とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第75話

第75話 (9/9(金))

 

 

 

 

 

「おかえり」

「えっ」

 

 満漢全席焼肉セットとかいう、もはやネタと言えるほど大量の肉を手にした前原将貴は、玄関で絶句した。

 

 憧れのアイドル・ARISAが出迎えたら誰でも驚く。

 断っておくが、ここは元春の部屋である。

 

「あ、お肉ありがとう。半分持つね」

「お、おう……?」

 

 ARISAが手を伸ばし、4つある袋のうち2つを受け取った。中には肉がギッチリ詰まって重いはずだが、なかなかの力持ちである。

 

「なにしとるんやハラショー。はよ入りい」

「……青ピ、これは」

「お……お肉、お肉なんだよ……!!」

 

 ARISAの後ろから、ぞろぞろと人が現れる。その中で1番小さい――白い修道服を着た、見知らぬ女の子が唸り声を上げた。

 

「……いや、誰だよ」

 

 腰まである長い銀髪に、緑色の瞳。光を弾くような白い肌は、明らかに日本人のものではない。14歳くらいだろうが、年齢以上に幼い印象を受ける。

 しかし、気になるのはその格好。白地に金刺繍を施したティーカップのような修道服だが、その縫い目はほどけており、大きな安全ピンで応急的に留めてあるだけだった。

 

「さ、さ、早く焼くんだよ!もう待ちくたびれて目が眩みそうなんだよ!!」

「……マジで誰?」

「前原、早くその肉を渡すんだ!インデックスを抑えるのももう限界なんだ!!」

「ガルルル……!!」

「せめて人間のままでいてくれインデックス!!」

 

 白い修道服の少女が、女豹のような唸り声を上げる。とっさに肉の詰まった袋を離したのは、本能が警笛を鳴らしたからだろうか。

 

「お疲れ、将貴。明菜ちゃんの所に行ってたの?」

「す、涼乃?何でここに」

「私が誘ったのよ。私を呼んで涼乃を呼ばないなんて酷いじゃない」

「制理……いや涼乃、これは……その、決して悪意があった訳じゃなくて」

「わかってるよ」

 

 ふふっと涼乃が笑った。眩しい笑顔だが、何故か今は恐ろしい。

 いやだって、お酒でやらかした次の日にメシには誘えんでしょう。気まずいなんてものじゃない。

 

「早く、早く……ガルルル……ッ!!」

「よーし土御門!準備も出来たから早速始めようか、うん!!」

「おーし、それじゃーちゅうもーく!!」

 

 クジ引きの結果、俺のテーブルはARISA、当麻、そして謎の修道女となった。

 ちなみに向こうは涼乃、元春、舞夏、青ピ、そして制理という、中学時代に見慣れたメンバーである。

 

「肉も野菜も飲み物も、それこそ余るほど用意した。さあ皆の衆、思う存分焼くがいい!!今宵は宴じゃー!!」

「「「うぉぉおおおおっ!!」」」

「お、おー?」

 

 元春の音頭に、みんなで勢い良くコップを掲げる。部屋に8人は普通に多いが、開戦と共に秩序も無くなるため、まあいいだろう。

 

「じゃあ焼いてくか。前原はメシ食うか?」

「無論。えーっと……ARISAさんはご飯、食べる?あと君も」

「うん。お願いします」

「愚問に過ぎるんだよ」

 

 牛脂をひいて、プレートに肉を並べていく。油の弾ける音がして、蠱惑的な匂いが部屋に充満した。

 なお、このテーブルを仕切るのは俺だ。肉を確保するには、これが1番確実である。

 

「改めて自己紹介するね。あたしは鳴護(めいご)アリサ。今日はライブに来てくれてありがとね」

「……前原将貴。『(まさ)(とうと)き者』と書きます。あなたの曲は、まあ、それなりに」

「ハラショーはアリサの大ファンなんだぜい。なんせ初期のCDまでコンプリートしてるしな!!」

「そうなの?ありがとう」

「お、おう」

 

 本人に言われるとは妙な感じだ。ファンからすれば、こんなのは夢のような状況だが、いざそうなるとカオスでしかない。

 周りはまったく気にしてないし、俺がおかしいのだろうか。

 

「うんうん、分かるんだよ。私、こう見えて歌にはうるさいんだけど、アリサの歌は本物だね!」

「ほんと?」

「うん!だって歌詞に呪文(スペル)を載せたりしてないのに──もがっ」

「と、とにかく良い歌だったよな!すげーリアルに歌の情景が伝わってくる感じでさ!!」

 

 ……スペル?って何だ?

