とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第80話

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

ゴシック様式が目立つ部屋に来たのは、いつになく襟を正した前原将貴だった。

壁紙や調度品、照明まで、アンティークで統一された空間は、一見するとおもちゃ箱に迷い込んだように思える。

 

そして、そこに溶け込む人形が1体。

オセロのような色合いのスーツに赤いマント、ちっちゃな帽子に金髪ツインテールという、小さなピエロのような少女だった。

 

「待っていたわ。前原将貴君」

 

レディリー=タングルロード。

 

『ARISA』の雇用主にして、エンデュミオンの建設を主導したオービット・ポータルの社長であった。

そして、俺をここに呼び寄せた張本人でもある。

 

「(……小さいな)」

 

見た目は10歳程度、身長は135センチくらいだろうか。

俺より遥かに小さいが、エンデュミオンという国家規模のプロジェクトを主導する剛腕の持ち主である。

 

「(奏といい、この世界はどうなってるんだ……)」

 

小さな体から滲み出る異質な存在感に、ふと蒼い眼をした少女を思い出す。

先日のイギリスにて、彼女の威圧感で吐きそうになったのは苦い経験である。

 

「よく来たわね。まあ座りなさい」

 

促され、近くのソファーに座る。

呼び出された理由は分からない。だが、俺も聞きたい事があったので、これは僥倖だ。

 

「何か御用でしょうか。レディリー社長」

「鳴護アリサについてよ。来週のセレモニーだけど、ライブを歌うのはアリサに決めたわ。正式発表は明日だけど、先に伝えておくわね」

 

特に驚きは無い。オービット・ポータル社が抱えるアイドルはアリサだけだし、他に選ぶ余地は無いだろう。

 

「あなたには謝辞を伝えるわね。数日前、アリサを不審者から守ってくれたそうね。雇用主として感謝するわ」

「……いえ、風紀委員(ジャッジメント)として当然の事をしたまでです」

「それを踏まえて、これからはあの子に護衛を着けることにしたのよ」

 

パチンと指を鳴らすと、後ろのドアが開く音がした。

見ると、ぴっちりとした黒服に、長い黒髪を靡かせる少女がいた。釣り上がった目は猛禽類のようで、毅然と伸びた背筋のせいか、少し背が高く見える。

 

「シャットアウラ=セクウェンツィア。私設治安維持部隊、黒鴉(くろからす)部隊のリーダーをしている」

「どうも。風紀委員の前原将貴です」

 

ふてぶてしく名乗った少女が、値踏みするように俺を見てきた。俺も見返すが、その格好に少し驚く。

その格好──身体強化用のボディースーツだろうが、体のラインがぴっちりと浮かび上がり、女性的起伏を存分に主張していた。同い年ぐらいに見えるが、恥ずかしくないのだろうか。

 

「どこを見ている。不快だから止めろ」

「すみません」

「まったく、これから協力するというのに……まあいい。よろしく頼むぞ」

「……ん?」

「なんだ?」

「協力って?」

 

思わずレディリーの方を見る。彼女は不思議そうに首を傾けて、当然のようにこう言った。

 

「あなたはアリサの護衛なのでしょう?今後も変えるつもりは無いわよ?」

「……いや、え?この子が着くなら別に」

「あなたには実績があるじゃない。仲も良いようだし、辞めさせる理由が無いでしょう」

 

プロと素人が手を組んで、上手くいく例などほとんど無い。それに、自分のアイドルと仲が良い異性など、それだけで排除に値すると思うが。

 

「……分かりました」

「聞き分けがいいのね。良い事よ」

「こちらも気になる事があるので」

 

ニヤリとレディリーが笑う。何かを見透かされた気がして、なんだか不快だった。

 

「詳しい事は2人で決めなさい。あの子を守れるなら何でもいいから」

「分かりました。では失礼します」

 

シャットアウラと名乗った少女は、短く返事をするなりさっさと退出した。無駄口はあまり叩かない主義らしい。

 

「あなたも用が無いなら出ていいわよ。アリサを頼むわね」

「……いえ、質問があります」

「なにかしら?」

「初めに。これはアリサの護衛としてではなく、1人の生意気な学生の疑問としてお考えください」

「へえ、言ってみなさい」

 

ふふ、とレディリーが不気味に笑った。裏を考えない方が無理がある、そんな笑い方だ。

 

「セレモニーライブの正式発表。それがこうも遅くなったのは何故でしょうか」

「他の事に時間を割きすぎたのよ。なんせ急ピッチだったからね」

「その割には用意周到だったように思います」

 

アリサがデビューしたのは先月の話だ。にも関わらず、ライブ自体の完成度は高かったし、衣装や演出は凝ったものばかりだった。

まるで、初めから準備していたみたいに。

 

「正式発表が遅れたのは、アリサの名が売れるのを待っていたから、ですか」

「……へえ」

「それに護衛もです。『これから』とおっしゃいましたが、9日の時点で既に着任させていましたね。それは、アリサに目をかけていた事の証明になりませんか」

 

