とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第56話

 

 

 

 

 

もう駄目だ、と御坂美琴は直感で感じた。

あれはもう次元が違う。核シェルターを丸ごと地下から掘り返すような高熱の塊など、対抗しようと考える方がおかしい。

電子制御で言えば学園都市でも最高クラスである私が思うのだから、まず間違いないだろう。

 

「あ──、」

 

視線の先で、一方通行(アクセラレータ)が腕を振るい、応えるように頭上の高電離気体(プラズマ)が落下し始めた。

考える時間がもう無駄だった。いや、時間があった所で私1人でどうにか出来たとは思えないが、既に賽は投げられてしまった。

 

「────、ッ!」

 

背骨が瞬間冷凍されたように寒気を訴える。同時に、関係の無い2人を巻き込んでしまった事実に、自分の中で途方も無い呵責が生まれた。

それから逃れるように、私は2人に目を向ける。

 

しかしそこには誰もいなかった。

ツンツン頭のアイツはもちろん、倒れていた前原まで、既に着弾地へと走り出していた。そのまま一遍の躊躇も無く、滑り込むように高電離気体の下に潜り、手を掲げる。

 

「え⋯⋯?」

 

ズッ⋯⋯と嫌な音がした。あれほどの高エネルギー体が衝突したとは思えない、鈍い音だった。

落下のみを続けていた高電離気体が止まる。地面との間につっかえ棒のように挟まった前原さんが、衝突の寸前で食い止めているのだ。その隙にアイツが右手を振るい、高電離気体に激突する。

 

数秒後。

ベッゴォ!!と、誰にも止められないと思っていた一撃が、目の前で粉々に吹き飛んだ。

 

「──、!」

 

愉悦に塗れた一方通行の顔が歪む。しかし私にとって、そんな事はもうどうでもよかった。

 

──前原さんが本当に死んでしまう。

あの一撃を止めたのは歴史的快挙に違いない。しかし、そのための数秒間が致命的だ。一方通行と戦い続け、ただでさえ限界の体にあの一撃、無事でいられるはずがない。

事実、高電離気体が弾けた瞬間、前原さんは糸が切れたように崩れ落ちた。

 

「──く。ククク、かははッ。何だァ、オマエら。思った以上にやるじゃねェか!!」

 

一方通行が笑い、再び両手を広げる。巻き直すように頭上に風が集まっていき、やがて溶接のような眩い白光が生まれる。

──2発目がくる。前原さんが倒れた今、アイツの右手でも止められるか分からない。

 

「(──わ、私が⋯⋯私が、何とかしないと)」

 

急に喉が乾き、息苦しくなるのを感じた。掻き毟るように両手で顔を覆い、浅い呼吸を繰り返す。

ともすればヒステリックにも見えるだろう。風に吹かれた自分の髪が、その両手を荒く撫でた。

 

「(⋯⋯、風?)」

 

ふと私は、とある簡単な事実に気付いた。からからと、風力発電のプロペラが遠くで回っている。

 

あの高電離気体は、一方通行によって集められた風が凝縮されたものだ。規模からして世界ではなく、街中の風を利用したものに違いない。

ならば、街中に立つ風力発電のプロペラを回せばどうなる?1つ1つは小さい攪拌でも、それが幾千幾万ともなれば、一方通行は風を制御できないのではないか?

 

「(でも、そんなに沢山のプロペラをどうやって──ッ!?)」

 

思い出した。確か風力発電のプロペラは、特定の電磁波を浴びせる事で回す事が出来る。確かに私1人が実行しても特に意味は無いだろうが、そうじゃない。

 

妹達(シスターズ)

この街には、私と同じ顔の少女が、私と同じ能力を持った少女が1万人もいる。しかも脳波をリンクさせることでネットワークを構築、並列演算で風の流れを計算する力を持って。

 

「(──これは、本当に偶然、なの⋯⋯?)」

 

