とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第60話

 

 

 

 

 

混沌(カオス)の坩堝と化した177支部。いよいよパニックになった前原将貴は脱走し、とある総合病院に駆け込んだ。

どたどたどたーっ!と院内を走るのは迷惑だろうが、もはやそんな事は考えられない。

 

「先生助けて!頭がおかしくなった!!」

 

カウンターで叫ぶと、ナース(の格好をした幼稚園児)は慣れた様子で俺を宥め、席に座るよう促してきた。しかしそれで収まるはずもなく、しまいに俺は懇願するように膝を着いた。

 

「ホントお願いします。頭を診てください⋯⋯」

「ちょ、ちょっとおちついてー?きみっておとといたいいんしたまえばらくん?なにかあったのー?」

「頭がおかしくなったんです⋯⋯いえ、現在進行形で狂ってます」

「どんなふーに?」

「あなたが幼稚園児に見えます」

「そっかー」

 

幼稚園児が苦笑いを浮かべ、そのまま奥へ引っ込んだ。

ぶかぶかのナース服を着た幼稚園児に詰め寄る俺は、傍から見たら事案待ったナシだ。なのに何故か誰も何も言わない。狂ってるのは俺かこの世界か。

 

「(⋯⋯大人しく待つとしよう)」

 

頭を冷やそうと、俺は待合室の隅っこにあるソファーに腰を下ろし、膝を抱えた。

 

今や見るもの聞くもの全てが毒だ。

受付嬢は幼稚園児だし、支部は超能力者(レベル5)の巣窟だし、バラエティーにゲスト出演してるのは英国女王だし、超大国の大統領はうちの師匠である。頭がおかしくなりそうだ。

 

いかん、このままでは崩壊した精神が灰まで焼き尽くされてしまう。今こそ風紀委員(ジャッジメント)のメンタルトレーニングを思い出すんだ。

 

⋯⋯⋯。

 

⋯⋯ふう、何とか落ち着いた。そうだ、夢ならばどうしようもない。素直に従おうじゃないか。どうせならそれを楽しむくらいの気概が──

 

「⋯⋯どうしたと言うのだ、少年」

 

ふと肩を叩かれて顔を上げ、そして膝から崩れ落ちる。両手両膝をついて項垂れる姿は、介錯を待つ罪人のそれに近い。

 

マタイ=リース。

 

世界に数十億の信徒を持つ十字教、そのトップに君臨するローマ教皇がそこにいた。

 

「ほんと待って、1回休ませて⋯⋯」

「む。本当にどうしたのだ、前原君」

「なんで教皇様がここに⋯⋯」

「何でと言われても。ここは私の仕事場だろう」

 

教皇の仕事なんて知らないが、少なくともミニスカナース服で病院を練り歩くことではないと思う。患者を死神の懐に叩きつけるつもりか。

 

「⋯⋯むり。もうむり。もうやだ」

「どうしたのだね?」

「先生はいますか。できれば今すぐ診て欲しいです。特に頭」

「ふむ。今すぐは難しいだろうが、今日中には会えるだろう。急ぎかね?」

「最速でお願いします」

 

言い残し、俺は再び隅っこのソファーで小さくなった。いつものARISAの曲を脳内再生し、どうにか精神に安定を取り戻そうと務める。

 

「前原君、先生が昼の休憩に入った。診察ではないが、どうだね」

「⋯⋯行かせていただきます」

 

しかし、そんな仮初の安息は教皇の襲来で粉々に吹き飛ぶ。さすが教皇、一言の言葉の重さが違う。俺を叩き潰すのはそんなに楽しいか。

 

「君も取り乱すことがあるとはな。むしろ安心したよ」

「はあ、何の事でしょう」

「なに。正直に言うと、君のここひと月の活躍ぶりは過ぎたものがある。主も世界創造のおりには安息日を設けたほどだ」

「⋯⋯お気遣いいただき恐縮です」

「⋯⋯君はそんな言葉遣いだったか?」

 

知るか。俺は要人でも十字教徒でもない。教皇との話し方なんて知ってる訳ないだろ。

なんて文句言えるはずもない。そのまま素直に着いて行くと、見た事のある扉が見えてきた。幻想御手(レベルアッパー)事件の時に来た、カエル医の私室である。

 

