とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第8話

 

 

 

 

 

 翌朝。7月24日。

 雲の薄衣を纏い、どこか淡い青空が映える学園都市。その一角に位置する総合病院の一室に、前原将貴は座っていた。その視線の先には、静かに眠る少女がいる。

 

「………」

「………」

 

 昨晩、あれからの動きは早かった。

 涼乃を抱えてカエル医の所へ直行し、病棟に運んでもらったのだ。診察と検査の結果、やはりと言おうか、症状は幻想御手(レベルアッパー)のそれだった。

 

「涼乃……」

 

 すぐ側にいる少女を呼ぶが、望む返事は得られない。代わりにあるのは、涼乃が幻想御手を使った、という事実だけだった。

 

「……だったら、いつ?」

 

 涼乃が幻想御手を使ったのは、いつだ?

 昨日か一昨日……聴くだけで済むなら、使う機会なんていくらでもあったはず。

 

 なら、どうやって手に入れた?

 配信サイトは2日前に初春に閉鎖させた。それ以降の入手は難しいだろう。あらかじめダウンロードしていたなら分かるが、多分それもない。涼乃がサイトの存在を知ったのは、2日前に白井が報告してきた時だ。サイトはその後すぐに閉鎖させたし、他のサイトに流れているという情報も、今のところ無い。

 

「………」

 

 涼乃は幻想御手の危険性を知っていた。知ってなお使うほど、涼乃は愚かじゃない。

 ……なら、その危険を知るより前――存在そのものを知ったのは、いつだ?

 

 

 

 ………。

 

 

 

 ……………。

 

 

 

 …………………。

 

 

 

「――――あっ」

 

 そうだ。あの時――3日前。他でもないこの俺が、幻想御手を提示して、説明したんだ。

 

 ならば、使おうと思った動機は?

 まず間違いなく、直前に起きた不意の停電――それで呼び起こされたトラウマだろう。

 

 そして、それを使ったのは、恐らく停電の後。俺が風呂に入っている時だ。動機やタイミングを考えるとその時しかない。

 

「………」

 

 涼乃は他人に迷惑をかける事を嫌う人間だ。本人は明言してないが、3年も一緒にいれば、それぐらいは分かる。

 涼乃がトラウマで錯乱してしまった自分に、罪悪感と嫌悪感を抱くのは想像に難くない。そんなひどく不安定な中、見つけてしまったんだ。

 

 幻想御手という、禁断の果実を。

 

「(なるほどな……)」

 

 どうして突然1人ジェンガを始めたのか。

 進化した能力を試してみたかったからだ。

 

 どうしてあんなに落ち込んでしまったのか。

 幻想御手の副作用に恐怖し、後悔したからだ。

 

 どうして何も話してくれなかったのか。

 ……話す必要が無かったからだ。

 

「………」

 

 あの事件から、もうすぐ1年。あの時の『誓い』から、少しは強くなったと思っていた。

 

 なのに、何だこのザマは?

 

「……うん」

 

 ポケットから白い髪留めを取り出して、涼乃の薄茶色の髪にそっと付ける。

 あるべきものを、あるべき場所へ。

 

「やっぱり、その方が良いよ」

 

 そう呟いて、俺は病室を出た。足音を軽快に響かせながら、手元の超小型ケータイを操作する。病院で走りケータイなど、色んな意味でアウトだが、今は目を瞑ってもらいたい。

 

『もひもひ……?』

「おはよう初春」

『へ?どちら様ですか……?』

「寝惚けてんのか?俺だ」

『オレオレ詐欺なら間に合ってますよー』

「そろそろ怒るぞ。前原将貴だ」

 

 怒りを含む俺に対し、初春は寝起きなのか、まだ頭が働いていない様子だ。申し訳ない気もするが、雑なモーニングコールとでも思ってもらいたい。

 

『……え、前原先輩ですか?おはようございます!』

「おはよう」

『ちょ、ちょっと待っててくださいね!』

 

 バタバタバターン!と、なかなかに愉快な音がケータイ越しに響いてくる。起こした俺が言うのもなんだが、起きたばかりだというのに、忙しい奴だ。

 

『ええっと……どうしたんですか?まだ仕事には時間がありますが……』

「ああ。1つ頼みたいことがある。火急の用事だ」

『?』

「幻想御手を配信してたサイトがあったよな?」

『ああ、はい。ちゃんと封鎖しましたよ?』

「そこをハッキングしてくれ」

 

 とんでもない事を言っている、と自分でも思う。

 治安を司る風紀委員が、同じ風紀委員に罪を犯せと言っているんだ。公になれば始末書では済まないだろう。

 

『え、どうしたんです?いきなり』

「できるか?」

『できますけど………理由は知りたいです』

 

 なのに、当の初春は驚くどころか、『出来る』とあっさりと認めた。そんなの朝飯前だ、とでも言うような軽さだ。

 

 か弱い印象の初春だが、実はその特技は、情報処理という名のハッキングである。

 しかもかなりの凄腕で、噂では初春が管理する177支部のサイバーセキュリティは、学園都市最高の総合データベースである『書庫(バンク)』よりも強固、とか言われてたりする。

