とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第52話

 

 

 

 

 

「私はパンケーキ貰おうかな。初春と白井さんは何にします?」

「ブレンドコーヒーをお願いしますの」

「エンデュミ=オーンをお願いします!」

 

穏やかな音楽の中に、軽く明るい声が連続する。第七学区のファミレスに居座るのは、中村涼乃をはじめ4人の少女と1人の少年だった。

外回りの途中で出会い、流れでお昼を食べに来たのだ。一緒にいた将貴は肩身が狭そうだが、考え事をしているのか、先ほどから心ここに在らずだ。

 

「将貴はどうする?いつもの?」

「⋯⋯いや、飲み物だけでいい。あんま食欲無いんだ」

「おっけー、リンゴネクターだけだね」

「⋯⋯?すみません中村さん、そんなのありました?」

「あはは、普通は知らないよね。マイナーなメニューだもん」

 

このファミレスはチェーン店であるため、名物のメニューはある程度決まっている。

しかし、メニュー表の隅っこにある『こだわりリンゴネクター』や『苦瓜(ゴーヤ)蝸牛(エスカルゴ)の地獄ラザニア』、『鹿とトマトの悪魔煮込み』等は別だ。

人気無いけど店長が好きだから辛うじて生き残った、としか思えないこれらは、将貴の好物の1つでもあったりする。というか、そうでなければ私も覚えるはずがない。

 

「へえ、そんなのあるんですね。中村さんはどうします?」

「ミルクレープとブレンドコーヒーかな」

「了解でーす」

 

お気に入りのセットを注文し、会話を再開する。話題は移ろっていき、やがて来月頭にある広域社会見学へと変わっていった。

 

「私達は確か『学芸都市』だったよね。中村さんはどこ行くんですか?」

「マンハッタンだよ。私もアメリカだね」

「⋯⋯すみません白井さん、まんはったんってどこでしたっけ?」

「ニューヨーク市の中枢を担う島ですの。ウォール街をはじめ世界経済の中心ですわね」

 

広域社会見学は、ランダムで選ばれた学生達が世界各地へ遠征する、世界規模の校外学習のようなものだ。まあ世界と言っても、ほとんどはアメリカの協力機関に赴き、修学旅行気分を満喫するだけの行事らしい。

 

「そうだね。国連本部ビルとかも行くってさ」

「へえ、何かすごそうですね」

「学芸都市だっけ?その方が余程すごいけどね。島1つ使ったアミューズメントパークなんて絶対楽しいじゃん」

「言われてみれば確かに⋯⋯あ、前原さんはどこに行くんですか?」

 

涙子ちゃんが対面の将貴に問いかけるが、返事は無い。

隣を見ると、将貴は口元を手で軽く覆いながら、どこか遠くを見つめていた。将貴が考え事をしている時によく見る表情だ。

 

「あの、前原さん?」

「⋯⋯ん、すまん。何だって?」

「もー、ちゃんと聞いててくださいよー。社会見学ですよ広域社会見学!前原さんはどこ行くんですか?」

「あー、えっと⋯⋯確か⋯⋯⋯⋯?」

「ロンドンでしょ。ちゃんと覚えてなよ」

 

見学の行き先はほとんどがアメリカだが、それ以外もある。イギリスやロシアなどがそうだ。

出来れば将貴と一緒が良かったのだが、選ばれなかったのだから文句は言えまい。

 

「ロンドン!?あのロンドンですか!?」

「う、うん。そのロンドンだよ」

「ロンドンと言えば、切り裂きジャックをはじめ数多くの都市伝説が潜む街。通称、霧と黄金と魔術の街⋯⋯!!」

 

都市伝説モードに入った涙子ちゃんが、捲し立てるように逸話を口にする。歴史が古い分、その手の話は枚挙に暇がないのだろう。リミッターが解除される前に誰かが止めないと。

 

「佐天さん落ち着いてくださいまし。観光に行くのではありませんのよ」

「えー、でもいーなーロンドン。どんなトコ行くんです?」

「王室だってさ。そこで本場の騎士道を学ぶらしいよ」

 

伝統と言おうか、広域社会見学において、風紀委員(ジャッジメント)は英国王室に見学に行くらしい。騎士道における慈悲や倫理、献身の精神が、風紀委員のそれと一致しているから、らしい。

もっとも、場所が場所なため、見学者は風紀委員の中でも厳選を重ねるとか。

 

「王室とは、またありえないほどの優遇ですわね。おおかた学園都市との友好関係をアピールしたいのでしょうけど」

「すごいなー⋯⋯ねえ前原さん、女王様の写真とか⋯⋯」

「勝手に写真でも撮ろうものなら国際問題になりますわよ」

「あ、あははー、そんなマサカー」

 