レディリーは少し黙ると、顔に切れ込みを入れたように口を歪ませた。固定化されすぎて、人形のような笑い方だと思った。

 

「そうよ。最初からあの子を選ぶつもりだった。『奇蹟の歌声』……平凡だけど、実効性が伴えば、これだけ強いコピーは無いわ。そう思わない?」

「オービット・ポータルと言えば、『88の奇蹟』のイメージが強いためでしょうか」

「ええ。あの事件も、88人()()が助かったから会社の命脈を保てた……ある意味『奇蹟』は我が社最大の売り物なのよ」

 

航空史上最大の奇蹟と呼ばれる『88の奇蹟』。

事故で倒産寸前に追い込まれた会社を、僅か1年で立て直し、宇宙エレベーターの建設までこぎつけたのだ。それはまさしく『奇蹟』と言えよう。

 

「歌が気に入ったのは事実よ。こんなに気に入ったのはジェニー=リンド*1以来ね」

「………」

「怒ったかしら?だけど、道端で歌っていたあの子にこんなに大きな舞台をあげたのだから、多目に見てもらえる?」

 

怒っている訳では無い。企業におけるイメージは重要だし、アリサが大きな舞台で歌えるのはファンとして嬉しい。

 

だが、鳴護アリサが『それだけ』ではない事は、さすがに分かる。

 

「率直な疑問があるのですが、よろしいですか」

「なにかしら?」

 

だが、それ以上に気になる事が1つ。

しかし、これを聞いていいのだろうか。これを聞けば、なにかとてつもない怪物を引き出す、そんな恐ろしさを感じる。

 

いや、だが聞かねばならない。もし何かあった場合、その皺寄せを受けるのはアリサだ。そんな事、許せるはずがない。

 

「──あなたは何歳ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた正式発表の日。

 

大方の予想に反することなく、完成セレモニーのライブには鳴護アリサ──あたしが抜擢された。それに伴い、各方面から賞賛の声が上がった。

 

「(……疲れてるな、あたし)」

 

もちろん、褒められるのは嬉しい。

けれど、話したこともない人から急に褒められても、何だか薄っぺらく感じてしまうのだ。この人が見ているのは、あたしではなく『ARISA』なんだ、と。

 

そして、そんな事を考えてしまうあたしが、本当に嫌になる。

 

「………」

 

授業を終えて、早々に帰路に着く。

今日はオフのため、家でゆっくり作曲を──こんな心情でできる訳ない、か。ならどうしよう……変装してるし、カラオケでも行こうかな。

 

「ん、来たか」

「?」

 

校門を抜けたところで、ふと声をかけられた。そちらに向くと、黒い制服を着た少年が、迷いなくこちらに近付いてくるのが見えた。

 

「アリサ。話があるから、少し付き合え」

「……将貴君。何でここにいるの」

「言っただろ。話があるって」

「あたしだってよく分かったね。変装してたのに」

「は?そんなん見りゃ分かるだろ」

 

……この変装を見破った人、将貴君しかいないけどね。自信あったのに。

 

「何でオフまで将貴君と会わなきゃならないのさ……」

「用があるからだよ。大人しく付き合え」

「強引だなあ、もう」

 

断る気力も無いので、大人しくついて行くことにする。というか、嫌だと言ってもこの人は聞かないと思う。

 

「………」

「………」

 

少し距離を取り、終始無言で歩き続ける。普通に話すほど仲は良くないし、話す事も無いので、こうなるのも当然だ。

 

近くのファミレスに入り、対面に座る。ウエイトレスさんが来て、早々に注文を取ってきた。

 

「ご注文をお伺いしまーす」

「俺は──」

「あたしは──」

「「こだわりリンゴネクターで」」

 

声がそっくり重なった。互いに顔を見合わせて、信じられない、と目を丸くする。ウエイトレスさんはくすりと笑うと、あたし達を置いて退散した。

 

「あたし以外にこれ飲んでる人、初めて見た」

「俺もだ。よくこんなの知ってたな」

「……好き、だもん」

 

……こんな事でもイライラするのは、きっと相手が彼だからだろう。他の人──例えば当麻君やインデックスちゃんなら、こんな反応は絶対にしない。

 

「それで、話ってなに?」

「……ああ、まずはおめでとう。エンデュミオンでのライブが正式に決まったらしいな」

「うん。ありがと」

 

小さく笑って、水をひと口だけ飲む。

大きな舞台で歌えるなら、それは嬉しい事だ。力不足なのは否めないが、アイドルとして求められる以上、それに応えなければならない。

 

「………」

「……なに?」

「あまり嬉しくなさそうだな。せっかくの大抜擢なのに」

「そんな事ないけど」

「……そうか」

 

そう言って、彼は運ばれてきたリンゴネクターをひと口だけ飲んだ。しかし目は、まっすぐにあたしを見つめていた。

 

「(……これはバレたね)」

 

根拠は無い。けど、あたしの本音を見抜かれたことが、直感で分かった。

しかし彼は何も言わない。自分は知らない、関わろうとも思ってない、とでも言うように。

 

