とある風紀委員の日常   作:にしんそば

74 / 107
第74話

 

 

 

 

 

『──みんな!今日は来てくれてありがとう!』

 

 スピーカーを通して響いた声に、前原将貴の肩はびくりと跳ねた。音量に驚いた訳じゃない。聞き慣れた、しかし初めて聞くような声が、反射的に感情を昂らせたのだ。

 

「見ろよハラショー、画面で見るよりカワイイって珍しいパターンだぜい」

「……ああ、そうだな」

「あら、もしかして見惚れちゃった?これはスズやんに報告しなきゃにゃー」

「違うから」

 

 元春の戯言もほどほどに、ステージの上で、鴇色の髪を靡かせる少女に目を向ける。

 実際、息を呑むほど綺麗だ。さすがアイドルと言うべきか、今まで会った子の中でも――比較するのは失礼だが――トップクラスに端麗だ。

 

「そーいや、夏休みに会ったとか言ってたにゃー。これはもしかしてフラグ……?」

「黙ってろ」

 

 元春は放っておいて、ARISAの声に耳を向ける。

 曲として聴いてきたせいか、歌声以外の声を聞くのは、なんとも不思議な気分だ。

 

『では早速1曲目!みんなも知ってるあの曲から!』

 

 その声を合図に、スピーカーから大音量で音楽が流れ始めた。部屋の造りに細工があるのか、自身が音の渦に呑まれて、ライブと一体化したような気がした。

 すうっと、少女が静かに歌い始める。

 

「──!」

 

 その瞬間、会場がARISAに支配された。

 ステージ上から届くARISAの歌声は、MVで見てきたそれとは明らかに違っていた。先ほどの初々しさは消え失せ、1本の芯が通った声が、確かに空間を揺らしている。

 

「………」

 

 そうして圧倒されていれば、1曲は終わるのはすぐだった。俺はサイリウムを振るのも、歓声すらも忘れて、ただARISAに見惚れていたのだ。

 

『――♪――――♪』

 

 歌って踊って、そして笑う。1人ひとりを捉えて、強引に視線を釘付けにするその姿は、まさしくアイドルだった。まるで、先ほどまでの姿が嘘であるかのように。

 

「ハラショー?おーい?」

「………」

「あらら、本当に見惚れちゃったかにゃー」

 

 周囲から聞こえる野太い歓声に、俺も少し遅れて歓声を送る。狭いハコに広がる異様な雰囲気に、否が応でも気持ちが昂る。

 俺は一度深呼吸して、ARISAの歌を聞き逃すまいと、改めてステージを見上げる。

 

『――――♪』

 

 次も聞いたことのあるイントロだ。ARISAはまだデビューして1ヶ月の新人のため、歌い手時代の曲を引用しているらしい。

 もっとも、ARISAの真価は歌声にこそ宿ると俺は思っているため、どんな曲でも嬉しかったりする。

 

『――――♪』

 

 そうして、ARISAが歌い始める。ライブにしては小さな声量ではあるが、ひと息で耳の奥まで突き抜けるような、そんな清涼感のある音色だった。それに感化され、昂っていた会場も静かになっていく。

 

 だからこそ、だろうか。

 なにか、変な感じがした。

 

「……?」

 

 熱くなっていた思考に、小さな空白が生まれる。そこに違和感が流れ込み、酔いから覚めたような感覚があった。

 

「なんだ、これ……?」

 

 何かが、ズレている。

 そんな釈然としない何か。ARISAの曲を聞けば良い事が起こる、なんて都市伝説があるが、それだろうか。

 

『ありがとうございました!今の曲は――』

 

 そうして2曲目、3曲目が終わり、休憩も兼ねたMC(Master of Ceremonies)が始まる。少しぎこちないが、変に取り繕ってる訳でもないので、これはこれで可愛らしい。

 

