とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第71話

 

 

 

 

 

「明菜」

 

部屋に入った瞬間、距離感が消失した。比喩表現なしに白一色の部屋は、立っている場所すら曖昧になるほど現実感が薄い。そんな中、前原将貴の黒い制服は、異物としての存在感を強く主張していた。

 

「ごめんな明菜、3日も来れなくて。ちょっと『外』に用事があってさ」

「────」

「お詫びにほら、お土産持ってきたよ」

 

部屋と同じ──いや、それ以上に白く、静と動を共存させる少女、入江明菜に話しかける。

明菜は横になったまま、小さな手でトランプをひらひらと揺らしていた。近くには5段のトランプタワーが築かれており、残るは最後の1段のみとなっている。

 

「(相変わらず手先が器用なことで)」

「──?」

「ああごめん、寝てていいよ」

 

キャリーバッグを置き、明菜の近くに腰を下ろす。床を撫でるように広がる純白の髪が、以前よりきめ細かくなっているのが分かる。

 

「うん、随分柔らかくなったな。流石『学舎の園』で買っただけある」

「────」

「綺麗だよ、明菜。これ以上ないくらい」

 

ふにっと、指先で頬をつついた。見たこともないほど整った顔立ちが、ほんの少し緩んだのが分かる。深すぎる蜂蜜色の瞳が、まっすぐに俺を捉えた。

 

「──?」

 

不意に動いた明菜の手が、そっと俺の手に重なった。それを不思議そうに見る明菜が、無性に愛おしく思えてしまう。先日の『入れ替わり事件』の影響もあるかもしれない。

 

「………」

 

空いた手で頭を撫でようとして、止まる。白い細流のような髪に埋まる『異物』に気付いたからだ。

 

首に巻かれた黒いチョーカーと、そこから首筋や額に伸びた不自然なコード。外部からの演算を得る補助デバイスにして、入江明菜の生命線である。

 

「(……忌々しい首輪だ)」

 

これが一種の生命維持装置であることは理解している。しかし、明菜自体は健康なのに、この演算補助なしには生活すらできない、というのは歪んでるとしか思えない。

これが外れた時こそ、本当の意味で明菜を救えたと言えるのだろう。

 

「──?」

「……ん、何でもないよ。そうだ、お土産買ってきたから少し待って」

 

そう言って、置いてきた荷物を漁りはじめる。

ここには広域社会見学から直接──つまり空港から直接来たので、いかんせん荷物が多い。どこかのウサミミパーカーのおかげでお土産も増えたし。

 

「(さすがに1回帰ればよかったな。ここを汚す訳にもいかんし)」

「────」

「(これが支部ので、これが明菜で、あとは……府蘭のやつか。てか府蘭のが1番多いじゃねーか)」

 

パサリ、と何かが倒れる音がした。明菜がトランプタワーを崩したのだろう。

珍しい、失敗したのか?

 

「ちょっと待ってね。すぐ出すから」

「────」

「まずお菓子か、ら……?」

 

きゅっと、足元に違和感があった。ズボンが何かに引っ張られたらしい。しかし、この部屋に引っかかるようなものは無い。ならば──

 

「──明菜?」

「────」

 

振り返ると、足元に伸びた白皙の腕。触れれば折れそうなほど細い指が、俺のズボンの端を摘んでいたのだ。

完成間近だったトランプタワーは、後方で跡形もなく崩れている。

 

「──?」

「……俺が分かるのか?」

 

手からお土産が落ちて、チョコレートが床に散らばる。明菜の傍にも転がるが、明菜は微動だにせず俺を見上げていた。

 

──明菜が、俺を?外部から来た『異物』である俺を、認めたというのか?

