とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第55話

 

 

 

 

 

地獄のような計画を知った。1人涙をこぼす少女を見た。

止めないと、と上条当麻は思った。

だから走った。だから探した。だからあの少女の雷撃を、ああやって正面から受け止めた。

そして見つけた、ただ1つ解決策。即ち、最弱の俺が最強の超能力者(レベル5)を倒す事。

作戦も何も無いが、やる。こうしている今も、クローンの少女は傷付いているのだから────そう思っていたからこそ、理解できなかった。

 

「前、原⋯⋯?」

 

突きつけられた白と黒の衝突に、思考が完全に停止する。ぼそりと名前を呼ぶが、それで止まる訳もない。

()()()()()()()、記憶を無くして1ヶ月。数少ない知り合いの中でも、前原とは比較的仲が良かった。

頭が良く、強力な能力者で、同じ小中学校に通っていた幼馴染。高校が別れても、近所ゆえに頻繁に遊ぶ仲であり、優秀な風紀委員(ジャッジメント)であることも知っている。そして何故か、俺に負い目を感じていることも。

そんな前原がなぜ第一位と戦っているのか、いくら考えても答えは出ない。

 

「イイねェ、この俺を前にまだ立ってるたァ恐れ入るぜ」

「ああ、俺もここまで戦えてる事にびっくりだよ」

「余程気分が良いみてェだな。あれくらいで対等だとでも思ってンのかァ?」

「テメェと対等なんざまっぴらだよクソ野郎が」

 

一方通行(アクセラレータ)の冷淡な声に、前原は口元を歪める。その瞬間、ぞわりと水を浴びせられたような悪寒が走った。

どんな経緯があったか知らないが、前原はこの戦いを受け入れている。口調も荒っぽいが冷静で、窮鼠という訳でもない。

ただ、この状況でなぜ笑えるのか、それだけが不思議でならなかった。

 

「(⋯⋯いや、そんな事は今はいい。早く前原を止めないと)」

 

走り出そうとするが、前原が浮かび上がったのを見て、その足を止めた。恐れた訳じゃない。邪魔になると思ったのだ。

空気抵抗を無視し、位置エネルギーをそのまま利用する人間ミサイル。理屈は簡単だが、やってる事は隕石と同じだ、とは前原の言葉だ。

 

そんな手札を切らざるをえないほど、一方通行は強い────そんな相手に1人で挑むなど、看過できるはずがない。

 

「⋯⋯、!」

 

夜空に瞬いた一閃が、周囲の音を掻き消した。とっさにフェンスにしがみついていなければ、衝撃に吹き飛ばされていたに違いない。

しかし戦いは終わらない。

砂埃が晴れぬうちに、今度は爆心地から何かが打ち上がった。更にそれは、一気に飛び上がった一方通行に上から叩きつけられ、高速で落下する。

グゴギィッッッ!!!と凄まじい爆音がした。

 

「ま──」

 

着弾から1分ほど経ち、砂埃が晴れていく。その先にいたのは、力無く倒れる前原と、それを見下ろす一方通行の姿だった。

 

「前原ぁぁぁあああああああああっっ!!!」

 

叫び、そして駆け出す。一方通行はこちらを見たがすぐに興味を無くし、その視線を前原に戻した。

その横顔に渾身の拳を叩き込む。ぐしゃり、という鈍い音と共に、最強の超能力者(レベル5)が砂利の上に吹っ飛んだ。

 

「ごぶぁ!?」

 

遠くに倒れ込んだ一方通行が、孵化寸前の悪魔のようにもぞもぞと蠢く。何が起きたか理解できないのか、目の焦点が定まっていない。

俺はそれを無視し、手足を投げ出している前原を抱き起こした。ボロボロだが、瀕死という訳ではないらしい。

 

「前原!大丈夫か前原!!」

「⋯⋯当、麻?何、で」

「詳しい話は後だ。1回下がるぞ!」

 

