とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第70話

 

 

 

 

 

広域社会見学も、気が付けばもう最終日。予定していたプログラムは恙無く終了し、あとは学園都市へ帰るだけとなった。

 

やってきたのはロンドン・ヒースロー空港。世界有数の規模を誇り、学園都市にも通じる空の窓口である。

風紀委員(ジャッジメント)の面々は、巨大な達成感と解放感に身を委ね、免税店でお土産を買い漁っていた。

 

「あ゙ー……」

 

そんな中、泥のような声を上げる者が1人。気を抜いたら地の底に引きずり込まれそうなその少年は、177支部の前原将貴であった。

その制服はぴかぴかだが、その色に応えるように気分はどす黒い。

 

「(ようやく地獄が終わる……いや、むしろこれからが地獄か……?)」

 

無気力に天井を見る。ライトが眩しいが、目元を覆う気すら起きない。その背を引くのは、4200万という途方もない額の借金だ。

 

「辛気臭い顔してるねー。だいじょーぶ?」

 

にゅっと、視界の隅から見慣れた少女が生えてきた。金糸を編んだようなミディアムヘアに、それを後ろで結んだ深紅のリボン。つり目がちな蒼氷玉(スイスブルー)の瞳は、常盤台らしからぬ強気な印象を抱かせた。

 

松浦奏。

風紀委員における直属の上司にして、俺に借金を負わせた張本人である。

 

「誰のせいだと思ってんだか……」

「まあまあ。国際問題をお金で解決できたんだから、結果としては上々じゃない?」

 

にぱー、と奏が笑った。身長は140僅かと小柄ながら、美しさと可愛さが見事に調和した、なんとも不思議な少女である。

 

こんな少女が飛行機をチャーターしたなど、ぶっ飛んでるとしか思えない。対外的には最良の選択かもしれないが、しわ寄せのレベルが桁違いだ。

 

「国際問題って言われても、あんま実感ないしな。何か実りはあったのか?」

「キャーリサ様と友達になって、連絡先教えてもらったくらいかなー」

「…………え、連絡先?ホットラインってこと?」

「あはは、私は首脳じゃないよ」

 

奏は笑うが、事はそんな簡単な話ではない。仮にも学園都市の高位権力者と、イギリス王女が直接対話できるというのだ。この2人が本気になれば、冗談抜きでイギリス転覆が狙えるかもしれない。

 

「……友好関係の確認とかは?」

「別に正式な条約とか無いじゃん。暗黙の了解に縛られるって面倒くさくない?」

「うーむ……」

 

奏は自身の立場をよく分かってない……いや、分かったうえで笑っているのだ。古き因習など知ったことか、と。

なんというか、色々とすごいな、こいつは。

 

「それより、しょーくんは自分の事を気にした方がいいんじゃない?」

「自分の事?」

「借金とか」

 

薄く開いた蒼い瞳が、俺の体温を一瞬で奪った。いつもと変わらない口調が逆に恐ろしい。

 

「……いやあの、それは……ホントに請求すんの?」

「当たり前じゃん。経費で落ちると思った?」

「ですよね」

 

高位能力者への給付金、風紀委員の医療保険など、俺は金銭的には困っていない……が、4200万は厳しすぎる。返済に何十年かかることやら。

 

「だいじょーぶだって。しょーくんには全反射(ハーモニクス)があるじゃん。功績に応じて減らしていくからさー」

「功績って……それで4200万もいくかよ」

 

道案内、見回り、交通整理……それらを何万回やればいいのだろう。気が遠くなりそうだ。

しかし奏は、今更なに言ってんだとでも言うように眉を顰めた。

 

「結構いくと思うよ? 例えば幻想御手(レベルアッパー)事件とか」

「あんな事件が何度も起きてたまるか」

「そうでもないと思うけどなー。ほら、前も妹達(シスターズ)を救ってたじゃん」

 

ビシリと、今度こそ動きが止まった。眼球に刃を突きつけられたような緊張が全身を呑み込む。目の前にいる小さな少女から、明らかに異質な存在感が滲み出した。

 

「……なに、を」

「後はそうだねー。明菜ちゃんを助ける、とか?」

「なっ……」

 

……なんだ。どうなってるんだ?