 当麻も何を必死に……いや待て。そもそも、この子は誰だ。あまりに自然体だから忘れそうになったわ。

 

「ところで当麻、その子は?」

「妹」

「………」

「義理の」

「……そっか」

「待て、マジメに受け取るな!!これじゃ俺がただの変態になっちまう!!」

「事実ただの変態だろうが!!」

 

 安全ピンで留めただけの布を着せてる時点で、変態なのは事実だ。言及しないが、烙印は既に押されている。

 

「居候だよ居候!!訳あってうちに住んでるだけだから!!」

「一応聞くけど、親御さんに許可は取ってるよな?」

「………」

「……そっか」

「取ってる!取ってるからケータイを下ろせ!!どこに連絡する気だ!!」

 

 冗談はさておき、少女本人が納得しているなら、別にいい。変に関わるのも面倒だし、親友を少年院送りにするのは気が引ける。

 そんなこんなで、プレートに肉を並べ終えると、今度はその少女が自己紹介を始めた。

 

「私の名前はね、インデックスって言うんだよ」

「……本名か?」

「うん?本名は"Index-Librorum-Prohibitorum"だよ。インデックスって呼んでほしいかも」

 

 ……洗礼名、にしてもおかしな名だ。

 しかし本人はマジメなようだし、大人しくインデックスと呼ぼう。人の名前を悪く思うのは、人として間違ってる。

 

「分かった。俺は前原将貴、当麻の親友だ。よろしくな、インデックス」

「うん!それでね、とうまは普段お肉を買ってくれないから、今日はいっぱい食べさせてくれると嬉しいかも!!」

「任せとけ」

 

インデックスのお椀を取り、プレートに並んだ肉を何枚か入れてやる。

 年下の女の子に応援されれば、無条件で頑張るのが男というもの。お望み通り、たらふく食わせてやろうではないか。

 

「こ、こんなに貰っていいのかな!?」

「いいぞ。お望み通りたくさん食え」

「あむっ……お、美味しい!しょうき、ありがとうなんだよ!!」

「どういたしまして」

 

 ギラリと歯を光らせたインデックスは、その勢いのまま飲むように肉を食べ始めた。

 幸せそうに食べる姿を見ると、こちらも幸せ、に……え、ちょっ、早くない?2人前はあったぞ?

 

「……鳴護さんも遠慮なく食べてくれ。レディーファーストだ」

「アリサでいいよ、将貴君」

「そうか?じゃあ次はアリサが……ん?」

「おかわりなんだよ!!」

 

 インデックスはそう叫び、カラになったお椀を突き出してきた。口元にはタレがついているが、修道服は真っ白なままである。

 まさかあの一瞬で……しかも汚れもなく……?

 

「前原。お前は大きなミスを冒した」

「え?」

「ここは戦場。俺らは戦士。ならインデックスは何だと思う?」

 

 第2波となる肉をプレートに並べるなか、当麻が真剣な口調で問いかけた。アリサも訳が分からないのか、箸を持ったままじっとしている。

 

「答えは……魔物、だよ」

「ちょっ、とうま!?教会の人間を魔物呼ばわりなんて普通にタブーだからね!?なに考えてるの!!」

「ならせめて箸を止めろ!!第2波の肉まで根こそぎ持ってこうとすんな!!」

「しょうきが食べていいって言ったもん!!」

 

 当麻がインデックスの腕を押さえるも、時すでに遅し。焼かれた肉は既に半分近く失われている。

 い、いつの間に……この子、できる!白い修道服で焼肉に挑む時点で相当だけど!!