初めこそ目を剥いていた前原だが、すぐに平静を取り戻し呼吸を整えた。さすが風紀委員、状況判断と切り替えの速さはピカイチだ。

しかし前原は立ち上がるやいなや、俺にタックルをかましてきた。素早い、そして予想外の行動に、街の不良にも勝てるか怪しい俺はなすがままに吹っ飛ばされた。

 

「ぐぇ!!?なにす──」

「伏せろ!!」

 

ドバッッ!!と、つい先ほどまで立っていた場所が爆発する。それが一方通行の攻撃だと理解するより早く、前原はジグザグに移動し、一方通行から距離を取っていく。依然タックルされたままの俺も、当然それに従うほかない。

 

「──っ、ちっくしょ、何だ!?オマエ何だよその動きは!ウネウネウネウネ逃げてンじゃねェ!!」

 

痺れを切らした一方通行が再度突っ込み、前原はそれを更に躱した。一方通行の細い拳が、分厚い金属のコンテナに突き刺さった。

ゴキンッッ!!と、鋭い音が可視化したように白い煙幕が上がった。

 

「(何だ、これ。小麦粉⋯⋯?)」

「静かに」

 

その煙幕の中で腕を引かれ、俺は高く積まれたコンテナの陰に隠れた。一方通行の姿は確認できず、相手からしてもそれは同じだろう。

この煙幕を想定してたかは分からないが、話し合う程度の時間が確保できたみたいだ。

 

「当麻。さっきお前が言ったように詳しい話は後だ。今はアイツを倒す事に集中する」

「分かってる。だが前原はもう限界のはずだ。俺が戦うから、お前は休んでろ」

「そうはいくか。一方通行は俺を逃がさないし、何よりお前を残して逃げるなんてありえない」

 

前原は言い切り、口元の血を拭った。その瞳の闘志は萎えてなどおらず、むしろ先ほどより強く、鋭くなっている。

しかし、これは逃げる逃げないの問題ではない。最弱である無能力者(レベル0)が、最強の超能力者(レベル5)を倒す事が重要なのだ。むしろそれ以外では意味が無い。

 

「⋯⋯分かったんだ。計画を止める方法、全ての妹達(シスターズ)を救う方法が。そのためには俺が戦うしかない」

「⋯⋯悪いが、一方通行はもう計画に興味なんて無さそうだぞ。現にミサカの事だって忘れてる」

「だとしても、だよ。最悪なのは、今後1つでもミサカの命が失われる事だ。ミサカを救うには、計画そのものを破綻させるしかない」

 

どうやら互いに譲る気は無いらしい。このままでは水掛け論だ。

そうこうしてる中、裂くような一方通行の叫びが聞こえた。それはもはや咆哮に近く、そこに宿る怒気は静電気のように肌をひりつかせた。

 

「⋯⋯悠長に話してる時間は無い。当麻、さっきのはお前の幻想殺し(イマジンブレイカー)が発動したんだな?」

「あ、ああ、多分。だから俺が戦うのが1番効率が良い」

「俺の『反射』も反射を破れる。条件は一緒だ。どっちが戦うかなんて気にしてる場合じゃない」

「⋯⋯まぁ、言って引く前原じゃないもんな」

「分かってんじゃん」

 

にやりと笑った前原は腕が動くことを確認すると、その拳を硬く握った。

最強の反射を打ち消すために、同じ反射を使う。ある意味反則とも言えるやり方だ。それが実行できるのは、学園都市でも唯一前原だけだろう。

 

「⋯⋯状況は最悪だ。だが、正直助かった。当麻の右手があれば、ギリギリの活路が開けるかもしれない」

「反撃開始だな。俺はどうすればいい?」

「アイツに理屈は通じん。俺が正面から挑むから、当麻は裏からトドメを刺せ」

 