「失礼します──」

 

息を整え、扉を開く。手狭な部屋には書類や資料が積まれており、まさに科学者の部屋という印象を受けた。

その真ん中にある椅子に、小さな頭が見えた。ふはは、もう誰でも来やがれ。英国女王に米大統領、ローマ教皇となれば、さすがにもう驚かないぞ。

 

「──?」

 

その椅子が回り、その白皙の肌が顕になる。

細流のような純白の髪は長く、蜂蜜色の瞳は異常なほど透き通っていた。表情からは感情の一切が奪われ、小さな顔に静と動を共存させるその少女には、ともすれば異様とも言える美貌があった。

 

ていうか入江明菜だった。

 

「可愛い」

「──?」

「──じゃない!!明菜お前、こんな所でなにしてんだよ!?」

 

言葉も忘れ、思わずその肩を掴みにかかってしまった。勿論最小限の力である。

しかし明菜はぼうっと俺を見つめたまま動かない。どうでもいいが、サイズの合わないダボダボの白衣を着た明菜はいつにも増して可愛い。素晴らしい。

 

「前原君、落ち着きたまえ。先生も困っているだろう」

「⋯⋯いやだって明菜が」

「外でその名を口にせぬことだ。それは君が1番分かっていることだろう」

「⋯⋯いやだって明菜が」

「そもそも何を言っているのだ。そこにいるのは先生だろう」

 

⋯⋯は、は?は?

なん、え?はい?え?

 

⋯⋯待て。じゃあ明菜は実はカエル医で──んな訳あるか。なら、明菜に見えるこいつ、誰?

⋯⋯そう言えば、第一位は第四位を碧海(あおみ)、第七位は第五位をお姉様と呼んで⋯⋯ARISAが女王で⋯⋯師匠が大統領で⋯⋯という事は、何だ。

いやまさか、そんな訳⋯⋯『入れ替わり』なんてオカルト、起きるはずが⋯⋯

 

「前原君?」

「⋯⋯⋯」

「これは重症だな⋯⋯」

 

視界の隅で教皇がぼやくが、この不自然極まりない光景も、そうだとすれば納得できる。意味が分からないが、納得はできる。

 

「はは、そういうことかよ⋯⋯」

「何だか分からないが落ち着きたまえ」

「教皇様⋯⋯僕はどうやら疲れているようです」

「見れば分かる。というか教皇様とは何だ」

 

オメーだろ、というツッコミすらもう湧かない。ただ薄ら笑いを浮かべ、ギギギッと首を回した。

白衣を纏った明菜はそれはそれは美しく、天使がいたらこんな感じだろう、と悠長な事を思った。

 

「⋯⋯明菜、こんな形でも、普段と違うお前に会えて──ん?」

「──?」

「──え、じゃあ本物の明菜は?」

 

明菜はここにいる⋯⋯が、それは見た目の話だ。なら中身はどこに⋯⋯と思った時には、俺はもう走り出していた。

 

数分後、息を切らした俺は、とある扉の前にいた。パニック状態でもここに来れたのは、日頃の習慣によるものだろうか。

 

「(明菜の中身は、ここにいるはず。大丈夫、どんな姿でも明菜は明菜だ⋯⋯)」

 

パスワードを打ち込み、壁の一部をスライドさせ、壁から空間を顕現させる。

そこに広がるのは、極端なまでの白。床と壁の境界すら曖昧で、恐ろしいほど現実感が薄いその部屋。

 

しかし、それに溶け込むような白い少女はそこにおらず、代わりに皺がれたガリガリのジジイがいた。

 

「う、ぅあ、うあぁああああぁぁっっ!!?」

 

俺は明菜の美貌に惹かれて味方になった訳じゃない。邪な感情など欠片も無いと断言しても言いだろう。

だが、それでも美少女とジジイが突然入れ代わっていたら、それを素直に受け止めるのは難しい。

 

「あ、明菜⋯⋯どうして⋯⋯」

 

