とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第6章:広域社会見学編
第61話


 

 

 

 

 

ウィンザー城。

ロンドン郊外に位置する、居住者がいる城としては世界最大級、ヨーロッパでは最も長く使われている古城だ。

イギリスの国家元首、エリザード女王のお気に入り、というのは国民の多くが知るところだが、王女にもそれは通じる事だった。

 

『──そーか、分かった。すぐ行くし』

 

受話器を置いたのは、エリザードの次女、キャーリサ第二王女だ。着ているドレスは赤く、彼女の好戦的な性格を表している。

年齢は20代後半といった所だが、血色の良い肌はそこらの大学生より瑞々しかった。

 

『気は乗らないが、これも王女の務めだし』

 

適当に呟き、ドレスと同じく赤い絨毯の上を進む。上の城郭(アッパー・ウォード)の廊下は1人で歩くには広すぎて、慣れてはいても一抹の寂しさがよぎる。

 

『第二王女、キャーリサ王女殿下のお見えです』

 

王女スマイルで瞬時にそれを上書きし、衛兵が開けた扉をくぐる。

その先の中庭にいたのは、各国の王族や国家元首ではない。着ている服もドレスやタキシードではなく、俗に言う制服──つまり年端もいかぬ学生だった。

 

『──紹介のとーりだし。第二王女のキャーリサである』

 

手始めに挨拶すると、学生達の顔に一気に緊張が走った。従者である騎士には見慣れぬ光景であろう。それもそのはず、王女である私が出迎える事には、それこそ国家レベルの意味がある。

 

だが大した事は無い。国家代表クラスのお相手がこの学生達だった、それだけの事だ。

 

学園都市とイギリスの間には、日本国とは別に独自の友好関係がある。その1つがこれ、学園都市代表団の王室への招待だ。学園都市では広域社会見学と呼ぶらしい。

 

『はじめまして。学園都市治安維持組織『風紀委員(ジャッジメント)』統括総司令部、副委員長の松浦奏です』

 

代表であろう1人の少女が前に出て、驚くほど流暢な英語で挨拶した。次いでその少女が膝を折り、イギリス王室式の跪礼をする。

私はその手を握り返すのが流れ、なのだが──

 

『(⋯⋯小さいな)』

 

身長は140少しくらいか。ともかく私も膝を折らねば手を握れないほど小さい。

金糸を編んだようなミディアムヘアは美しく、後ろで結んだ深紅のリボンによく映えている。整った容姿も相まって、まるで人形のようだった。

 

『遠路はるばるよく来てくれた。我がイギリスは諸君らを歓迎する』

『お目にかかれて光栄です。王女殿下』

 

小さな手を握った瞬間、遠くでシャッターが連続した。突然の事に驚いたのか、後ろの学生達の肩がびくりと跳ねる。

しかし少女の蒼氷玉(スイスブルー)の瞳だけは変わらず私を見つめていた。

 

『──では早速友好も兼ねてパフォーマンスを行いたいのですが、よろしいですか?』

『分かった。少し待つし』

 

近くの衛兵に指示し、適当にスペースを作らせる。隣に並ぶと、少女の頭は私の肩より低い位置にあった。この子は本当に学園都市の代表なのか、とつい疑いそうになる。

 

『パフォーマンスと言ったが、何をするんだ?』

『我々は学園都市です。パフォーマンスなど1つしかありませんよ、王女殿下』

 

広けたスペースには、男女含め10人ほどの学生達が並んでいた。少女が手を鳴らすと、彼らは次々と学園都市の代名詞──『超能力』を発動させる。

 

ある者は電気を纏い、ある者は体を浮かび上がらせ、ある者は火の玉を生み出し、ある者はそれを生身で跳ね返した。

どれもこれも、人類が夢にまで見た姿である。

 

『(これが超能力──魔術に並ぶもう1つの勢力、か)』

 

やがてパフォーマンスが終わり、騎士や衛兵が拍手を送った。学生達は慣れた様子で頭を下げ、訓練された動きで元の列に戻っていく。

 

『──ありがとう、素直に驚いた。実際に見ると迫力が違ったな』

『光栄に存じます』

『では改めて歓迎しよう。ようこそ我がイギリスへ』

 

