とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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序章である第1話、第2話を大幅に編集しました。
ストーリーに影響はありませんが、よければご覧下さい。



第78話

 

 

 

 

 

「げっ」

 

月が照らす第七学区、その公園で捕まえた少年を見て、鳴護アリサは顔を歪めた。

アイドルが出す声とは思えないが、事実としてそれくらい嫌だったのだ。

 

「何でここにいるの」

「……いや、来たのはお前だろ」

「うるさい」

 

将貴君も面倒くさそうに顔を歪めた。口調も荒く、普段はこうなんだと認識する。

 

……あたしはともかく、将貴君が袖にするのはおかしくない?仮にもあたしのファンなんだよね?

 

「何の用だよ。わざわざ走ってきて」

「なに。将貴君に用なんてある訳ないでしょ」

「あっそう」

「……待って」

 

あたしだって将貴君の顔すら見たくなかった。

用なんて──あるには、ある。どうしても問い詰めたい事がある。

 

「……さっき歌ってた曲、どこで聞いたの」

「知らんよ。どっかのCMとかじゃね」

「そんな訳ない」

 

『それ』はあたしが作った──いま、作っている曲だ。最近は忙しくて全然進んでないのに、何故あたし以外の人が歌えるのだ。

 

「どこで聞いたの。その曲はどこで知ったの!」

「知らねーよ。覚えてないし」

「隠さないで教えてよ!」

「知らねーって。何となく口ずさんだだけだ」

「……本当に?」

「そうだって言ってるだろ」

 

はあ、と将貴君が溜息がついた。淡々とした失礼な態度だが、そこに悪意は感じられない。

 

「これ、アリサの曲だったのか。なんて名前?」

「……名前なんて無いよ。まだ完成すらしてないんだから」

「は?じゃあ何で俺が知ってるんだよ」

「あたしが聞きたいよ。どうやってこの曲を知ったのよ」

 

本当に思いついただけ、なの?なら奇蹟的に旋律が一致しただけ──そんな事がありえるの?

まあいい。いずれにせよ、あたしの主張は変わらない。

 

「……それはあたしの曲なの。勝手に歌わないでよ」

「え。そこまで配慮しなきゃダメ?」

「あたしの曲を、あたしより先に歌われるのが嫌なの!!」

 

叩きつけるような怒声が、静かな公園に響いた。

ここまで怒ったのは初めてかもしれない。仕事のストレスと、音楽というあたしの聖域を侵された気がして、つい当たってしまう。

 

「……そうか。ごめん」

「……あたしもごめん。いずれ発表するからさ、それ以降なら好きに──」

「────ッ!?」

 

将貴君が手を伸ばした──と思うと、あたしを力強く引き寄せて、強引に立ち位置を入れ替えた。

なにをする、と文句を言おうとした瞬間──ザパァンッ!!と、何かが破裂した。

 

「──え」

「躱せ!!」

 

今度は肩を掴まれ、一瞬で地面に叩き伏せられた。仰向けになり、反転した世界で見えたのは、真後ろにあった大きな木が、真っ二つに切り落ちる姿だった。

 

「ごめん、痛かったか」

「え……だ、大丈夫、だけど……」

「ならいい。早く立て」

 

何も分からないあたしに対して、将貴君の声は恐ろしいほど冷静だった。

促されて起き上がるが、未だに状況が何ひとつ理解できない。そもそも、今の衝撃は何だったのだろう。

 

「……なんだいきなり」

 

将貴君が呟き、あたしに背を向ける形で立ち塞がる。表情は見えないが、怒っているのは何となく分かった。

ここでようやく、将貴君があたしを守ってくれた事に気付いた。

 

「水、その後は風か……少なくとも2人は……」

「……将貴君?」

「アリサ、俺から離れるな。周りに敵がいる」

 

命令口調にむっとしたが、悪意が無いことはすぐ分かった。それどころか、懇願するような必死さすら感じる。

敵──日常からは遠いその単語に、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 

「し、将貴君」

「大丈夫。所詮ただの敵だ」

 

将貴君が好戦的に笑う。『敵』を前にして、何がそんなに楽しいのだろうか。

 

しかし、無能力者(レベル0)のあたしに選択肢など無い。

 

だからこそ、信じるしかない。

 

どうしようもなく嫌いで、不快で、なのに頼もしいこの背中を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今のを防ぐなんて、猿のくせになかなかやるじゃない』

『英語ならバレないと思ったか?今の奇襲といい、恥ずかしい奴だな』

 

前原将貴の前に立っているのは、言うならば『魔女』。

 

大きく開いた胸元に、花びらを逆さにしたような黒のデザインスカート。白い肩掛けの胸元には、十字のブローチが赤く光っていた。尖った帽子と手に持つ箒は、一見するとただのコスプレにも見える。

 

