とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第63話

 

 

 

 

 

9月4日、午前2時。

パブでの賑やかな食事が終わり、あとは宿泊先のホテルに戻るだけになった。気前のいいおっさん達に奢ってもらい、烏丸府蘭は気分も財布もホクホクだったのだが。

 

「うえ、気持ち悪⋯⋯」

「冗談でしょう?まさかパブの匂いだけで⋯⋯どれだけお酒に弱いんですか、もう」

「うるせえ、俺は弱くないぞー⋯⋯」

「弱い人のセリフですよ、それ」

 

ここにきて、終始握っていたペースを奪われつつあった。相手は偶然出会って食事を共にした少年、前原将貴である。アルコールは1滴も飲んでないはずだが、足取りは誰がどう見ても不自然だ。

 

「(酩酊状態ではないにせよ、酔っ払ってるのは確実なのです)」

「ふらーん、お前⋯⋯え、何でビキニなんて着てんの?」

「あなたが着せてきたのです」

「うっそマジで?俺にこんな性癖が⋯⋯」

「⋯⋯思った以上に重症ですね」

 

真剣に首を傾げる少年に、ため息をつかずにはいられない。散々からかってきたが、仮にも心配してくれた人に変態の烙印をガチで押すのは気が引ける。

にしても、匂いだけで酔う人がいるとは⋯⋯このまま放置する訳にもいかないし⋯⋯むむ。

 

「前原ちゃんの宿泊先ってどの辺です?」

「トーキョー」

「ここの、宿泊先、なのです。ここにきてそんな天然いらないのです」

「なんだっけなー⋯⋯うぉ、うぃ?ウィンザー城?」

「⋯⋯この辺かどうかだけでも頑張ってください」

「さあ⋯⋯うぉーたー、なんとか」

 

⋯⋯Waterloo(ウォータールー)、だろうか。てことは、前原ちゃんはホテルはランベスに?どんな偶然ですかこれ。

まあいいのです。せいぜいWater Oakley(ウォーター・オークリー)*1でないことを祈りましょう。

 

「⋯⋯そーいや、府蘭ちゃんはどこにお泊まりで?」

「ちゃん付けはやめてくださいってば⋯⋯ランベスなのです。前原ちゃんと近いかもしれませんね」

「らんべす⋯⋯ってロンドンのど真ん中じゃん。こらこら、夜中にこんな遠くに来ちゃ駄目じゃないか」

「ああもう、面倒くさいですね!」

 

前原ちゃんがけらけら笑う。楽しそうだが足元はふらっふらで、既に何度も倒れそうになってる。思わず肩を貸したが、体が小さい私ではいまいち支えきれない。

⋯⋯それにしても立派な体だ。見た目は細いが、触ってみると随分と引き締まった筋肉をしている。格闘技でもやっているのだろうか。

 

「なははー、イギリスは夏でも涼しいねー」

「そーですねー」

「府蘭ちゃんの体はあったかいねー」

「ぶっ殺しますよ変態野郎!!」

 

思わず拳が出たが、笑いながら華麗に躱された。くそ、無駄に身体能力が高い。

やはりどうにかして酔いを覚まさせよう。未成年飲酒を疑われたら面倒だし、それに私の身が危ない。まあ時間帯も遅いし、人通りはほとんど無いのだが。

 

「(⋯⋯適当に歩いて、酔いが覚めるのを待ちましょう。いざとなったらテムズ川に放り込んでやるのです)」

 

ため息をつき、歩く方向を北へと変える。

ロンドンの散歩道と言えばテムズ川だ。道が整備されて明かりもあるし、ナイトバスのバス停にも近い。

 

「ほら前原ちゃん、階段だから気を付けください」

「⋯⋯む、ここはどこだね?」

「テムズ川なのです。名前くらいは知ってるのでしょう」

「失敬な。自分には将貴という立派な名前が──」

「あーはいはいすごいですねー」

 

ゆっくりと階段を降り、川辺に出たところで前原ちゃんを寝かせる。さすがに自分より大きい男を支えるのは疲れた。

 

「⋯⋯見た目の割に重いですね、前原ちゃん」

「あー、床冷てー⋯⋯」

「ちょっと、寝ちゃったらもう知りませんよ」

「眠くはないんだヨ。寝てるだけですの」

「いい加減キャラを定めてください。さっきからブラッブレなのです」

「なにおう、俺の体幹をなめるな!」

 

だんっ!と前原ちゃんが跳ね起き、その場に綺麗に着地した。お見事、鮮やかすぎてため息しか出ない。

そんな私をよそに、立ち上がった前原ちゃんはさっさと進んでいく。ええい、さっきからマイペースが過ぎる。

 

「あー⋯⋯マジで涼しいな。日本とは大違いだ」

「む、さすがに覚めてきましたか」

「そりゃな。実際飲んだ訳でもないし」

「だからこそびっくりしたのですが⋯⋯」

「俺もだよ⋯⋯」

 