興味無さげ──というか美琴ちゃんがいないからどうでも良さげ──な黒子ちゃんの元に、注文したコーヒーが運ばれる。ケーキとジュース、コーヒー、最後にパフェが続いた。

巨大パフェに目をキラキラさせる飾利ちゃんだが、その大きさに彼女以外は引き気味だ。

 

「⋯⋯それより美味しそうですね。そのミルクレープ」

「一口食べる?」

「いいんですか?じゃ遠慮なく」

「佐天さん、これは私だけのものですからね。あげませんからね!」

「いらないから。ゆっくりお食べ」

 

涙子ちゃんが私のミルクレープを一口頬張り、同じように目をキラキラさせる。このケーキの虜がまた1人増えた瞬間である。

ファミレスのデザートは基本大したことないが、このミルクレープだけは別格だ。店長の気合いの入りようが違う。

 

「⋯⋯⋯」

 

1人静かな将貴を見る。運ばれてきたリンゴネクターにも手をつけず、難しい顔をしたままだ。

私はおもむろに手を伸ばし、将貴の耳を撫でるように触れた。瞬間、びくんと将貴の体が跳ねる。

 

「ひぅッ──!?」

「あ、やっと気付いた」

「な、お前⋯⋯それは止めろって言ってただろ」

「ずーっと黙りだったからさー、ごめんね?」

「あのな⋯⋯まぁいいけどさ」

 

後輩の前だったことを思い出したのか、将貴がバツが悪そうに頬を赤める。後輩達は声に驚いたのか、目を丸くしたまま固まっている。

日々鍛錬を積む将貴だが、実は耳が弱いという弱点がある。意識を向けさせるにはこれが1番手っ取り早い。

 

「⋯⋯へぇ、前原さんは耳が弱いのですね。良い事を聞きましたの」

「白井コラ。絶対やんなよ頼むから」

「ええ。切り札は最後まで取っておくものですからね」

 

対面の黒子ちゃんがわざとらしく口角を釣り上げる。誰かをからかうような、無駄を嫌う彼女にしては随分と珍しい表情だ。

彼女も彼女で、何だかんだ将貴の事を慕っているのだろう。こんな表情見たことない。

 

「ったく⋯⋯お前のせいだぞ、涼乃」

「ごめんってば。ほら、私のケーキあげるから」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

フォークに刺したミルクレープを差し出すと、将貴は何度か瞬きし、難しそうに目を泳がせた後、ようやくそれを口にした。

結局は素直なトコも可愛いなぁ、なんて事を思いながら向き直ると、対面の後輩3人が何とも微妙な表情で顔を寄せ合っていた。

 

「中村さんっていつもああなんですか⋯⋯?」

「⋯⋯まぁ、そうですわね。支部でもたまに見ますの」

「まぁ中村先輩は天然ですからねー」

「2人共苦労してますね⋯⋯」

「1番大変なのは前原さんですけどね」

 

何か言っているが、声が小さくてよく聞こえない。隣の将貴は遠くを見てはいるが、口元が僅かに震えていた。かく言う私も、自分がした事に今更ながら羞恥心が芽生えてきた。

 

「⋯⋯あ、ああそうだ前原さん。前頼んでたやつ持ってきましたよ、はい」

「頼んでた⋯⋯?あー、これか。ありがと」

「初春に渡そうと思ったんですけど、ちょうど良かったですね」

 

思い出したように、涙子ちゃんが鞄から何かを取り出した。机の上に置かれたのは、今や珍しい音楽プレーヤーだった。

露骨な話題変更だが、この微妙な空気を消してくれるなら助かる。

 

「なにそれ?」

「ARISAの曲。持ってるって前に涙子が言ってたから頼んでたんだよ」

「ありさ⋯⋯前言ってた歌い手の?」

「ふっふっふっ、それは少し違いますな〜」

 

本調子に戻ったらしき涙子ちゃんが、したり顔で割り込んできた。

⋯⋯というか、いつから将貴は『涙子』と呼ぶようになったのだろう。後輩とはいえ、そんなに関わりあったっけ?

