とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第68話

 

 

 

 

 

「神裂火織、と申します」

 

名乗った瞬間、沈黙が下りてきた。ヒリついた空気が夜風に吹き、神裂火織の長いポニーテールが揺れる。

 

「……どーも」

 

黒い制服を纏う少年の目に、緊張と敵意の色が浮かぶ。得体の知れない私を警戒しているのだろう。

そういった視線には慣れているが、やはり気分のいいものではない。

 

「あなたのお名前を教えていただきますか」

「……前原、将貴」

(まさ)(とうと)き者、ですか。良い真名です」

 

黒い少年をよく観察する。上着のようなもので右腕を固定しているが、それ以外に目立った外傷は無い。息も上がってないあたり、まだ余裕はありそうだ。

必要悪の教会(ネセサリウス)』有数の実力者であるステイルとぶつかって、右腕1つで勝つとは大したものである。

 

「あなたは学園都市の者ですね。となれば、王室が招いた使節団の方でしょうか?」

「………」

「ご安心ください。賓客に剣を向けるような真似は致しませんので」

「……賓客でなければ容赦なく叩き潰す、って言ってるように聞こえるが」

「場合によってはそうなります」

 

その言葉に、わざと殺意を滲ませる。すると、少年の拳に力が入るのが分かった。

 

大した胆力だ、と素直に感心する。自分で言うのもなんだが、『聖人』が向ける殺意は凡夫のそれとは格が違う。それこそ、一般人なら『なんとなく』で腰を抜かすほどに。

 

「単刀直入に問います。あの女をどこに逃がしたか教えていただけますか」

「……お前もあの子を狙っているのか」

「それが我々の任務ですので」

 

少年の目に、改めて敵意が宿る。傍から見れば、私は『無実の子供を誘拐しようとする犯罪者』に見えるに違いない。

 

この少年は、きっととても優しい子なのだろう。

名も知らない少女のために、異国の地で、魔術という未知のチカラに立ち向かえる人は多くない。それもプロの魔術師でも軍人でもない、ただの学生が……どこかのツンツン頭を彷彿とさせる。

 

「なら言う訳にはいかない。どんな理由も、子供を傷付つけていい免罪符にはならない」

「年齢という点で見ればあなたも子供でしょう。勇敢と無謀は似て非なるものですよ」

「アンタだってまだ未成年だろ。そう変わらないじゃないか」

 

……ほほう。この身長と見た目のせいで、いつも成人と(それどころか結婚適齢期を過ぎているとも)思われるのですが……この子は良い子ですね、間違いありません。よければご飯でもご馳走してあげましょうか。

 

「……?」

「……失礼。あの女に雲隠れされると、私たちも困るのです。何か知っているなら、大人しく話してくれませんか」

「断る」

「話して、くれませんか」

「断る、と言ったんだが?」

 

2メートルを超す長刀、『七天七刀』の刃を鞘から覗かせる。瞬間、少年から滲み出る殺意が数段濃くなった。

 

「話があるならそっちから話すのが道理だろ。理由も聞かず口を割れ、なんて納得できるか」

「そういう訳にはいきません。こちらにも事情がありますので」

「なら俺も話さない。話は終わりだ」

 

力関係と秩序の関係から、魔術の存在を一般人──それも科学サイドの人間──に話さないのは魔術師としての原則だ。

もっとも、ステイルと戦った時点で、もう手遅れかもしれませんが。

 

「(話が通じない……というより、あの女を守る、という事に本気のようですね。見ず知らずの者にどうして……)」

 

倒そうと思えば一瞬で倒せるが、『歩く教会』のような防御霊装もなしに斬る訳にはいかない。しかしステイルを倒した実力者、峰打ち程度で倒せるとも思えない。

どうしましょう。やはり殴って気絶させるのが1番でしょうか?