そのまま10分ほど歩いていると、次第に酔いは覚めていったようだ。そもそも飲んでない以上、匂いを遠ざければ素面に戻るのも当然だ。

とはいえ酔っていた時の記憶はあるのか、前原ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

「⋯⋯まあ、なんだ。すまん」

「まったくです。私は精神的苦痛を受けたのです」

「うむむ⋯⋯」

「まあ私は?こう見えてとっても寛大な心の持ち主ですし?許してやらんこともないのです」

「⋯⋯望みは何だ?」

「むふふ、今は言わないでおくのです」

 

前原ちゃんのため息に、今度は私がけらけら笑った。

やはり悪い人ではないのだろう。変な感情を向けてくることも一度も無かったし、今だって申し訳なさそうにしてるし。

 

「でも実際飲んだらどうなるんでしょう。ちょっと見てみたいのです」

「やめろよ。飲ませたりするなよマジで」

「きゃー変態に襲われちゃうのですー」

「無い。それは無い。絶対。断言する」

「そこまで否定しなくても⋯⋯」

 

体を離し、そのまま並んで歩き出す。夏といえどロンドンは緯度が高く、太ももが丸出しではさすがに肌寒い。

しかしこれも宇宙との接続、そしてうさぎグレイと邂逅を果たすためと思えば⋯⋯むしろ心地良い。まあ寒いのは寒いのだけど。

 

「というか、府蘭もランベスに泊まってたんだな。すげえ偶然じゃん」

「あ、やっぱりWaterloo(ウォータールー)であってましたか。良かったのです」

「泊まってるホテルも一緒だったりするかもな」

「もしそうなら本気でストーカーを疑いますよ」

「マジで違うから⋯⋯で、そのランベスまでどうやって帰ろう。タクシーでも呼ぶか?」

「ここは日本ではないのですよ。ナイトバスは24時間走ってるから、バス停に行けばいいので──」

 

──ぞわり、と。

冷水を浴びせられたような感覚が全身に走った。日常から切り離したような、しかし慣れてしまったこの感覚────間違いない、魔術だ。

 

「(これは⋯⋯人払い(Opila)?どこかで魔術師が戦っているのですか?)」

「府蘭?」

「いえ、何でも。ひとまずバス停を探しましょう」

「あいよ」

 

人払いが使われてる以上、どこかで魔術師が活動してるのは間違いない。しかしイギリス清教にそんな任務はきていない。

となるとテロリストかスパイか⋯⋯いずれにせよ『表』の人間ではないだろう。

 

「(にしても人口が密集する地域、しかも必要悪の教会(ネセサリウス)のお膝元で魔術とは⋯⋯よほどの緊急事態か、もしくは素人なんですかね)」

 

何にせよ、ここは大人しく退散しよう。必要悪の教会(ネセサリウス)も動き始めているだろうし、なにより一般人である前原ちゃんを巻き込む訳にはいかない。

 

「どーした府蘭、早く行こーぜ」

「⋯⋯え?」

「?」

「い、いえ何でも」

 

しかし前原ちゃんは、何でもないように先に進んでいった。人払いによって締め出された領域を、何の躊躇もなく。

 

⋯⋯どういう事だ。

人払いが効いていない?いや、私が感知できてる以上そんなはずはない。なら体質?バカな、人払いは本能的、言うなら人が暗闇を避けるようなものだ。体質で対処できるものではない。

 

いや、今はそんな事はいい。ひとまず前原ちゃんをここから遠ざけなければ危険だ。

 

「前原ちゃん、バス停はさっきの場所にあるみたいなのです。ひとまずさっきの所に戻りましょう」

「え?あの橋の上に見えるやつじゃないの?」

「アレはウェールズに行くやつなのです。ロンドン行きはこっちですね」

「へえ⋯⋯よく知ってんな」

「勉強しましたから」

 

ふんす、と胸を張りながら背を向ける。多少強引ではあるが、前原ちゃんの性格なら私を追ってくるはず。

とにかく、早くこの場から離れなければ──と思った時には、遅かった。

 

どんっ、と前原ちゃんが指さした橋の上で、小さな火柱が上がった。

 

「──何か光ったな、今」

「え。私には何も見えませんでしたが」

「⋯⋯府蘭、そのままさっきの所まで戻ってくれ。すぐに」

「前原ちゃんは?」

「ちょっと用事ができた」

 

見ると、前原ちゃんは私を守るように左手を横に広げていた。その目は鋭く、遠くに見える橋をじっと睨んでいる。ヘラヘラしていた先ほどとは、表情も雰囲気も似ても似つかない。

 

「用事って。前原ちゃんも行きますよ」

「いや、ちょっと今の見てくる。何も無ければすぐ追いかけるよ」

「見てくるって野次馬ですか。何かあってからでは遅いんですよ。ほら、早く」

「悪いな、性分なんだよ」

 