 人は見た目によらないが、極端すぎる例である。

 

「……実は──」

 

 つい昨晩起きた出来事を、俺は余すことなく伝えた。そして、一刻も早く涼乃を助けたいという想いも。

 おかげで、俺と涼乃が一緒に暮らしているのが多分バレたが、今はどうでもいい。

 

「それで、初春のハッキングなら幻想御手の発信源――つまり開発者の所在が分かるかも、って思ったんだよ」

『……分かりました。やります』

 

 そうして初春が口にしたひと言は、とてもシンプルで、とても力強いものだった。白井にこき使われる非力な少女とは思えないほどまっすぐで、芯の通った言葉だった。

 電話越しだから伝わるはずもないが、自然と頭を下げてしまう。

 

「そうか、ありがとう」

『いえ、私にできることなら何だってしますよ。先輩方には普段から助けてもらってますし』

 

 初春の言葉に、胸の奥が熱くなる。

 初春といい白井といい、まだ中1なのにこの精神、見上げたものだ。本人に自覚はないのだろうが、助けてもらっているのは、むしろこちらだと言うのに。

 

『少し待ってくださいね。機材とかは支部に置いてありますんで』

「分かった。さっき火急って言ったが、無理だけはしなくていいからな」

『はーい』

「じゃ、また」

 

 通話を終了させ、小さく息を吐く。

 

 これは賭けだ。

 いくら事件終息のためとはいえ、ハッキングは立派な犯罪である。加えて、これは完全に独断、かつ私情を挟んでいる。それに、仮に逆探が成功しても、その先がネットカフェや図書館だったら何の意味もない。

 

 しかし、万が一配信者まで辿り着けたら、一発で全てを終わらせることができる。危ない橋だが、渡る価値はある。後輩頼みというのが、何とも情けない話だが。

 

「(俺も行くか)」

 

 パキパキと指を鳴らし、俺は廊下の窓から外に飛び出した。濁った雲が染み渡り、見渡しの悪い空が、この先を暗示しているようで、どうにも不快だった。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「失礼します」

 

 街を駆け抜けて辿り着いたのは、第七学区のとある中層ビルだった。その入口の表札プレートには、こう書かれている。

 

 警備員(アンチスキル)活動第73支部、と。

 

「はいはい……って何だ。前原か」

「何だとは何ですか」

 

 出迎えたのは、元春や当麻が通う高校で体育教師を勤める警備員、黄泉川(よみかわ)愛穂(あいほ)だ。

 わがままボディを持て余す大人のお姉さんだが、一年中ジャージを着てたり、暴走した学生を盾やヘルメットでどつき回したりと、あらゆる意味を含む残念美人である。

 同時に、格闘術における俺の師匠でもある。

 

「珍しいな。とりあえず座るじゃん」

「どうも」

「そんで、どうした?」

「はい。幻想御手の捜査状況について、進捗を伺いに参りました」

 

 問いかけると、師匠はライフルを整備する手を止め、バツが悪そうな顔をした。

 

「私もよく分かってないじゃんよ。ただ、待機命令だけはきてんじゃん」

「その出撃、僕も着いて行っていいですか?」

「いい訳ないだろ」 

 

 俺の提案がぴしゃりと断じられる。師匠はライフルを片手に、獅子のような目で俺を睨んでいた。普通に怖い。

 

「私らは警備員である前に教師なんだ。いくらお前が優秀な風紀委員とはいえ、生徒を危険な現場に連れて行っていいはずが無いじゃん」

 

 付け入る隙もないド正論に、思わず笑いそうになる。

 

 そもそも警備員とは、教員のみで構成された治安維持組織のことだ。

 風紀委員の対をなす組織だが、そこはやはり生徒と教師。風紀委員より強い力を持っている。警察権も有し、軍事力で言えば中小国の軍隊に匹敵するほどだ。

 

「出撃はいつ頃になりますか?」

「私らは何も聞かされてないじゃん」

「そうですか」

「どさくさに紛れてついて来ようとすんなよ?」

「まさか」

 

 その後、以外以外にも色々と質問してみたが、明確な回答は得られなかった。どうやら今回の件について、警備員はほぼノータッチらしい。

 簡単に話すとは思っていなかったが、何も知らないのであれば、そもそも話にならない。

 

「そんじゃ、俺はこれで失礼します」

「んー。また来るじゃんよ」

「はーい」

 

 適当に挨拶して、表に飛び出した。

 現在時刻は10時前。1つひとつ遠回しな質問をしていたためか、思ったより時間が経っていたようだ。

 

 その時、ピロローンと、安っぽい電子音が鳴った。制服のポケットから響くそれは、超小型ケータイの着信音だ。取り出してみると、円筒の側面には『初春飾利』と表示されている。

 

「もしもし?もう分かったのか?」

『………』

「……?」

 

 電話にいるはずの少女の声が聞こえない。イタズラ電話かと思ったが、表示された名前を見る限り、そうでもなさそうだ。

 

「初春?」

『……っ、ぅ……ぇ……』

「……初春?」

『……ぐすっ、ひっく……っ、ぇ……』

 

 その声を聞いて、初春が泣いていることに、俺はようやく気付いた。

 まさかハッキングに失敗……いや、だとしてもこんなに泣く必要は無い。何があった?