「見ろハラショー、あの不慣れな感じを!あの初々しさがこう、滾る!!」

「静かにして」

「興奮しないのか!?貴様、それでも変態帝国日本の漢かー!?」

「そんな帝国滅んでしまえ」

 

 元春が叫ぶが、これも平常運転なので気にしないことにする。

 それより、さっきの違和感だ。だまし絵のように、一度気付いてしまうと、どうしても頭から離れなくなってしまった。

 

『――♪――――♪』

 

 やがてMCが終わり、別のイントロが流れ始める。ステージで少女が軽やかに踊り、誰もが見惚れる笑みを浮かべ、会場を支配するように歌う。客もそれに応えて、コールのたびにボルテージが高まっていく。

 なのに俺は、取り残されたように立ち尽くすだけだった。先ほどの違和感は消えず、むしろ輪郭を帯びていくのが分かる。

 

「デビューして間もないのによく歌えるにゃー。大したタマだぜい」

 

 元春は何も思ってないらしい。周囲も同じで、純粋に楽しめてないのは自分だけのようだ。

 

 デビューして1ヶ月。それを考えれば、こうして歌っているのは凄いと思う――が、違う。やっぱり、ズレている。

 

「ハラショー?さっきからどーしたんだにゃー。もう最後の曲だってのに、全然ノれてないぞ」

「別に、そんなんじゃ……」

「おっと典型的なツンデレ反応。しかし残念ながら萌えねーぜい」

「うるせえ」

 

 元春の声に、俺は呆れるように息を吐いた。

 楽しめたのは最初だけで、あとは考えてばかり。これでは、何のためにライブに来たのか分からない。

 最後こそちゃんと聴こう。そう決めて、改めてステージを見上げた――――瞬間。

 

『――!』

 

 ステージ上の少女と、目が合った――訳がない。

 ふと見た先に自分がいただけの、ライブでよくある勘違いだ。こんなのに反応しては、たぶん隣みたいになるのだろう。

 

「おおっ、見ろハラショー!ARISAちゃん、今こっちを見たぜい!もしかして俺のことを──」

「気のせいだから」

 

 これが極まってストーカーが生まれるのか、なんて呑気なことを思う。それにしてもこの曲、聞いた事がない。新曲だろうか?

 

『――♪――――♪』

 

 スポットライトが照らすステージ。

 煌びやかに揺れるサイリウム。

 湧き上がる歓声。

 

 そんなステージは、間違いなく最高のはず。

 なのに何故。初めて聴くはずの歌声に、初めて見るはずの輝きに――なぜ、陰りを感じるのだろう。

 

「(……ARISAって、この程度だったか?)」

 

 ずっと抱いていた違和感。

 その正体は『失望』。期待を超えなかったというより、標準すら下回ったことへの失望だった。普段の――MVの中でのARISAは、もっと楽しく、もっと美しく歌っていたことを、俺は知っているからだ。

 そうして、ついにライブは終わりを迎える。一際大きな歓声が、耳の中で虚ろに響いた。

 

「……元春。俺もう帰るわ」

「これもダメな感じ?それにまだ1組目だぜい、帰るには早くないかにゃー」

「ダメじゃない、けど……なんか刺さらんかった。それに俺、ARISAを見に来ただけだから」

「ほー、お熱いファンだこと。それなら俺も帰るかにゃー」

 

 興味無さげな元春と共に、さっさと会場を後にする。ARISAはまだ挨拶の途中だったが、最後まで聞く義務は無い。

 

「それより元春。焼肉の準備はできてるか?」

「おう。プレートと飲み物はあるから、あとは肉を買うだけだぜい。それで、結局どーする?『豪華絢爛』か『満漢全席』か。個人的には後者を所望するぜい」

「俺はいいけど、金はあるのか?当麻とか厳しそうじゃね?」

「まだ尽きてはないはずだぜい。あとは勢いで何とかするにゃー」

 

