とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第81話

 

 

 

 

 

前原将貴からの突然のお誘いに、中村涼乃の心は踊った。彼が風紀委員(ジャッジメント)を休んでから、ほとんど話せていないからだ。

 

学校は一緒でもクラスは違うし、家だって近くない。一緒にいることが多過ぎてメッセージアプリは逆に使わないため、話す機会が無いのだ。

 

前髪を入念にチェックし、私は指定されたショッピングモールに来た……のだが。

 

「久しぶりだね、涼乃ちゃん」

「…………そうだね」

 

黒い少年の隣には、巷で噂の現役アイドルがいた。その少女は可憐な衣装に身を包み、同性の私ですらドキリとする笑みを浮かべている。

私は将貴の腕を掴み、こっそり耳打ちした。

 

「将貴、どういうこと」

「言ってなかったか?これからアリサのイベントがあるから、その護衛を頼もうかと。今日ってオフだよね?」

「聞いてないんだけど」

「……なんか怒ってる?」

 

オロオロする将貴は見慣れた夏服ではなく、真っ黒のブレザーを着ていた。早めに衣替えをしたらしい。

 

「へえー。ふーん。へえ〜」

「……なんだアリサ、その顔は」

「別に?将貴くんもそんな表情するんだーって思っただけだよ?」

「見せモンじゃないぞ。さっさと準備しろ準備」

「はいはーい」

 

アリサちゃんがけらけら笑い、メイクの最終チェックで舞台袖に引っ込む。

なんか2人とも、前に見た時より仲が良い──というか遠慮が無くなってる?

 

「随分アリサちゃんと仲良くなったみたいだね。知らなかったよ」

「まあ、そこそこ」

「まさか、風紀委員を休んだのもアリサちゃんのために?」

「絶対に違う。誓ってもいい」

 

そこまでしなくても、さすがに冗談だと分かる。何でそこまで拒絶するのか、私にはよく分からない。

 

「……それで、何かあったの?」

「え?」

「意味もなく私を呼んだ訳じゃないでしょ?護衛って言ってたけど、目的はなに?」

「……んー、どう話したものか」

 

まず、アリサちゃんが狙われていること。

『敵』が来るかもしれないから、将貴はそれを追うから、私はアリサちゃんを守ること──などなど、将貴は心底嫌そうに話してくれた。

 

……言いたい事は山ほどあるが、時間も無いようだし、今はいいとしよう。

 

「……ねえ、将貴」

「なに?」

「大丈夫、だよね?」

 

将貴の制服を摘んで、ぽつりと呟く。

 

こんな心配は、本来なら必要ない。将貴は私が心配するほど弱くないし、好んで危険に身を投じるほど狂ってない。

だけど、事実として彼は戦ってばかりいる。まるで、戦いが彼を求めるかのように。

 

「怪我とか、しないよね?」

「当たり前だ」

「……そっか、分かった」

 

将貴がそう言ってくれるなら、これ以上聞く必要は無い。将貴が大丈夫と言うなら、大丈夫なのだ。

 

「あらー、お邪魔だったかなー?」

「出ていけアホめ」

「アホって言うな。バカ」

 

そんな空気を上書きするように、アリサちゃんが陰からひょこっと顔を出した。

ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる彼女が、イメージとあまりに違っていて困惑する。

 

「もう準備は終わったのか」

「うん。メイクも完璧だってさ」

「……そうか?」

 

うーん、と将貴が顔を歪める。右手を顎に添えてるのを見て、メイクに不満があるんだと理解する。

私はとても綺麗だと思うけど……というか、将貴ってメイクとか分かるの?

