とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第6話

 

 

 

 

 

 翌日。7月21日。

 透き通るほど青いキャンパスの中を、掠れた絵の具のような白い雲が踊っている。無意識に綺麗だと呟くような空模様だ。こんな日は、きっと良い事が起こるに違いない。

 

「へぇ、これが幻想御手(レベルアッパー)ですか」

「おう」

「……なんか思ったよりパッとしませんね」

「だからこそ危険なんだろうよ」

 

 そんな事は何の関係も無い、風紀委員(ジャッジメント)177支部。黒い制服を着た前原将貴は、後輩である初春(ういはる)飾利(かざり)にそう告げた。

 

 音楽プレーヤーを眺める初春の頭には、花がふんだんに散りばめられたカチューシャがある。その花があまりに多く、遠くから見たら花瓶が歩いているように見えてしまうほどだ。彼女の同期である白井とは対照的に、大人しめで非力、かつ常識的な少女である。

 

「それにしても、聴くだけでレベルアップって、そんな事あるんですかね」

「試してみるか?オススメはせんが」

「じょ、冗談ですよ!」

「それはそうと、その幻想御手とやらは、このサイトからダウンロードできるみたいですわね」

 

 呆れた白井がノートパソコンの画面――そこに映る『Music Link News』という音楽サイトを見せてくる。

 そのサイト自体は、誰でも閲覧、試聴できる、ごく一般的なものだ。ただし、そこの隠しページに紛れ込んでいる、あるモノを除けば。

 

 

 

『 TITLE:LeveL UppeR

  ARTIST:UNKNOWN 』

 

 

 

「ダウンロードって点からしても間違いないだろう。現物もあるしな」

「よくもまあ見つけましたわね」

「白井さんも前原先輩もそうですよ。こんなのよく見つけましたね」

「偶然だよ」

「ですわね」

 

 昨日休んだ詫び代として、巷を騒がせている幻想御手を持って来たのだが、どうやら白井もここまで辿り着いていたみたいだ。

 流石と言おうか仕事が早い。変態だが。

 

 ちなみに、昨日サボった涼乃は現在、活動報告書の見直しに1人奮闘中だ。飽きるのは時間の問題だろう。

 

「うーん……本当にどんなシステムなんでしょうか」

「能力を上げるってことは、脳に干渉してるんじゃないか?原理は分からんが」

「ですわねえ……」

 

 うーん、と3人揃って頭を捻るが、これといった答えは出ない。3人寄れば文殊の知恵と言うが、今回はその限りではないらしい。

 

「まあ、現物も手に入ったことですし、とりあえず木山先生に渡しましょうか」

「木山先生?」

「あ、前原さんはご存知なかったですわね。先日病院でお会いした、脳の専門家の方ですの」

 

 白井曰く、幻想御手の患者が病院に搬送された際、医者は原因が全く掴めず、困っていたらしい。

 その原因を突き止めるため、病院は大脳生理学を専門とする特別チームを招いたそうだ。そのチームのリーダーが木山先生、ということらしい。

 

「なるほどな。確かに、専門家に調べてもらった方が効率的だが……」

「連絡の方は心配ありませんの。事前に話してありますので」

「お、流石じゃん。んじゃ、俺が届けに行っていいか?」

「え、直接行くんですか?ここからデータだけ送ることも可能ですよ?」

「俺はその先生に会ったこともねーからな。挨拶も兼ねて行きたいんだよ」

 

 調査に協力してくれる外部の人間に対し、後輩が挨拶して、先輩がしないというのはまずい。ましてや俺は、生徒の模範となるべき風紀委員なのだから。

 

「それもそうですわね。じゃあ前原さんにお願いしますの」

「あいよ。白井達はどーすんだ?」

「とりあえず、このサイトを閉鎖するよう運営に連絡しておきます。これ以上広げる訳にもいきませんから」

「今のダウンロード数は分かるか?」

「えーと……5000件くらいですね」

 

 簡単に告げられた事実に、自分でも分かるほど嫌そうな声が漏れた。噂が流れ始めた時期を考えると、どうも多い気がするが、需要に対して無限の供給があれば、これも仕方ない。

 

「そこまで出回ってんなら、広がるのを完全に防ぐのは無理そうだな」

「使い回して聴くこともできますからね」

「金銭による取り引きも考えられますわね。スキルアウトが好きそうなことですの」

 