細流のような純白の髪?灰を被ったようなよれよれの髪しかありませんが。

透き通るような白皙の肌?シミと皺だらけのうえ痛ましい火傷跡がありますが。

異様に澄んだ蜂蜜色の瞳?世の中の闇全てを詰め込んだみたいに澱んでますが。

ビスクドールのように端麗な顔立ち?皺だらけのジジイに何を求めてるんだか。

 

「⋯⋯ごめん明菜、今日は帰るよ。今日は疲れてるんだ、ものすごく」

 

老人が着る病衣も、もはや死装束のそれに見えてくる。この老人に明菜と同じよう向き合えない。少なくとも今は無理。戦略的撤退だ。

 

「明日には元の世界に戻ってる。きっとそのはずさ⋯⋯あはっ」

 

思わず薄ら笑いがこぼれる。頭がおかしくなりすぎて、心情はもはや穏やかなものだった。人はそれを諦観と言う。

 

「(誰でもいい、この世界でも不変で、絶対的なものを⋯⋯あっ、そーだ。涼乃が、俺には涼乃がいるじゃないかーあはは)」

 

ふへへ、という気色悪い笑みを抑えきれない。

そうだ、涼乃がいるじゃないか。俺の指針であり、憧れの存在である中村涼乃が。大丈夫、涼乃なら大丈夫。涼乃さえ無事なら、もうこんな世界どうなってもいい。

 

「涼乃、今行くぞ⋯⋯」

 

俺はふらっふらの千鳥足で女子寮へ向かった。途中警備員(アンチスキル)らしき人に何度か声をかけられたが全て無視。本来無視できるものではないが、反射を纏えば誰も俺には触れない。完全に能力の濫用である。

 

「大丈夫、きっと大丈夫⋯⋯」

 

女装したおじいちゃんやスキルアウトに見ないふりをして、とある女子寮のインターホンを押す。

今日はオフであるため、涼乃は部屋にいるはずだ。突然の来訪は申し訳ないが、今は状況が状況なので目を瞑ってほしい。

 

「⋯⋯あ、涼乃?突然ごめん、無性に会いたくなって⋯⋯今いい?」

『⋯⋯⋯』

 

ねえ、何か喋って?無言やめて?

と思ったら扉が開いた。入っていいという事だろうが、なぜかすごい恐怖を感じる。おかしいな、いつもは世界一安心感がある場所なのに。

 

「(大丈夫⋯⋯だよね、涼乃?)」

 

────いかんいかんいかん!!涼乃を疑うようになったら、もう誰も信じられなくなる!涼乃は、涼乃だけは絶対に⋯⋯!!

 

そんな葛藤を振り払い、涼乃の部屋の扉を開ける。信頼の証なのか、鍵はかかっていなかった。なら俺もそれに応える義務が──

 

「涼乃、あの──」

 

迎えたのは、アクの強い洋ゲーに出てくる悪党みたいな、無差別級ゴリラのドアップだった。

 

「────う、ぉっ」

 

俺は目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、前原将貴は数日間の奇行に走った。

 

たとえば、自分が何者に見えるか何回も何回も聞いてきたり。

たとえば、177支部の同僚に突然恐怖したり。

たとえば、ただでさえ気にかけていた入江明菜を異様なほど可愛がったり、などなど。

 

ただ私として最も嫌だったのが、私を見て何故か引きつった笑顔を浮かべる事でした、と後に中村涼乃は語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









中身(肩書:見た目)

固法美偉(第一位:一方通行)
初春飾利(第二位:垣根帝督)
柳迫碧海(第四位:麦野沈利)
御坂美琴(第五位:食蜂操祈)
白井黒子(第七位:削板軍覇)
松浦奏(スキルアウト:駒場(こまば)利徳(りとく)
ロベルト=カッツェ(警備員(アンチスキル):黄泉川愛穂)
ARISA(英国女王(クイーンレグナント):エリザード)
カエル医(置き去り(チャイルドエラー):入江明菜)
ナース(ローマ教皇:マタイ=リース)
入江明菜(科学者:木原幻生)
中村涼乃(とある高校の教師:災誤(さいご)先生)
前原将貴(変化ナシ)




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