ただの偶然、と言うには余りにも出来すぎている。誰かが仕組んだのだ、と考える方がまだ納得できる、そんなレベルの巡り合わせだ。

だが考える時間はない。私は走り、呆然と戦況を眺める妹達に詰め寄った。

 

「アンタにやって欲しい事があるの。ううん、アンタにしかできない事があるの!」

「お姉様⋯⋯?」

 

状況が理解できないのか、同じ顔をした少女がぱちぱちと瞬きする。しかし私は止まらず、泣きそうな子供のように言葉を紡ぎ続けた。

 

「たった1つで良い、私の願いを聞いて!私じゃ、みんなを守れない⋯⋯から。どれだけ足掻いても、絶対守れないから⋯⋯だから、お願いだから!!」

 

誰一人欠ける事なく、何一つ失う事なく。

誰もが笑って、誰もが望む。そんな幸せな結末に辿り着くためには。

 

「お願いだから、アイツの夢を⋯⋯前原さんの日常を守ってあげて!!」

 

自分がどれだけ自分勝手で、どれだけ無責任な事を言っているかは分かってる。常盤台のエース、7人だけの超能力者(レベル5)と持て囃されながら、この状況で何もできない事だって理解している。

けれどそんな言葉に、思わぬ所から返事があった。

 

「了解しました、とミサカは答えます」

 

目の前の少女じゃない、けれど同じ声が確かに聞こえた。

振り返ると、そこには自分と同じ顔の少女──妹達がいた。しかし特徴的な暗視(NV)ゴーグルは無く、代わりにバズーカのような大筒を担いで。

 

「ネットワークに接続を開始、演算と能力を並行して行います」

「あ、アンタは⋯⋯妹達、なの?」

「はい。検体番号10013、間違いなくあなたの妹達(クローン)です、とミサカは答えます」

 

ただ、と少女が付け加える。今まで見てきた妹達とは違い、ほんの少しだけ人間味のある笑みで、こう言った。

 

「少し自分勝手なだけです、とミサカは補足します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟ッ!!という風の唸りと共に、頭上に浮かぶ高電離気体の形が急に崩れた。

 

「な⋯⋯?」

 

思わぬ崩壊に、一方通行が頭上を見上げる。

集めた風の流れが急に乱れた。そのせいで計算に誤差が生じ、高電離気体が揺らいだのだ。

計算を間違えたか、と思ったが違う。いくら計算式を修正しても、特に間違いは見当たらない。学園都市第一位、つまりこの街でも最高クラスの頭脳を持つ俺が、変な計算ミスをするとも思えない。

 

誰かが意図的に乱している。風そのものが意思を持って、俺の計算式から逃げるように乱れていることから、そうとしか思えない。

 

「(誰だ。まさか本物の空力使い(エアロハンド)が能力を使ってんのか?いや、街中の風を同時に乱すなンざ、1人で出来るはずが⋯⋯⋯⋯ッ!!)」

 

思わず辺りを見渡し、そして見つけた。同じ顔、同じ能力を持ち、1万もの同時運用が可能なクローンの少女を。

そして思い出す。風力発電のプロペラのモーターは、マイクロ波を浴びせると回転する、という事実を。

 

「(⋯⋯クソが、出来損ないの癖に余計な手間かけさせンじゃねェよ)」

 

舌打ちして踏み込んだ1歩は、しかし間に割り込んだツンツン頭の少年によって止められる。その拳は握られ、睨むように俺を見据えていた。

それを見て、俺の口角が釣り上がった。

 

「⋯⋯ヘェ、オマエも面白ェな。全反射(ハーモニクス)の次はその訳分かンねェ右手か」

「⋯⋯⋯」

「クク、次から次へと⋯⋯本当、最近は面白い事が多くて──」

 