私の声に合わせて、周りにいた衛兵・騎士達が一斉にお辞儀(Bow and Scrape)をした。観光客からすれば垂涎モノのシャッターチャンスだが、学生達は表情1つ変えない。

 

『(⋯⋯ここまで無反応なのは珍しいし。歓声には慣れてるが、無言というのは地味に辛いな)」

『王女殿下?』

『何でもない。じゃあ早速ここ、ウィンザー城の案内でもしよーか』

 

適当に吐き捨て、学生達を宮殿の中へと招き入れる。おおっ、と後ろから声を殺した歓声が聞こえた。

 

公式諸間(ステート・アパートメント)

我がイギリスが誇る、この世のあらゆる贅を尽くした公室である。この部屋の全てを理解すれば、即ち欧州の歴史全てを理解したと言っても過言では無いだろう。

 

『素晴らしい装飾ですね。あちらはセーヴル焼ではありませんか?』

『ほう。見ただけで分かるとは大したものだし』

 

興味が無いのか見慣れているのか、いずれにせよこの代表の少女が、非常に高い教養を身に着けているのは確かだった。それこそ、この宮殿に相応しいほどに。

 

『⋯⋯カナデ、と言ったな。今日の夕食後に時間はあるか?少し話がしたい』

『もちろんです。しかしよろしいのですか?お休みになる時間は22時頃と伺いましたが』

『せっかくホームに招いた友人だ。それくらいどうとでもなるし』

 

夜更かしは美容の大敵だが、カナデにはそれに見合った教養、知識がある。それに、仮にも学園都市を代表する少女なのだ。個人的なパイプを作るのは政治的にも意味を持つだろう。

 

『伺うのは私1人でよろしいでしょうか。ご興味がおありでしたら能力者を連れてきますが』

『そうだな⋯⋯そう言えば、火の玉を跳ね返した奴がいたな』

『承知致しました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の20時過ぎ。

緯度の関係でようやく日が沈み、日本で言う夕方のような空模様。この状態で寝れば時差ボケになるのも無理ないだろう。

しかしそんな事も言ってられないのがこの2人、松浦奏と前原将貴である。

 

「⋯⋯はぁ」

「今更逃げないでよ?仕方ないじゃん。呼ばれちゃったんだからさ」

「奏は分かるよ。代表だもん。でも俺は絶対関係ないと思うの」

「しょーくんの能力見れば気になるでしょそりゃ。ましてやここは『外』なんだから」

「ぐぬぬ⋯⋯」

 

近くの衛兵が不審な目で私達を見る。話は通っているのだろうが、観光客でない東洋人というのは、ここウィンザー城では見慣れぬのだろう。

 

「だいじょーぶだって。能力だけ見せてくれたらすぐ帰っていいからさー」

「⋯⋯ありがたいが、奏はどう帰るんだ。歩いて帰るなら待ってるけど」

「そのへんはヘーキ。送ってもらうか泊まるかするし」

「お前は国賓なの?」

大食堂(ステート・ダイニングルーム)使ったし、待遇はそれに近いんじゃない?」

 

しょーくんが溜息をつき、右手でお腹を押さえ始めた。顔色は悪く、冷や汗はひどく、おまけに唇も震えている。

昼の時点で緊張している──班の全員に言える事だが──のは明らかだったが、ここに来てそれが極まった感じだ。

 

「⋯⋯奏。頼むから俺に話は振るなよ。まともに答える自信が無い」

「もー。王女殿下に謁見なんて、それこそ全ての騎士が夢見ることなのに」

「俺も奏も日本の学生なの分かってる?」

 

大きな扉の前に立ち、一呼吸整える。その数倍時間をかけたしょーくんを待ち、静かに扉を開けた。

 

ウィンザー城の誇る紅の応接間(クリムゾン・ドローイングルーム)。その名の通り鮮やかな深紅色に彩られた空間で、縁取られたゴールドは抜群のアクセントとなっていた。

 

その空間でもなお存在感を放つのが彼女、キャーリサ第二王女である。着ているナイトガウンは攻撃的な赤で、見えない圧力が全身で感じられた。

 