 

「前原、不可侵条約だ。インデックスと戦うにはそれしかない!!」

「……分かった。アリサ、肉が焼けたら素早く取ってってくれ。少しスイッチを入れる」

「う、うん?ほどほどに、ね?」

 

 火力を強火にして、姿勢を前傾に倒す。素早く焼いて素早く取る、いわゆる電撃戦が勝利への道だ。

 

「………」

「………」

「──!」

「あむっ!」

 

 肉の色を見て、ここだと思ってそれを掴む――――瞬間、首を伸ばしたインデックスの口に、肉は吸い込まれて消えていった。

神様の奇蹟(システム)さえ否定する幻想殺し(イマジンブレイカー)は、この少女には何の効力も無いらしい。

 

「こらインデックス!ばっちいし顔を出したら危ないだろ!」

「ここは戦場なんだよ!隙を見せる方が悪いかも!!」

「がふぅっ!?」

 

 ゴトンッ!!と、鈍い音がした。抵抗したインデックスの頭が、当麻の顎を正確に捉えたのだ。

 後ろに倒れる当麻を見て、『使えねぇ』と吐き捨てる。インデックスの言う通り、ここは戦場だ。最後まで立っていた者が勝者なのだ。勝手に斃れた者など――

 

「将貴。なにやってるの」

「うぇっ」

「ご飯は楽しく食べないとダメでしょ。違う?」

 

 別のテーブルにいた涼乃が、ふっとこちらに微笑んだのだ。ビタリと、俺の箸が止まる。目の前で肉が蹂躙されていくが、文句すら言えない。

 涼乃はお椀と箸を持って立ち上がると、俺とアリサの間に、割り込むように座ってきた。嬉しいのだが、なんか怖い。

 

「スズやんが動いたか……こりゃ向こうは静かになるにゃー」

「アンタらもアレを見習いなさい。肉が飛び交う食事なんて普通じゃないわ」

「……パクス・フキヨセーナ(吹寄による平和)

「ふんっ!!」

 

 ゴドンッ!!と、向こうにいた青ピの体が、くの字に折れて崩れ落ちた。しかし元春も舞夏も気に留めず、黙々と肉を食べ続けている。

 

「(……なんだこれ、地獄か?)」

 

 開始5分で2人が斃れ、肉の支配権は根こそぎ奪われた。そうなれば最後、肉は魔物(インデックス)に蹂躙されるのみである。

 

「えっと、将貴君?食べていいんだよね?」

「ドーゾ」

 

 アリサが戸惑いつつ肉を食べ始める。幸せそうに頬を緩める――恐らく本来あるべき姿が、ひどく遠くに感じた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 学園都市・第一学区。

 行政機関など多くの重要施設が集中し、学園都市の首都と言えるの街の中に、そのビルはあった。

 風紀委員(ジャッジメント)統括総司令部。通称『本部』。そこの小さな支配者――松浦奏は、ケータイ端末を片手に施設を歩いていた。

 

「ん、おっけー。後は私が確認しとくから、先に帰っていーよー」

 

 すれ違った部下に挨拶して、さっさと帰路につかせる。巡回以外に誰もいなくなった事を確認すると、私はエレベーターに乗り込み、そのまま地下深くに降りた。

 

「(ここに来るの久しぶりだねー)」

 

 辿り着いた先は、灰色と黒を基調とした、薄暗い部屋だった。壁には100以上の計器があり、色とりどりに暗闇を照らしている。

 刑務所以上のセキュリティ。研究所以上の設備を誇る本部──そのすべてを支える管制室である。

 

「(ふんふん、発電量も効率も問題無し。空調設備、警戒システムともに正常。ネットワークも異常なしっと)」

 

 質の良いローファーを鳴らし、各種設備を手早く点検していく。執務室でも出来る事だが、現場を知るのも大切なことだ。

 

「(念の為『避暑地*1』もいくつか用意したし、ルートも確保してる。避難所はこれで十分なはず)」

 

 点検を終え、別のフロア──関係者以外は存在すら知らない、特別留置所へ移動する。

 留置所と言っても、小窓や鉄格子といった露骨な物は無い。むしろ研究所のような、無機質だが充実した設備を誇っていた。

 

