「私はパンケーキ貰おうかな。初春と白井さんは何にします?」
「ブレンドコーヒーをお願いしますの」
「エンデュミ=オーンをお願いします!」
穏やかな音楽の中に、軽く明るい声が連続する。第七学区のファミレスに居座るのは、中村涼乃をはじめ4人の少女と1人の少年だった。
外回りの途中で出会い、流れでお昼を食べに来たのだ。一緒にいた将貴は肩身が狭そうだが、考え事をしているのか、先ほどから心ここに在らずだ。
「将貴はどうする?いつもの?」
「⋯⋯いや、飲み物だけでいい。あんま食欲無いんだ」
「おっけー、リンゴネクターだけだね」
「⋯⋯?すみません中村さん、そんなのありました?」
「あはは、普通は知らないよね。マイナーなメニューだもん」
このファミレスはチェーン店であるため、名物のメニューはある程度決まっている。
しかし、メニュー表の隅っこにある『こだわりリンゴネクター』や『
人気無いけど店長が好きだから辛うじて生き残った、としか思えないこれらは、将貴の好物の1つでもあったりする。というか、そうでなければ私も覚えるはずがない。
「へえ、そんなのあるんですね。中村さんはどうします?」
「ミルクレープとブレンドコーヒーかな」
「了解でーす」
お気に入りのセットを注文し、会話を再開する。話題は移ろっていき、やがて来月頭にある広域社会見学へと変わっていった。
「私達は確か『学芸都市』だったよね。中村さんはどこ行くんですか?」
「マンハッタンだよ。私もアメリカだね」
「⋯⋯すみません白井さん、まんはったんってどこでしたっけ?」
「ニューヨーク市の中枢を担う島ですの。ウォール街をはじめ世界経済の中心ですわね」
広域社会見学は、ランダムで選ばれた学生達が世界各地へ遠征する、世界規模の校外学習のようなものだ。まあ世界と言っても、ほとんどはアメリカの協力機関に赴き、修学旅行気分を満喫するだけの行事らしい。
「そうだね。国連本部ビルとかも行くってさ」
「へえ、何かすごそうですね」
「学芸都市だっけ?その方が余程すごいけどね。島1つ使ったアミューズメントパークなんて絶対楽しいじゃん」
「言われてみれば確かに⋯⋯あ、前原さんはどこに行くんですか?」
涙子ちゃんが対面の将貴に問いかけるが、返事は無い。
隣を見ると、将貴は口元を手で軽く覆いながら、どこか遠くを見つめていた。将貴が考え事をしている時によく見る表情だ。
「あの、前原さん?」
「⋯⋯ん、すまん。何だって?」
「もー、ちゃんと聞いててくださいよー。社会見学ですよ広域社会見学!前原さんはどこ行くんですか?」
「あー、えっと⋯⋯確か⋯⋯⋯⋯?」
「ロンドンでしょ。ちゃんと覚えてなよ」
見学の行き先はほとんどがアメリカだが、それ以外もある。イギリスやロシアなどがそうだ。
出来れば将貴と一緒が良かったのだが、選ばれなかったのだから文句は言えまい。
「ロンドン!?あのロンドンですか!?」
「う、うん。そのロンドンだよ」
「ロンドンと言えば、切り裂きジャックをはじめ数多くの都市伝説が潜む街。通称、霧と黄金と魔術の街⋯⋯!!」
都市伝説モードに入った涙子ちゃんが、捲し立てるように逸話を口にする。歴史が古い分、その手の話は枚挙に暇がないのだろう。リミッターが解除される前に誰かが止めないと。
「佐天さん落ち着いてくださいまし。観光に行くのではありませんのよ」
「えー、でもいーなーロンドン。どんなトコ行くんです?」
「王室だってさ。そこで本場の騎士道を学ぶらしいよ」
伝統と言おうか、広域社会見学において、
もっとも、場所が場所なため、見学者は風紀委員の中でも厳選を重ねるとか。
「王室とは、またありえないほどの優遇ですわね。おおかた学園都市との友好関係をアピールしたいのでしょうけど」
