とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第67話

 

 

 

 

 

必殺を謳う炎の十字架。そこにあるだけで空気を焦がし、苦痛をもたらす灼熱の剣である。

ステイル=マグヌスはその炎剣を4本も使い、全力をもって振り下ろした。仮に避けたとしても、その爆発力から逃れることなど出来ないだろう。

 

しかし黒い少年はあろうことか、その炎剣が重なった所を掴み取り、横に受け流したのである。

 

「──ッ!!」

 

ドバッッ!!と、爆弾のような衝撃が橋を揺らした。遅れて響いた轟音と共に、ついに橋の一角が悲鳴を上げて崩れ始める。

なんとか逃れるが、機動力に欠ける『魔女狩りの王(イノケンティウス)』は巻き込まれ、地面に空いた暗い穴へ落ちていった。

 

「失せろウスノロが」

 

黒い少年はそう言って、落ちまいと穴の縁を掴む『魔女狩りの王』の手を踏み潰した。ばちゅん!!という弾ける音の後、今度こそ暗い底へと吸い込まれていった。

 

「……逆に王手(チェック)をかけてくるとは大した度胸じゃないか。しかし甘かったね」

「何?」

「僕の『魔女狩りの王』は水で消えるほど弱くないのさ。それに、もし消えたとしても復活する。君を焼き尽くすまでね」

 

しかし、それでも僕は笑った。こんなことは想定の内──いや、予想通りだ。

 

「『魔女狩りの王』に命は無い。無いものを奪うなどできない。違うかい?」

「………」

「うん?分からないか?つまり君がいくら倒した所で無意味なんだよ。炎を殴ってどうにかなると、本気で思っていたのかい?」

 

その言葉を飾るように、足元で轟音が炸裂した。穴に落ちた『魔女狩りの王』が小規模な水蒸気爆発を起こしたのだろう。

それを聞き、懐からルーンを取り出す。それは炎の起点となり、摂氏3000℃を超える炎が僕の周囲で踊り始めた。

 

「炎。その本質は創造。プロメテウスの炎が人類を生み出したように、ルーンさえあれば『魔女狩りの王』は何度でも蘇る」

「………」

「試してみようか。君の全身が焼けるのが先か、君が炎を消すのが先か……ああ、雨乞いでもしてみるかい?それくらいの時間はあげるよ」

 

夜空を舞台に踊る真紅の炎が、橋の瓦礫を焦がしていく。それは一点に集約し、やがて人の形を成していった。

そして最後、顔となる部分がうねり、引き裂いたように口が生まれて────ふわり、と跡形もなく消滅した。

 

「…………え?」

 

間抜けな声が漏れる。構えていた炎剣も消滅したが、それにはすぐに気付けなかった。

黒い少年はそんな僕を見て、やれやれと呟く。

 

「……意味が分からんって顔してんな。そんなに不思議なことか?」

「な、に?」

「燃えるものがなければ火は消える。小学校の理科で習うことだぞ、『魔術師』」

 

少年の声から、殺意が消える。代わりに宿ったのは、酔っ払いに話しかけるような呆れだった。

 

「どう、して」

「いちいち説明すんのは面倒だ。そのへんの教科書でも読んでろ」

「違う!!僕の『魔女狩りの王』は勝手に消えることなどありえない!!そこにルーンがある限り──」

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

黒い少年がわざとらしく溜息をつく。本来なら怒りを覚える行動に、しかし1歩も動けない。

 

代わりに、その言葉の通り振り返った。

眼前に広がるのは、あちこちが焼けて、崩れて、抉れて────そしてルーンが失われた橋だった。

 

「…………ありえない」

「ん?」

「ありえないありえないありえない!!いくら普段より少ないと言っても、ルーンの数は軽く千枚を超えていたはずだ!!それを剥がすなんて、しかも戦闘の合間になんて──」

「そんな面倒な事してたまるか」

 

少年がぴしゃりと切り捨てる。

さすがに全てのルーンを剥がした訳ではないのか、よく見れば街灯や欄干にちまちまと残ってはいた。しかしほとんどが剥がされたのは事実であり、『魔女狩りの王』は召喚すらできないほど弱まっている。

 

「お前のその魔術?があのカードを利用してるのは最初から分かってたよ。つーか、あんなに分かりやすくばら撒いておいて、気付かないはずがないだろ」

「……ッ」

「ご丁寧にラミネート加工までしてるし。1枚1枚やってるとしたら大したもんだな」

 

少年がルーンの1枚を摘み、目の前でひらひらと揺らした。力が失われているのか、何度念じても炎は出なかった。

 

「距離を取っても追ってこないあたり、あの巨神はカードが貼られてる領域だけで動かせる、って感じか?カードが多ければ多いほど強くなるんだろ、多分」

「……違う。そんな事は聞いていない!!どうやってあれだけの数を、それも1人で──」

「ああ。俺1人じゃ無理だった。だから()()()()()

 

…………剥が、させた?