それでも、口にしないぶん、まだ気持ちは楽だった。その方が、全て『もしも』の話として流せるから。

 

「……あのさ」

「ん?」

「もし、だよ?そのライブで何か失敗したら……どうなると思う?」

「アイドルとしては致命的だろうな。大抜擢のうえでの失敗なら、擁護はできないだろう」

「……なら、さ。力不足って分かってるなら……辞退するのもひとつの手、だよね」

「そうだな。やりたくないなら辞めた方がいい」

 

あまりにストレートな言い方に、思わず絶句する。同情はしてくれないと思っていたが、ここまで容赦がないとは思わなかった。

 

……下手に言葉を取り繕うよりは、よほど良いが。

 

「それに、そんなヘタクソな笑顔でステージに上がるくらいなら、他の人の方がまだマシだよ」

「……また随分な言いようだね。失礼しちゃうよ」

「事実だからな。それに、俺はアリサのお客さんじゃない。言いたい事は言うさ」

「笑顔がどうとか、将貴君に何が分かるのよ。そんなの、将貴君が勝手に言ってるだけでしょ」

「俺にすら見抜かれてるなら、アリサの仮面なんてたかが知れてるよ」

「………」

 

思わず俯いてしまう。歯に衣着せぬ発言もムカつくが、それをどこかで認める自分に、なにより腹が立った。

 

「それに、アリサは先日の『魔女』の事を気にしてるだろ。それも、自分じゃなく他人が巻き添えにならないか、を心配してる」

「えっ」

「図星か」

 

ずずっ、と将貴君が落ち着いてリンゴネクターを飲む。あたしは、それを眺めることしかできない。

 

自分すら明確にしていなかった胸中を、何故この少年は言い当てるのだろう。もはや精神系の能力者では、と疑いたくなる。

 

「……あたし、どうしたらいいと思う?」

「アイドルなんだし、歌えばいいんじゃないか」

「そんな簡単に言わないでよ。出来るならあたしもそうしたいけど、根拠も無いのにそんな──」

「俺が聞きたいのは」

 

コンッと、将貴君がコップの底で机を叩いた。それは店内の喧騒に消えたが、あたしの耳には深く残った。

 

バカみたいにまっすぐな瞳に、思わずたじろぐ。子供じみたあたしの悪意など、軽々と跳ね返すだけの強さが、そこにあった。

 

「……俺が聞きたいのは、アリサにその意思があるかどうか、だ」

「………」

「確かに、アリサより相応しい人はいるだろう。それどころか、アリサには『敵』すらいる。だが、それでも歌いたいと言うなら……俺は全力でサポートする。誓ってもいい」

 

あまりの愚直さに、言葉を失った。

マネージャーでもない彼が、何をどうサポートするというのか。根拠もないのに、どうしてここまで真剣に向き合えるのだろうか。

 

あたしと彼は、なんなら友人ですらないのに。

 

「改めて聞く。アリサはどうしたいんだ」

 

敵とか味方とか、実力とか立場とか、そして現実的かどうかすら。それを全部無視したうえで、どうしたいか。

胸の底にある原動力、あたしが最初に抱いた夢は、いったいなんだったか。

 

そんなの、決まってるじゃないか。

 

「あたしは────歌いたいよ」

「……じゃあ、歌えばいいだろ。きっとそれが『正解』だよ」

 

ふっ、と将貴君が微笑んだ。今まで見たことのない、柔らかい笑顔だった。

 

将貴くんは、変なしがらみとか見えてない。いや、見えたうえで無視して、笑っている。容赦なく現実を突きつけたうえで、思いと思いをまっすぐに繋いでくれている。

 

「……将貴君はそれが『正解』だと思う?」

「少なくとも、変に悩むよりはいいだろ。それに、なんだ……」

「?」

「……俺が聴きたい、というのも、ある……には、ある」

「………」

 

将貴君はバツが悪そうに顔を逸らして、ぽつりと呟いた。恥ずかしいのか、リンゴネクターを一気に飲み干しているのが滑稽だ。

 

「……へぇー」

「……なんだその顔は」

「べっつにー?けど、そっかー。将貴君は、そんなにあたしの歌が聴きたいのかー」

 

らしくもない彼の姿に、思わず声を上げて笑ってしまった。なんかもう、考えるのがバカらしくなってきた。

 

根拠もなく笑い、理由もなく歌い、それで人を笑顔にする生き物。人はそれをアイドルと呼ぶのに、何を難しく考えることがある。

 

「仕方ないなあ。そんなに言うなら、あたしも頑張ってあげるよ。あたしは優しいし、天才だからね」

「はいはい、アリサは天才だよ」

「その代わり、嘘ついたら許さないから」

「またビンタでもすんのか」

「かもね」

 

敵意を向けられようと、それがどうした。あたしの声を聴きたいと思う人が1人でもいるなら、あたしは歌う。それだけだ。

 

たとえそれが、大嫌いな人であっても。

 

「だから、そうならないよう頑張ってね。()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
19世紀に活躍したスウェーデンのオペラ歌手。

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