とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第79話

 

 

 

 

 

バシャリ、と白い光が瞬いた。

鳴護アリサが少しだけポーズを変えて、それに合わせてシャッターが切られる。それを何度も繰り返して、カメラマンはようやく頷いた。

 

「はーい、1回休憩入りまーす」

 

その声を聞いて、ようやくあたしは安堵する。

 

今日の仕事は撮影だ。言われたスタジオに来たあたしは、まずそのメンバーに驚いた。

メイクや照明、カメラマンなど、その道のエキスパートが一同に集まっていたのだ。それに衣装も、被写体のあたしが萎縮するほど綺麗だった。

 

「ふう……」

 

視界の隅にいる、黒い制服の少年──前原将貴に目を向ける。彼だけはあたしが呼んだ、言わばお客さんだ。

 

『魔女』の襲撃から一晩。話し合った結果、あたし達はしばらく行動を共にすることにした。

 

昨晩の襲撃と、それが続くという推測。そして、それを撃退した彼の強さ。それを加味し、互いに納得した結論である。

 

「(……変な人)」

 

あたしは彼が嫌いだ。

向こうも多分、あたしを良く思ってない。

 

なのに、彼はあたしを守ってくれた。

なのに、彼はあたしに謝ってきた。

疑う余地が無いほど真摯に頭を下げる彼を、どうして突き放すことができようか。

 

「………」

「……?」

 

しかし今の彼は、昨晩とは対照的に冷めきっており、興味も無いように見えた。あまりの温度差に、どちらが本物なのか分からなくなる。

 

「おーい、そこの君」

「はい。なんでしょう」

「せっかくだ。君も見ていくといい」

 

将貴君がカメラマンに呼ばれて、撮ったばかりの写真を見せられる。少し遠くで、彼が不愉快そうに顔をしかめる。

 

「……将貴君、ちょっと来て」

「なんで?」

「いいから」

 

無性に腹が立ち、思わず彼を呼び寄せる。

 

メイク、照明、カメラマン、そして衣装。

その道のスペシャリストが撮った完璧な写真なのに、何がそんなに不満なのだ。

 

「写真に不満でもある?」

「別に」

「嘘つき。溜息ついてたくせに」

 

淡々とした口調に、あたしも素っ気なく返事をする。あたしが彼を嫌うように、彼もあたしに興味が無いみたいだ。

 

「あるならハッキリ言いなよ。隠されると余計気になるじゃん」

「……なら言うけど、なんだろうな。がっかりした」

「え?」

 

確かに言えとは言った。だが、ここまで直球で言われるとは思わなかった。

その声に悪意は感じない。そのぶん、彼が本心を述べているのが分かる。

 

「上手く言えないが……MVの時と比べて、表情が硬かった。というか、楽しそうじゃなかった」

「なっ」

「なんつーか、『撮らされてる』?そんな感じ」

 

湧き上がる怒りに、ぶるぶると拳が震える。

それは彼の言い方に怒った──のではなく、()()()()()()()()()()()()()()()が腹立たしかったのだ。

 

「……なら、どうしろって言うの」

「ん?」

「力不足なのは分かってるよ。だからあたしは全力で、それ以上の力で、スタッフさんの期待に応えようと──」

「だから違うってば」

 

将貴君が首を横に振り、あたしの話を遮った。その声に宿るのは悪意ではなく、呆れ。

彼は素人──つまり誰よりもファンに近い、純粋な目で続けた。

 

「お前はアイドル、言わば現場の主役だろ。そのお前がカメラマンに合わせるどうする」

「……あっ」

「衣装がどうとか知らねぇよ。それを着てるのはお前だろ。カメラマンに『撮らせる』くらいの気概を持て」

 

主役は、あたし。

『撮る』のではなく『撮らせる』。

 

恐ろしく傲慢で、そしてシンプルな考えだ。少なくとも、あたしには思いつく事すら出来なかった。

 

「……簡単に言ってくれるね」

「真面目に受けとんなよ。素人の助言だぞ」

「いいよ。覚えておいてあげる」

「すげぇ言い草だな……」

「これでいいんでしょ。あと『お前』じゃなくて『アリサ』ね」

 

へいへい、と答える彼の顔に、ふと笑ってしまう。不思議なことに、気持ちは軽くなった。

 

断じて彼のおかげじゃない。人と話したことで緊張が取れた、それだけだ。

 

「(……撮らせる、ね。それってあたしの好きにしていいってこと?)」

 

言うは易く行うは難し。

少なくとも、1ヶ月やそこらの新人に求める技術じゃないが……まあ、やるだけやってみよう。どうせイマイチな写真なら、少し遊ぶくらいの気持ちの方が楽だ。

 