前原の言葉を纏めるとこうだ。

一方通行の興味は前原だけに向いている。そのため隠れて動けば、自分は気付かれることなく裏を取れる。加えて一方通行は『最強の能力』ゆえに肉弾戦に弱く、拳が届きさえすれば倒せる、という事らしい。

 

「⋯⋯だが1回殴った以上、当麻に対して無関心という訳でもないだろう。そう簡単な話じゃないぞ」

「分かってる。それより俺が聞きたいのは──」

「──来るぞ、行け!!」

 

お前はもう戦うな──という言葉を待つことなく、前原は陰から飛び出した。直後、狂ったような笑い声と、氷塊が割れるような音が響く。連続して響くその音は、少なくとも人体から出るそれではなかった。

 

「(──クソッ!やるしかねぇのか!!)」

 

一瞬考えたが、すぐに打ち切って走り出す。

前原の作戦には現実味があった。少なくとも、ただ倒すとしか考えてなかった俺より勝算は高いだろう。何より時間が無い。悩んでいる間にも前原は疲弊し、死に近づいている。

前原を止める事もできず、他に打開策も浮かばないのなら、あとは従うしかない。

 

「オイオイ、さっきから逃げ回ってンじゃねェよ!!寂しいだろォが!!」

 

轟音に紛れ、甚振るような声が聞こえる。それが連続するごとに、俺は震えるほど硬く拳を握った。

学園都市第一位をこの手で倒す。その現実感の薄さより、妹達(シスターズ)を、御坂美琴を、そして前原を救いたいという願いが、俺の中では遥かに勝っていた。

 

「──ッ!」

 

無我夢中で駆け巡り、一方通行の背後へと回る。同時に前原が肉薄攻撃を行い、一方通行が勢い良くこちらに弾かれた。

 

相手は第一位。御坂美琴すら勝負にならない、正真正銘の化け物。右手以外が触れてしまえば、次の瞬間に呼吸をしているかすら保証できない、そんな埒外の怪物。

 

それでも飛び出す事に躊躇は無かった。

力強く踏み込み、最短距離で肉薄する。前原で遊ぶことに夢中なのか、一方通行は気付かない。

静かに溢れる激情を、逆らうことなく右の拳に全て乗せる。手の骨が壊れる可能性など全く考慮せず、その無防備な後頭部に狙いを定める。

 

「──今助けるぞ、前原」

 

轟音が炸裂した。

史上最強を冠し、何人たりとも触れる事すら叶わなかった一方通行が、声も上げずに吹っ飛んだ。呻き声すら上げず、そのまま砂利の上を転がっていく。

 

華奢な体、頭部への衝撃の連続。

仮に医者が一部始終を見ていれば、すぐさまドクターストップをかけている事だろう。

 

しかしそんな者はいない。

ここにいるのは、いずれにせよ常識から外れた3人だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

退屈だ、とずっと思っていた。

 

一方通行は最強の超能力者(レベル5)だ。比べようもないが、恐らく全人類の頂点に立っているに違いない。

そんなの分かり切っているから、確かめる必要なんて無い。ましてや誰かを倒そうなんて思ったこともない。

力も、速さも、思考もいらない。自分は何もせずとも、相手が勝手に負ける。

ああ、なんと退屈な世界なことか。

 

──だが、何だこれは?

 

「⋯⋯く、」

 

俺は今、初めて戦いを味わっている。

初めて痛みを味わっている。

初めて、負けるかもしれないと感じている。

 

「くか、」

 

頭が痛い。痛すぎて、どこが痛いのかすら分からない。足が震え、呼吸は乱れ、敗北の2文字が眼前まで迫っている。

 

──それでも、胸中に湧き上がるのは歓喜だった。

 

「くか、き」

 

当然、負けるのは怖い。耐性なんか一切無いし、最強という自分の存在意義すら失いかねない。負けるかも、なんて想像するだけで息が詰まる。

だからこそ、勝ちたい。俺が今、どんな表情をしているか知らないけど、ただコイツらを叩き潰したい。

 

「きっ、くけっ──」

 

そのためには強さが必要だ。何となく背中に付与していた、あんな竜巻では全然足りない。もっと強いチカラがいる。

そう、それこそ、世界を掴み取るほど絶対的なチカラが───!!

