とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第65話

 

 

 

 

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)』。

 

その意味は『必ず殺す』。

重油のように黒くドロドロした人型の軸に、燃え盛る真紅の火で形成された炎の巨神である。その炎は摂氏3000度を超え、触れたものは比喩表現なしに全てを燃やし尽くす、そんな強力な魔術だ。

その力は教皇級とも言われ、魔術師ステイル=マグヌスが誇る切り札でもあった。

 

「(……まさかこれを使う羽目になるとはね)」

 

鼻を拭うと、赤黒い血がべったりと手に着いた。歯も何本か折れかけており、今の僕はさぞかし無様な顔をしているだろう。

それ以上に、切り札を使わざるを得ないほど追い詰められていることが腹立たしかった。

 

「(くそ、上条当麻といい、なぜ学園都市はいつも邪魔ばかりするんだ)」

 

僕は油断していた訳じゃない。初めこそ素人と侮っていたものの、能力者と分かった時点で本気で潰すつもりだった。

なんせ油断した結果、かつてツンツン頭の少年に手痛い敗北を喫したのだから。

 

「………」

 

黒い制服を着た少年が、じっと『魔女狩りの王』を見つめている。それは魔術を初めて見た者の反応であり、彼が無知な仔羊である事の証明であった。

 

「(相手はイギリスと友好関係にある学園都市だ。殺す訳にはいかない……だが、舐めてかかったらやられかねない)」

 

炎の巨神に炎剣を構えさせる。摂氏3000度という、現実からはおよそ遠いその武器に、しかし少年は背を向けない。驚いてはいるが、恐れてはいないのだ。

また何か出てきたな、くらいにしか思ってないのだ。数多の魔術師を焼き尽くし、見るだけで相手が震え上がるこの刃を。

 

「……もう一度聞くぞ。お前は能力者なのか?本当に能力開発を受けていないのか?」

「くどいな。能力開発なんて、どうせ得体の知れない薬に漬けたり、メスで体を切り刻んだりするんだろう。なんて愚行を僕が犯すとでも?」

「ああ、そういうタイプかお前」

 

はあ、と黒い少年がため息をついた。悪習を盲信する老人に向けるような、嘲笑を含むため息だった。

瞬間、血管が沸騰したような気がした。

 

「────やれ、『魔女狩りの王』」

 

声に呼応し、炎の巨神が腕を振り下ろした。その腕が持つのは、2メートルを超える剣──罪人を磔にするような十字架だった。少年は拳を構えはしたが、真横に飛んでそれを躱した。

 

バガンッ!!という爆発と共に、真紅の炎が夜空を焦がした。その衝撃は橋を揺らし、吹き飛んだ瓦礫ですら欄干をぼろぼろと砕いていく。

 

「──ッ!!」

 

ぶわり、と煙霧と炎が揺らいだ。灼熱の地獄から飛び出した黒い影が、氷上を滑るように突っ込んできたのだ。炎も瓦礫も、何もかもを置き去りにして。

 

武器らしい武器は無い。何の変哲もない、誰もが持つような右手を構えているだけだ。

だからこそ恐ろしい。『魔女狩りの王』という分かりやすい『力』を前に、なぜ『ただの拳』で挑めるのか。それも、例のツンツン頭と同じ右手で。

 

灰は灰に(Ash To Ash)────」

 

そんな不安をかき消すように、右手に真紅の炎剣を生み出す。しかし、これだけでは不安を拭うには足りない。

 

「──塵は塵に(Dust To Dust)──」

 

さらにもう1本、左手に青白く燃える炎剣が伸びる。その刀身は切るものを焼き尽くす灼熱の剣だ。

 

「────────吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」

 

力ある言葉と同時、2本の炎剣をハサミのように左右から振るった。向こうから突っ込んでいるため、同じように左右に躱すのは不可能だろう。

 

──しかし、その刃が当たると思った瞬間、少年の姿が消失した。

 

「どこ──」

 

ボグッ!!という鈍い音が、すぐ足元から聞こえた。直後、杭を打たれたような痛みが、足先から脳まで突き抜ける。

一瞬で沈んだ少年が、その勢いのまま足の甲を殴りつけたのだ、という事に遅れて気付いた。

 

「ぐ──!?」

「おせぇ」

 

少年がさらに左手を構え、僕の顎に向けて拳を突き上げてくる。とっさに腕を交差させて防ぐが、想像より何倍も強い衝撃に、2メートルを超える僕の体が浮かび上がった。

直後、両手の炎剣が形を失い、炎の奔流となって爆発した。

 

「──ッ!!」

 

爆風にあおられ、コンクリートの地面を何度も転がる。修道服が破れ、全身を叩かれたように痛みが走る。

 

「ぐ、が…………くそ!!」

 