そうこうしてる間に、先ほどより数段大きな火柱が上がった。

ドンッという音が聞こえた瞬間、前原ちゃんは私を置いて走り出した。制止するも届かず、そのまま橋へ最短距離で突っ込んでいく。

当然行く先には川があるため、そのまま行けば落ちてしまう訳だが──

 

「なっ──」

 

ぴちゃん、と小さな音を残して、前原ちゃんが水面に降り立った。ぴちゃんぴちゃんと、そのまま水の石切りのように水面を跳ねていく。

 

()()()()()()()()()、実際に見ると迫力というか、違和感がすごい。これが科学の延長線上にあるものとはとても思えない。

 

「(こ、これが超能力、初めて見たのです⋯⋯って感心してる場合じゃありません!)」

 

前原ちゃんがひときわ大きく跳ね、橋の上へと消えていく。直後、更に大きな爆発音が響いた。

 

私は我に返り、慌てて前原ちゃんの後を追った。なんとか川辺を上がって橋に出ると、そこでは蛇のような炎が猛威を振るっていた。道路、街灯、ベンチ⋯⋯と、場所を問わずに燃える様は、飛び散り、こびりついた泥のように見える。

 

「前原ちゃん、大丈夫ですか!?」

「っ、府蘭!?バカ、何で来たんだ!」

 

火災現場と化した橋の上。そこには私以外に3人の人影があった。

1人は黒っぽい制服を着た前原ちゃん。もう1人は2メートルを超える長身で赤髪の神父。そしてもう1人は────

 

「なっ⋯⋯れ⋯⋯っ!?」

 

レイヴィニア=バードウェイ。

『黄金』系ではイギリスでも最大規模を誇る魔術結社『明け色の陽射し』、その頂点に立つ超大物だ。見た目は12歳程度の女の子だが、魔術師として間違いなく最高クラスにあたる実力者である。

 

「(な、ぜここに⋯⋯!?い、いや落ち着ちましょう。私は偶然来てしまった一般人です。そう振る舞うのです!)」

 

バードウェイを攻撃しているあの神父は、恐らく必要悪の教会(ネセサリウス)の人間だろう。私も同じイギリス清教だが、所属が違うため顔バレはしていないはずだ。

そもそもあのバードウェイを相手取って、無事に帰れるとはとても思えない。

 

「やれやれ、また能力者かい?こちらとしては穏便に済ませたいのだが」

「府蘭、その子連れて早く逃げろ。こいつは俺が食い止めるから」

「人を不審者扱いしないでもらえるかな?」

 

そう言って、前原ちゃんに相対する神父にも見覚えがあった。2メートルを超える長身に燃えるような赤髪、おまけに派手なアクセサリーは、個人を特定するには十分すぎる。

 

ステイル=マグヌス。

ルーン魔術を操る魔術師であり、必要悪の教会(ネセサリウス)が誇る尖兵である。その攻撃力は教皇クラスで、並の魔術師では防ぐことすら出来ないだろう。

 

「府蘭!何してる!!」

「前原ちゃんも来てください!危険です!!」

「うるさい!!さっさと行け!!」

 

前原ちゃんが叫び、私とバードウェイを守るように立ち塞がった。バードウェイは呆気にとられているのか、はたまた状況を利用するつもりか、口を閉ざして傍観したままだ。

だが、状況は加速的に悪化していく。

 

「ここら一帯には人払いをかけたはずだが⋯⋯まあいい。大人しく消えてくれないかな。僕はその女に用があるだけだよ」

「黙れクソロリコン野郎が。あの子が怖がるだろうが」

「うん?怖がるだって?その女が?はは、面白い事を言うね」

 

笑っているのにつまらなそうな声で神父が言う。ふと振り向くと、わずか数メートル後ろにバードウェイはいた。

即座に状況を判断し、不遜だが万全に構えるその貫禄に、前原ちゃんの言う『女の子』らしさなんてどこにも無い。

 

「大人しく消えろ。今なら通報はしないでいてやる」

「消えろと言ったのは僕なんだがね」

「なら黙らせたうえで署に叩き出してやろうか?」

「やれやれ⋯⋯僕もこのまま逃がす訳にはいからないからね。一般人に手を出すのは問題だが、まあ『明け色の陽射し』を潰すためなら『上』も納得するだろう」

「⋯⋯あけいろ?さっきから何だ、誰なんだよお前は」

「魔術師は名乗らないのが流儀でね。ここは『Fortis931』と言っておこうか」

 

──魔法名が、名乗られた。

それは覚悟を示すことであり、自らの誇りを賭けることと同義である。つまりこの魔術師は、前原ちゃんに対し宣戦布告したに等しい。

 

「まじゅ⋯⋯は?」

「分からなくていいさ。どうせすぐ忘れるんだからね」

 

科学と魔術。

この状況がどれだけ危機的なものか、前原将貴はまだ気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
ウィンザー城近郊の街。ランベス・ロンドン自治区にあるウォータールーからは40kmほど離れている。

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