とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第50話

 

 

 

 

 

21時をもって、第二再生資源処理施設は戦場と化した。黒く塗り潰された世界に息を潜めるのは、破壊と蹂躙の2つのみ。

それを静かに引き裂いたのは、とある少年の声だった。

 

「暴行と傷害、及び殺人未遂の現行犯で拘束する」

 

ひどく事務的な声が遠くから聞こえる。その声色に聞き覚えは無いが、知識は残っていた。

それは、既に殺されたミサカが聞いた声。知識として残るだけの、何でもないような貴重な会話。

 

「……、おい。この場合、『実験』ってなァどうなっちまうンだ?」

 

自身を踏みつける白い怪物が、そのままポツリと尋ねてきた。殺そうとしていた相手に何かを尋ねるというのも変な話だ、とぼんやりと考える。

怪物は固まったまま動かない。突然聞こえたその声を、どう扱って良いか分からないのだろう。

 

「ミサカを離せ」

「……あーあァ、どうすンだこれ。『実験』の秘密を知った者の口は封じる、とかってェお決まりな展開かァ?」

 

興醒めした、という様子が口調から漏れている。ミサカは何とか首を動かし、白い怪物が見ているものを視線で追い駆けた。

そして見つけた。遠くに聳えるコンテナの、その頂上。三日月を背負って立つ少年は、灰色のシャツに黒のネクタイとズボンという、黒を基調とした制服に身を包んでいた。その腕には、盾をモチーフにした緑色の腕章が通っている。

 

「チッ、しかも風紀委員(ジャッジメント)かよ。正義の味方を口封じとか後味悪りィな」

「ミサカを離せ、というのが聞こえなかったか?」

 

黒い少年が、抑揚に欠けた声で言い放つ。あの赤い双眸を前に、ここまで平坦な声を出せるのも珍しいだろう、と呑気な事を考える。

そんな少年を見た白い怪物が、静電気のような殺気を放ったのが分かった。

 

「……オマエ、ナニサマ?誰に口聞いてンのか分かってンのかァ、オイ?」

「何だ、超能力者(レベル5)サマには不逮捕特権まであるのか。随分と優遇されてんなぁ、一方通行(アクセラレータ)サマ?」

「……、ヘェ」

 

きひっ、と乾いた笑みが聞こえた。少年に向けられていた殺気が、好奇心へと変化する。その瞳に、失われていた狂熱が蘇る。

 

「オマエ、面白ェな」

「知るか。ミサカを離せ」

「離せ……ねェ。なら、ちゃンとキャッチしろよォ?」

 

たんっ、と怪物が地面を鳴らした。直後、下に敷かれた地面が爆発し、ミサカの体が宙に浮かぶ。

何が起きたのか理解できず、ミサカの視界はスローモーションのように歪んだ。そして気付いた時には、その少年の腕に抱かれていた。

 

「……すぐに病院に連れて行く。だから、もう少しだけ頑張ってくれ」

「な、にを──」

「ん?」

「──、やっているんですか、とミサカは問いかけます」

 

お姫様抱っこで運ばれながら、近くに見える少年に呼びかける。

この黒い少年は、相手が何者か分かったうえで勝負を挑もうというのか。あんな、たった1人で軍隊を潰し回るような怪物に、何の武器も持たずに。

 

『──……言いたい事は色々あるけど、とりあえず何してんの?』

 

『──戯れ言を叩くのはこの口か?ん?』

 

『──前原将貴だ。またな、ミサカ』

 

巻き込む訳にはいかない。

見ず知らずのミサカを心配し、怪物に立ち向かえるような優しい少年を、死なせる訳にはいかない。ボタン1つでいくらでも量産できるミサカとは違い、彼は世界でたった1人、唯一の一般人(オリジナル)なのだから。

 

「(──、これは……?)」

 

じくりと胸が痛む。その痛みが何なのか考えたが、どれだけ考えてもその正体が分からない。それを吐き出すように、ミサカは震える声で言葉を紡ぐ。

 

「これは、実験、なんです……邪魔、しないでください……とミサカは、警告します……それに、あなたでは絶対、勝てません……と、ミサカは……」

 

乱れても、しかし確かなその口調は、誰よりも冷静に状況を把握している証でもあるだろう。事実として矛盾は無い。

しかし、心臓が刻む鼓動はかつてないほど早かった。逃げてほしい、放っておいてほしい、という想いが思考を支配する。

 

「うるせぇ」

 

しかし少年は、それを一言でねじ伏せた。論理も整合性も無く、いっそ清々しいほどあっさりと。近くに見えるその顔に、迷いの色は微塵も無い。

 

「いいかミサカ。俺はお前の事情なんて知らねぇ、助けたいから助けるんだ。それが風紀委員ってモンなんだよ」

「──、そんなの、自己満足でしょう……」

「そうだよ」

 

あまりにも配慮に欠けた言葉を、黒い少年は否定しなかった。考える素振りもなく話すその姿は、その言葉が真実であり本心であることを雄弁に語っていた。

 

「俺は自己満足でお前を助ける。何か文句あんのか」

 

──何を言っているのか理解できない。

誰かを助けたい、という気持ちは分かる。そういった組織がある事も理解している。しかし、勝てないと分かっている相手に自己満足で挑むなど、どうかしてるとしか思えない。

……しかし、何故だろうか。

 

──高揚した。

 

「(これは……何、でしょう……?)」

 

ミサカは使い潰される命のはずだ。単価にして18万円の、在庫にして9987体もある消耗品のはずだ。『闇』に生まれて『闇』に消える、そんな存在だったはずだ。

 