ぐらり、と視界が揺れた。あまりにも唐突な異変に、一瞬だが思考が停止する。何とか倒れないよう耐えるが、よく見ればその足も震えていた。

能力かと思ったが、能力含め自身に影響を与える全てのものを11次元上で演算・処理しているこの俺に、精神攻撃なんて効くはずがない。

 

だとしたら、何だ。何なのだこれは。

 

「テメェの負けだよ」

「──ああッ!?」

「その能力は確かに外部からの攻撃には最強だよ。だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ツンツン頭が何か言っているが上手く聞き取れない。立っているだけで吐きそうになり、倒れるのを防ぐのがやっとだ。

それでもツンツン頭は淡々と続ける。まるで事実を突きつける裁判官のように。

 

「怪我とは無縁の人生を送ってきたんだ。そりゃ怪我の治療法も、その怪我がどんな影響を及ぼすかも知らなくて当然だよ」

「な、にを⋯⋯」

「しかもテメェは能力が無けりゃただの三下だ。そんな奴が顔面を何発もぶん殴られて、平気でいられる訳ねぇだろ」

 

ツンツン頭が1歩前に出る。俺に対して恐れも躊躇も無い、確かな意志を感じる足で。

後ろにいる第三位も、妹達も同じだった。泣き言1つ言わず、ただ無言で『敵』を睨みつけるように俺を見ていた。

 

──ふざけるな。

誰の了解を得て俺に楯突いてやがる。誰に対して抗弁を垂れてやがる。いくら俺が追い詰められていようと、オマエら程度が対等だと思ってやがるのか。

 

「⋯⋯ククク⋯⋯それが何だ。まさかその程度で勝てるなんざ──」

 

──がさり、と俺の背後で、何か物音がした。

 

恐る恐る振り返るが、そこには何も無い。遠くで倒れている全反射は、相変わらず血を流したまま動かない。息があるかも怪しい、まさに瀕死の状態のはず。

なのに、俺の喉は一気に干上がっていた。

 

「⋯⋯、」

 

今のはただの雑音に違いない。砂利がたまたま鳴っただけで、意味なんて何も無いはずだ。

万が一、本当に何かの奇蹟で立ち上がったとしても、あそこまでボロボロの人間など一瞬で粉砕できるはずだ。直接戦うのが嫌なら、クローン共を潰して高電離気体で消し飛ばせば良い。

 

そうすれば勝てる、と理性が歌った。狂ったように危険信号を発する本能を、それで無理矢理抑えつけた。

 

「────殺す」

 

刺すように呟き、逃げるようにツンツン頭に駆け出す。乱れた演算を強引に修正し、地面を蹴る足の力の向きを変更、砲弾のような速度で肉薄する。

 

右の苦手。左の毒手。

それで3人を処分して、後でゆっくりとアイツを殺そう。そう思い、ツンツン頭の懐に潜り込むべく、最後の1歩を踏み出そうとして──

 

「──させません」

 

ズドンッッ!!!と。横から割り込んだオレンジ色の槍が、足元の地面を吹き飛ばした。当然、無い地面に踏み込めるはずもなく、俺はバランスを一気に崩す。

 

欠陥集積超電磁砲(レディオビートレールガン)

使えないはずのガラクタが積もり積もって、最強の進撃を食い止めた。

 

「腹括れよ、最強──」

 

ツンツン頭が呟く。バランスが崩れ、的外れな空間を通り過ぎた必殺の両手を躱し、カウンターをかけるように右手を振り抜く。

それを阻むものは、何も無い。

 

「────この戦い、アイツの勝ちだ」

 

瞬間、世界が歪んだ。

演算を統括する意識が一気に崩れ落ちる。火花が散るように視界がぶれて、手足の感覚が無くなっていく。

 

「(──ああ、何だ)」

 

それでも。脳裏に浮かんだのは、歓喜の一言だった。

いちいち考える力はもう残っていない。だからそれは無意識だ。ただ無意識に、裂けるように口元を歪めて、呟いた。

 

「──思ったより面白ェじゃねェか、この世界も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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