火柱が上がったのだから、よほどの事故が起きたのだろう────そう思い駆けつけた前原将貴を出迎えたのは、金髪幼女をガチで追いかける赤髪の大男だった。
「こんのっ、ロリコン野郎が!!」
だんっ!!と上空から割り込むように着地する。思わぬ乱入に驚いたのか、2人とも凍結したように動きを止めた。
その隙に少女を抱き上げ、そのまま離脱する──その瞬間、背後で爆発が起こった。
「──ッ!?」
予想外の爆発に
「ぐ──がァッ!!」
何とか痛みに耐え、今度は反射を使って着地する。抱えていた女の子は何とか守れたが、急な爆発が怖かったのか、俺の胸に顔をうずめたまま動かない。
『突然ごめん、怖かったな。でも大丈夫、兄ちゃんが絶対助けてやるから』
『………』
『だから大丈夫。絶対に大丈夫だからね』
肩を震わせる女の子を宥め、ゆっくり頭を撫でる。ミディアムヘアの金髪は美しく、いい所のお嬢様のような印象を受けた。
震えが止まったのを確認し、振り返る。そこには先ほどの大男が立っていた──が、その姿は異様だった。
2メートルを超える長身を包むのは、教会の神父が着ているような、漆黒の修道服。しかし神父と呼んでいいか分からなかった。
髪は燃えるように赤く、煙草と甘ったるい香水の臭いは遠く離れていても分かるほどだ。両耳には毒々しいピアスが空けられ、左右全ての指には銀の指輪がギラリと並び、あげく右の瞼の下にはバーコードのような刺青が彫られていた。
「(な……なんだ、こいつ)」
なにより、炎の真っ只中にいて、あんなにも平然と佇んでいられるのか。
「(爆弾魔か誘拐犯か……なんにせよ『マトモ』な人間じゃなさそうだな)」
「……君は誰だ?」
「……ッ。日本語、喋れるのか?」
「質問に答えてもらおうか。君は何者だ?」
男が不機嫌そうに俺を睨む。流暢な日本語に驚いたが、いちいち驚いている場合ではない。
「……通りすがりの観光客だよ。爆発が見えたから来てみたが、まさか誘拐の現行犯とはね」
「おかしいな、手加減したつもりは無いんだが……」
「は?」
「同業者、という訳でもなさそうだね。ということは、君は学園都市の能力者かな?」
……なぜ分かった?
というか、超能力という異能を目の当たりにして、ここまで驚かないものなのか?
「まあ、君が何者かはいい。その女を渡してくれないかな?」
「ふざけるなよ。この子に何するつもりだ」
「君こそ邪魔しないでもらえるかな。僕はその女に用があるだけだ」
そう言って男は手を差し出してきた。とっさに女の子を抱え直し、その美しい金髪を撫でる。
『その女』とは、こんな小さな少女に随分な言い草だ。顔は見えないが、震わせる肩は年相応に小さい。
「(ただの誘拐犯、じゃないよな。爆弾なんか使いやがって……この子を殺す気だったのか?)」
なんにせよ、この男は撃退せねばなるまい。この子が誰かは知らないが、小さい子を守る、というのは万国共通で『正解』だ。
……しかしどうする。
誰かを守りながら戦う、というのは想像以上に難しい。俺自身は全反射があるし、体も鍛えている。極端な話、戦車が相手でも負けはしないだろう。
しかしこの子はどうだ。こんな小さな体、転んだだけで怪我をしかねない。せめて安全な場所に避難してもらわねば……と、そこに聞き慣れた声が響いた。
「前原ちゃん、大丈夫ですか!?」
「っ、府蘭!?バカ、何で来たんだ!」
「やれやれ、また能力者かい?こちらとしては穏便に済ませたいのだが」
クソ、何で来やがったんだ。この子に加えて、府蘭まで守りながら戦うのは不可能だ。
こうなれば俺が足止めして、府蘭にこの子を逃がしてもらうしかない。
「府蘭、その子連れて早く逃げろ。こいつは俺が食い止めるから」
「人を不審者扱いしないでもらえるかな?」
女の子を下ろし、逃げるように後ろを指さす。女の子は渋っていたようだが、もう一度頭を撫でると素直に府蘭のもとへ向かってくれた。
しかし府蘭はまだ渋っているのか、立ち止まったまま俺と女の子を交互に見ている。
「府蘭!何してる!!」
「前原ちゃんも来てください!危険です!!」
「うるさい!!さっさと行け!!」
府蘭は俺を心配しているのだろうが、ここでそれは悪手だ。こいつが使う爆弾の余波で府蘭まで怪我をしてしまう。
「ここら一帯には人払いをかけたはずだが⋯⋯まあいい。大人しく消えてくれないかな。僕はその女に用があるだけだよ」
「黙れクソロリコン野郎が。あの子が怖がるだろうが」
「うん?怖がるだって?その女が?はは、面白い事を言うね」
けらけらと、男が冗談めいて笑った。女の子を小馬鹿にしているようで癪に障る。
……というか、そろそろ本当に消えてくれないだろうか。爆弾魔か誘拐犯か知らないが、イギリスまで来て問題に巻き込まれたくはない。
「大人しく消えろ。今なら通報はしないでいてやる」
「消えろと言ったのは僕なんだがね」
「なら黙らせたうえで署に叩き出してやろうか?」
はあ、と男が溜息をつく。ヘラヘラした雰囲気が無くなり、その目に冷たい殺意が宿った。
「やれやれ……僕もこのまま逃がす訳にはいからないからね。一般人に手を出すのは問題だが、まあ『明け色の陽射し』を潰すためなら『上』も納得するだろう」
「……あけいろ?さっきから何だ、誰なんだよお前は」
「魔術師は名乗らないのが流儀でね。ここは『Fortis931』と言っておこうか」
……今なんて?ふぉるてぃす……?