しかし、なにより立っている場所。

公園の中心にある池──その真ん中に、金髪の魔女は立っていたのだ。

 

「(水面にどうやって……まさか……)」

 

あまりにも異質な見た目に、2つの能力。

思い当たるのは、イギリスで戦った赤髪の男。

曰く──

 

『──魔術師』

『へぇ。知ってるんだ?怖い怖い、どこの無能がバラしたのやら』

『ここまで堂々と技を見せて、バレるかどうか気にするんだな』

人払い(Opila)をかけたからね。だからこんな事もできるのよ』

 

金髪の魔女が、ボソボソと何かを囁く。

すると、応えるように池の水が回り出し、やがて竜巻のように唸りを上げた。

 

「な、なに。あれ」

「アリサ。俺を見ろ。大丈夫だ」

「し、将貴君。足が……」

 

足元を見ると、コンクリートの地面が捲れて、2人の足を挟んでいた。流石と言おうか、少し動かしてもビクともしない。

その地割れを辿ると、これを起こした茶髪の魔女がいた。

 

「3人目がいたか」

『メアリエ、ジェーン!今です!』

 

それを合図に、3人の魔女が動き出した。

動けない足元に、一点集中の攻撃。恐怖したアリサが縋るように俺の背に抱き着いてきた──普通に邪魔だ。

 

「将貴く──」

「離せ。そして身を低くしろ」

 

アリサを引き剥がし、ついでに蜘蛛の巣でも払うように裏拳を振るう。

バガンッッ!!と、振るわれた水の竜巻が、手に当たった瞬間に弾け飛んだ。

 

『なっ──』

『甘ぇよ』

 

するりとコンクリートを抜けて、金髪の魔女に肉薄する。全身の力を拳に集約し、その顔面に放った──瞬間、魔女が泣き出した。

 

『きゃあ怖い!』

「え?」

 

ビタリと、拳が止まる。

その瞬間、魔女は口角を釣り上げ、箒を杖のように掲げて何かを叫んだ。

 

「な、てめ──」

 

水面が大きく隆起して、ちゃぶ台返しのように宙を舞った。その勢いを利用し、アリサのそばに着地する。

 

「あの野郎、姑息な真似を……」

「し、将貴君?大丈夫、なの?」

「あ、うん。アリサも大丈夫か」

「う、うん」

 

それだけ聞いて、さっさと敵に集中する。

休憩所の屋根に立った3人の魔女が、俺を見下ろしてけらけらと笑っていた。

 

『キャハ、もしかして女の子には手を出せないのかしら?優しいわねー』

『そう言いつつ危なかったですね。あの男、只者ではないですよ』

『ふん、どうせただの偶然ですよぉ』

 

3人の魔女──想像以上に小さな女の子が、それぞれ武器を構えた。あるいは箒を、扇子を、そして筆ペンを。

 

「(……そう言えば、あの魔術師もカードを武器にしてたな。ならアレを壊せばいいのか)」

 

魔女たちが武器を振るい、左右から交差するように攻撃してきた。いわゆる十字砲火だ。

良い連携ではあると思う。もっとも、全反射(ハーモニクス)にとっては好都合でしかないが。

 

「(おかげで一気に薙ぎ払える)」

 

攻撃に拳を合わせ、ひと息にストレートを放つ。

瞬間、攻撃の全てが弾けて、視界全てを覆い尽くした。池の水が弾け飛び、爆発したような衝撃が襲う。

 

『きゃ──』

『よぉ』

 

その壁を突き破り、屋根を駆け上がって金髪の魔女へ肉薄した。硬く拳を握り、下から突き上げるように殴り掛かる────瞬間、魔女が誘惑の涙を浮かべた。

 

『やめて──』

 

ミシリ、と。今度は止まることなく、魔女の顎を正確に捉えた。整っていた魔女の顔が、上書きされるように歪んでいく。

 

ゴキンッッ!!という轟音が、少し遅れて響いた。

 

『あ゛、ぇ……?』

『め、メアリエ!!』

 

声を上げた別の魔女、それを次の標的に定める。

茶髪の魔女はびくりとしたが、すぐに筆ペンを持ち直し、そのまま屋根に突き刺した。瞬間、屋根の一部が捲れ上がり、ハエトリグサのように俺を挟み込もうとする。

 

しかし、その程度で反射は破れない。

 

『くっ──』

『遅い』

 

茶髪の魔女が逃げようとして、沼に沈むように屋根に消えていく──が、攻撃していたぶん少し遅い。

 

バゴンッッ!!と、逃げ遅れた頭のてっぺんに、全力の手刀を叩き込む。

 

『ぐぇ──』

『マリーベート!!』

 

魔術が切れたのか、茶髪の魔女が吐き出され、屋根の上を転がった。それを横目に筆ペンを引き抜き、適当に弄ぶ。

 