 まだ9日なのに焼肉で浪費させるとは、当麻が可哀想に思えなくもない。月末はメシでも奢ってやろうか。

 

「野菜とか米は元春に頼むわ。肉の調達は俺がやるよ」

「りょーかい。んじゃ早速行くかー」

「いや、俺は今から行く所あるから。買い物は1人で――」

「――あの!」

 

 ふと、鈴鳴のような声が割り込んできた。喧騒を駆け抜けて聞こえたそれに、俺も元春も立ち止まる。そうして振り向くと、そこには見覚えのある少女が立っていた。

 

 鴇色の長髪に、同じ色の大きな瞳。神に愛されたような端正な顔立ちは、派手な衣装すらも霞ませる美しさがあった。身長は160cmくらいだろうか。すらりと伸びた手足も、目が覚めるほど艶かしい。

 見間違えるはずもない。つい先ほどまで歌っていたアイドルが――ARISAが、そこにいた。

 

「あ、あの!」

「……な、なんでしょう」

 

 聞いたこともないほど綺麗な声に、思わず圧倒されそうになる。うまく呂律が回らない。

 そんな俺はお構い無しに、アイドルと呼ばれるその少女は続ける。肩で息をしているが、その吐息が妙に艶っぽい。

 

「あのとき助けてくれた人、ですよね?」

「あのとき?」

「夏休みの最初です。変な人に絡まれてる所を助けてくれた人、ですよね!?」

 

 そのひと言に絶句する。覚えていたのか、という驚きと、そんな事のために追いかけてきたのか、という呆れからだった。

 

「あ、すみません。ライブ中にあなたを見つけて、思わず……あの時はちゃんとしたお礼も出来なかったので」

「……気にしなくていいのに」

「…………ハラショー。聞いてはいたけど、改めて見るとこう……殴りたくなったぜい」

「仕事だって言っただろ」

「あ、えっと。あたし、鳴護(めいご)アリサです。アイドルやってます」

「いや知ってるよ」

 

 憤怒に燃える元春に対し、当のARISAは素知らぬ顔だ。ライブ衣装から着替えもせず、そのまま追いかけてくるあたり、神経が図太いというか……アホというか。

 

「あ、そうですね……いえそうではなく。助けてくれて、ありがとうございました」

「いえ、大丈夫です」

「なにかお礼を――」

「必要ないです」

 

 ザワザワと周囲の喧騒が大きくなる。

 当たり前だ。そもそもとして派手なライブ衣装、それもこんな美少女だ。目立たないはずがない。

 お礼云々は自由だが、少なくとも今は止めてほしい。

 

「あ、あのお、俺っ、土御門元春って言いますぅ!ARISAちゃんの曲、全部聴いてますぅ!」

「落ち着け。声が上擦ってるぞ」

「そ、そうなんだ。ありがとう……?」

「ほら、この子も軽く引いてるよ」

 

 元春が叫ぶが、あまりの必死さにARISAも引き気味だ。というか元春が、妹以外の女に興味を持つとは珍しい――いや前提がぶっ飛んでる。今の話は無しだ。

 

「ARISAさん。とりあえず着替えてきてください。その格好では目立ちます」

「えっ……はっ!?」

 

 言われて気付いたのか、カァッとARISAの顔が赤くなった。あわあわと取り乱す様は愛らしいが、そのせいで周囲が余計に色めき立っている。

 

「ご、ごめんなさい!すぐ着替えてきますから、ちょっと待っててください!!」

「分かりました」

 

 そう言って、はぁと溜息をつく。

 まあ待たない。明菜に会う時間が遅くなるし、変に注目されて居心地が悪い。ARISAには悪いが、事件以外の面倒事はごめんだ。

 

「……?」

 

 そうして、慌ててライブハウスに戻るARISAを見送る――その時だった。

 ばしゅん、と。金属が弾けるような音が、遠くに聞こえた。聞き慣れない音に周囲を見渡すが、人ばかりで何も分からない。

 

