とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第53話

 

 

 

 

第一七学区、その南東に位置する操車場。

ひどく寂れた場所だった。夜空は分厚いヴェールに覆われ、気化した泥濘に満たされている。

そこに積まれたコンテナの頂上。世界を臨むその場所に、赤い双眸の怪物はいた。

 

一方通行(アクセラレータ)

最強を冠する超能力者(レベル5)の顔に、大きな腫れ跡が浮かぶ。科学者が知れば目を剥くその傷に、しかし最強はほくそ笑んだ。

 

もともと俺は計画に本気じゃなかった。いや、気分じゃなかった。いくら絶対能力者(レベル6)に理想を抱いても、どこかで確信していたのだ。

最強と無敵に大した差などない、何度やろうと妹達(シスターズ)ごときに負けるはずがない、と。

 

だから変化が欲しくて、対話を試みたこともあった。情けをかけたこともあった。

しかし妹達は変わらなかった。対話など無意味、情けをかけても玉砕。どうせなら愉快な死体(オブジェ)にしてやろう、というのも気まぐれだ。

 

俺はもはや計画に興味を失っていた。ただ死体を重ねて、その頂点に座していればいい────だが、今の俺には見える。

 

前原将貴(ハーモニクス)

ようやく現れた『敵なりえる者』。

 

「──きひっ」

 

正直なところ、負けるとは思っていない。いかに同系統の能力者であっても、そこには絶対的な差がある。

だが『敵なりえる』。そこらの()()とは違う、そんな()()に会えただけでも、待つ価値は十分あった。

 

「──、」

 

かつん、と後ろで足音が鳴る。馬鹿正直に挑んでくるクローンじゃないし、ましてやここは一般人が来る場所でもない。

その来訪者はしばらく間を置いた後、聞き慣れない声でこう切り出した。

 

「⋯⋯思ったより律儀だな。まだ実験の30分前だぞ」

「クローンがいたら目障りなンだよ。黙らせてもイイなら別だがな」

「⋯⋯あれから、1人でも妹達(シスターズ)を殺したか」

「挑ンできたバカはいたな。何人かは愉快な死体(オブジェ)にしたよ」

「そうする必要があったのか」

「別に。ただの暇つぶしだ」

 

立派な大義、陰謀なんて存在しない。世界など俺とそれ以外、その程度でしかない。

こいつは、そこに現れた初めての例外。世界に突然生まれた異常。放っておくには、あまりにも惜しい。

 

「まァ、ンな事どォでもイイ。オマエが来てくれて安心したぜ」

「⋯⋯逃げてどうなる。『実験』を知っちまったんなら、見過ごすことなんてできない」

「立派だねェ。勝てねェって分かってンのにわざわざ挑むたァよ」

「そのくらいで俺が諦めるとでも思ったか」

 

今まで勘違いしたバカが、最強の座を狙って噛み付いてくる事は幾らでもあった。奴らは手足の1本でも弾けば自分の愚かさを理解して、二度と現れなかったものだが、コイツは違う。

勝てない事を理解して、なお挑む。

 

「ククッ、その通りだ。逃げたきゃ逃げろ。どこに隠れていようと、本気で見つけ出して潰してやンよ」

「本気の使い方間違ってねぇか」

「いーや、間違ってねェよ」

 

ゆらりと立ち上がり、手元の缶コーヒーを一気に飲み干す。軽く放り投げると、それはあっという間に眼下の闇に呑まれていった。

 

「今まで本気を出さなかった訳じゃねェ、出せねェンだよ弱すぎて。弱すぎて誰も相手にならねェ」

「⋯⋯⋯」

「ハンッ、逆に謝ってほしいぐらいだぜ。こンな雑魚ですみませンってよ」

 

ただの能力者、いいや、同じ│超能力者《レベル5》にも分かるまい。ただの一度も本気になれない退屈など。

 

そうだ。悪いのは、弱すぎるこの世界。

だから、その分──

 

「オマエが受け止めろ!格下ァッッ!!」

 

落ちた缶が、短い悲鳴を上げた。同時に、高く積まれたコンテナの1つが、だるま落としのように真横に飛ばされた。支えを失った塔が積み木のように崩れ落ちた。

 

「──ッ!!」

「がァッ!!」

 

コンテナを蹴り上げ、肉薄する。血流や生体電気を逆流させ死に誘う腕とは違う、特別なベクトルを付与した手を突き出した。

空中で身動きが取れない格下が、胸の前で腕を組みそれを受け止める。

瞬間、ぺたっ、と場違いな音がした。

 

「──?」

 

何も起きない衝突に、格下が一瞬だけ怪訝そうに眉を歪めた。しかしすぐに近くのコンテナを蹴り、安全圏へと逃れた。

並外れた身体能力だが、違う。その手に残った感触に、感覚に、俺の中でふつふつと悦びが湧き上がってきた。

 