 

「……どうかしたのか?」

『……っ、ぅ……さ……』

「………」

『ざでんざんがぁ……』

 

 ……佐天さん?数日前、御坂と一緒にカキ氷食ってた黒髪の子か?初春と面識が……いや、2人とも柵川中の制服を着てたな。なら友達と考えるのが妥当か。

 

「落ち着いて。そしてゆっくり、何があったのか話してくれ」

『………ぇ、ぐすっ……ざ…ざてんさんが……れちゃって』

「佐天さんが?」

『佐天さんが……倒れちゃって……』

「………」

 

 あの子が倒れた?何で……いや、いま倒れたといえば、思い当たるのは1つしかない。

 

「……幻想御手、か?」

『………』

「そうか……」

『……ひっく……っ、私が……私が悪いんです……』

 

 やけにはっきりと初春は告げる。その変化に、頭に疑問符が浮かんだ。初春はそれに答えるように、自己批判の言葉を口にする。

 

『私が風邪なんか引いて休んだから……対応が遅れたんです……』

「……初春」

『私がっ……!!もっとしっかりしていれば、佐天さんは!!』

「初春!!」

 

 初春の悲痛な呟きを、俺は強引に掻き消した。初春から溢れる悲観的な言葉に、無意識にイラついたのだろうか。

 

「自分を責めるな。見える物も見えなくなるぞ」

『でも……』

「初春。お前は何も悪くない。お前が罪の意識を背負う必要はどこにもない」

 

 何か言おうとした初春を無視して、強い口調で話しかける。先ほど叫んだせいか、道行く人々が俺を見ていたが、そんなのは視界に入らない。

 

「後の事は任せて、少し休んどくといい」

『……』

「最後はきっと上手くいく。先輩を信じろ」

『……っ。わかり、ました……』

「そうだ。それでいい」

 

 初春が泣き止んだのを聞いて、少し間を空けてから通話を切った。本当はずっと励ましていたいが、そんな時間は残されていない。

 

 残念だが、初春はもうリタイアだろう。

 あのような精神状態では、普段ならありえないミスをしかねないため、頼むものも頼めない。

 

「(ならこっちか……あんま頼りたくはなかったが)」 

 

 俺は少し躊躇いながら、別の番号に電話をかけた。数回のコールで出たお相手は、学園都市で最も有名と言っても過言ではない、あの人だ。

 

『もしもし?前原さん?』

「おはよう。御坂」

『おはようございます。どうしたんですか?珍しいですね』

「今どこにいる?」

 

 御坂の返答を待たず、俺は淡々と質問を飛ばした。失礼なのは重々承知だが、とにかく今は時間がないのだ。

 

『えっと……177支部にいますけど』

「よし、ナイスだ」

『え?』

 

 俺の返事に、御坂は困惑の声を上げる。

 無理もない。いきなり居場所を聞かれて『ナイス』と言われれば、俺だって驚く。というか怖い。

 

『ど、どうしたんですか?』

「佐天さんが幻想御手を使って倒れた、ってのは聞いたか?」

『……はい。先ほど黒子から聞きました。前原さんも?』

「あぁ、さっき初春から聞いた」

『………』

「そこで、だ」

『?』

 

 一度言葉を切って、改めて伝える。これから頼むことは、風紀委員としてはもちろん、人としても最低なことだ。

 

「支部にいるなら、初春がさっきまでしてた事は知ってるか?」

『え?あ、はい。音楽サイトのハッキングでしたっけ?』

「そう、それだ」

『……まさか』

「初春の代わりに、御坂にハッキングをお願いしたい」

 

 常盤台の超電磁砲(レールガン)

 この街全体で第三位――電子制御系で言えば最高クラスの力を持つ、この少女の二つ名だ。素でスパコン並のスペックを持つ彼女の力なら、ハッキングなんてお手の物だろう。

 

 だが、いくら事件解決のためでも、ハッキングは立派な犯罪である。なのに俺は、後輩だけでなく、便利な能力を持つというだけで、何も関係の無い少女にまでそれを薦めてしまった。

 

『わかりました。元よりそうするつもりでしたし』

「え?」

『ていうか、やっていいんですね?』

「え、あ、うん。お願いします」

 

 しかしそんな思いは露知らず、電撃姫はあっさりと快諾した。その勢いに、思わず呑まれそうになる。

 

 少年漫画の主人公ばりに正義に燃える御坂が、こんな暴挙に乗ってくれるとは……いや、こっちとしては助かるけども。

 

「………」

 

 そのまま困惑していると、数分後、やかましいくらい威勢の良い声が耳に飛んできた。

 

『前原さん!発信源が特定できました!!』

「お、おう。そうか」

『絶対座標X-172459、Y-568441、Z-00026!!場所は………っ!?』

「?」

『ば、場所は……っ!!』

「場所は?」

 

 

 

『――AIM解析研究所です!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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