第72話
いくら学園都市とはいえ、超能力を除けば、大半の学生は『外』と同じような生活を送っている。
課題もあればテストもあるし、それが不十分なら補習がある。それは学生に課せられた義務であり、避けようもない運命である。
しかし、それに叛逆するバカが3人。
「出来たでハラショー、チェックよろしく!!」
「……"
「こっちも出来たぜい!」
「なんで三角形の辺の長さがマイナスになるんだよ。解答する前に違和感を持て」
「……分からん」
「お前はもっと頑張れよ!!」
ハリセン片手に叫ぶのは前原将貴。見下ろしているのは元春、青ピ、そして当麻という幼馴染の3バカだ。
3人が取り組んでいるのは、夏休みをサボりにサボって休み明けのテストで爆死した結果、罰として与えられた課題の山だ。なお当麻は、未だに終わってない夏休みの分もあったりする。
「ちょっと厳しすぎるぜい!もう少し優しくできんのかー!?」
「深夜に俺を叩き起したのはお前らだろうが!俺だって帰国したばっかで眠いんだよ!」
「……ぐう」
「お前が1番頑張るんだよ!!」
スッパーン!!と当麻のツンツン頭にハリセンを叩き込む。力が強いかもしれないが、加減の余地は無い。
なんせコイツらは、時差ボケと酒酔いのダブルパンチで眠っている真夜中に、突如として叩き起こしてきたのだから。しかも理由が『課題の締切がやばいから助けてくれ』だ。舐めてんのか。
「ぐはー!?今の強すぎるだろ!?血ぃ出てないか血ー!?」
「暴れるなカミやん!手元が狂うやろ!!」
「てーか、当のハラショーは大丈夫なのか?瀬川*1となれば課題も相当な難しさだと思うんだが」
元春が上目遣いで聞いてくる。女の子がやれば可愛いのだろうが、グラサンが標準装備の金髪アロハ野郎にやられても殺意しか湧かない。
「そんなもんとっくに終わらせたよ。涼乃も手伝ってくれたしな」
「ほー……スズやんがねぇ」
「つまり愛の力ってやつだぜい。俺らには無縁の話だにゃー」
「よしお前ら、覚悟はいいな?」
ギャーギャー騒いでいると、この部屋の主である元春の妹──土御門舞夏が宥めてきた。元春のグラサンに対し、舞夏はメイド服が標準装備であるらしい。
その家で大騒ぎしていた訳だが、舞夏はニコニコしたまま何も言わない。慣れって怖いな。
「すまん、騒ぎすぎたか」
「賑やかなのは良い事だぞー。それより夜食が出来たんだけど、休憩がてら──」
「──食らうーっ!!」
がばぁ!とグロッキー状態の当麻が一瞬で飛び上がった。が、机に躓いて勢いよくズッコケる。机は盛大にひっくり返り、教科書とプリントが宙に舞った。
「いってぇズッコケた!!」
「何がしたいんだお前は!つかそんな元気なら休憩いらんだろ!!」
「うっうー、美味い!?さすが本物のメイドさんやね!思わず変な声出そう!!」
「貴様ァ!!我が妹の夜食を許可なく食らうとは、それは宣戦布告と見なすぜい!!」
顔面から盛大に倒れる当麻、舞夏特製おにぎりを頬張る青ピ、プリントを巻き込んで掴みかかる元春。
もはや勉強どころではない。本格的に頭が痛くなってきた。
「……帰っていいか?」
「ちょっ、ハラショー待ってくれや!これ落としたらホンマにヤバいねん!これ落としたら……」
「落としたら?」
「小萌先生に失望される!!」
すたすたと玄関に直行する。青ピが縋るように叫ぶが無視である。
課題をギャルゲーの攻略アイテムと勘違いしてる男には、知識より常識を叩き込んだ方がいい。色々手遅れだと思うけど。
「時差ボケがまだ残ってんだよ。頼むから寝させてくれ」
「そんな事言わずに……くっ、こうなったらハラショー!」
「なんだよ」
「最後まで手伝ってくれたら、今度のARISAちゃんのライブのチケットを進呈する!!!」
…………なん、だと?
この程度の問題を解くだけで、ARISAのライブに行けるのか?ていうか優先順位は『アイドル<先生』なのかよ。どんだけ先生好きなんだよ。
「……?ありさって誰だ?」
「知らんのかカミやん。ええか、ARISAちゃんは1年前、彗星のように突如現れた伝説の歌い手や!!つい最近デビューして、一気にメジャーになった奇蹟のアイドルなんやで!?」
「つまり雲の上の存在ってことな」
「ちなみにハラショーがその大ファンだぜい。CDとかコンプリートしてるしにゃー」
?マークを浮かべる当麻に、青ピが鼻息を荒くして力説している。
しかし、それなら話は早い。さっさと終わらせて憧れのライブに行かせてもらうとしよう。
「わかった。そうなれば俺も全力で相手をさせてもらおう!!」
「お、おう?」
「オラ全員座れ!!安心しろ、俺も朝までしっかり付き合ってやるよ!!」
「やばい、何か変なスイッチ入れちまった!?」
7時間後。朝日が射し込む1Kの部屋は、見事に2つに分裂していた。
片やミッションをやり遂げてホクホク顔の俺。片や無理やり終わらせた課題の山に埋もれながら、ボロ雑巾のように転がる3人。
「おし、これで終わりだな。よかったよかった」
「うぇ、こんな死闘は初めてだ……」
「吐きそうだにゃー……」
「は、ハラショー……約束の品やで……」
ぷるぷる震える青ピからチケットを受け取る。そこに書かれた日付を見ると……9月9日?今日は8日だから……明日じゃん。仕事……早退するか。ライブにはぜひ行きたいし。
「そのまま寝たりすんなよ。今日は木曜だから普通に学校あるぞ」
「う、ううぅぅー!この世界はなんて残酷なんだ……!!」
「舞夏ぁー……ごはんを……」
「舞夏ならさっき出てったけど」
「うっうー!!」
あざらしのような雄叫びを上げる元春を無視して、さっさと荷物をまとめる。
俺にも学校はあるし、ここでダラダラしている訳にはいかない。疲れた顔なんて涼乃に見せたくないし。
「で、でもやる事はやったで……へへっ、案外ボクぁやれる奴かもしれへん……!!」
「よっしゃ、これを祝して久々にパーティといこうぜい!焼肉じゃー!!」
「や、焼肉、だと……!?」
課題などやって当然のはずだが、コイツらは違うらしい。というか当麻、そんなに目をキラキラさせて、普段どんな食生活を送ってるんだ?