すると、向かいの屋根に残った最後の魔女──ヘソが丸見えで、やたらと露出の多い少女──に、震えた声で呼びかけられた。

 

『お、お前……よくも……!』

『同じ手を二度も食らうと思ったか。考えが浅はかだなぁ、オイ?』

 

嘘泣き。弱者を演じることで、相手の戦意を萎えさせる手段。なるほど、確かに女性の命とも言える顔を殴るのは、些か気が引ける。

 

だが、『敵』にそんな配慮をする必要がどこにある。

 

『くっ……こうなったらアレだけでも処分しましょうかぁ!』

 

魔女が悔しそうに歯を食いしばり、持っていた扇子を振るった。それに応じて風の鎌が生まれる──が、その標的は俺ではなかった。

 

「──あっ」

 

魔女の敵であり、俺ではない者──つまり鳴護アリサだ。

失念していた。後ろにいたのは涼乃じゃない。何の力も無い女の子なのに────

 

「──避けろぉっ!!」

「え──」

 

思わず叫ぶが、すぐに動けるはずもない。

アリサは状況が飲み込めないのか、呆然とその場に立ち尽くしていた。当然、無能力者(レベル0)の彼女に、攻撃を防ぐ手段など無い。

 

「アリサ!!」

 

絶対に間に合わない。

そう分かっていても、走らずにはいられない。人が傷付くと分かっていて、動かないなんてありえない──そんなのは『正解』ではない!!

 

「──ッ!!」

 

直後だった。

 

ばしゅん!!と。凄まじい音だけを残して、全ての攻撃が叩き落とされた。

 

「……え?」

「アリサ!!」

「きゃ──」

 

ようやく追いつき、抱き締めるようにアリサを庇う。アリサは間の抜けた声を上げたが、抵抗は無かった。

 

『何をしているのですか。ジェーン=エルブス』

 

すぐ後ろから、女の声が聞こえる。まるで緊張を見せない、世間話でもするような──聞き覚えがある声だった。

 

『上の命令はあくまで、"彼女の確保"です。傷を付けてはなりませんよ』

『なっ……聖人がどうしてここに……』

『問題はそこではないでしょう』

 

アリサに背を向けて、その女と相対する。

片方を絞ったTシャツに、片足を根元から切ったジーンズ。腰まで届くほど長いポニーテールに、腰からぶら下げた2メートルを超える日本刀。

 

能力、腕力、そして速さ──あらゆる面で遥か上を行く圧倒的強者が、そこにいた。

 

「また会いましたね。前原将貴」

「……神裂さん、だったか」

 

神裂火熾。

 

イギリスにて俺を正攻法で叩き潰した、圧倒的強者。

 

そんな女性を前に、思わず両手を横に掲げる。いわゆるお手上げ状態だ。それに、この人は対話ができる。

 

「3人のうち2人も……流石ですね」

「何故アリサを狙ったか、きちんと話してくれるんでしょうね」

「……話した所で、大人しく引き渡すつもりはないでしょう?」

 

ギラリと、音も無く刀身を見せつけた。それを中心に、一瞬だけ凄まじい風が吹いた──気がした。何かを感じたのか、後ろからアリサの短い悲鳴が聞こえる。

 

「……アリサを怖がらせないでください。こいつには何の罪も無いんですよ」

「……私を前に、なお他人の心配ですか」

「それが風紀委員(ジャッジメント)というものです」

 

それを最後に、場に沈黙が下りた。

ジェーンと呼ばれた魔女も、『強者』たるこの女性の前では動けないらしい。

 

『……ジェーン=エルブス。これ以上騒ぎが大きくなると面倒です。撤収しますよ』

『なっ……正気ですかぁ!?目標を前に撤収するなんて──』

『我々の目的は、科学サイドと戦争を起こすことではなく、それを回避することです。強引な手段を取るには早計ですよ』

 

そのひと声に、魔女は悔しそうに頷いた。神裂さんは倒れた2人を素早く回収し、俺達に背を向ける。

 

「待ってください。説明もなく逃げるつもりですか」

「私の口からは話せませんので」

「ふざけるな。被害に遭ってるのはアリサなんだぞ!!」

「見逃しているのはこちらですよ?」

 

そう言って、神裂さんが俺を睨んだ。

切っ先を眼球に突き付けられたような、本能的な恐怖。俺の背に隠れていたアリサすら、びくりと肩を震わせるほどに。

 

「……どうしても知りたいなら、土御門に聞いてください」

「え?」

「では」

 

ドンッ!!という衝撃と共に、神裂さんがどこかへ消えた。恐らく、学園都市の空に()()()のだろう。

土御門という、あまりに聞き慣れた名前だけを残して。

 

「……た、助かった、の?」

「………」

「……将貴君?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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