自分は何もしていない、と言うのか?だとしたら協力者──あのフードを被った女に命令したのか?いや待て、そうだとしても気付かないなんてありえない。ならどうやって。

 

「まだ分かんねぇのか。ならもっかい橋を見渡してみろよ」

 

言われて、もう一度振り返る。少年に無防備な姿を晒すことになるが、そんな事は頭から抜け落ちていた。

視線の先にあるのは、焼けて、崩れて、抉れて、見るも無惨な橋────そこでふと、気付いた。

いや、見えた。焼け焦げた欄干に貼られた、ルーンの残骸のようなものが。

 

「…………あ?」

 

脳内で点と点が結ばれていく。意識とは関係なく繋がって、さらに別の点が見えてくる。

もともと頭は悪くない。条件とヒントが与えられれば、答えに辿り着くのは時間の問題だ。

 

少年はなぜ、距離を取ったのにまた近付いたのか?なぜ攻撃を控えて、ただ避けることを優先したのか?無駄だと分かっている戦闘を、なぜ続行したのか?

 

──いや、答えはもう分かっていた。ただ、これに気付いてしまえば、僕はとんだピエロになってしまう。

しかし現実を受け入れなければ、これ以上どうすることもできない。

 

「僕を────僕の炎を、利用したのか」

「そゆこと。ラミネートごと燃やしてしまえば、いちいち剥がすまでもない。炎が強いおかげで一瞬で燃えたしな。簡単な話だろ?」

「……だから橋全体を走り回って、攻撃を躱し続けたのか」

「予想通り動いてくれて助かったわ。橋は遮蔽物も無いから動きやすかったしな」

 

うんうんと頷く少年の声が、急に遠くに聞こえる。

利用された、少年の手のひらの上だった。その屈辱的な事実に、黒くてドロドロしたものが重油のように胸に広がっていく。

 

「────ふっ、ふざけるなァァァッ!!!」

「わりーな、『魔術師』」

 

激情を露わに、残ったルーンを総動員して、かろうじて1本の炎剣を生み出す。それを全力で、それ以上の力をもって振り下ろした。

 

しかし、黒い少年は不敵に笑うだけだった。

笑って、そしてこう言った。

 

「1対1の殴り合いなら負ける気しねぇんだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

 

 

 

─────

 

 

 

───────

 

 

 

─────────

 

 

 

「今日は手足を失った時の訓練をするじゃん」

「……はい?」

 

東京西部に位置する学園都市。その第二学区の訓練所にて、前原将貴は思った。

急に何言ってるんだこの人、と。

 

「どういうことですか?」

「言っての通りじゃん。もし片腕、片足を失った時の立ち回り方を教えてやる」

「なんですかその物騒な状況」

 

今日は黄泉川師匠との特別訓練の日である。

保護観察処分者としての罰だが、そんなのは名目だけだ。そもそも八月十日事件自体、何故か記憶がほとんど無い俺からすれば、そこまで大した話でもない。

涼乃を守るという誓いを立てた事さえ忘れなければ、あんな事件はどうでもよかった。

 

「お前の全反射(ハーモニクス)は知っての通り万能じゃない。こういった訓練を積んでおくべきだろう」

「はあ。なるほど」

「気の無い返事してんじゃねぇ。また40キロ走らせるぞ」

「はいっ!よろしくお願いしますっ!!」

 

師匠が近付き、上着らしき布を俺の右腕に巻き付けてきた。思いっきり固く結んだのか、動かそうにもびくともしない。

 

「……これでどう戦えと」

「逃げれるなら逃げた方がいいじゃん。しかし、守るべき者がいた場合はそうもいかん」

「………」

「まあ習うより慣れじゃん。とりあえずその場でジャブでも打ってみろ」

 

残された左手でジャブを打つが、動き辛いことこの上ない。踏み込みも上手く利用できず、情けないパンチしか打てない。

 

「何となく分かったと思うが、腕を失えば重心が一気に狂い、結果的に腕1本以上の攻撃力を失う。とどのつまり、今日はその重心変化に慣れる訓練じゃん」

「何を意識すればいいですか」

「やる事は大して変わらないじゃん。より腰を下げて、より力強く踏み込めば攻撃力はキープできる。特にお前の場合は……だろ?」

「慣れさえすれば、そこまで問題にはなりませんか」

「そうだ。とりあえず一度組んでみるじゃん」

「お願いします」

 

 

 

─────────

 

 

 

───────

 

 

 

─────

 

 

 

───

 

 

 

 

 

「(まさかあの時の訓練が、こうして役に立つとはねぇ)」

 

迫り来る炎剣を前に、悠長にもそんな事を思った。炭化した右腕は相変わらずで、動くどころか痛みすら感じない。もっとも、痛みがあればまともに動くことなどできないだろうが。

 

「──ッ!!」

 

振り下ろされた炎剣を、身を捻って近くで躱す。残された左手で男の肩を掴み、男の体を強引に固定させた。

そのまま能力を全力で踏み込み、右膝を男の腹に突き上げる。膝は吸い込まれるように目標に突き刺さり、鈍い音を響かせた。

 

「か、はっ──」

 