妹達については分かる。助力を求めて電話もしたし、そこから調べたのは理解できる。だが、明菜については何も話していないはずだ。

 

「……奏」

「んー?」

「……お前は何者だ。どこまで知っているんだ」

 

奏が不思議そうに首を傾げる。年相応の仕草ではあるが、流麗すぎて逆に周囲から浮いていることに、奏は気付いているのだろうか。

 

「私は風紀委員の副委員長、松浦奏。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「………」

「じゃ、また後でね」

 

それ以上言うことは無いのか、奏は屈託のない笑みを浮かべて踵を返した。歩く姿すら絵になるのは才能だろうか。

 

「……はあ」

「えい」

「のわぁっ!?」

 

ひとまず咎める気は無いらしい、と安堵していると、急に耳を引っ張られた。

想定外すぎる襲撃者の手を掴むと、小さくて温かい感触があった。そのまま振り向くと、ここ数日ですっかり見慣れた顔があった。

 

「……なんだ、府蘭か」

「なんだとは何ですか。失礼ですよ」

「いきなり耳引っ張っといてそれはないだろ」

 

ウサミミパーカーのアンテナ少女、烏丸府蘭である。さすがにビキニではないが、ダボダボのTシャツに短パンと、肌の露出は相変わらず多い。

 

「もしかして見送りに来てくれたのか?」

「ええ、まあ。少しはお世話になりましたし」

「ほほう、意外と優しいじゃん」

「ふふん、もっと褒めるのです」

 

ふんす、と府蘭が無い胸を張る。隙間から覗く白い肌が強調されるが、攻撃力は全く上がっていない。女性的起伏に乏しいためか、むしろこちらが申し訳なくなる。

 

「どこ見てんですか、変態」

「いや……なんか、ごめん」

「……何でしょう、急に前原ちゃんをぶん殴りたくなったのです」

「やめて」

 

後ろのリュックからドライバーを取り出した府蘭をどうにか宥める。というか、空港でそれは普通に不審者だから止めた方がいい。

 

「それより前原ちゃん、あなたに与えた使命は覚えてるでしょうね?」

「あー、うん。あんだけ言ってくれば流石にな」

「なら良いのです」

 

ちらりと脇の紙袋を見る。そこには宇宙人のようなウサギ、通称『ウサギグレイ』のストラップが詰め込まれていた。

先日お土産を買った際、『ウサギグレイ』を学園都市中に広めろ、という使命と共に押し付けられた品だったりする。

 

「なら代わりに、府蘭にはこれをやろう」

「これは……音楽プレーヤーですか?」

「俺が好きなアイドルの曲。良い曲だから聴くといい。広げてくれるともっといい」

 

俺に趣味を押し付けたのだから、それくらいはやってほしいものだ。それに、ARISAの曲は本当に良いものが多い。聴けば虜になるのも時間の問題だ。

 

…………と、そんな事を思っていたら、搭乗手続きが開始された、との放送が入った。そろそろ出国の時間である。

 

「……ん、もう出発か。それじゃあ府蘭、この辺で」

「……あの、前原ちゃん」

「ん?」

「ごめんなさい」

 

府蘭が急に頭を下げてきた。予想外の行動に、俺も思わず狼狽えてしまう。

 

「え、え?府蘭?どうした、らしくもない」

「色々と……ごめんなさい」

「いいから頭上げろって。なんか分からんけど、ほら、な?」

 

ぽふっ、と下げられた府蘭の頭を撫でてやる。驚いて頭を上げた府蘭だが、その瞳はやけに憂いげだ。こんな表情もできたのか、と素直に驚く。

 