「すごいなー⋯⋯ねえ前原さん、女王様の写真とか⋯⋯」
「勝手に写真でも撮ろうものなら国際問題になりますわよ」
「あ、あははー、そんなマサカー」
興味無さげ──というか美琴ちゃんがいないからどうでも良さげ──な黒子ちゃんの元に、注文したコーヒーが運ばれる。ケーキとジュース、コーヒー、最後にパフェが続いた。
巨大パフェに目をキラキラさせる飾利ちゃんだが、その大きさに彼女以外は引き気味だ。
「⋯⋯それより美味しそうですね。そのミルクレープ」
「一口食べる?」
「いいんですか?じゃ遠慮なく」
「佐天さん、これは私だけのものですからね。あげませんからね!」
「いらないから。ゆっくりお食べ」
涙子ちゃんが私のミルクレープを一口頬張り、同じように目をキラキラさせる。このケーキの虜がまた1人増えた瞬間である。
ファミレスのデザートは基本大したことないが、このミルクレープだけは別格だ。店長の気合いの入りようが違う。
「⋯⋯⋯」
1人静かな将貴を見る。運ばれてきたリンゴネクターにも手をつけず、難しい顔をしたままだ。
私はおもむろに手を伸ばし、将貴の耳を撫でるように触れた。瞬間、びくんと将貴の体が跳ねる。
「ひぅッ──!?」
「あ、やっと気付いた」
「な、お前⋯⋯それは止めろって言ってただろ」
「ずーっと黙りだったからさー、ごめんね?」
「あのな⋯⋯まぁいいけどさ」
後輩の前だったことを思い出したのか、将貴がバツが悪そうに頬を赤める。後輩達は声に驚いたのか、目を丸くしたまま固まっている。
日々鍛錬を積む将貴だが、実は耳が弱いという弱点がある。意識を向けさせるにはこれが1番手っ取り早い。
「⋯⋯へぇ、前原さんは耳が弱いのですね。良い事を聞きましたの」
「白井コラ。絶対やんなよ頼むから」
「ええ。切り札は最後まで取っておくものですからね」
対面の黒子ちゃんがわざとらしく口角を釣り上げる。誰かをからかうような、無駄を嫌う彼女にしては随分と珍しい表情だ。
彼女も彼女で、何だかんだ将貴の事を慕っているのだろう。こんな表情見たことない。
「ったく⋯⋯お前のせいだぞ、涼乃」
「ごめんってば。ほら、私のケーキあげるから」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
フォークに刺したミルクレープを差し出すと、将貴は何度か瞬きし、難しそうに目を泳がせた後、ようやくそれを口にした。
結局は素直なトコも可愛いなぁ、なんて事を思いながら向き直ると、対面の後輩3人が何とも微妙な表情で顔を寄せ合っていた。
「中村さんっていつもああなんですか⋯⋯?」
「⋯⋯まぁ、そうですわね。支部でもたまに見ますの」
「まぁ中村先輩は天然ですからねー」
「2人共苦労してますね⋯⋯」
「1番大変なのは前原さんですけどね」
何か言っているが、声が小さくてよく聞こえない。隣の将貴は遠くを見てはいるが、口元が僅かに震えていた。かく言う私も、自分がした事に今更ながら羞恥心が芽生えてきた。
「⋯⋯あ、ああそうだ前原さん。前頼んでたやつ持ってきましたよ、はい」
「頼んでた⋯⋯?あー、これか。ありがと」
「初春に渡そうと思ったんですけど、ちょうど良かったですね」
思い出したように、涙子ちゃんが鞄から何かを取り出した。机の上に置かれたのは、今や珍しい音楽プレーヤーだった。
露骨な話題変更だが、この微妙な空気を消してくれるなら助かる。
「なにそれ?」
「ARISAの曲。持ってるって前に涙子が言ってたから頼んでたんだよ」
「ありさ⋯⋯前言ってた歌い手の?」
「ふっふっふっ、それは少し違いますな〜」
本調子に戻ったらしき涙子ちゃんが、したり顔で割り込んできた。
⋯⋯というか、いつから将貴は『涙子』と呼ぶようになったのだろう。後輩とはいえ、そんなに関わりあったっけ?