「お、おい。アレ……」

 

 誰かが空を指差す。それを目で追って、俺はようやく気付いた。ライブハウスの壁──そこに掲げられた『らいぶはうす』の看板の一部が、大きく軋んでいたのだ。

 

「……なあハラショー」

「元春、ここから離れろ」

 

 がちん、と。金属が軋む音がした瞬間、看板の一部が落下した。正確には『ら』の文字の"ちょん"の部分だ。

 だが前述の通り、看板は壁を覆うほど巨大なものだ。その部分だけでも数メートルはあるし、下敷きになれば無事では済まない。

 

「ARISA!!」

 

 俺は反射的に走り出した。その看板の落下地点にARISAがいると、なぜか直感で分かったのだ。狙ったかのような一撃である。

 

 ――俺が看板を止めるか?いや、変に弾いては余計に危ないし、全反射(ハーモニクス)はそこまで精密じゃない。

 ならば、できる事は1つ――!!

 

「──!!」

「キャ──」

 

 反射を使って加速しながら、タックルのようにARISAに突っ込む。そのまま勢い良くぶつかって、俺は背中から地面に叩きつけられた。

 ARISAにかかる衝撃を、かなり強引に俺の方に反射させたため、鈍い痛みが全身に走った。

 

「いっつ……おい、大丈夫か?」

「え。えっと……?」

 

 すぐ近くから甘い声が聞こえる。ARISAが俺を押し倒すような体勢になっていることに、今になって気付く。

 状況を理解できてないのか、ARISAは瞬きを繰り返して、ふとの俺の背後を指差した。

 

「な、なにあれ……?」

 

 そんなARISAの声に振り返って、俺は息を呑んだ。

 ビルに貼り付いた蜘蛛のような機動兵器――そこから伸びたワイヤーが、落下した看板を地上スレスレで受け止めていたのだ。

 

「……な、なんだ?警備員(アンチスキル)か?」

「あ、あの」

「あ、ごめん。つい」

 

 押し倒していた少女を起こして、並んでその光景を見つめる。ARISAも怖いのか、後ろから俺の袖をきゅっと掴んでいた。

 そうしてる間に、その蜘蛛は看板をゆっくりと降ろして、大きく空へ跳んでいった。残された俺たちの間に、微妙な沈黙だけを残して。

 

「な、何だったの今の……?」

「……ともかく、無事で良かった。怪我はしてないか?」

「うん。それは大丈夫」

 

 困惑しながらも笑みを浮かべるARISAを見て、少し安堵する。そんな眩しい笑顔が妙に気恥しくて、俺は逃げるように落下した看板に向かった。

 

「これは……」

 

 看板の根元に注目して、そして気付いた。この落下事故は、誰かが意図して行った『事件』だ、と。

 

「(この傷口、老朽化でも人為ミスでもない。誰かが能力を使って根元を破壊したんだ。理由は……たぶん、ARISA)」

 

 という事は、結果としてARISAを守ろうとしたあの蜘蛛も、ARISAが狙われる事を知っていたこと――ということか?

 理解はできるが、納得はできない。

 言うのもなんだが、ARISAはデビューして間もない新人アイドルだ。そんな新人をこうまでして狙う理由も、兵器を差し向けてまで守る理由も分からない。

 

「奇蹟だ……」

 

 その時ふと、誰かが呟いた。

 

「危なかったな……!」

「ああ、少しでも遅かったら死んでいたかも……」

「怪我人がいないなんて奇蹟だ!!」

 

 その呟きはあっという間に伝播して、やがて歓声へと変わった。まるでARISAを称えるように、周囲が異様な雰囲気に塗り替えられていく。

 

「奇蹟……」

 

 ぽつりと、ARISAが呟く。それは歓声に掻き消され、どこかに溶けていった。『奇蹟』と称える彼らの歓声は、警備員が到着するまで止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。