 

「これを見てください!」

「『歌い手ARISA、ついにアイドルデビュー!!』⋯⋯?」

 

画面の記事には、その文と共に美少女が映っていた。鴇色の髪は長く、結んだ毛先は柔らかそうだ。撮影に慣れていないのか、少し恥ずかしそうにしているのが逆に可愛らしい。

 

「お、遂になったのか」

「ええ、つい先日契約が発表されまして、来月にデビューライブがあるそうなんです!」

「へえ」

「それでそれで、その契約した企業が、なんとあのオービット・ポータルなんですよ!これはもうエンデュミオンで歌うこと間違いなしですよね!!」

「1回落ち着け」

 

熱くなる涙子ちゃんを他所に、もう一度ARISAを見つめる。

最近、将貴はよく休憩中に音楽を聴いている。お気に入りというか、この子の歌を聴くことがルーティンと化してるみたいだ。

⋯⋯将貴はこんな子が好きなのだろうか。いや、好きなのはあくまで歌であり、本人ではないはず⋯⋯でも将貴が歌い手に夢中になるなんて、それこそ初めての事だし⋯⋯うむむ。

 

「⋯⋯つーか、エンデュミオンの完成も来月か。早いな」

「そうですわね。広域社会見学も再来週の話ですし、もう夏休みも終わりですの」

「そう言えばそっかー⋯⋯夏らしい事できたかなー⋯⋯」

 

⋯⋯夏休み、ねえ。

いつも通り仕事と、今年は幻想御手(レベルアッパー)事件と明菜ちゃん絡みかなぁ。キャンプとかプールとか、そういうのは一度も無い気が⋯⋯あれ、私って華の女子高生だよね?

涙子ちゃんも同じなのか、先ほどと打って変わって静かになる。しかし隣の飾利ちゃんのパフェを貪る手は止まらない。

 

「⋯⋯よし、今からでも遅くありません!みんなでお祭りに行きましょう!」

「お祭り?」

「今月終わり、第五学区で夏祭りがあるんです。せっかくなんで行きましょうよ、最後の思い出作りです!」

「へえ、夏祭りねー」

 

お祭りか⋯⋯いいね、すごく夏っぽい。終わりよければすべて良しって言うし、ぜひ行きたいものだ。この灰色の夏休みに彩りを与えてくれ給え。

美琴ちゃんと行くつもりなのか、黒子ちゃんも満足げに頷いている。ちなみに飾利ちゃんはブレない。

 

「将貴も行く?」

「⋯⋯ああ、行けるものならな」

「じゃあ一緒に行こうよ。涙子ちゃんもいいでしょ?」

「ほほう⋯⋯もちろんです。前原さんも行きましょうよ」

「⋯⋯予定が合ったら、な」

「よーし、じゃあ決定!」

 

まぁそれが最も困難なんだがな、と将貴が苦笑する。それは事実で、夏休み終わりはみんながはしゃぎ、小さな事故が増えるからだ。

 

でも将貴とお祭りに行けるなら私、頑張っちゃうよ。先輩達、都合良く使わせてもらいますね。

⋯⋯とか言ってるうちにいい時間だ。そろそろ帰らないと固法先輩に怒られる。特に最近、何故か私達に当たりが強いし、ここらが潮時だろう。

 

「将貴、そろそろ」

「ん、じゃあ行くか」

「うん。ごめんねみんな、私達そろそろ仕事に戻るね」

「あ、そう言えばそうでしたね。引き留めてすみません」

「大丈夫大丈夫。またお祭りでね」

 

私は軽く手を振り、将貴は飾利ちゃんを少し窘め、そのままファミレスを出た。

残暑にも関わらず、街は冴え冴えしい光に照らされていた。暑さにやられたのか、街行く人はぽつぽつとまばらだ。

私は数歩進んで振り返り、将貴に向き直る。

 

「将貴」

「ん?」

「悩みは解決できそう?」

 

私の声に、将貴が驚いたように瞼を広くする。まさか気付いてないとでも思ったのだろうか。

まあ、そんな事は今はいい。気にはなるが、その悩みを聞き出す気は無い。話してくれたら聞く、それくらいが丁度いい。

 

「別に話さなくていいよ。人が悩むなんて普通の事だしね」

「⋯⋯⋯」

「だけど、もし話してくれるなら協力は惜しまないよ。何かあったら私を頼ってね」

「⋯⋯ああ」

「でもさ⋯⋯頼むからさ、無理はしないでね」

 

将貴は何かあった時、1人でそれを何とかしようとするきらいがある。八月十日事件や幻想御手事件が最たる例だ。

他人を巻き込みたくない、という考えは素晴らしいが、それで自分が怪我しては元の子もない。

それに、嫌なんだ。私の知らない所で将貴が傷付くのは。ましてや、その原因が私にあるのは。

 

「⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯」

 

街路樹に留まる蝉が、うんざりするほど近くで騒ぎ立てる。

今のを即答できない時点で何となく分かる。分かるけど、何も言わない。言っても止まらない事は、私が1番理解してる。

 

「⋯⋯涼乃」

「うん」

「夏祭り、絶対に行こうな」

「うん。楽しみにしてるね」

 

ただまあ、確かなものが1つ。

 

将貴は今まで、私との約束を破った事は無いってことだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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