 少し考えただけで、次々と問題が湧き上がる。

 深刻な副作用がある、と分かれば、使用者も一気に減るだろう。しかし大々的に報じては、かえって混乱を招きかねない。1つずつ処理するのが懸命だ。

 

「よし、んじゃそっちは任せるわ。涼乃、一緒に行かねーか?」

「え?あ、うん!行く!」

「……固法先輩にバレても知りませんよ?」

「俺も知らん」

「……これが先輩なのが悲しいですの」

「聞こえてんぞコラ」

 

 適当に文句を言って、俺は足早に支部を出た。少し遅れて、涼乃が隣に並び、自然と同じ歩調に合わさった。

 

「……あの2人っていつも一緒にいますよね」

「今更ですわね」

「でも付き合ってないんですよね?」

「……彼らの場合、付き合う前と後で違いがあるとは思えませんの」

「確かに……」

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 先ほどから驚きの連続である。

 

 まず1つ目。木山先生がいる、AIM解析研究所の規模がすごいこと。正確な値は分からないが、敷地が限られる学園都市で、ここまで床面積が広い研究所は多くないだろう。

 

 そして2つ目。そんな巨大研究所の所長が、20代の若い女性だったこと。年功や性別より功績を重視する学園都市とはいえ、年長者の方が多くの時間と経験を積んでいるのは事実だ。つまりこの人は、それを覆す程の功績を、この年で打ち立てたことになる。

 

 最後に3つ目。

 

「どうも。所長の木山(きやま)春生(はるみ)だ」

 

 その若き天才科学者が、何故か黒いビキニを着用していたこと。

 

「何でプールでもないのに水着なんて着てるんですか!!」

「……?あぁ、これか。少し実験をしていてね」

「実験?」

「水着と下着、似たような面積なのに、どうして下着はダメなのか気になってね」

 

 平然と告げた木山先生に、涼乃が呆れたような溜息を吐いた。涼乃がこんな態度をとるのは珍しい。

 というか、それは道徳的な問題であって、数字で答えが出るものではないと思う。俺は全然構わないけどね。

 

「……ん?まさか先生、次は下着だけで過ごそうとか考えてますか?」

「明日はそうするつもりだが」

「絶対にやめてください」

「これは実験で」

「いいから!!」

 

 涼乃の必死な声も、当の木山先生は不思議そうに首を傾げるだけだ。天然と言おうか、思考がぶっ飛んでいると言おうか。

 ちなみに今の木山先生は、黒ビキニに白衣を羽織るだけという、世のモデルもビックリな格好だ。前衛的どころか、人類史上初の組み合わせではなかろうか。

 

 もっとも、白衣の隙間から見える深い谷間は、素晴らしいのひと言に尽きるのだが。

 

「……とりあえず早く着替えてきてください。そんな格好じゃ集中して話せません」

「分かった分かった。少し待っててくれ」

 

 涼乃が背を押して、木山先生を強制的に退場させる。少し残念な気もするが、集中して話せないのも否定できないため、仕方ないと納得させる。

 

「……どこ見てたの?」

「……見てませんけど」

「嘘つき」

「ごめんなさい」

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「すまない、待たせたね」

「本当ですよ……」

 

 10分後。とりあえず外に出ても問題なさそうな服装の木山先生が戻ってきた。軽い調子で言われたひと言に、涼乃が疲れたように返事をする。

 

「もう一度自己紹介しようか。AIM解析研究所の所長、木山春生だ」

「風紀委員の中村涼乃です」

「前原将貴です」

 

 対面の席に俺と涼乃が並んで座り、1人ずつ挨拶する。すると、俺の名前を聞いた木山先生が、ふと眉を顰めた。

 

「前原……?」

「?」

「ああいや、何でもない」

 

 そう言った木山先生の顔には、かなり深いクマが刻まれていた。眠たげな目とだらしない格好からして、やはり女性管理職は大変なのだろうか。

 いや、たぶん性格の問題だ。

 

「ミルクはいるかい?」

「あ、はい。お願いします」

「私もお願いします」

 

 出されたコーヒーにコーヒーフレッシュを入れ、一口飲んでみる。コーヒーの苦味とミルクの甘味が、舌の上で中途半端に混ざり、風味をより深めている。

 だが生憎、それを嗜むほど大人でもない。

 