「……女の子の髪に触れるなんてマナー違反なのです」

「そりゃ悪かった。でも撫でやすい頭があるのも悪い」

「なんですかそれ」

 

くすっ、と府蘭が笑った。初めて見るような自然な笑い方に、俺も思わず笑ってしまう。

後ろ髪を引かれるような事があっては嫌なので、やはり別れ際はこの方がいい。

 

「それじゃあ前原ちゃん。また会う日まで」

「ああ。またな、府蘭」

 

互いに手を振って、互いに踵を返した。そして互いに振り返らず、俺は荷物と共に搭乗口へと向かう。

 

この広域社会見学。魔術やら借金やら色々あったが、それもまた経験だ。

それに、大切な友人が1人できた。それだけで、来る価値は十分あったと言えるだろう。

 

俺は学園都市の者であり、能力者だ。そう簡単に『外』に出るのは難しいだろう。

 

だが、それでも──

 

「──また語らう日がくるといいな。府蘭」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──報告は以上になります」

 

月が照らす街の片隅に、そんな声が聞こえた。報告を終えた烏丸府蘭の耳に、髪を梳く音が聞こえる。ロンドンという大都市にいながらその音が聞こえるのは、何かしらの魔術が働いているのだろうか。

 

「そうか。ご苦労なりき」

 

薄暗い部屋の奥から、妙な喋りの声が聞こえた。現代語としては当然おかしいし、古語としてもズレている。しかし慣れているのか、府蘭も訂正はしなかった。

 

「して、言ふた通りにしたのだろうな?」

「はい。全て指示通りに」

 

視線の先で、声の主が顔を上げた。

透き通った白い肌に、宝石のような青い瞳。身長の数倍はありそうな黄金の髪は、どこからか入った月光に当たって淡く輝いていた。

 

ローラ=スチュアート。

18歳の少女のような見た目をしながら、英国女王(クイーンレグナント)の側近にして、『清教派』の頂点に君臨する女がそこにいた。

本拠地である(セント)ジョージ大聖堂ではなく、私邸であるランベスの宮にいるのは、私が最大主教(アークビショップ)の私的な手駒であるという証明でもある。

 

「指定のポイントで対象と接触、食事の隙にDNAを採取しました。しかしその後──」

「レイヴィニア=バードウェイと遭遇、追っ手たるステイルと一戦交えた、か。"偶然"といふのは怖きものね」

「………」

 

わざとらしい強調に、思わず眉を顰める。しかし最大主教(アークビショップ)は気にしてないのか、髪を梳く手を止めようともしない。

 

「……1つだけ尋ねてもよろしいですか」

「硬き事ね。なに?」

「なぜ前原将貴を追ったのですか?」

 

髪を梳く手が一瞬だけ止まる。素直に下がらない私が珍しいのか、宝石のような冷たい瞳が私を射抜いた。

 

「なんだ。かの訳ならとうに言ふたであろう」

「ただ能力を探るだけでしたら、代表団の誰でもよかったはずなのです。しかし最大主教(アークビショップ)は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それはなぜなのですか」

「なんだ、いつになく案ずるではないの。まさか(おぼ)ほりでもしたの?」

 

ここ数日で、すっかり見慣れてしまった少年を思い浮かべる。馴れ馴れしくて、お節介で、口が悪くて……でも強くて、面倒見が良くて、優しい少年だった。

そんな少年を、魔術という『裏』の異能に関わらせたくないのだ。

 

「……そういう訳ではありません。幻想殺し(イマジンブレイカー)のような特異性もないのに、彼に固執する理由が知りたいだけなのです」

「固執などしておらぬ。気になりし所がほんの少しきあるだけよ」

「気になる所、ですか?」

 

気になる──つまり最大主教(アークビショップ)の興味をそそる何かがある、という事か。確かに強力な能力者ではあったが、特別に異質という訳でもないと思うが。

 