「……ふう」

 

主役は、あたし。

 

傲慢なくらいで、ちょうどいい。

 

「(……こう、かな?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綺麗だ、と。

 

前原将貴の胸に湧き上がったのは、そんなシンプルな感想だった。撮影など興味も無かったのに、今はアリサから目を離せないでいる。

 

「……すごいな」

 

異様、としか言えない。そこにいる少女は、本当にさっきと同じ人なのだろうか。少しずつ変化する表情には、先ほどの初々しさの欠片も無い。

 

周囲でスタッフがざわめき、慌てたカメラマンが必死にシャッターを切っている。

休憩時間が終わる頃には、予定していた全ての撮影が終了していた。

 

「あんな感じでよかった?」

「……いいんじゃないか。素直に驚いた」

「……普通に褒められるとなんか気持ち悪い」

「理不尽すぎない?」

 

アリサがけらけらと笑い、そのまま更衣室に向かった。足取りは軽く、雰囲気だけなら子供のように思える。

 

「………」

「あ、そうだ。キミ、ARISAちゃんの付き添いだろう?いい1枚が撮れたから、持っていくといい」

「……どうも」

 

カメラマンから封筒を受け取り、俺もさっさと退出する。その背筋に、薄ら寒いなにかがぬるりと走った。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

その後はもっぱらレッスンだ。

エンデュミオンという大舞台、練習してもしすぎることは無い。アリサ専属のトレーナーもそれを分かっており、先日よりリズムが数段早かった。

 

「……ふう」

 

額の汗を拭い、俺はスポーツドリンクを1口飲む。

と言っても、俺の汗はレッスンではなく自主鍛錬によるものだ。アリサを待つ間は暇だったので、トレーナーの許可のもと励んでいるだけである。

 

「(いつものメニューなのに、結構辛いな。やはり右腕が……)」

 

右腕をぐるぐると動かし、先日のイギリス、そして『魔女』のことを頭に浮かべる。

 

炎の巨人に掴まれ、炭となった俺の右腕。

 

しかし右腕はここにある。万全とは言い難いが、少なくとも正常に機能はしている。それも、僅か一晩で完治するという異例の早さ。

さらに『外』だった事を考えると、該当するのは1つ──つまり、『魔術』。

 

「(あの赤髪の神父(クソロリコン野郎)は違う。となると、やはり神裂さんが……)」

 

俄には信じ難いが、三度も戦ったのなら信じざるをえない。

ならば、先日の魔女から奪った羽ペンを徹底的に調べれば、何か分かるのだろうか。もしや超能力を超える第2の異能に──

 

「(──考えない方がよさそうだな。変なゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンだ)」

 

頭を振り、もう一度基礎鍛錬を始める。なにかに悩んだらまず鍛錬、というのが師匠の教えだ。というか、他にやる事が無い。

 

「ほう、良い筋肉をしているな。体に馴染んでいて自然体だ」

 

そのまま数十分か、数時間か。

無心で鍛錬していると、ふと後ろから声がかかった。見ると、長い黒髪のトレーナーが、感心したように俺を見ていた。その後ろには、ぐったりしたアリサが床に転がっている。

 

「体力も素晴らしい。動きがほとんど鈍らなかったし、集中力も途切れなかった」

「……ども」

「……ふむ。前原君、と言ったか。バックダンサーに興味は無いか?なんなら私が直接指導しても──」

「結構です」

 

残念だ、とトレーナーが笑う。どこまで本気なのか分からないが、悪く思われてないようで何よりだ。

 

「レッスンはもう終わったんですか」

「ああ、これ以上は鳴護の体力がもたんからな。技術は出来る限り叩き込んだ。あとは反復練習で身に付けるほかないだろう」

「分かりました。ありがとうございます」

 

退出するトレーナーに頭を下げて、その辺に転がるアリサに向き直る。

仰向けに寝るアリサは、服が汗で引っ着いており、2つのメロンが……こう、存在を強く主張していた。服の隙間から見える白い肌と、乱れた呼吸が妙に艶っぽくて──

 

「(……アホか)」

 

ぶんぶんと邪念を振り払う。ビンタされても変な考えを止めない自分にびっくりだ。

 

どうにか起こすべく、近くにあったバランスボールを弾いて、ぼすんとアリサに当てる。あうっ、という声が聞こえた。

 

「起きろアリサ。終わったなら帰るぞ」

「起こし方ってものがあるでしょー……びっくりしたじゃん……」

「でも肩とか叩いたら怒るんだろ」

「まあねー……」

 