いや、それより……
「まじゅ……は?」
「分からなくていいさ。どうせすぐ忘れるんだからね」
ぼうっ、と男の手から火が生まれた。本当に、何のタネも仕掛けも無い手の平から。
ぞわり、と背筋に悪寒が走る。この男──能力者、なのか?
なら俺の全反射に驚かないのも、炎の中で平然としていられるのも分かるが……ここはイギリスだぞ。能力者なんているはずがない。
「──府蘭、もう一度言うぞ。早く逃げろ。何も言わずにさっさと行け!!」
「で、でも前原ちゃんは──」
「行け、つってんだよッ!!」
叫んで、男に肉薄する。振り抜いた拳と、炎が灯る男の手の平がぶつかった。
瞬間、閃光と熱波と共に爆発が起こった。男はそれを平然と受け止め、反発するように互いに距離を取る。
「(やっぱりトリックなんかじゃない。アレは正真正銘の炎だ)」
「今ので確信したよ。やはり君は能力者のようだね」
「……そう言うお前も能力者か。イギリスまで来て何をしている」
「うん?僕が超能力に手を出してるとでも?極東の猿と一緒にしないでもらえるかな?」
後ろを見ると、遠くに府蘭と女の子の背中が見えた。今の爆発で覚悟を決めたのか、素直に逃げているらしい。
しかし男は気に食わないのか、軽く舌打ちして煙をふかした。
「はあ、君はさっきから勘違いしてるみたいだね」
「……勘違い?」
「僕はなにも、あの女を渡してくださいなんてお願いしてる訳じゃあない────渡せと命令しているんだ」
男の手から煙草が離れ、自然法則に従い落下していく。そして地面に接した──瞬間、夜空が赤く染め上がった。
轟ッ!!と、煙草を起点に炎の奔流が生まれ、やがて巨大な火柱として収束していく。それは従者のように男の傍に控え、俺と敵対した。
「…………な、ん」
「それともうひとつ。さっきのは魔法名というんだが、分かりやすく言うと──殺し名、かな?」
ザグン!と地面に杭を打たれたように足が固まってしまう。
学園都市の能力者として、『異能の力』については見慣れてきたつもりだ。しかし、それは『学園都市の学生だから』である。
しかし、何度でも言うがここはイギリス。しかも相手は学生でも日本人でもない。
そんな者が超能力を操るなど、あってはならない事なのだ。それはつまり、学園都市最大の強みである超能力、ひいては『圧倒的な科学力の独占』を覆すことに他ならない。
「お前は、いったい……?」
「安心するといい、実際に殺す訳じゃあない。こいつが焼くのは『記憶』さ」
「きお、く?」
「『レテの炎』、と言っても分からないか。もし覚えてたら勉強するといい。まあそんな事はありえないけどね」
男がポケットの中から小さな十字架のついたネックレスを取り出した。何の変哲もない、雑貨屋で千円で売ってそうなチャチな物だ。
たったそれだけなのに、得体の知れない圧倒的な孤独感が、氷の触手のように体内を走っていく。
「なに、ほんの数ヶ月……せいぜい1年分の記憶を消すだけだ。全てを消したりはしないよ。この魔術は得意中の得意だから、それは保証してもいい」
「……さっきからベラベラうるせぇな。記憶を消すとかなんとか、頭おかしいのか?」
「あの女の手助けをしたんだ。殺さないだけ感謝してもらいたいんだけどね?」
また『あの女』か。あの子に何の恨みがある?もしかしてすごい財閥の娘で、この男は敵対組織の殺し屋……とか?『魔術師』とか寝惚けた事をぬかしてるが、可能性としては十分ありえる。
「(府蘭達はまだ近い。時間を稼がないと……だが得体の知れない相手に闇雲に突っ込むのは危険だ。受け身で耐えるか……いや、油断してるうちに一気に潰すか……?)」