「少しき前に起きける御使堕し(エンゼルフォール)は存じているか」

「はい。それが何か?」

「あの時、此の者は異変に気付いておったらしいぞ?」

「……え?」

 

御使堕し(エンゼルフォール)

8月の終わりに起きた、全世界の魂が椅子取りゲームのように他者へ乗り移るという、前代未聞の大魔術だ。それは大天使『神の力(ガブリエル)』の降臨を引き起こし、あわや世界滅亡寸前にまで至った事件として記憶に新しい。

 

しかし、一般人は外見ではなく『入れ替わった魂』を認識していたため、『入れ替わり』に気付くことはできない……はずだ。例外を挙げるなら、幻想殺し(イマジンブレイカー)を持つ上条当麻くらいだ。

 

それはつまり、前原ちゃんには幻想殺し(イマジンブレイカー)に匹敵する『何か』があるかもしれない、ということだ。

 

「まあ世界には70億もの人がおる。偶然気付くのもありしことよ」

「それは……」

「此の者に特別な異能がありしか、確かまほしきだけよ。気にするでない」

「………」

 

見え透いた建前だ、と思う。

先ほど最大主教(アークビショップ)は『偶然にもバードウェイと遭遇した』と言ったが、そんなはずがない。

 

そもそもとしておかしいのだ。

バードウェイという大物を相手取るのなら、人員と霊装を惜しみなく使い、どんな犠牲を払ってでも叩き潰すのが道理のはず。

なのに実際は追っ手が1人。それもステイル=マグヌスという『ただの魔術師』だ。後から神裂火織が追いついたものの、こと速さで『聖人』が負けるはずがない。

 

ただ、目の前にいる最大主教(アークビショップ)なら、出撃の指示など容易い。

 

「どうしたの。報告を終えたなら下がるがよい」

「……いえ」

 

何故バードウェイをみすみす逃がすような真似をしたのか、真意は分からない。

ただ私には、バードウェイを餌に、前原ちゃんと魔術師を戦わせたかったようにしか思え──

 

「長生きしたくば引き際を弁えることね」

「──っ」

 

最大主教(アークビショップ)が一瞬だけこちらを睨む。瞬間、ドクンッ!!と心臓を掴まれたような感覚に襲われた。

なんとか平静を取り戻すが、既に最大主教(アークビショップ)の興味は髪の調子に戻っていた。命拾いした、と本能が安堵している。

 

「……これで失礼します」

「そうそう、1つ忘れておった」

「なんでしょう」

「ステイルが負わせたる火傷だが、正しき『処置』を施したのだろうな?」

「はい。()()()()()()()()()()()()()()。しかしあれにはどういう意味が──」

「ならよい。下がれ」

 

再び髪を梳く音が聞こえる。これ以上聞く必要は無い、という事だろう。

ならば私も聞くまい。無理に詮索すれば、今度こそ私の命が危ない。

 

「……失礼します」

 

一礼して、静かに部屋を後にする。警備隊に気付かれぬよう抜け出し、上手く人混みに紛れてから、思い出したように立ち止まった。

 

「せっかくなんで聴いてみますか」

 

ポケットから小さな機械を取り出す。いつもの無骨な無線機ではなく、シンプルなデザインの音楽プレーヤーだ。

見慣れないそれを耳につけると、まだ幼くも綺麗な歌声が聞こえてくる。あの少年の趣味としては、どうも似合わなく思う。

 

「……ふふっ」

 

つい意味もなく笑ってしまった。こうやって1人で笑うのはいつ以来だろう。あの少年と会ってから、柄にもない事が続いている気がする。

 

ならばもう1つ、柄にもなく願おうじゃないか。

私は魔術師であり、イギリス清教のスパイであり、最大主教(アークビショップ)の手先という、『裏』の世界に生きる人間だ。当然、『表』の人間と馴れ合うことなど許されない。

 

けど、それでも許されるなら──

 

「──また語らう日がくるといいですね。前原ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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