とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第77話

 

 

 

 

 

目を覚ましたインデックスは、まずその狭さに違和感を覚えた。目を開けようとして、ベッドの感触が違うことに気付く。

 

昨日はとうまの友達の、しょうきの家で寝ることになったんだ、と思い出した。なんでも、男と同じ部屋で寝るのは駄目、とかなんとか。

 

「とうま、ごはんー……」

 

起き上がろうとして、すぐそばに壁がある事に気付いた。

そうだ。昨日はアリサと寝たから、そのぶんベッドが狭くなっているんだ。

 

「ありさ、ごは──」

 

朝ごはんを作ってもらおうと、隣で眠るアリサの方を見て────絶句した。

 

『禁書目録』として10万3000冊の魔導書を記憶──つまりそれだけ人間を『闇』を知る私ですら、この光景には言葉を失った。

 

「ぐー……」

「くー……」

 

灰色のワイシャツに下着のみという少年と、同じような格好のアリサが、抱き合うように眠っていたのだ。

腕は相手を求めて背に回り、足は蔦のように絡み合って体温を共有している。決して離さない、とでも言うように。

 

「……んっ」

「………」

 

カーテンから射し込む朝日が眩しいのか、アリサが眉を顰めて、男の子──しょうきの胸に顔を埋めた。しょうきはそれを受け入れて、優しくアリサを引き寄せる。まるで、1本1本の髪の毛を愛おしむように。

 

「ぐー……」

「くー……」

 

2人の呼吸が重なり、部屋の中へ溶けていく。

アリサの着るシャツはぶかぶかで、谷間とか太ももとか、色々際どい所が見えていた。ブラはしていないのか、アリサの大きな胸は押し潰されて、ふにゅんと形が変わっている。

 

「……くう」

「………」

 

ぎしりと、ベッドが軋む音が、やけに大きく聞こえた。

このベッド、恐らく一人暮らし用のシングルベッドだろう。なのに私も含めて3人も寝ている──つまりそれだけ密着しているという事だ。それこそ、吐息が当たりそうなほど。

 

「………………」

 

とっさに仰け反り、すぐ壁に当たる。痛みすら忘れて、胸の奥から湧くのは、ただただ純粋な恐怖だった。

 

男女がベッドでなにをするのか、『知識』があるから分かってしまう。

"ソレ"が昨晩、すぐ隣で行われていたかもしれない──そんな不信感に、言いようのない悪寒が走る。幸せそうな2人を見ていると、尚更に。

 

「……ふ、フケツなんだよ」

 

ベッドから逃げるように這い出て、ふと何かを踏んだ。見ると、2人が脱いだらしきズボンやネクタイが、床にデタラメに散らばっていた。

 

ぞぞぞっと。それを見た瞬間、直感的に『無理』と思った。寝起きの思考の中で、あまりにも明確な拒否反応だからこそ、逆らう気すら起きなかった。

 

「…………とうま!助けてとうま!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、弁明を聞こうか」

 

20分後。三馬鹿(デルタフォース)の突撃により前原宅は一瞬で制圧され、即決裁判が開かれることとなった。

と言っても判決は極刑で確定という、形だけの粛清裁判である。

 

「……ごめんなさい」

 

そのど真ん中で正座する被告人を見て、上条当麻は溜息をついた。

被告人──前原の顔には真っ赤な紅葉が咲き乱れ、ロクな抵抗もできず(主にアリサに)ボコボコにされたようだ。

 

「最ッ低……」

「……ごめんなさい」

「ホントに無理。気持ち悪い……」

 

しっかり服を着たアリサが、絶対零度よりなお低い視線を突き刺した。びくりと跳ねた前原の肩が、いつもよりひどく小さく見えた。

 

「ハラショー、貴様……スズやんを裏切って、なにを……」

 

青ピが獣のように唸る。なんなら先日の一方通行(アクセラレータ)より純粋な殺意を感じる。

もっとも、親友と憧れのアイドルがベッドを共にしたとなれば、殺意を抱くのも当然か。

 

「あの、話を」

「あ゛?」

「……話を、聞いてもらえますか」

 