 

「────」

 

その場に座り、顔を上げさせる。澄んだ蜂蜜色の瞳が、何の疑いもなく俺を見つめている。その頬を撫でると、明菜は猫のように目を細めた。

 

「………」

「────」

 

抱き寄せると、明菜は抵抗もなく俺の腕に収まった。平均より少し高い体温と、フローラルな香りが全身を包む。

 

「……ありがとう。俺も期待に応えてみせるよ」

「────」

「あ、お土産だったな。ごめん」

 

改めてお土産を漁り、1つひとつ丁寧に置いていく。チョコレートにビスケット、そして紅茶を並べたが、明菜が最も興味を示したのは、意外にも宇宙人のストラップだった。

 

「これはウサギグレイって言ってな。ロンドン……あ、海の向こうに住んでるキャラクターだよ」

「──?」

「そうだな。いつか一緒に見に行こうか。約束するよ」

 

約束の印として小指を絡めると、明菜もそれに返してくれた。俺を認めてくれた事実に、言い表せない嬉しさを感じる。

 

「──?」

 

明菜が他の指も絡ませて、俗に言う恋人繋ぎになった。とくんとくんと、確かな脈動を手に感じる。その仕草1つひとつが、無性に愛らしく思えてしまう。

 

「………」

「──?」

 

もう一度抱き寄せるが、明菜はやはり抵抗なく身を預けてくれる。

邪な感情なんて無い。一切無い。薄い病衣だから色々と際どいし、体温とか胸元の膨らみとかも分かるけど、無いものは無い。

 

「……もう今日はこのままでいようか?」

「────」

 

きゅっと、明菜が制服の襟を掴んできた。それがどんな意図かは分からないが、少なくとも悪い気はしない。ていうか庇護欲が凄い事になってる。

 

「………」

「──?」

「……分かった。今日は一緒にいようか」

 

純白の髪をゆっくり撫でる。すると明菜は、体がずり落ちないよう首に腕を回してきた。耳元に甘い吐息がかかる訳だが、邪な感情なんて無い。

 

明菜と出会って、ひと月と少し。

明菜を取り巻く世界は、僅かだが確実に変わったと言えよう。言い換えれば、学園都市の『闇』がそれだけ近付いたことになる。

事実、松浦奏にも明菜の存在を知られてしまった。彼女の意図は分からないが、格段に危うい状況になっているのは間違いない。

 

「……大丈夫。明菜、俺は絶対に明菜の味方だ」

「──?」

「そう、約束したからな」

 

木山先生とも、涼乃とも。

それに、もし明菜を救えたのなら、それは俺にとって明確な『正解』となる。これまで間違い続けてきた俺にとって、それは1つの到達点なのだ。

 

「……もう寝るか?」

「──?」

「……分かった。もう少しこのままで」

「────」

「……〜〜♪」

 

意味もなく歌を口ずさむ。やはり下手くそだが、明菜がこの歌を気に入っているのも事実だ。

しばらくそうしていると、明菜は眠ってしまったのか、小さな鼓動だけが伝わってきた。

 

「……これじゃ帰れないじゃん」

 

結局帰れたのは、明菜が眠ってから数時間経ってのこと。途中、部屋にやって来たナースさんに怒られたのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御坂美琴は超能力者(レベル5)だ。当然、それに見合った強靭な精神を持っているし、冷静な判断力も持ち合わせている。

しかし目の前に広がる光景に、流石の私も開いた口が塞がらなかった。

 

「ふへ、初春は本当に良い子だよなあ……ぬはは」

「あ、あの……」

 

前原さんが初春さんを膝の上に乗せて、後ろから抱き締めるように頭を撫でているのである。

初春さんは顔を真っ赤にして小さくなり、視線を左右に泳がせている。抵抗はしているが、鍛えている前原さんにはとても敵わない。

 

「ま、前原君?ね、落ち着きましょ?ね?」

「うーあー。せーぱいうるさーい」

「は、離してくださいってば!スズさんが見てますから!」

「知ったこっちゃないね!」

 

前原さんが叫ぶ。明らかにテンションがおかしい……ていうか、酔ってる?

 

……なぜこんな事になったのだろう?

確か、広域社会見学のお土産を見せ合って、色々話してる内に急に笑いだして……今に至る。もちろんお酒なんて1滴も……お酒?