「なら今回は、ついにアレに手を出すか……ズバリ、豪華絢爛焼肉セット*2!!」
「あ、ありえない……質より量を絶対とする学生が、1万を超える高級肉を食べる、だと……なんたる背徳、なんたる大罪!!」
「いいねぇいいねぇ最っ高やねぇ!!」
「ん?」
俺はともかく、3人は基本的には貧乏学生だ。そのため、普段は百花繚乱焼肉セット(8千円)を4人で奪い合ってたりする。
なのにワンランク上の肉に手を出すとは……課題の達成は、冷えた財布の紐を緩めるに足る偉業であるようだ。
「だ、駄目だ冷静に考えろ上条当麻!ウチの家計は常に火の車、焼肉に使う金なんて……」
「いや、広い目で見るんだカミやん。ここに他の人……例えば吹寄やスズやんを呼べば、1人あたりの負担は少なくなる!!!」
「はっ……!?そ、そんな手があったなんて……青ピ、お前は天才だったのか!?」
そのぶん1人あたりの肉の量は減る訳だが、『高級な焼肉を食べる事』しか眼中にないのか、その事実に気付く様子は無い。
まあいいか。大人数の方が盛り上がるし、ご飯も美味しくなる。
「なら明日の夜にしよーぜ。次の日が休みの方が良いだろ」
「よし、そうと決まれば早速──」
「いや待て!吹寄はともかくスズやんを誘うなら、俺らよりハラショーの方が確実だ!」
「という訳で頼んだぜ前原!ついでに吹寄も!!」
勢いという点で見れば、コイツらに勝る輩はいるのだろうか。小中と同じ学校に9年も通ってきたが、コイツらと一緒にいて退屈した覚えがない。ある意味とんでもない才能である。
「わかったわかった。とりあえず涼乃と制理、あと舞夏を加えた7人でいいか?」
「あー……もう1人増えるかも……いや確実に増えるな、うん」
「はいよ」
当麻が急に苦々しい顔をしているが、今さら1人増えた所で大差はない。というか8人にもなるなら、更にワンランク上の満漢全席焼肉セット(3万円)──量が多すぎてもはやネタと化した品──の方が良いのではなかろうか。
問題は部屋の広さだが、焼肉が始まれば多分それどころじゃないので、まあいいだろう。いざとなれば我が家を避難所として開放する。
「うっふっふ。覚悟しぃやハラショー、先日の夏祭りの事をみっちり問いただしてやるでぇ……」
「ん?夏祭りって?」
「知らんのかカミやん。なんとハラショーは先日、スズやんと2人きりで夏祭りに出かけてたんだぜい!!しかも2人揃ってバッチリ浴衣で決めて、『デートだから邪魔すんな』って凄まれてなぁ!!」
……そう言えばあったなそんな事。告白に失敗したことが印象的すぎてすっかり忘れてたわ。
「夏の終わり、夜の祭り、そして浴衣の男女……何も起こらないはずもなく、
「ぐふぅ、やはり最初に卒業するのはハラショーやったか!なな、どんな感じやった!?」
「駄目だ青ピ、それ以上はいけない!そのへんのエロ本で満足してる俺らには精神的ダメージが大きすぎる!!」
「んな美味しい展開ねぇわボケ!!」
スパパパーン!!とハリセンを振り抜き、豊かな妄想を頭ごと一刀両断する。
当然だがそんな事はヤッてないし。むしろキスすらしてない……期待してなかったと言えば、まあ、嘘になりますけど。
「あるか無いかなんて関係ない!ただ女子と2人きりで夏祭りという状況が羨ましいだけや!!」
「お前らこそ制理と一緒に来てただろうが!アイツのこと忘れてやんなよ!!」
「男3人を素手で捩じ伏せる奴に、美味しい展開なんてある訳ないやろ!カミやんじゃあらへんし!!」
「待て、俺は何もしてないぞ!?」
「うるせぇ自称不幸ラッキースケベ朴念仁野郎がー!!」
ドタドタバターン!!と不意に始まる取っ組み合い。次から次へと転がる状況に、もはやため息すら出ない。こうなれば全員叩きのめしてやろうか。
「……まったく、本当に」
騒がしいし、面倒くさいし、鬱陶しい。
コイツらは本当に何も変わらない。昔からずっと、同じように俺に接してくる。
俺が突如として高位能力者になっても、犯罪者になっても、自殺未遂をしても。
涼乃はもちろん、この3人もいなければ、立ち直るのは難しかったかもしれない。俺がどれだけ感謝しているか、コイツらはきっと知らないんだろうな。
まあ、恥ずかしいから絶対に言わないけどさ。
「──いい加減にしろテメェら!!」