とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第54話

 

 

 

 

 

これは何だ、と少女は思った。常盤台中学の制服に身を包むのは、とある超能力者(レベル5)を模したクローンだ。その検体番号は10032。今夜ここで行われる計画の参加者だ。

しかし、そこで待っていたのは、黒い制服を纏う少年と、狂喜的な笑みを浮かべる被験者の姿だった。

 

「(何が起きているのですか、とミサカは状況の把握に務めます)」

 

目元を覆う暗視(NV)ゴーグルを上げ、感情の無い瞳を白黒させる。

 

一方通行(アクセラレータ)は学園都市の第一位だ。下に絶対的な差をつける、史上最強の超能力者(レベル5)だったはずだ。

なら何故、『戦い』なんてものが起こるのだろう?戦いは、力が少なくとも拮抗していないと起こりえないはずなのに。

 

「(あの少年は何者なのですか、とミサカはネットワークを介し情報を集めます)」

 

ベクトル操作を破る術なんて理論上存在しないはず。ではあの少年は理論の外側にいるとでも言うのだろうか?

そして何故あの少年は、第一位という絶望的な相手を前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「⋯⋯⋯」

 

注意と警告をすべきだ、と頭では分かっている。無益な争いを止めるべきだ、と理解はしている。

だが動けなかった。それくらい、目の前で進む現実が飲み込めなかった。

 

「足りねェな、もっとだ!!もっと吐き出せ全反射(ハーモニクス)!!」」

 

轟ッ!!と気流が収束し、巨大な竜巻となって襲いかかった。巻き上がった砂利が地面を削り、無数の傷跡を残していく。

しかしその鉄槌は、ハーモニクスと呼ばれた黒い少年に直撃し、その輪郭を歪ませた。少年はそれに見向きもせず、そのまま白い怪物に肉薄していく。

 

「(そんな馬鹿な──)」

 

2人が最短距離で激突し、白い怪物が顔を歪めた。それが痛みによるものだと気付いたのは、その肩に少年の貫手がめり込むのが見えたからだ。

 

──ありえない。

絶対防御の反射を破るなどありえない。

そんな事、あってはならないはずなのに。

 

「──ッ。イイねェ、そうこなくっちゃよォッ!!」

 

それを成し遂げた黒い少年は、無感動にもう一度貫手を繰り出し、怪物の喉に迫った。しかし怪物がただでやられるはずもない。

 

「──ッ!!」

「──がァッ!!」

 

衝突は一瞬。互いに勢い良く弾かれ、音が遅れて空気を揺らした。少年の瞳に恐怖は無く、むしろ肌がひりつくような殺意すら感じる。

思わず身震いする。ミサカとて怪物とは幾度となく戦ってきたが、ぶつかり合う殺意の濃さが違いすぎる。

 

「イイねェ、この俺を前にまだ立ってるたァ恐れ入るぜ」

「ああ、俺もここまで戦えてる事にびっくりだよ」

「余程気分が良いみてェだな。あれくらいで対等だとでも思ってンのかァ?」

「テメェと対等なんざまっぴらだよクソ野郎が」

 

不遜とも言える少年の言葉に、白い怪物は口元を歪める。称えるような口調の中には、喜色が浮かんですら見える。

怪物はもはや計画の事など忘れているだろう。もう第10032次実験の開始時刻だが、ミサカに見向きもしていない。

 

「──、」

「あ?」

 

ふと黒い少年の体が浮かび上がり、吸い込まれるように夜空へ昇っていった。高度と共にその速さは増し、やがて完全に見えなくなる。

逃げたと思うのが普通だが、そうは思えなかった。最後に見えたあの顔は、少なくとも追い詰められた人間の顔じゃない。

 

何かの攻撃だろうか。でもどんな?その身1つで、一体何をしようと言うのだろう。

 

「──なるほどね。イイぜ、真っ正面から受けてやるよ」

 

怪物が笑みを深めた直後、隕石のような一閃があった。直後、衝撃が壁のように全身を叩き、ミサカの体を吹き飛ばした。何度も何度も地面を転がり、小さな傷が幾つも生まれる。

 

今、何が起きたのだ。

何かが爆発したのか、雷が落ちたのか。そう思ったが、どれも違う。あの少年が何かをしたのだ、という漠然とした認識が脳裏を掠めた。

 