『遅くなりました』

『気にするな。私も今来たところだし。それで、そなたが?』

『⋯⋯ぁー。学園都市⋯⋯治安維持組織『風紀委員』、前原将貴です。お会いできて光栄です、王女殿下』

 

たどたどしい英語で答え、しょーくんが綺麗な礼をする。作法に則りすぎて固くなってるあたり、初めて登校した小学生に近いものを感じる。

 

「英語は苦手か?なら日本語でいい。そう固くなるな」

「──はっ、お気遣いいただきありがとうございます」

「構わないし。まぁ座れ」

 

それに従ってソファーに座るが、しょーくんは従者のように後ろで直立不動だ。王女殿下も気にしていないのか、一瞥の後に私と向き合った。

 

「さて、まずは何か飲もーか。要望はあるか?」

「そうですね。ではカフェインレスのアッサムをいただけますか」

「分かった。君はどーする」

「いえ、僕はすぐに戻りますので。お気遣いなさらないで下さい」

 

衛兵に紅茶を持ってこさせ、王女と共に一息つく。紅茶を嗜む姿さえ絵になるのは才能だろうか。

どうでもいいが、しょーくんが紅茶を断ったのは英断だ。ここの家具に1滴でもこぼそうものなら、流石の私も擁護できない。

 

「急に呼び出して悪いし。君の能力に興味があったのだ」

「ありがとうございます」

「パフォーマンスでは火の玉を跳ね返していたな。アレはどーゆー理論なのだ?」

「僕の力は全反射(ハーモニクス)。世界のあらゆる力を跳ね返す能力です」

 

しょーくんが素人にも分かりやすい──言うならひどく断片的な──回答を述べていく。学園都市の習性から、聞かれた以上の情報は開示しないつもりらしい。例えば反射の上限とか副作用とか。

 

「面白いな。そんな能力聞いたこともないし」

「彼の稀少性は学園都市でも有数です。事実、同系統の能力は、彼を含め学園都市──つまり世界でも2人しか確認されておりません」

「ほう、もー1人いるのか」

「ええ。第一位がそれにあたります」

 

その言葉に、王女が目を見開いた。

世界最高を誇る学園都市の、第一位。その名前は、『外』の人間にはさぞかし甘美に響くことだろう。表に出る超能力者(レベル5)はほとんどが第三位なら尚更だ。

まあ同系統と言っても、()()()()()()()()()()()()

 

「この少年も、いずれは軍隊を敵に回せるほどに成長するとゆー訳か」

「今でも籠城戦なら負けはしないでしょう。試した事はありませんが」

「何なら我が軍と演習させるのも一興だし」

「そうなれば彼も無事では済まないでしょうね」

「だが負けはしないのだろう?」

 

試してみたい、という風に目付きが鋭くなった。『軍事』を司る王女の興味が刺激されたのだろうが、止めた方がいい。好奇心は猫を殺す(Curiosity killed the cat.)、とはイギリスの言葉だろう。

 

「まーいい。ところで、カナデはどーゆー能力者なのだ?」

「彼ほどではありませんよ。言うならば視界を操る能力、でしょうか」

 

私にの能力について、人に言った事はほとんど無かったりする。

能力強度は強能力者(レベル3)と高位能力ではあるが、それでも常盤台の平均かそれ以下だ。特に言う必要も無い。

 

「ふむ、私にやってみてくれないか?」

「よろしいのですか?ご気分を害されるかもしれませんが」

「構わないし。能力の体験など、ここイギリスではどーやっても出来んからな。気分など些細なものだ」

「では失礼して──『接続(リンク)』」

 

ゆっくり目を閉じ、もう一度目を開くと、そこには『私』がいた。目で目は見えぬ、という諺は私には通じない。

 

視覚連鎖(カットイン)

対象の視覚を奪い、見るものを強制的に歪ませる能力だ。その気になれば視界を共有する事も、何なら完全にゼロにする事もできる。

 

「⋯⋯目に自由が効かない。これがそうなのか」

「ええ。これが私の能力です。いかがですか?」

「すごいな。顔を背けても眼球がそれを拒んでいる。こんな事は初めてだし」

 