「──イイね」

「⋯⋯?」

「イイねイイねェ、最っ高だねオマエ!!」

 

計画に乱入してきたこと?違う。

俺の一撃に耐えたこと?違う。

『反射』を跳ね返したこと?全然違う。

 

一度目の衝突で疑問に、二度目で疑惑に、そして今ので確信に変わった。

 

一方通行(アクセラレータ)』と『全反射(ハーモニクス)』は、同系統の能力────では、ない。

 

()()()()()()()()()()()!!」

 

今の拳に付与したのは、俺自身に向けた──反射すれば逆に直撃するよう仕向けた──ベクトルだ。

なのに、失敗した。格下は間違いなく能力を使っていたのに、だ。

つまり、全反射はただ『反射』を起こしている訳ではない。詳しくは分からないが、本質は全く異なる能力だ。

 

「──ククッ」

 

──ああ、最高だ。楽しくて楽しくて堪らない。

戦う舞台と、戦う相手。これまでにない最高のプレゼントだ。雑なラッピングの中には、俺が望む以上の物が入っていた!

これが面白くないはずがない。これが嬉しくないはずがないだろう!!

 

「はは、カハッ、あはアハハハハハははははハハハハハァッッ!!」

「──っ!」

「いくぞ格下──いいや、全反射!!余所見してンじゃねェ!!」

 

足元のレールを蹴り起こし、思い切り殴り飛ばす。ベクトルが変換されたレールが歪み、凄まじい速度で射出された。

間を置かず近くに敷かれたありったけのレールを弾き飛ばす。しかし全反射は躱し、受け流し、それら全てを凌ぎ切った。身体能力も然ることながら、能力の使い方も抜群に上手い。

 

「いーい動きだ!もっとだ!!」

「──っ!?」

 

一度距離をとり、大量のコンテナが積まれた一角に飛び込む。その1つを殴りつけ、コンテナを高速で射出させた。

受け流すのは不可能、躱すのも困難な強力な一撃──直後、逆再生するようにそれが一直線に跳ね返ってきた。

 

「ラァッ!!」

 

ゴガッッッ!!!と金属音が鼓膜を突き刺す。別に射出させたコンテナと、跳ね返ってきたそれと衝突したのだ。

直後、そこから白い煙が広がった。よく見ると、コンテナの着弾地の至る所からそれは立ち上っている。

 

「⋯⋯なンだこりゃ。小麦粉か?」

 

コンテナの中身を一見し、舌打ちする。楽しみを隠されたようでイライラしたのだろうか。

まあコンテナ単位で小麦粉が拡散したのだから、ここまで広がるのも仕方ないが。

 

「⋯⋯まァいい。遠距離より直接殺り合った方が楽しそうだしなァ」

 

適当に呟き、白煙の中へと足を向ける。視界は不明瞭のままだが、コンテナの残骸を見る限り着弾地はこの辺りだろう。

そんな中、ふと声が聞こえた。

 

「──よぉ一方通行」

 

声の方を見ると、千切れたレールを振りかぶる全反射が、白煙のさらに上に浮かんでいた。

疑問に思う間もなくレールが投げつけられ、コンテナに衝突する。直前、こんな言葉が聞こえた。

 

「粉塵爆発って知ってるか?」

 

ガカァッッッ!!!と、轟音の前に閃光が炸裂した。白かった視界が業火に染まり、息が詰まった。酸素が急に使われたせいか、呼吸がしづらくなったようだ。

だがまあ、それが何だという話だが。

 

「あー、死ぬかと思った。酸素奪われるとこっちも辛いンだっつの。こりゃ核を撃っても大丈夫ってキャッチコピーはアウト──」

「──ふっ」

 

こんっ、と顎の先に衝撃があった。急に傾いた視界で見えたのは、いつの間にか目の前にいた全反射の、右拳を振り抜いた姿だった。

また一瞬、呼吸が止まる。遅れて、支えを失ったように視界が回った。

 

「──?」

 

急に全反射が見えなくなり、分厚いヴェールを纏った夜空が視界に広がった。自分が倒されたという事を理解するのに、だいぶ時間が掛かった気がする。

 

「──⋯⋯あ?」

「⋯⋯まだ意識があるのか。こっちは切り札まで使ってやっとなのに」

 

思考が上手く回らない。手足を動かそうとしても、地面に貼り付いたように動かせない。

全反射が俺に向かって手を伸ばし、不機嫌そうに舌打ちするのが遠くに見える。

 

「⋯⋯未だに反射(デフォ)は顕在かよ。便利な力だな。おかげで触れもしねぇ」

 

全反射の言葉もよく聞こえない。顔を動かそうとするが、砂利が乾いた音を鳴らすだけで意味は無かった。

 

「⋯⋯さて、一方通行」

「な、ン⋯⋯」

「大人しく降参しろ。それともさせようか」

 

視界の隅で全反射が拳を作り、弦を引き絞るように後ろに下げた。完全反射を以て、この戦いに終止符を打とうとしているのだろう。

 

──なぜ俺以外にそれが出来る?