アリサが首肯したのを見て、青ピがようやく発言を許可した。

さて前原。言葉選びを1つ間違えれば、その瞬間に"執行"されかねないぞ。

 

「……昨日の深夜、師匠……黄泉川先生に呼ばれたのは、覚えてますか」

「ああ、そんな事あったな。それで?」

「その時、少しお酒が入りまして……その、酔ってしまったんです」

「ふーん。で?」

 

そう言えばゲームの途中で呼び出されてたな。

『小萌先生からラブコールとか羨ましい!!』とか青ピが叫んでた気がする。人とは思わぬ所で繋がってるものだ。

 

「……お酒が入って、頭が痛くなって……家で早く寝ようと思ったんです」

「で、アリサちゃんを抱いて眠ったと。随分都合のいい記憶喪失やな。ふざけるのも大概にせぇボケ」

「本当にそれだけなんです……」

 

がるるる、と青ピが唸る。今にも前原の喉に噛みつきそうな勢いだ。

 

「何でズボン脱いだんや?狙っとったんか?」

「制服に皺が寄るといけないので……」

「抱き締めた理由は?」

「枕だと思って、つい……」

「最低……」

 

アリサの呟きが前原をぶん殴る。

対人戦ではほぼ負け無しの前原も、アリサには手も足も出ないようだ。

 

「手は出してません。本当に何もしてません。本当です」

「天にまします我らが父に誓えるんか?あ?」

「誓えます」

 

まあ、さすがに手は出してないだろう。

前原には中村がいる。もし本当に手を出していれば、前原は躊躇なく手首にナイフを立てることだろう。冗談抜きで。

 

「だそうだ。どーするアリサちゃん。最終判断は任せるわ」

 

青ピがアリサを見て判決を促した。アリサは汚いものを見るように顔を逸らして、怯えた声でこう言った。

 

「……二度とあたしに近付かないで。ライブにも絶対に来ないで。それだけでいいから」

「だそうだハラショー」

「謹んでお受けします」

 

推しのアイドルからご指名で出禁とは、なかなかレアな体験かもしれない。

前原からすれば悲劇だろうが、中村に知られるよりはマシだろう。

 

「じゃあアリサちゃん、この後は好きにしてええかな?」

「……うん」

「分かった。じゃあ殺すわ」

 

判決、死刑。

茶番はほどほどに、そろそろ助け舟を出さねば。

 

「待て待て、一度考え直そうぜ。あの前原だぞ?それがこんな事する訳ないって」

「事実してるやろ。寝惚けてんのかカミやん」

「こいつが中村を裏切るなんてありえんだろ。酔ってたってのは多分本当だよ」

「……うん、確かにお酒の匂いはしたかな」

 

アリサからも思わぬ援護だ。これで悪意を持ってアリサに近寄った説は否定されるはず──だがアリサと寝たという事実は変わらず、前原から負のオーラが漏れ出ている。

 

「……なんでハラショーが落ち込んどるんや。泣きたいのはこっちやぞ」

「愛の力ってヤツだぜい」

「お前それ好きだな」

 

対して土御門も妹の舞夏も、けらけらと状況を楽しんでいた。ドロドロした展開が好きな兄妹だが、親友が相手でも有効のようだ。

 

「……撮影あるから、もう行っていいかな。けど、最後にひとつだけ」

「あ、ああ」

 

アリサが正座する前原を見下ろす。MV(Music Video)の優しい顔とは程遠い、冷めきった表情だった。

そして前原の顔に手を伸ばすと、高圧的にこう言い放った。

 

「目を瞑って」

「………」

 

数秒後、それはそれは綺麗な破裂音が炸裂した。

顔から吹っ飛ぶ前原を見て、ああアレは痛いだろうな、と呑気なことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エンデュミオン完成の正式発表。

それが迫るにつれて、鳴護アリサのトレーニングメニューは過酷なものになっていった。それこそ、一流がこなすそれと遜色ないほどに。

 

「今日はこのくらいにしようか」

「……いえ、まだやれます……お願いします」

 

最終下校時刻を大きく過ぎた21時。第七学区のとあるレッスン場に、荒い息が聞こえた。

 

「足がふらついてるじゃないか。時間も遅い。今日はこれまでにしよう」

「あたしは……!」

「何度も言わせるな。今日はこれで終わりだ」

 