 

「……あっ、もしかしてこれ!?前原さん、これで酔っちゃったんですか!?」

「えっ、うそ。まさかこれで……?」

 

テーブルに転がるお菓子──ウイスキーボンボンを手に取る。成分を見ると、確かにお酒は入っている……が、せいぜい2%くらいだ。こんなので酔う人なんて……目の前にいた。

 

「これ、確か中村さんが買ってきたやつよね」

「ああ、だからあんなに嬉しそうに食べてましたのね」

「へぇー、これは思わぬ弱点……」

 

一方、固法先輩は慌てふためき、黒子はドン引きし、佐天さんは興味深そうに眺めている。そして当のスズさんは……笑顔だ。

 

「………」

「スズ。落ち着きなさい」

 

ヤナギ先輩が宥めようとする……が、スズさんは変わらずニコニコしたままだ。その笑顔に異様な圧を感じるのは気のせいだと信じたい。

 

「へい涙子。お前もカモン!」

「え?はえ?」

「お前も頑張ってるからな!バッチコイやあ!」

 

パンパーン!と前原さんが手を叩いて腕を広げる。

矛先が自分に向くとは思ってなかったのか、佐天さんは急にぎこちない笑顔になった。

 

「え。な、なーに言ってるんですかもー。冗談は止めてくださいよー」

「本気だけど」

「はえっ」

「おいで。涙子」

 

若干はだけた制服から覗く、鍛え抜かれた体。赤く上気した顔は真剣そのもので、名前を呼ぶ声はどこか艶っぽい。

前原さんの魅力を悪い方向に全力で振った結果がこれか。確かに男らしい、かもしれない。

 

「前原さん。落ち着いてくださいまし」

「おーう白井きゅんは呼んでないヨ!でもそんなに欲しがりさんなら仕方ないね!カモン!」

 

ブチッ、と黒子がどす黒いオーラを滲ませる。しかし前原さんは関係ないとばかりに腕を広げていた。

普段から仲が(わる)いこの2人だが、どうなることやら。

 

「………」

「………」

「……と見せかけて涙子!!」

「はえっ!?」

 

ぎゅん!!と、前原さんは不用意に近付いていた佐天さんを引き込んだ。そのまま初春さんと入れ替わるように膝の上に座らされる。

 

「よーしよし涙子。お前は本当によく頑張ってるなー。偉いぞー、可愛いぞー」

「かわっ……」

「せやで、可愛いんだから自信持てー。ぐぇっへっへっへ」

 

いつもの元気はどこへやら。すっかり大人しくなった佐天さんに対し、前原さんはひどく満足気だ。可愛くて可愛くて仕方ない、そんな様子が見て取れる。

 

「んにゅ?ほらほら、美琴もおーいで」

「え?」

「は?ぶっ殺しますわよ?」

 

ギランッ!と視線が私を捉えた。見たことも無いほど鋭い目だが、その背後ではスズさんが……それはそれは良い笑顔で、呟いた。

 

「……美琴、ね」

 

怖い怖い怖い怖い!そんなにボソッと呟かないでください!!私は何も悪くない、ていうかスズさんも止めてくださいよ!!

 

「あの、前原さん。その、私よりスズさんが……」

「ちぇー、じゃーいーよー」

「え?」

 

前原さんが膝から佐天さんを下ろし、ゆらりと立ち上がった。そのまま私の方に歩いてきて……え、待って何ですか何ですか!?