──そんなミサカのために、この少年は立ち上がってくれるのか。

 

確かに、この少年がここにいるのは、単なる偶然かもしれない。振るう拳は自己満足のためかもしれない。

それでも、こんなミサカの命を繋ぎ止めてくれる人間が、確かにいたのだ。

 

「(──ミサカは、自分の心理状態に疑問を、抱きます)」

 

少年が、ある程度距離をとった所にミサカを寝かせる。うつ伏せにしたのは、背中の火傷を配慮したためだろう。

そして少年は、手元のビニール袋から水を、ポケットからハンカチを取り出して、簡単な応急処置を始めた。

 

「律儀だねェ。そンなンそのへンに転がしときゃいいのによォ」

「黙ってろ。ミサカが怯えるだろうが」

 

白い怪物など見向きもせず、少年はミサカの怪我の確認を続けている。敵意はあれど興味は無いという軽薄な態度に、さしもの怪物も眉を寄せた。

 

「……傷が深いな、でも大丈夫だ。絶対に助けるからな」

「──、いけません、と、ミサカは……」

 

少年が振り返る。怪物と対面する。立ち塞がるように構えるその姿はとても頼もしいが、同時にとても儚く見えた。

怪物の恐ろしさは誰よりも知っている、と自負している。だからこそ、少年にはこんな目に遭ってほしくないのに。

 

……『こんな目に遭う』?そのために生まれたミサカが、一体何を思っているのだろう?

 

「病院に連れてきたいが……逃がすつもりは無さそうだな」

「分かってンじゃねェか。つーかオマエ、気付いてねェのか?ソイツ、ただのクローンだぜ?」

「……クローン?」

 

あっさりと口にした機密情報に、少年が目を見開いた。確認するようにミサカを見て、何度も眉を寄せる。

顎の辺りに指を添えたまま十数秒ほど考えて、少年はようやく言葉を絞り出した。

 

「……制服の裾に、これくらいの缶バッジを着けたミサカがいたはずだ。そのミサカはどこにいる」

「あン?知らねェよ」

「答えろ」

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吐き捨てるように怪物が言い切る。冷徹な殺意を前に、少年はそれ以上何も言わなかった。

背中を向けた少年が、どんな表情をしているのか分からない。

 

「で?それを聞いてどうすンのオマエ?」

「潰す」

「やってみろ三下」

 

たんっ、と足音が1つ。どうベクトルを操作したのか、怪物の近くに転がった大きな石が、恐ろしい速さで射出された。その先には少年の顔がある。

しかし少年は動揺せず、首を傾けてそれを躱した。遥か後方で何かが砕ける音が聞こえる。

 

「(最小限の動きで……動体視力が良いのでしょうか、とミサカは疑問を抱きます)」

 

顔に飛んできたモノを首だけで躱すのは、簡単に見えてとても難しい。大きく動いた方が確実に躱せるし、同時に安心感も得られるからだ。

それをああも簡単に無視とは。いくら風紀委員で訓練を積んでいるとはいえ、とっさに出来るものなのだろうか。

 

「──、」

「あン?」

 

ふと少年が、あられもない方向に走り出す。立ち向かう訳でもなく、しかし逃げ出した訳でもない。その目はまっすぐ怪物に向いたままだ。

 

「オイオイ、鬼ごっこでも始めようってのかァ?」

「逃がしてくれるのか?」

「さァてなァ」

 

怪物が、心底つまらなさそうにそれに続く。既にミサカなど眼中にもなく、もはや虫ケラ程にも気にかけていないようだ。

 

「(…………、まさか、ミサカを巻き込まないようわざと遠ざけたのですか、とミサカは確信と共に吃驚します)」

 

少年の後を追いたいが、痛みのせいか、体が上手く動かせない。ミサカの代わりに誰かが戦うなどあってはならない、と分かっているのに。

……本来なら既に殺されているはずのミサカがこんな事を思うとは、おかしな事もあるものだ、とふと思う。

 

「優しいじゃねぇか。わざわざ付き合ってくれるなんてよ」

「はンッ、オマエみてェな三下と正面からぶつかって何になンだよ」

「違ぇねぇ」

 

……先ほどから気になっていたが、なぜ少年はああも平然としていられるのだろうか。口振りからして怪物が何者なのか、少年は理解しているのだろうに。超能力者(レベル5)が、第一位が、最強が目の前にいるのに、どうして彼はあんなにも興味無さげに振る舞えるのだろう?

 

「さァて、わざわざ仕切り直したンだ。ちッたァ楽しませてくれるンだろうなァ?」

 

白い怪物が、歓迎するように手を広げる。朽ちた十字架のようなその姿に、ミサカは皮膚を裂かれるような寒気を覚えた。

 

右の苦手、左の毒手。

触れただけであらゆる『向き』を逆流させ、あるいは生体電気を、あるいは血流を狂わせて、生物を死に至らしめる手。

少女のように華奢なその腕は、一体どれだけの血を浴びてきたのだろうか。

 

「………」

 

少年が静かに目を閉じ、深呼吸しながらその場で跳ねる。本番前のスポーツ選手のような動きには、最強に挑む緊張など欠片も無かった。

 

「……、」

「──、」

 

白い怪物が、体を低く沈める。間を置くことなく駆け出すと、それまで何十メートルもあった距離が、ほんの数歩でゼロまで縮んだ。

 

黒い少年が、静かに目を開く。その拳を静かに握り、大きく振りかぶった。

 

そして2つの影が、最短距離で激突した。

高く光る三日月の下に、氷塊がぶつかり合うような音が炸裂する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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