アリサはむくりと起き上がり、バランスボールを弾き返してきた。俺もそれを弾いて、丁重にお返しする。

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

べちん、べちん、と無言のキャッチボールが続く。

すると何を思ったのか、アリサはバランスボールの上に立って、得意げに俺を見下ろしてきた。

 

「……なにしてんの?」

「ふふん、どう?あたし、結構鍛えてるから、これくらい余裕なんだよ」

「……バカと煙は何とやら」

「……へえ」

 

うっかり口にした本音が、アリサに火をつけてしまったらしい。ずんずんと迫るアリサは笑顔だが、背後には業火が吹き荒れている。

 

最近、アリサの事がどんどん分からなくなる。むしろこれが本来の姿か。

 

「……なかなか言うね。自分だって人の寝込みを襲うような大バカのくせに」

「だから違うっつの。アリサなんか好きで襲う訳ないだろ。んなもんこっちから願い下げだ」

「……それはそれでムカつく」

 

アリサがもう一度バランスボールに乗り、高い位置から俺を見下ろしてきた。虫を見るような冷たい目が無性に腹立たしい。

対抗すべく、俺も近くにあったバランスボールに乗り、アリサと対面する。

 

すぐ近くで睨み合う、バランスボールに立つ男女。なんとも異様な光景だ。

 

「……先に落ちた方が負けってことで」

「上等だ。言い訳でも考えてろ」

「その台詞、そっくりそのまま返す……よ!」

 

ふとアリサが手を伸ばし、俺を倒そうとしてきた。ギリギリで躱せたが、そのせいでバランスが大きく崩れる。

 

「てめ、セコいぞ!」

「妨害禁止なんて言ってないから、ね!」

 

肩、腕、そして胸。色んな場所を押して、どうにか俺を倒そうとするアリサ。

俺も反撃したいが、変な所に触れたりしたら今度こそ殺されかねないので、ひたすら躱すほかない。

 

「意外と粘るね……そりゃ!」

「このっ……やべっ」

「えいっ!」

 

ついにアリサの攻撃を受けて、重心が一気にズレた。アリサはその隙を逃さず、トドメと言わんばかりに両手で押してくる────が、勢いが強すぎてアリサもバランスを崩して、俺に向かって飛んできた。

 

ゴンッ!と俺とアリサのおでこがぶつかる。

 

「いだっ!?」

「ぐはっ!?」

 

どすんと地面が揺れて、背中に鈍い痛みが走った。そして、ふにゅんという柔らかすぎる感触も。

 

「いった……!」

「いっつ……!」

 

俺にのしかかるアリサが顔を上げた──瞬間、髪が触れ合うほど近くで、互いの目が合った。アリサの垂れ気味の瞳に、おでこを赤くした俺が映る。

 

「………」

「………」

 

時間が止まり、世界の色が薄れていく。モノクロの世界に見えるのは、鳴護アリサという1人の少女だった。

近くで見れば見るほど、その容姿には神の不公平を感じてしまう。長い鴇色の髪は柔らかく、グロスを薄く塗った唇が、仄かに存在を主張していた。

 

「………」

「………」

 

アリサは俺を嫌っているはず。なのに、互いに離れようとはしなかった。目を逸らしたらダメだと、脳がそう言っている。

 

時計の音はもう聞こえなかった。聞こえるのは鼓動音──うるさいほどの胸の高鳴りと、遠くに響く足音だけ。

 

……足音?

 

「──すまない、ヘアゴムを忘れていた。どこか、に……」

 

バタン!と。先ほどのトレーナーが勢いよくドアを開けた。が、強気な口調は萎れていき、やがて聞こえなくなる。

そこで、自分の状況を改めて見てみた。

 

部屋に2人きりの若い男女。荒い呼吸、汗だくの体、そしてトレーニングウェア──つまり薄着。

押し倒すような姿勢のアリサと、それを受け止める俺。そして、あまりに近過ぎる顔。

 

「……あー……その、なんだ……せめて人目のつかない所で、な」

 

乾いた笑いを残して、トレーナーはそそくさと出ていった。それを合図に、徐々に世界が色づいていく。

見えてきたのは、ぶるぶると震えて、火を吹きそうなほど顔を赤くするアリサだった。

 

「……目を瞑って」

「俺が何をしたって言うんだ……」

 

ガシィッ!!と物凄い勢いで胸ぐらを掴まれる。リミッターがぶっ壊れているのか、その力は異常に強い。

視界の真ん中に、見覚えのある絶対零度の視線が突き刺さる。逃がさない、という確固たる信念が伺える。

 

数秒後、それはそれは見事なビンタが炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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