 

「(一般人に手を上げるのは気が引けますね、それも年下の少年に……土御門のように口が達者ならよかったのですが)」

 

にゃーにゃー喚く同僚を思い出し、はあ、と溜息をつく。世界に20人といない『聖人』と言えど、『戦闘力の高さ』以外に強みが無いのは考えものだ。

しかし、その『強さ』だけで魔術サイドを席巻するのが『聖人』である。

 

「動かないでくださいね」

 

ヒュン、と。ほんの一瞬だけ抜刀し、少年の50センチ脇を地面ごと切り裂く。ズバンッ!!と、斬撃というより爆破に近い轟音が炸裂した。

 

「……え?」

「今のが見えていなければ、1000回戦ってもあなたに勝ち目はありませんよ。仮に見えていたとしても、避けれるかはまた別の話です」

「………」

「話す気に、なってくれましたか?」

 

ステイルを倒すほどの実力者なら、力の差だってある程度分かるはずだ。そして、私が本気でないことも。

それに私は真説『唯閃』はおろか、魔法名すら名乗っていない。名乗りたくはないので、正直に話してくれると嬉しいのだが。

 

「お前、は……」

「?」

「お前は、この斬撃をあの子に向けるつもりなのか」

「必要とあらば」

 

ガチリ、と。何かが切り替わるように、少年の雰囲気が変質していく。

殺意。もしくはそれに似た、死を連想させる何か。

 

「……じゃあ、もういい」

「分かってくれましたか?」

「叩き潰してやる、『魔術師』」

 

冷徹な口調の後、少年が臨戦態勢に入った。武術とも格闘術とも違う……言うなら実戦的な構えである。滲み出る殺意も合わさり、丸腰とは思えない脅威を感じる。

 

「………」

「………」

「……──」

「──やめてください」

 

私に突撃すべく、少年が踏み込む────瞬間に背後に移動して、優しく少年の肩を叩いた。

ビタリと少年の動きが止まり、殺意が霧散していく。無理もない、何が起こったのか理解できないのだろう。

 

「私には勝てませ──」

「──ッ!!」

 

だんっ!!と少年が私の足を踏み潰す──が、その程度で『聖人』の体に傷など付かない。しかし少年は上体を落として、肘で脇腹を狙ってきた。膝でそれを撃ち落とすが、今度はその足を狙った蹴りが放たれる。

予想以上に強い衝撃だったが、当然効かない。

 

「──ッ!?」

「終わりですか?」

「な──」

 

何ともない私に驚いたのか、少年が跳ねるように距離を取った。瞬間、その背後に移動し、また優しく肩を叩く。

キンッ、と。あえて聞こえるように鞘音を鳴らした。少年は振り返ることもなく、今度こそ動きが止まる。

 

「あなたが強いのは認めます。しかし私には勝てません」

「………」

「最低でも今の速さに着いてこれないと、戦う以前の問題です」

 

僅かに沈黙が下りる。

数秒後、少年が素早く身を捻り、手刀で顔面を狙ってきた。眼球を正確に狙ったその攻撃は、とっさに反応できないほど素早い。

 

しかし『聖人』の足元にも及ばない。

音よりも早く懐に入り込み、『七天七刀』の柄頭*1を喉に突きつけた。

 

「勝てない、と言ったでしょう」

「──ぅ」

「何があなたを駆り立てるのか分かりませんが、これが現実です」

 

少年の動きが止まり、その顔に汗が垂れる。しかしそれは一瞬で、少年はその隙を逃さず『七天七刀』の柄を掴んできた。

私はそれを手で覆い、もう一度問いかける。

 

「何か知っているのなら話してください。知らないのなら、もう何も聞きません。ですので、これ以上は止めてください」

「……何で、だよ」

「……?」

「何で止めなきゃいけねぇんだよ?」

 

黒い少年が、嘲るようにふっと笑った。

予想外の表情に、さすがの私も止まってしまう。格の違いを見せて、刀を喉に突きつけて、残った片腕も掴んだ。この圧倒的に不利な状況で、何が笑えるのだろうか。

 

「お前があの子を追うから、俺はお前を止めなきゃならない。だから戦ってんだよ。的外れな事言ってんじゃねぇ」

「このまま戦っても勝負にならない、と言ったはずですが?」

「勝てないから逃げるとでも?風紀委員(ジャッジメント)を舐めるなよ」

 

バチンッ!!と、手と柄が何かに弾かれた。そうして距離を取った少年が、ゆらりと顔を上げた。

その瞳に、緑色の何かがよぎる。

 

「───────ッッ!!?」

 

ドクンッ!!と。心臓を突き抜かれたような感覚が全身を襲った。ほんの一瞬、しかし確実に呼吸が止まったように思える。

 

しかし、それは瞬きよりも早く霧散した。後に残ったのは、自分がここに立っているのが不思議でならない、そんな強烈な違和感だけ。

 

「(────はっ!?い、今の、は……?)」

 

