、あまり上手くない歌を別にすれば、その部屋には、嵐の後のような異様な静けさが広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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