──なぜ俺はこいつを見上げているんだ?

 

「イエスなら頷け。ノーなら好きにしろ」

 

見下したように全反射が──俺以外の人間が、俺の勝敗を決めようとしている。

 

──なぜだ?

 

答えは分かっている。

負けたから、弱かったから、それだけだ。だから文句も言えないし、逆らうこともできない。

 

「──が、は⋯⋯」

「余計な事するな。イエスかノーか、2つに1つだ」

 

ごほっ、と口から空気が漏れる。全身は重く、揺らされた脳は痛かった。だがそれ以上に、耐え難い苦しみが胸中に広がっていた。

 

──これが、敗北? 

 

喉が乾く。喘ぐように呼吸が乱れる。顔の前にある右手は小刻みに震えていた。肉体は既に敗北を受け入れつつあるらしい。

 

──負けるのか。

 

最強を冠し、超能力者(レベル5)でも飛び抜けた存在であるこの俺が、負ける。

突きつけられた現実に、俺はどうしようもない恐怖を覚えた。意識が更に混濁し、自己愛にも似た圧倒的な自信が、存在価値までもが揺らいでいく。

なのに、なぜ。

 

──なぜ俺は、こんなにも滾っているのか。

 

「──きひっ」

 

痛みとは裏腹に、濁り切った意識の奥底にあったのは、言葉では表現し切れないほどの歓喜だった。心臓が熱い。全身の血が踊っている。

 

勝利への渇望、敗北への恐怖。

一方的な蹂躙では足りない。勝つか負けるか分からない、だからこその勝負。そこでしか得られない緊張と、高揚感。

これだ。この充実感だ。久しく忘れていたこれが欲しかった。これを出せる敵が欲しかった。

 

そうだ。これが────これが戦いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ!!」

 

轟ッ!!と吹いた颶風が、前原将貴を砲弾のように弾き飛ばした。完全反射(オーバーロード)に全ての集中を割いていたため、反射は間に合わなかった。

背中からコンテナに直撃し、高く積まれたそれが崩れ落ちる。反射の許容を超えたのか、背骨が軋む音がした。

 

「──ぐ、がばぁッ!!」

 

嗚咽と共に口から出たのは、目が眩むほど強烈な赤だった。遅れて、脊椎を刺すような痛みが突き抜けた。

咳き込みながら立ち上がり、右手で口元を拭う。べっとりと血が着いているが、今更血を見て慌てるような感性など持ち合わせていない。

 

「⋯⋯?」

 

ふと後ろを見る。外周を覆うフェンスの先にいる、御坂美琴と瓜二つの少女と目が合った。

呆然とする彼女の手には、積層プラスチックのアサルトライフルが握られている。『実験』の参加者だろう。

俺が倒れれば、狙われるのは彼女だ。

 

「⋯⋯⋯」

 

一方通行。

学園都市第一位、世界最強の超能力者(レベル5)

 

ふと奏の言葉を思い出す。幻想天使(AIMリボーン)など子供の遊びみたいなものだと。

その通りだ。あんな化け物、比べるのも烏滸がましい。あの小さな体躯から放たれる殺意は、同じ人間とは思えないほど大きい。

 

「すー⋯⋯はー⋯⋯」

 

深呼吸を繰り返し、速くなる鼓動を落ち着かせる。何故か昂っている感情を抑えつける。

 

この衝突は、俺にとって避けられない、逃げられないものだった。なら、それを恐れる理由なんて要らない。そんなもの、邪魔でしかない。

研ぎ澄ませ。

削ぎ落とせ。

不要なものは、切り捨てろ。

 

「すー⋯⋯は⋯⋯──」

 

俺は二度も決定的なチャンスを逃した。二度も追い詰めて、倒し切れなかった。

いや、『倒す』という表現がもう甘い。

『倒す』のではなく、『殺す』。

殺してしまうかも、なんて心配クソ喰らえだ。強さには強さで返すのが礼儀。相手が殺す気でいるのなら、こちらも殺す気でいないと失礼だ。

 

「す──────は────────」

 

俺は圧倒的な格下。戦略が通じないのなら、考える余地など無くていい。

迷うくらいなら捨てろ。先の事など、最初の1歩が出せればどうとでもなる。

 

だから、そう。委ねればいいんだ──

 

 

 

 

 

────この衝動に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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