殴られた足が鋭く痛む。折れてはないだろうが、ヒビくらいは入ってるかもしれない。

 

僕は魔術戦のプロとして、様々な術式や武器を使う敵と戦ってきた。しかし、この黒い少年はそのどれとも違う。

少なくとも今の攻撃は、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』のような特殊な能力では無かった。単純に躱され、単純に殴られたのだ。

 

「(くそ、何なんだコイツは……!!)」

 

僕は本気で攻撃したし、周囲の状況を見ても不発だったとは思えない。だが、事実としてあの少年は、今の爆風をまともに受けてけろりとしている。

本当に生身で受けても平気なのか?いや、それはもう人間ではない。

 

「くそ、ホントにうぜぇなその炎。いちいち爆発なんか起こすなよ」

「……ッ!?」

「酸素奪われるとこっちも辛いんだわ。お前は平気なの?」

 

抑揚に欠けた声と共に、炎と黒煙の奥から黒い少年が出てきた。真紅の炎が少年にまとわりついているが、特に気にしている様子は無い。

けほっ、と咳き込む声だけが、ひどく遠くに聞こえた。

 

「ァ、────『魔女狩りの王』!!」

 

背後にいた炎の巨神が、少年の頭めがけて十字架を振り下ろした。

少年は横に飛び、それを躱す。人間とは思えない、兎のように俊敏な動きだ。衝撃で飛んだ瓦礫がいくつもぶつかったが、ダメージは無いらしい。

 

「(……そうか、体を強化する能力か)」

 

少年を見てそう納得する。ただ高速で移動するならまだしも、摂氏3000度を耐えるとは大した力だ。

だが、それならやるべき事はひとつ。強化する能力ならば、それを上回る圧倒的な力で叩き潰せばいいだけだ。

 

「………」

 

さらに魔力を込めて、十字架のような炎剣を圧縮していく。ひと回り小さくなったが、これで強度、爆発力ともに高くなり、一撃の重さも増したはずだ。

対して少年も覚悟を決めたのか、腰を低くして拳を構える。『魔女狩りの王』を前にして、右手ひとつで勝利を確信するその姿が、誰かと重なって不快だった。

 

「──巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)ッ!!」

 

炎の巨神が突き進み、少年の頭をめがけて2本の炎剣を振り下ろす。周囲の酸素が一気に奪われ、爆竹のような音が炸裂した。

 

直後。

ボンッ!!と、『魔女狩りの王』の胴体に穴が空き、芯となっている黒い液体が飛び散った。それを貫いた右腕が、真紅の炎に照らされて輝く。

 

「──ッ!!」

 

大きく空いた風穴から少年の顔が見える。次はお前だ、とでも言うように、じろりと僕を睨んでいる。しかし、それでも僕は笑っていたように思う。

 

ビュルン!!と、粘性の液体が飛び跳ねる音が四方八方から聞こえた。

 

「な、────ッ!?」

 

一瞬でその穴が塞がり、少年の右腕を飲み込んだ。集まった黒い飛沫がその腕にまとわりつき、離れぬよう固定する。

 

「ぐ、がぁぁぁぁあああああァッッッ!!?」

 

喉を引き裂くような絶叫が聞こえる。炎の巨神の腹部が蹴られ、結果的に1秒ほどでその腕は抜けた。

しかし、その1秒が致命的だった。解放された少年の腕は、肌の色が分からないほど黒く燃えていて、もはや炭に近かった。

 

「(……いや、原型がある方がおかしいか)」

 

摂氏3000度の前では、ほとんどのものは『焼ける』前に『溶ける』のだ。あんな攻撃を受ければ、1秒も経たず路上のシミになるのが道理である。

灰になる訳でもなく、ただの大火傷で済む方がおかしいのだ。もっとも、専門の魔術師か医者でもいない限り、もう元には戻らないだろうが。

 

「神経まで焼いたから痛みは無いだろう?まあ、もう動かせないだろうし、元にも戻らないと思うがね」

「ぐ、がぁ……ッ!!」

「ああ。これは忠告だけど、テムズ川に飛び込んで冷やそうなんて思わないことだね。感染症になりたいなら止めないけど」

 

少年が膝をついて苦しみだす。自らの体の変化に恐怖……している訳ではなさそうだ。炭化した右腕を押さえながらも、その眼光はまっすぐ僕を刺している。

そこに宿った濃密な殺意は、少なくとも日本の高校生がしていいそれではなかった。

 

「(学園都市の人間はどいつもこいつも……)」

 

能力を持てば誰もがこうなるのか。いや、力があっても経験がなければこうはなるまい。それも、本気の殺し合いのような壮絶な経験を。

 

「……さて、そろそろどいてもらおうかな。君のせいで随分時間を無駄にしてしまったし」

「……ふざ、けるなよ。どうせあの子を追うつもりだろ。このクソロリコン野郎」

「理解が遅いね。僕はどけと命令したんだが……左腕も燃やした方がいいかい?」

 