「──よォ、勝ったと思ったか?」

「──ッ!!」

 

がつん!!と氷塊がひび割れるような音が炸裂した。理解が追いつかないミサカを他所に、2人の衝突は加速していく。怪物の笑みもより狂喜的に、より狂躁的に歪んでいく。

 

「次から次へと予想を超えてくれるなァッ!!本当最高だよオマエ!!」

「──ッ!?」

「頼むから簡単に死ぬンじゃねェぞ!!オマエにはお返しがたァくさンあンだよ!!!」

 

白い怪物が大呼する。竜巻を自分の背中に叩き付け、黒い少年に肉薄した。アッパーカットのような軌道の拳は少年を捉え、その体がロケットのように宙に弾け飛んぶ。

 

「ぐっ──!!」

「遅ェ、そンなンじゃ百年遅ェぞ全反射!!」

 

しかし怪物は止まらず、竜巻を翼のように操作し、少年より速く上空に達した。緩慢に振り下ろした拳が、弾き飛ばされた少年の胸元を捉える。

グゴギィッッッ!!!と凄まじい爆音がした。

 

「(⋯⋯本当に、彼は何者なのでしょうか)」

 

実験の開始時刻を過ぎても、やはり動けない。先日のお姉様すら比較にならない衝突を前に、どう動くべきか分からなかった。

やがて灰色の霧が晴れ、クレーターの中心に2人の姿が顕になる。しかし、その間には明確な違いが生まれていた。

 

「か、はっ──」

「まだ死ンでねェのか。イイねェ」

「ぐ、──っ」

「無理に動くなよ。死に急いじゃあつまンねェだろうが」

 

倒れる黒い少年と、それを見下ろす白い怪物。少年は瀕死の魚のように痙攣しており、出血箇所も1つや2つではなかった。

あれだけの攻撃を受けて息がある事自体おかしいが、それも風前の灯に近い。

 

「いやァ、オマエはよくやったよ。いや本当によく頑張った。こンなに楽しかったのは初めてだ」

「ぐ、がッ⋯⋯」

「安心しろ。殺しはしねェ。こンな面白ェ奴、すぐに殺してたまるか」

「情、けを、かけて⋯⋯くれる、のか⋯⋯?優しい、じゃねぇか⋯⋯」

「はンッ、余裕見せる暇があンなら、さっさと命乞いの1つでもしてみろよ」

 

楽しそうな怪物の言葉に、少年は口元を薄く歪めた。状況を理解してのものか、何にせよ明らかに異質な表情だ。

 

「じゃあ、1つ⋯⋯⋯⋯ミサカに、これ以上⋯⋯手を、出すな」

「さっすが風紀委員(ジャッジメント)サマ。ここにきてンなセリフが吐けるたァ立派なもンだぜ」

「はっ⋯⋯──かはッ」

 

少年が短く咳き込む。呼吸と共に出たのは、闇夜でもなお赤い鮮血だった。全身に負った傷とは別に、体は既に限界だったのだろう。

当たり前だ。第一位に食らいつくなんて無茶をして、無事でいられる方がおかしい。地雷原を駆け抜けるような無理をして、遂に限界を迎えたのだ。まさに爼上の鯉、これから始まるのは一方的な蹂躙に違いない。

 

「(いけません、量産品(ミサカ)はともかく、関係の無い一般人(オリジナル)を死なせる訳には──)」

 

しかし足は釘付けにされたように動かない。状況を整理しようと、ミサカは自身の心理状態を分析しようとした。

 

だからだろうか。

ツンツン頭の少年がすぐ隣を駆け抜けたことに、ミサカはとっさに反応できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯ふう、やはりこの傷で動くのは堪えますね、とミサカは嘆息します」

 

学園都市某区、とある計画の協力機関の1つにその少女はいた。とある超能力者(レベル5)と全く同じ顔、同じ制服に身を包んでいるが、各所に巻かれた包帯が痛々しい。歩き方もぎこちなく、医者が見れば止めに入っていたことだろう。

そんな少女に、全く同じ声で話しかける者がいた。

 

「おや、ミサカではありませんか、とミサカ10039号は問いかけます」

「ミサカですか、とミサカ10013号は答えます」

 