 

「いい加減にしてください、まし!!」

 

ヒュンッ、と黒子が空間移動(テレポート)で飛んだ。そのまま前原さんの後頭部に蹴りを入れ、一撃で意識を刈り取る……はずなのだが、相手が悪かった。

前原さんはニヤリと笑うと、それを見もせず躱し、落下する黒子をお姫様抱っこで受け止めたのだ。

 

「ふはははは!!甘い、甘いぞ白井!!空間移動なんぞとうに見飽きとるわい!!そんな技で我を倒せると思うたかー!!」

「あーもーやめてくださいまし!!触るんじゃありませんの!!」

 

なでなでなでなでー!!と、今度は黒子を撫で始める前原さん。ジタバタ抵抗する黒子だが、がっつりホールドされてるためほぼ無意味だ。

こうして見ると、酔っ払って絡む叔父さんと、それを嫌がる姪っ子のように見える。

 

「黒子がああも一方的にやられるなんて……」

「見慣れてるとはいえ、空間移動を躱すなんて大したものね」

「戦闘センスが並外れてるのよ。あとは経験かしら?」

 

完全に他人事と思っているのか、先輩達が感心したように頷く。私達からすれば悪夢でしかない。

 

「こういうのはスズさんにやってくださいまし!!ほら、今も悲しんでますわよ!!」

「涼乃にはしないもん!!」

「何でですの?」

「………」

 

前原さんが急に静かになる。上気した顔も憂いげになり、浮かべる笑みもまた淡くなった。

黒子も不審に思ったのか、抵抗を止めて前原さんを見上げている。

 

「……前原さん?」

「……隙を見せたが最後だぞ白井ィィ!!」

「ギャー!!!」

 

しかしそれは一瞬で、すぐに黒子への猛攻撃が再開した。黒子も本当に前原さんを嫌っている訳ではないので、全力の抵抗ではないようだ。

しかし、スズさんがそれを許すかどうかは別だ。

 

「将貴」

 

氷柱のような声がした。その声は決して大きくないのに、何故か異様なほど耳に残った。

その声の主──スズさんは、笑っていた。相変わらずの良い笑顔で。

 

「ちょっとオイタが過ぎるかな?」

 

いつもの優しさは何処へやら、恐ろしく冷えた雰囲気を纏ったスズさんが迫る。やがて前原さんの真後ろに立つと、一転して慈しむように手を伸ばした。

 

「うぬ?誰だね?」

 

スズさんが後ろから腕を回し、所謂『あすなろ抱き』の体勢になる。まさしく恋人同士がするそれだが、今は少しもときめかない。むしろ絞首台にかけられた罪人を見てる気分だ。

 

「────」

 

ふわっと、スズさんが前原さんの目元を覆い、顔を一気に耳元に寄せた。頬にキスしたのかと思ったが、違う。耳元で何かを囁いたのだ。

 

「──……」

 

それだけで、前原さんの全身から力が抜け落ちた。スズさんが離れると、残されたのは意識を手放した前原さんだけ。

 

「…………え?」

「……い、今、何をしたんですの?」

 

問いかけるが、スズさんは屈託なく笑うだけで何も言わない。黒子も解放された訳だが、何が起きたのか理解できないのか、その場に座ったままだ。

しかし、仮にも前原さんに乗ってる黒子を、スズさんは見逃さない。

 

「………」

「……え。あ、ち、違いますの!!これは前原さんが無理やり──」

「それで?」

 

その一言に、黒子が一瞬で離れる。常に飄々としている黒子も、さすがにぶるぶると怯える様子だ。

優しい人ほど怒ると怖い、というのは事実らしい。

 

「固法先輩」

「な、なに?」

「ちょっと寝かせてきますね」

 

有無を言わせぬ声に、固法先輩は無言で頷くことしかできない。それに満足したのか、スズさんは前原さんを担いで静かに部屋を出ていった。

後に残ったのは、悪夢から覚めたような強烈な安堵だけだ。

 

「うぅ……」

「………」

「……殺す」

「……はあ」

「明日が楽しみね〜」

 

顔を赤くして俯く初春さんと、佐天さん。

強烈な羞恥心に苛まれる黒子。

安堵した固法先輩に、けらけら笑ってカメラを向けるヤナギ先輩……何やってんの?

 

「……とりあえず、これは封印しましょうか」

 

誰か分からない呟きに、全員が無言で同意した。

この後、原因となったウイスキーボンボンは、棚の奥に押し込んで厳重に封印されることが決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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