「イギリスに来て悪いとは思うが、せいぜい自分の不幸を呪うことだね──」
そう言って、男は弄んでいたネックレスの十字架を手に取る。その十字架が心臓のように鼓動した、ように見えた。
瞬間、火柱が奔流のように襲いかかる。
「──ッ!!」
範囲が広すぎて避けることもできない──が、反射の前には無力だ。酸素が無くなるため呼吸は苦しいが、逆に炎の壁となるため奇襲にはもってこいである。
「(こうなったら一気に潰す──!!)」
だんっ!!と踏み込んで突撃する。灼熱の壁を一瞬で破ると、勝利を確信していたのか、薄ら笑いを浮かべた男の顔があった。
その顔面に、能力を乗せた渾身の拳を叩き込む──が、直前で生み出された炎剣が盾となり、拳と激突した。
「ごっ……ッ!?」
「があッ!!」
目が眩む閃光の後、至近距離で爆発が起こった。男は盛大に吹き飛ばされ、後頭部から橋の欄干に激突する。
俺は畳み掛けるように肉薄し、再度拳を振るった。
「ぐ────
男が倒れたまま何かを叫び、灼熱の炎剣を横殴りに叩きつけてくる。左手でそれを掴み取るが、それは触れた瞬間に形を失い、火山の奔流のように辺り全てを爆破させた。
「──、いちいちうぜぇなッ!!」
拳を振り抜くも空振りに終わり、火炎と黒煙によって男の姿も見えなくなった。
逃げた?いや、警戒心を解いてはいけな──
「──ッ!!」
「やる、ね!!」
びゅん!!と胴体を真っ二つにするような横なぎの一撃があった。体をくの字に折ってなんとか躱したが、男はその隙を逃さず、横なぎとは別の腕で縦に切り込んできた。
炎剣1本でも絶大な威力なのに、2本。それはまさに灼熱地獄に相応しい、必殺の一撃となるだろう。
「なっ──」
「──相手が悪かったな」
俺は止めるでも躱すでもなく、顔面でそれを受けた。直撃と同時に、男の鼻頭に拳を叩き込む。攻撃は最大の防御というが、それを凌げばあとは隙だらけだ。
直後、炎剣が形を失って爆発する。
左手で目を覆い、爆破を利用してもう一度距離をとる。男も遠くに吹き飛ばされ、地面に激突して何度も転がった。口を抑える指の隙間から血が流れ、立ち上がろうにも腕が震えていた。
「(まだ意識があるのか……当たり所が悪かった訳じゃない。なんというか、
男がぼそりと何かを呟く。すると淡い炎が男の全身を包み、やがて何でもないように立ち上がった。血は止まっているが痛みは消えてないようで、表情は苦痛に歪んでいる。
「(回復した……
「……ぐ、ぶ……がはっ」
「お前、本当に誰だ?どこでその能力を手に入れた」
男が指すように俺を睨む。先ほどの余裕がそのまま殺意に変わり、油断の2文字は完全に消えていた。
しかし、俺の頭は想像以上に冷えていた。
というより、つい数週間前に
確かに、この男は強い。
しかし強いだけだ。怖くはないし、恐れる必要なんてどこにも無い。
「────────、」
「あ?」
男がおもむろに何かを取り出し、ばら蒔いた。それはトランプくらいの紙切れで、優に百──いや、千枚はあるだろう。それは橋の地面、欄干、街灯と、周囲のあらゆる場所に貼り付いていく。
近くに落ちたそれを剥がして、よく観察してみる。ラミネート加工されているのか、おかしな質感を持つそのカードの中心には、逆の五芒星に丸という独特の模様が描かれていた。
「────
男がまた何かを呟き……いや、何かを唱え出した。それは明らかに言語ではない、聞いていて不快な、呪文のような羅列だった。
「
男の修道服の胸元が大きく膨らみ、内側からの力でボタンが弾け飛ぶ。
轟ッ!!と酸素を吸い込む音とともに、先ほどとは桁違いに大きな炎の塊が生まれた。男は勝ち誇ったように笑い、その名を叫ぶ。
「────────『