衝撃に、2メートルを超える男の体が浮かび上がった。男は何とか堪えるが、元々溜まったダメージも合わさり、膝が震えているのが見える。最後の希望であろう炎剣も、形を失って消滅した。

 

即座に距離を取り、右足に全ての力を込める。そのまま弾けるように地面を蹴り上げ、つま先で男の顔面を捉えた。

足を負傷した男は避けれず、腕を交差させて防御を図る──が、反射の前にはあらゆる防御が無に帰する。

バガンッッ!!と鼻が折れた音がした。

 

「ぶぇ──」

「逃がすか」

 

浮きかけた腰を一気に下げて、左手を腰に構える。そのまま両足で地面に踏み込み、倒れかかる男に肉薄した。

足、腰、そして腕へと伝わった力は拳へと収束していき、男の横腹──柔らかい内臓のあたりに突き刺さった。

 

「ご、ぁっ……!」

 

短い吐血の後に、2メートルを超える男が膝から崩れ落ちた。声もまともに出ないのか、その場でぶるぶると体を震わせている。

 

拳も蹴りも、その本質は直前の『踏み込み』にあると言っていい。早い話、踏み込みが強ければ強いほど強力な攻撃が可能となる。

全反射は、その踏み込む力を反射する。そして、インパクトでかかる衝撃も跳ね返す。

倍の倍、つまり最低でも4倍になる攻撃を、ノーガードで3発。まともに耐えられるはずがない。

 

「どうした。もうグロッキーか?」

「ぅ……」

 

男の胸ぐらを左手で掴み、強引に体を起こさせる。口と鼻から出た血が顔中を覆い、その赤髪より紅く染まっていた。

未だに意識を失っていないのか、糸のような細い声だけが口から漏れている。

 

「魔術、だったか?あんなに強いくせに、格闘術はてんで素人だな。ウドの大木ってやつか」

「ぁ……」

「まあ、俺の腕をこんなにしたんだ。これぐらい安いもんだろ」

 

そうは言ったが、とりあえずこの程度で済ませてやろう。風紀委員(ジャッジメント)でも過度な攻撃は禁じられているし、人を痛めつける趣味など無い。

……が、俺の左腕を使えなくしたのも事実なので、あと1発だけ殴ろう。そうだな、目標は1番痛い肝臓にしとくか。

 

「(倒れてるのを蹴るのも気が引けるし……1回上に投げて、落ちてきた所に叩き込むか)」

 

胸ぐらを掴み直し、腰をもう一度下げる。反射があるとはいえ、2メートルを超える男を投げるのは少し厳しい。

 

「安心しろ。あと1発で済ませてやる」

「……こ、の」

「いくぞ」

 

一度下げて、その反動で思い切り上に投げた。僅かに浮かんだ男の脇腹──肝臓に狙いを定めて、左手を低く構える。

男の体が落ち始めた瞬間、踏み込んで拳を放つ。訓練によって洗練された必殺の拳は、正確に目標に吸い込まれていき、直撃────しなかった。

 

いや、当たらなかったどころじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あ?」

 

拳が虚しく空を切る。直後、見えない壁のようなものに全身を叩かれた。

 

消えた?避けるでも受けるでもなく、消えた?バカな、あのボロボロの状態で動けるはずがない。なら空間移動(テレポート)?いや、そんなの使えれば戦闘中に使うはずだ。なら何故。いや、そもそもどこに────

 

「ここですよ」

 

ゾン、と。その女はいきなり現れた。

物陰に隠れていた訳でも、背後から忍び寄った訳でもない。目の前、10メートルほど先に佇んでいた。

暗がりで見えなかったとか気付かなかったとか、そんな次元じゃない。たった一度瞬きするまで、そこには誰もいなかったはずだ。

 

なのに、いる。

事実として、その女は目の前にいる。

 

人払い(Opila)を突破できた理由も気になりますが、それよりステイルを倒すとは……やりますね」

「……なにを、しやがった」

「大したことはしていません。宙にあったステイルを回収し、戻ってきただけです 」

 

聞き慣れた、純粋な日本人の声。それもまだ20もいかぬであろう、若い女だった。

その女は片方を絞ったTシャツに、同じく片足を根元から切ったジーンズという奇抜な服装だ。しかしそれより目を引くのが、腰からぶら下げた2メートル以上の日本刀である。

 

コイツはやばい、と。理屈よりも体が、本能が、けたたましく警告音を鳴らしている。左手に力が入るが、どれだけ込めても足りないと思った。

 

「そんな、ことが……」

「出来るから、ここにいるのですが」

 

ドサリ、と。女の近くに何かが落ちる音がした。見ると、消えたと思った赤髪の魔術師がそこに倒れている。

それこそが、今の荒唐無稽な話が事実であることの、何よりの証明であった。

 

「お前は、一体……」

 

その事を認識して、口が自然に動いた。

背筋が凍る俺に対して、女はまるで緊張を見せない。まるで世間話でもするように、こう言った。

 

神裂(かんざき)火織(かおり)、と申します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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