「(警備員(アンチスキル)から正式に一任されてるけど、この待遇は怒られそうだよねー)」

 

 なはは、と自嘲げに笑う。

 私がしているのは、いわゆる司法取引だ。特にここでは、学生では難しい特別な知識・技術を持つ学者を優遇している。例えばこんな人とか。

 

「お時間ありますか、()()()()

 

 適当にノックして入った部屋に、その女性はいた。

 

 木山春生。

 ウェーブのかかった焦茶色の髪に、深く刻まれた目の下のクマ。彼女こそ、大脳生理学界の俊英にして、幻想御手(レベルアッパー)事件を起こした張本人だ。

 

「松浦君か。突然どうした」

「近くに来たんで、寄っただけですよー」

「まあ座ってくれ、コーヒーでも出そう」

「いえ、お構いなく。本当に寄っただけですし」

 

 ソファーに座った私に対し、木山先生は作業用の机に腰掛けた。白衣の隙間から、すらりと伸びた足が覗く。

 美人でスタイルも良い木山先生だが、目の下のクマでだいぶ損をしている気がする。

 

「さて、研究は順調ですか?」

「ああ、例の件か。ひとまず不可能ではないだろうが……」

「なにか問題でも?」

「対象への負担があまりに大きい。制御も難しいから、このままでは失敗する可能性が高い」

「可能性があるなら、ひとまず構いませんよー」

 

 そう言うと、木山先生は呆れた様子で、冷めきった珈琲を啜った。

 そもそも、それに頼り切りな訳でもない。むしろ、多くの選択肢を残しておきたいだけの自己満足に近い。

 

「松浦君、君には感謝している。出来る限りの協力はすると約束した。だが、この程度の策……」

「確実な対抗策、なんて存在しませんよー。付け焼き刃になれば上等、くらいに思ってください」

 

 すべてが予想通り進み、最高のタイミングで使えたとしても、成功する確率は恐ろしく低いだろう。だが、これが有効『かも』しれない。勝敗を分ける『かも』しれない。

 ならば私は、あらゆる手段を示そう。それこそが、私の使命の1つなのだから。

 

「言いたいことも分かりますよー。所詮私の『予想』、確証もありませんし」

「……なら何故」

「予想できても見えない危険は、人の心を最も掻き乱します。貴女を利用しているのは、その策に貴女が有効だと判断したからです」

 

 結局、それだけの話だ。

 私は人より視野が広い。そのぶん、多くのことを予想できる。それに呑まれるのが怖いからこそ、私は策を生み出すのだ。何かを生み出すものでなければ、行動とは言えないのだから。

 

「……そうだな、私だって無関係じゃない。失敗してご破算になるなら、その前にやれる事をすべてやろう」

「その調子でお願いします。ですが、あまり時間はありませんよ」

「具体的には?」

「そーですねー。早くて再来週ですかね?それを目安にお願いします」

「ああ、分かった」

 

 テーブルにあるチョコレートをいくつか掴んで、適当に口に放り込む。安っぽい味だが、エネルギー補給にはこれくらいでいい。

 

「(この味も、その時まで味わえることを願うよ)」

 

 今のところ、なにも変化は無い。だが水面下で、『それ』は確実に目を覚まそうとしている。そしていざ起き上がれば、『それ』は私達を、街そのものを呑み込む嵐となるだろう。

 それだけの力が、間違いなくあるのだ――入江明菜という、白皙の少女には。

 

「(けど、決めたならそれでいーよ)」

 

 人は自身の生き方に忠実であるべき、というのが私の考えだ。人の考えには文句は言わない。

 だから私が出来るのは、選択肢を示すことだけ。

 

 入江明菜を救う選択をして、その過程で戦うなら、それを無理には止めない。それで生じる責任は、『所有権』を持つ私が取ればいい。

 

 『闇』に触れるのは、私だけでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
旧約15巻参照。統括理事会のメンバーが所有する地下の核シェルター。特殊回線と別荘のような豪奢な施設を有する。

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