制服や武器、その他兵器が保管されるここには、こうして多くのミサカが集まる。もっとも、それらの数や種類は計画によって予め決まっており、ミサカもそれに合わせてチューニングされているため、武器の勝手な持ち出しは禁止されている。なお違反した前例は無い。

 

「10013号⋯⋯第三者の乱入により実験が中止になったミサカですか。再実験は未定のはずですが、何故ここに?とミサカは当然の疑問を口にします」

「先日のリベンジのために作戦を考えていました、とミサカは武器一覧を吟味し答えます」

 

ミサカが目を覚ましたのは今朝のことだ。研究所の治療台は固く、起きた途端に背中に激痛が走ったのを覚えている。

その後、ミサカが生きていることに強烈な違和感を覚えた。本来なら既に死んでいる身。計画として見れば、そうでなければならない存在だ。それに疑問を抱くことすらなかったはずだ。

 

でも、違った。たった1人の風紀委員が、その運命を捻じ曲げて見せた。

 

「なるほど。勤勉なのは良い事です、とミサカ10039号は惜しみない賞賛を送ります」

「ところで10039号は何故ここに?とミサカ10013号は問いかけます」

「実験で使う鉄鋼破り(メタルイーターMX)の最終調整のためです。一点集中攻撃も広範囲攻撃も効かないのなら、それを同時にすればいいのです、とミサカは得意げに作戦を明かします」

 

えっへん、と同じ顔の少女が、同じように無い胸を張る。しかし口ではこう言っていても、本気で勝てるとは思っていないだろう。予め決まった役をこなすだけの人形、それがミサカなのだから。

 

「健闘を祈ります、とミサカ10013号は応援の言葉を送ります」

「ありがとうございます。ところで、ゴーグルは着けていないのですか、とミサカは10039号は問いかけます」

「先日の実験で破損したため、それの受け取りも含めここに来ました、とミサカ10013号は答えます」

 

同じ顔、同じ姿をした体細胞クローン妹達(シスターズ)

しかし、暗視(NV)ゴーグルを着けているか否か、という点において2人は違った。モデルとなった超能力者(レベル5)と並んだら、それこそ見分けがつかないだろう。

 

「お探しの鉄鋼破り(メタルイーターMX)はこちらですね、とミサカ10013号は倉庫の一角を指差して親切に教えます」

「おお、それです、とミサカ10039号は思わぬ親切に謝辞を述べます」

 

挨拶もそこそこに、10013号は同じ顔の少女を見送った。互いにこうも淡白なのは、そもそも会話しなくても情報の交換が出来るからだろう。

 

『ミサカネットワーク』

クローンゆえに全く同じである脳波を電気信号として発信、リンクさせることで創り上げた、1つの電磁情報網である。

これを通して記憶や経験を受け継ぎ、次の実験の糧とする。それこそが、この長期的な計画──『絶対能力進化(レベル6シフト)計画』を可能とした理由の1つだ。

 

「(⋯⋯だからこそ、ミサカのような存在は扱い難いのでしょう、とミサカは嘆息します)」

 

ミサカ10013号の処遇は、次に向けての養生期間、という形に落ち着いたらしい。すぐに再実験とならないのは、この実験が樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)による『完全』な計画であるためだろう。完全ゆえに、死に損なったミサカをどう扱うか迷っているのだ。

 

「ミサカにどうこう言う権利はありませんか、とミサカは現状を受け入れようとします」

 

これからミサカはどうすれば良いのだろう。使命を果たせず、死ぬ事もできず、ただの異常(エラー)になり果てたミサカに、一体何が出来るというのだろう。

⋯⋯こんな事を考える時点で、ミサカはもうおかしいのかもしれない。

 

『俺は自己満足でお前を助ける。何か文句あんのか』

 

ふと少年の言葉を思い出し、ミサカは思わず笑いそうになった。荒っぽい口調もそうだが、ああも堂々と自己満足と言える姿がおかしかった。

でもそれ以上に、そういうのも悪くない、と思ったミサカ自身を笑わずにはいられなかった。

 

「⋯⋯いえ、違います。する事が無いのなら、少しくらい、ミサカの好きなように生きてみましょうか、とミサカは納得します」

 

数十分後、とある研究機関にて、計画開始以降初めて警報が鳴り響いた。それを起こした妹達(シスターズ)のおでこに、暗視(NV)ゴーグルは無かったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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