強制力は対象の数や距離に反比例するのだが、1人でこの距離ならそれくらい容易い。

ちなみに、王女視点で見たしょーくんはひどく慌てた様子だ。これはこれで面白い。

 

「大変失礼致しました。ご気分はいかがですか?」

「いや、むしろ高揚してるよ。どーだ、君も私で能力を試してみないか。王女である私が許可するし」

「⋯⋯ご冗談を。自分ごとき、どうして王女殿下に触れる事ができましょうか」

「ははっ、利口な事だし」

 

王女がけらけらと笑うが、しょーくんは疲れ切った様子で溜息をついた。格闘術で敵無しでも、こういう事には慣れていないらしい。

 

「しょーくん、顔色悪いけど大丈夫?」

「え?あ、ああ」

「ふむ、無理はしなくていーぞ。先に戻ってゆっくりするといい」

「⋯⋯そう、ですか。ではお先に失礼致します」

 

もう一度深い礼をして、しょーくんは退出した。その後ろ姿に名残惜しさなど欠片も無い。

ホームシックとは違うが、あそこまで帰りたそうにしてる人は初めて見た。

 

「さすがに急すぎたか。あの少年には悪い事をしたし」

「彼にとっても貴重な機会となった事でしょう。お気になさることありませんよ」

「はは、それはカナデにも言える事だし」

 

ふと王女の視線が鋭くなり、好戦的に口元を釣り上げた。面白いものを見つけた、そんな様子だ。

 

⋯⋯これは見破られた、かな?

 

「カナデ。素顔を隠すのはいいが、その程度の仮面ではこの私は騙せないし」

「⋯⋯⋯」

「さっきも言ったが無理はしなくていーぞ。見抜かれた表情を被るのは辛いだろう」

「⋯⋯それを言うなら、王女殿下にも同じ事が言えるでしょう」

「何だと?」

「そのように窮屈そうにおかけになっていては、王女殿下もお辛いのでは?」

 

王女は目をぱちくりさせ、くくっ、と堪えるように笑い出した。そのまま背もたれに背中を押し付け、がばっと両手を投げ出す。

王女とは思えない粗雑な姿、言ってしまえば『慣れた』感じが、この部屋の主として馴染んでるように思なくもない。

 

「そんな堂々と言われたのは初めてだし。一歩間違えれば不敬に当たるぞ」

「申し訳ありません。王女殿下がそれをお望みのようでしたので」

「いや、むしろますます気に入った。まだ小さいのに大した度胸だ。ヴィリアンに見習わせたいものだし」

「国民を動かすのは『人徳』であると自分は思っておりますが」

「その国民を守るのは『軍事』だ。それは歴史が証明しているだろう」

 

王女がそれはそれは楽しそう笑う。紅茶を飲む姿も大雑把になったが、それでも音を立てないとは見事なものだ。

 

私の言い方は不敬にも近いはずだが、王女は怒るどころかむしろ嬉しそうだった。それこそ新しい遊びを思いついた子供のように。

 

「王女殿下」

「キャーリサだし」

「ではキャーリサ様。我々が国の利害を離れて本音を語り合うのがどれだけ危険な事か、分かっておいでですか」

「3日も王室にいながら、得たものが友好関係の確認では粗末に過ぎるだろう。それに、私は人を見る目はあると自負してるし」

「物の値打ちは、それが無い時に1番よく分かるものですよ」

「無くしたものは自然と見つかる。自分で捨てない限りはな」

 

⋯⋯ふむ。私を舐めている、という訳ではないようだ。対応は丁寧なものだし、王女の素顔という弱味を不用意に見せるはずもない。

 

もしや本当に話し相手が欲しいだけなのか。

 

「(王族特有のやつかなー⋯⋯)」

 

王族はその権力の強さから、昔から様々な謀略に晒されてきた。そのため、本音を語り合える友人が欲しい、というのは分からなくない。

 

しかし私が⋯⋯まぁ怪しい影も無いし、政財界の人間でもないし、知識や教養もそれなりに⋯⋯なるほど、好条件だ。昼に受けた数々の質問も、もしや私を試すためのものだったのか。

 

「長い夜になりそうですね」

「ああ」

 

9月3日、広域社会見学1日目。

歴史に残らぬ政談が密かに始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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