時間にすれば、恐らく100分の1秒にも満たないだろう。なのに、全身の酸素が奪われたように息が荒くなる。

何かの能力だろうか。いや、少年は気にした様子もないし、瞳に違和感も無い。

もしや、誰かが近くで国家レベルの魔術を?いや、そんなはずは……。

 

「……っ、失礼。あなたがそこまでして戦う理由があるとは思えません」

「……?そんなの、それが俺の『正解』だからだよ。理由なんざそれで十分だろ」

「……なるほど」

 

自分がしたいから、そうする。

確かにこれ以上なく純粋で、強い理由だ。ならば、説得できないのも納得がいく。互いに正しいと思うから対立する、それは人類が繰り返してきた普遍的事実である。

 

……私も覚悟を決めましょうか。

 

「勝てないと分かっていても挑むその姿勢、心打たれるものがあります」

 

呼吸を整え、ゆっくり柄に手をかける。私が腰を落とすのに合わせて、少年も臨戦態勢をとった。

 

これは情けではなく、敬意。今後もそのまま邁進してほしいという思いを込めて、大きく踏み込む。

 

「それに免じて、一撃で済ませましょう」

 

ドンッ!!!と、地震のように橋が揺れた。

音速を優に超える、私の最高速をもって肉薄する。そのまま『七天七刀』の鞘を横薙ぎに振り抜き、少年の顎を僅かに掠める。

 

それだけで、全てが終わった。

黒い少年は何も言わずその場に崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。あまりに綺麗に入ったため、一見すると眠っているようにも見える。軽い脳震盪を起こしているようで、目立った外傷は無い。

 

「(やはりひどいのは右腕ですね。治してあげたいですが、能力者に魔術を使っていいのでしょうか……)」

 

必要悪の教会(ネセサリウス)』なら治せると思うが、科学サイドの人間に協力するとは思えない。むしろ最高の検体が手に入ったと、少年の体を喜んで切り刻み、超能力について徹底的に調べるに違いない。

こういう時、組織は不便だなとつくづく思う。

 

「……ん?」

 

そんな中、ふとジーンズのポケットに違和感があった。取り出すと、それは手に収まるぐらいの木札だ。何種類かのルーン文字を焼印した、通信用の霊装である。

それを耳に当て、携帯電話のように話し始める。

 

「はい。いえ、乱入者はたったいま無力化しましたが……は?」

『────』

「……それでよろしいのですか?私が言うのもなんですが、ここに置いていては」

『───?』

「いえ……分かりました、すぐ戻ります。では」

 

通信を切断し、もう一度視線を落とす。そのまま眉を顰めていると、ピシリと音がした。

見ると、先ほど使った『七天七刀』──その鞘に、小さなヒビが入っているが分かった。

 

「(あの瞬間に、反撃はしていたということですか)」

 

鞘ではあるが、『七天七刀』に傷を付けられたのは初めてだ。無意識でここまでとは、凄まじい戦闘センスの持ち主である。

 

「………」

 

ふと少年の頭を撫でる。なぜこんな事をしたのか、自分でもよく分からない。あのまっすぐな瞳に、何かを揺さぶられたのだろうか。

 

「あなたは強くなります」

 

手を引っ込めて、ゆっくりと立ち上がる。近くで倒れるステイルを回収し、そのまま踵を返す。

 

少年を放っておくのは心苦しいが、事情が変わったため仕方あるまい。右腕も、科学サイドの技術で治るよう祈っておこう。

 

しかし、仮に腕が治らなかったとしても、この少年は変わらないだろう。

 

「またぶつかる事があれば、遠慮なく挑んできてください。私も全力でお相手します」

 

踏み込み、一気に上空に離脱する。

ふと眼下に見下ろすと、そこには半壊した橋と、右腕を失った黒い少年が残されている。

 

「(……私達は何がしたかったのでしょう)」

 

周りが静かになり、ふと物思いに耽けてしまう。

『バードウェイ発見』という、急に入った報告に従って出撃したが、結果はこの有様だ。

 

必要悪の教会(ネセサリウス)』の尖兵であるステイル=マグヌスを撃破され、『聖人』を動かす事態になり、最終目的だったあの女も取り逃してしまった。

 

できた事と言えば、偶然通りかかった少年の右腕を奪ったことぐらい。

 

「この戦いに、どんな意味があったのでしょうか……?」

 

ぽつりと漏れた呟きに、答える者はいない。

夏の夜風を切る音に、溜息の音が1つ混ざった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
日本刀の柄の先にある金具。

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