 

「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこきかかか━━━━!!!」

 

月を摘むように、頭上へ手を伸ばす。

轟ッ!!と、その瞬間に音を立てて風が渦を巻いた。 全反射(ハーモニクス)の顔が驚愕に染まるが、今さら気付いた所でもう遅い。

すでに操車場の上には、砲弾にも似た大気の渦が待機している。直径数十メートルに及ぶ巨大なそれが、パチパチと歓喜の産声を上げていた。

 

「──ッ!!」

「前原!!」

 

風速120メートル。自動車すら舞い上げる烈風の槍が、見えざる巨人の手のように2人に襲いかかった。

能力で耐える全反射がとっさに手を伸ばし、ツンツン頭が()()()それを掴む。瞬間、枯葉のように2人の体が吹き飛び、片や折れた風力発電のプロペラに、片や割れたコンテナの壁に直撃した。

 

「⋯⋯、はァ?」

 

プロペラに当たったツンツン頭は、激しく咳き込むだけでまだ平気そうだ。しかし、肝心の全反射は崩れ落ちたまま起き上がらない。

確かに想像以上の破壊力だが、まだ周辺の風を少し操った程度だ。能力を考えれば、当然無傷であるべきだと思うのだが。

 

「おいおい、ガッカリさせンなよ全反射!こンなつまンねェ幕引きで済むと思ってンのかァ!!?」

 

それにしても、この威力。ならばこの街、この世界全ての風の流れを掴めばどうだ。より精密に、より完全に計算できれば、それこそ世界を滅ぼす事も可能ではないか。

 

世界は、この手の中にあった。

 

「──く、かははっ」

 

その力を試してみたい、そんな好奇心が全身を駆け巡る。体の傷、恐怖などとうに忘れ、未知との遭遇に心を躍らせる自分がいる。

 

「何だ何だよ何ですかァそのザマは!おら、もう1発かましてやるからカッコ良く敗者復活でもしてみろっつの!!」

 

夜空を抱くように両手を広げ、頭上に吼える。その呼吸に合わせ、街中の風が心臓のように頭上の渦へと集中していく。

 

「空気を圧縮、圧縮、圧縮ねェ。はン、そうか。イイぜェ、愉快な事思いついた。おら、立てよ風紀委員。じゃねェともっと被害が広がるかもなァ!!」

 

台風のような破壊の中、暴風と狂笑だけが聞こえる。それを彩るように、頭上の球体に溶接のような白光が生まれた。

 

高電離気体(プラズマ)

あまりに圧縮されて熱を帯びた空気が、原子レベルで強引に分解された成れの果て。やがて眩い光を放ち、周囲の闇と星の煌めきを絶滅させた。

ひとたびこれが落下すれば、摂氏1万度を超えるそれは瞬く間に拡散し、この操車場を焼き尽くすことだろう。

 

「いやァ、強ェ奴と戦うってのがレベルアップのコツってなァ本当みてェだな。なあ、そうは思わねェか全反射よォ!!」

 

そんな爆弾に、まるでお手玉でもするように両手を掲げる。あとはこの腕を振り下ろせば、全てが終わる。

『敵』を死なせない、とはもう考えない。これはもう、人類が防げる一撃ではない。むしろこの爆弾を以て『敵』を排除することで、俺が最強──いいや、無敵である事の証明としよう。

そのために俺は、コイツらを消し飛ばす。

 

「──あばよ、全反射。久々に愉しかったぜ」

 

冷酷に、無慈悲に、最強がゆっくりとその腕を振り下ろした。高電離気体が落下する。

 

もう、誰にも止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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