「これを見てください!」
「『歌い手ARISA、ついにアイドルデビュー!!』⋯⋯?」
画面の記事には、その文と共に美少女が映っていた。鴇色の髪は長く、結んだ毛先は柔らかそうだ。撮影に慣れていないのか、少し恥ずかしそうにしているのが逆に可愛らしい。
「お、遂になったのか」
「ええ、つい先日契約が発表されまして、来月にデビューライブがあるそうなんです!」
「へえ」
「それでそれで、その契約した企業が、なんとあのオービット・ポータルなんですよ!これはもうエンデュミオンで歌うこと間違いなしですよね!!」
「1回落ち着け」
熱くなる涙子ちゃんを他所に、もう一度ARISAを見つめる。
最近、将貴はよく休憩中に音楽を聴いている。お気に入りというか、この子の歌を聴くことがルーティンと化してるみたいだ。
⋯⋯将貴はこんな子が好きなのだろうか。いや、好きなのはあくまで歌であり、本人ではないはず⋯⋯でも将貴が歌い手に夢中になるなんて、それこそ初めての事だし⋯⋯うむむ。
「⋯⋯つーか、エンデュミオンの完成も来月か。早いな」
「そうですわね。広域社会見学も再来週の話ですし、もう夏休みも終わりですの」
「そう言えばそっかー⋯⋯夏らしい事できたかなー⋯⋯」
⋯⋯夏休み、ねえ。
いつも通り仕事と、今年は
涙子ちゃんも同じなのか、先ほどと打って変わって静かになる。しかし隣の飾利ちゃんのパフェを貪る手は止まらない。
「⋯⋯よし、今からでも遅くありません!みんなでお祭りに行きましょう!」
「お祭り?」
「今月終わり、第五学区で夏祭りがあるんです。せっかくなんで行きましょうよ、最後の思い出作りです!」
「へえ、夏祭りねー」
お祭りか⋯⋯いいね、すごく夏っぽい。終わりよければすべて良しって言うし、ぜひ行きたいものだ。この灰色の夏休みに彩りを与えてくれ給え。
美琴ちゃんと行くつもりなのか、黒子ちゃんも満足げに頷いている。ちなみに飾利ちゃんはブレない。
「将貴も行く?」
「⋯⋯ああ、行けるものならな」
「じゃあ一緒に行こうよ。涙子ちゃんもいいでしょ?」
「ほほう⋯⋯もちろんです。前原さんも行きましょうよ」
「⋯⋯予定が合ったら、な」
「よーし、じゃあ決定!」
まぁそれが最も困難なんだがな、と将貴が苦笑する。それは事実で、夏休み終わりはみんながはしゃぎ、小さな事故が増えるからだ。
でも将貴とお祭りに行けるなら私、頑張っちゃうよ。先輩達、都合良く使わせてもらいますね。
⋯⋯とか言ってるうちにいい時間だ。そろそろ帰らないと固法先輩に怒られる。特に最近、何故か私達に当たりが強いし、ここらが潮時だろう。
「将貴、そろそろ」
「ん、じゃあ行くか」
「うん。ごめんねみんな、私達そろそろ仕事に戻るね」
「あ、そう言えばそうでしたね。引き留めてすみません」
「大丈夫大丈夫。またお祭りでね」
私は軽く手を振り、将貴は飾利ちゃんを少し窘め、そのままファミレスを出た。
残暑にも関わらず、街は冴え冴えしい光に照らされていた。暑さにやられたのか、街行く人はぽつぽつとまばらだ。
私は数歩進んで振り返り、将貴に向き直る。
「将貴」
「ん?」
「悩みは解決できそう?」
私の声に、将貴が驚いたように瞼を広くする。まさか気付いてないとでも思ったのだろうか。
まあ、そんな事は今はいい。気にはなるが、その悩みを聞き出す気は無い。話してくれたら聞く、それくらいが丁度いい。
「別に話さなくていいよ。人が悩むなんて普通の事だしね」
「⋯⋯⋯」
「だけど、もし話してくれるなら協力は惜しまないよ。何かあったら私を頼ってね」
「⋯⋯ああ」
「でもさ⋯⋯頼むからさ、無理はしないでね」
将貴は何かあった時、1人でそれを何とかしようとするきらいがある。八月十日事件や幻想御手事件が最たる例だ。
他人を巻き込みたくない、という考えは素晴らしいが、それで自分が怪我しては元の子もない。
それに、嫌なんだ。私の知らない所で将貴が傷付くのは。ましてや、その原因が私にあるのは。
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
街路樹に留まる蝉が、うんざりするほど近くで騒ぎ立てる。
今のを即答できない時点で何となく分かる。分かるけど、何も言わない。言っても止まらない事は、私が1番理解してる。
「⋯⋯涼乃」
「うん」
「夏祭り、絶対に行こうな」
「うん。楽しみにしてるね」
ただまあ、確かなものが1つ。
将貴は今まで、私との約束を破った事は無いってことだけだ。