「さて、改めて話をしようか」

「はい」

「水着と下着。同程度の露出でもなぜ下着はダメなのか」

「いや、そっちでなく」

 

 真剣な表情で問題を提起する木山先生に、2人揃ってツッコミを入れる。

 何故こうも水着に拘る。一度気になったら止まらない、科学者の悲しき宿命なのか。

 

「先日、後輩の白井が言っていた物が見つかったので、届けに来たんです」

「先日……幻想御手というやつか?」

「そうです」

 

 話が逸れると思ったのか、涼乃が強引に本題を切り出した。それに呼応し、俺もようやく音楽プレーヤーを差し出す。

 ただ渡すだけなのに、なぜ俺はこんなに疲れてるのだろう。元凶は目の前にいるけど。

 

「これがその幻想御手です」

「ん?幻想御手は音楽なのか?」

「使用はしていませんが、情報は確かです」

 

 音楽プレーヤーを受け取った木山先生は、さして驚いた様子もなく、興味深そうにそれを眺める。しかし見て分かるはずもなく、さっさとポケットにしまった。

 

「分かった。とりあえず出来る限り調べてみよう」

「お願いします。では、質問をしてもよろしいですか」

「うん?何だ?」

「能力に作用するということは、恐らく脳に干渉するシステムかと思われます。しかし、そんな事は実際には可能でしょうか?」

「出来なくはないだろうが……」

 

 2つ目のコーヒーフレッシュを注ぎながら、木山先生が思案する。日頃から頭を使っているせいか、木山先生は甘い味が好みのようだ。

 

「五感全てに働きかける学習装置(テスタメント)ならまだ分かるが、聴覚だけで脳を操るのは難しいな」

「そうですか……」

 

 ただ脳に干渉すれば良い訳じゃない。干渉したうえで、どう能力を向上させるよう促すかが問題なのだ。ただ干渉するだけなら、爆音を聴かせて鼓膜を破るだけで事足りるのだから。

 

「では、もう1ついいですか?」

「ああ」

「意識不明になった患者さんについて、新たに分かったことはありますか?」

 

 カップを机に置いた涼乃がそう聞くと、木山先生の眉が少し歪んだ。その反応だけで、何となく結果が伺える。

 

「昨日の今日で時間が無かったのもあるが……良い結果とは言えないな」

「何かあったんですか?」

「何も無かったんだよ。脳をスキャンした写真を見た限り、患者には何の異常も見つからなかった」

 

 そうなると、異常があるのは脳の内部、ということになる。大きいか小さいかは分からないが、1歩は前進できた。もっとも、脳に異常が起きていれば、こちらも解決策を講じやすかったのだが、世の中そう甘くはないらしい。

 

「木山所長、お話が」

「ん、分かった。すぐに行く」

 

 そう自己完結していると、廊下にいた助手と思わしき男性から声がかかった。この男性の方が年上なのに、立場や口調が真逆なのは、それだけ木山先生が凄いということだろう。

 

「詳しい事はまだ分からないが、それを見つけるのが私の仕事だ。任せてくれ」

「はい。よろしくお願いします」

「忙しい中時間を作っていただき、ありがとうございました」

「構わないさ。そう堅くならなくていい」

 

 合わせて頭を下げようとして、それを木山先生に止められる。彼女はそのまま、子供を見守る教師のような笑みを浮かべ、扉の向こうヘ消えていった。

 

「……なんつーか、すごい人だったな」

「本当にね。でも悪い人じゃなさそうだったよ」

「そうだな」

 

 残された俺たちも立ち上がり、玄関へと向かう。長居する理由も無いし、仕事は山積みなのだ。

 

「……大丈夫かな、幻想御手を使った人達」

「どうだろうな……自業自得とは思うけど」

 

 廊下を歩きながら、涼乃の問いに素直に答える。

 不正な手段を取ったなら、その代償を払うのは当然のことだ。知らなかった、考えてなかった、と言うかもしれないが、関係無い。

 事故だろうが故意だろうが、結果としてドーピング反応が出れば一発アウトだ。例え金メダルに輝いたとしても、剥奪は免れない。

 

「……だよね」

「どうかしたか?」

「ん、別に」

 

 涼乃の呟きは風に吹かれ、足元から伸びた影の中へと消えていった。空を浮かぶ雲はほんの少しだけ太陽を遮り、辺りに一瞬だけ影を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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