炎の巨神が炎剣を構える。少年が同じ轍を踏むとは思えないが、少なくとも先ほどのようには戦えないだろう。

懐から煙草を取り出し、適当にふかせる。味はあまりしなかったが、いくばくか落ち着いたように思う。

 

「君の勇姿に免じて、焼くのは記憶だけで許してやろう。どうだい?」

「どうだい、じゃねぇよ。なんでオマエに許されなきゃなんねぇだよ」

 

少年が制服である黒いブレザーを脱ぎ、黒くなった右腕に巻き付けた。火傷の処置というか、戦いの邪魔にならぬよう固定しているようだった。それが終わると、今度は左の拳を構え、再び炎の巨神に敵対した。

 

「……警告はしたぞ。目が覚めて手足が無くなっていても文句は言わないことだ」

「へえ、殺さないとはお優しいことで。俺にはそんな事できねぇわ」

「他人を褒めるとは余裕だね───ッ!!」

 

炎の巨神が2本の炎剣を振り下ろした。左右で僅かに異なる場所をめがけることで、逃げ道を誘導するように。

少年は炎剣とは逆方向に大きく飛ぶ。しかしそれは想定内であり、突如伸びた『魔女狩りの王』の右足が少年の顔面を捉えた。

 

「な────ッ」

 

ばちゅん!!と、()()()()()()()()()()()()()。黒い飛沫が飛び散って、炎の巨神がバランスを崩して倒れる。

少年はその隙に後ろに飛び、僕達から一気に距離をとった。普通に考えてありえない跳躍だが、それを追うことはできない。

 

「な……ど、どういう、ことだ」

 

弾く、とはどういう事だ。あの少年は『体を強化する能力』ではないのか。もしやそれが強すぎて弾かれた……いや、なら右手が炭化するのはおかしい、のか?

疑問が更なる疑問を呼び、思考に空白を与える。少年の『底』が急に見えなくなり、心の中に暗雲が広がっていく。

 

「(馬鹿な。いくら普段よりルーンが少ないとはいえ、摂氏3000度を弾くなど……こいつは本当に人間なのか?)」

 

爆発など意に介さず、頭に炎剣を食らっても平気な顔で、摂氏3000度に侵されても火傷で済まし、あげく攻撃した『魔女狩りの王』の足をも吹き飛ばす……並べればその異常さが際立つものだ。

なにより、戦いに対する抵抗が異様なほど少ない。急な戦闘を瞬時に受け入れるなど、プロの軍人や魔術師でもない限り難しいだろうに。

 

「………」

 

遠くで少年が眉をひそめ、ふと周りを見渡した。すると何を思ったのか、突如炎の巨神に向かって走り出した。

カミカゼに近いその特攻に、力以上に得体の知れない恐怖が全身を襲った。

 

「この────『魔女狩りの王』!!」

 

短く叫び、迎えるように炎剣を振り下ろさせる。少年が真横に飛んだ直後、炎剣はひとつの爆弾と化し、橋の一角を爆破した。

そのせいで体を形成する炎まで欠けてしまうが、持ち前の再生力ですぐに復活する。そのまま再度炎剣を生み出し、また叩きつけた。

縦に。横に。横に。また縦に。今度は横に。

 

「まだそんなに動けるとは大したものだね」

「──、ッ!!」

 

橋の至るところで爆発が起きる。地面がえぐれ、欄干が崩れ、橋を照らす街灯が折れていく。橋を一掃する炎は星すらも飲み込み、夜とは思えないほど紅く染まった。

 

──しかし、それでも決定打には程遠い。ある時は素直に避けて、ある時は街灯を盾にし、ある時はカウンターで攻撃してくる。もっとも、すぐに再生するため攻撃など無意味だが。

 

「(……慣れてはいるが、まだ甘いな。誘導されてることに気付いてないらしい)」

 

攻撃の度に足場を無くしていき、橋の歩道側に孤立させる。このまま上下左右から攻撃すれば、少年は直撃か川に飛び込むかの二択しかないだろう。

たとえ炎剣が弾かれても、それを覆い尽くすような重厚な攻撃をすればいい。手足のどちらかを焼けば、あとはどうにでもできる。

 

「これで最後だ────灰は灰に(Ash To Ash)塵は塵に(Dust To Dust)吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」

 

僕と『魔女狩りの王』が炎剣を振りかざす。真紅と蒼白色の炎剣が、それぞれ2本ずつ。計4本の刃が上下左右から少年の頭を襲う。

 

直後。4本の剣と炎の巨神が激突し、巨大な爆弾と化して大爆発を起こした。数秒後、重々しい響きとともに、強堅であるはずの橋の一角が飴細工のように崩れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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