そう言ってトレーナーさんは背を向けた。後ろで結った黒髪が次第に遠くなっていく。

 

自主練しようと一節だけ振り付けを踊ってみるが、うまく力が入らない。より細かく、より鋭く、より正しくなるよう意識するが、どうも上手くいかない。

 

「(時間も無いのに……)」

 

それを自覚して、思わず下唇を噛みしめる。

振り付けは全て覚えた。その1つひとつは簡単なものだが、通しで行うとその難易度は一気に跳ね上がる。

振り付けを繋げる呼吸、いわゆる"間"と呼ばれる技術が全く足りないのだ。

 

「(……間に合う、とは思えない)」

 

本来、その技術は年単位で取得して、磨いていくものだ。それを来週までにやってみろなど、無謀にも程がある。もしそんな事が出来る人がいれば、それは天才に違いない。

 

それに本番では歌も歌うし、笑顔も必須だ。

この程度の完成度で、エンデュミオンという大舞台に上がれるのだろうか。

 

「何をしている。今日はもう終わりだと言っただろう。早く着替えてこい」

「あ、はい。今日もありがとうございました」

 

着替えてきたトレーナーさんに頭を下げて、あたしも更衣室に向かう。

レッスン場を出た途端に"スイッチ"が切れたのか、疲労感が一気に押し寄せてきた。指先が震えて、ブラウスのボタンが留めづらかった。

 

「(最近こんなんばっかだなぁ……)」

 

レッスン場を出て、はあ、と溜息をつく。

アイドルである以上仕方ないのだが、精神的疲労が段違いに大きい。最近はレッスンの疲れもあり、趣味の作曲もあまりできていない。

言ってしまえば、楽しくないのだ。

 

「(そのレッスンも、今日はダメダメだったけどね)」

 

これでは本当に何も出来ない子じゃないか、と自嘲する。

なぜこうなったか原因を探っていると、ふととある少年の顔が思い浮かんだ。そう、初めてベッドを共にしたあの少年が。

 

「……ふんっ」

 

記憶を失い、初恋すら未経験のあたしには、今朝の出来事は衝撃的すぎた。

変な事はされなかったようだが、それを思い出すだけでイライラする。本当、生理的に無理。

 

「……帰ろ」

 

ぶんぶんと頭を振って、さっさと帰路につく。空を見上げても、星はあまり見えなかった。

最終下校時刻を過ぎてるせいか、道を歩く人は極端に少ない──見当たらないほどに。

 

「……──♪」

 

人がいないのを確かめて、何となく歌を口ずさむ。静かに響く声は心地よく、自然と口角が上がった。

レッスンや撮影はともかく、歌を歌うことは好きなんだ、と改めて思った。

 

『────』

 

そのまま公園の前を通った時、足が止まった。

どこからか、聞いたことのある声が聞こえてきたのだ。

 

「(これは……歌、かな?)」

 

ふと気になり、公園の方へ向かう。聞こえる歌声が大きくなるにつれて、自然と足取りも速くなっていった。

 

声に驚いた訳じゃない。

()()()()()()()()()()()()()だからこそ、走ったのだ。

 

「(……どういう事。この曲はまだ未発表、というか完成すらしてないはずなのに!)」

 

どこかから漏れたのか。いや、そもそも完成してない曲をどう真似て、どう歌えと言うのか。

ただの偶然?似ているだけ、なの?

 

『……〜〜♪』

 

歌声からして男性だろう。旋律は歪で、下手だと言っても差し支えないレベルだ。

 

同時に確信する。似ている、なんてものじゃない。旋律も呼吸も、間違いなくあたしのそれと同じだ、と。

 

「誰!?」

「うえっ」

 

曲を奪われたような気がして、それらしき人を見つけた瞬間、思わず叫んでしまった。

歌っていた少年は驚いて振り返り、あたしを見てさらに目を丸くした。かくいうあたしも、きっと同じような顔をしているだろう。

 

「……え?」

 

2人の声が重なった、気がした。

ある意味では忘れられない出会いをして、今日の絶不調の要因になった存在が、目の前にいたのだから。

 

「……将貴君?」

「……アリサ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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