 

「んー……いや、そうか」

「……なに、将貴くん。なにか不満?」

「いや、別に」

「今さら気なんて遣わないでよ。気持ち悪い」

「理不尽すぎない?」

 

おでこをぐりぐりしようとする将貴と、それを掴んで逆に折ろうとするアリサちゃん。なかなか意味が分からない構図である。

 

「あー、そっか。リップが変なんだ」

「へえ?」

 

将貴の言葉に、ふと唇に注目する。

アリサちゃんのリップはローズピンクで、大人っぽくオシャレな印象があった。整った容姿も合わさり、とても可愛いと私は思った。

 

「悪くないんだが、なんかこう、瑞々しくない」

「マットタイプ*1なんだから当たり前でしょ」

「アリサは髪も綺麗なんだから、唇でそこまで主張しなくていいだろ」

 

将貴はキッパリとそう言った。何でもないような一言だからこそ、本心なのだと分かってしまう。

それに髪『も』って……へえー。

 

「うーん。他に色は無いのか?」

「さあ。あたしは持ってないから、良いのがあるなら買ってきてよ。ここ、ショッピングモールだし」

 

それってただのパシリじゃ……と思って苦笑したが、将貴は考えるそぶりをして、やがて頷いた。

頼む、と私の肩を叩くと、そのままショッピングモールの中へ走っていった。

 

……本当に行くとか、何を考えてるんだろう。

 

「アリサ、ほれ」

「まさか本当に行くなんて……やっぱり将貴くんってバカだね」

「行かせといてその言い草かい」

 

数分後に戻ってきた将貴が差し出したのは、袋詰めもされていない、剥き出しのリップグロスだった。

 

でも悪いが、男の子かつ素人の将貴が選んだコスメなど、似合うはずが────アリサちゃんの目が輝いてる。なんでよ。

 

「……へえ、いいじゃん。変えてくるよ」

「アリサちゃん、本気?」

「うん」

 

アリサちゃんがそれを受け取り、そそくさと舞台袖に消える。やがて戻ってきた彼女に、私は息を飲んだ。

 

ほんのりとしたコーラルピンクと、ぷるりとツヤのあるシアータイプ*2の色合い。口元を軽めに仕上げた代わりに、全体の完成度が底上げされている。

似合うはずがないのに、蓋を開ければこれが正解としか思えない、そんなリップグロスだった。

 

「おー、やっぱその方が良いな。似合ってるぞ」

「なかなかやるね。ちょっと見直したかも」

「ふふん、俺は天才だからな」

「あたしの真似しないでよ」

 

思わぬセンスに愕然とする私に対し、2人はけらけらと笑い合うだけだ。その笑い方が似ていることに、私も思わず笑ってしまう。

 

「ARISAさーん。そろそろお願いしまーす」

「はーい」

 

スタッフさんに呼ばれ、アリサちゃんが舞台へ駆け上がる。近くから歓声が上がり、彼女がアイドルであることを実感して、なんだか遠くに感じた。

 

「じゃあ涼乃、あとは頼む」

「え、ライブは見て行かないの?」

「ライブには二度と来るなって言われてるからな」

「?」

 

そう言うと、将貴は不信げに目を細めて、そのまま人混みへと歩き出した。随分と早足だが、何か見つけたのだろうか。

 

「……せっかくのオフなのに」

 

1人残された私は、はあ、と大きく溜息をついた。白い髪留めを外して、手の中でそっと撫でる。

 

なんかもう、考えるのがバカらしくなってきた。もういい、せっかく話題のアイドルのライブに来たのだから、ゆっくり楽しんでいこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガッ!!という音が、人気のない地下に響いた。

音が何度も連続して、少しの沈黙が生まれる。その僅かな隙をつくように、前原将貴は息を整えた。

 

「ふー……」

 

再び構えて、眼前の『敵』に目をやる。

短い金髪にベネチアンマスク*3に黒マントを羽織るという、古いマジシャンのような印象の男だった。

 

ただのコスプレにも見えるが、経験からか、俺はそれが『魔術師』だと直感した。だから追ってみたのだが、どうやらビンゴらしい。

 

「(用もなくここには来ない。アリサが狙いだとすれば、仲間がいるのか?)」

 

この男が先日の『魔女』の仲間なのか、それは定かではない。だが、来るなら返り討ちにするまで。

アリサには涼乃がいるし、『もしも』は心配しなくていい。

 

「(それよりこの男……普通に強い)」

 

格闘術に長けてると言おうか、速度も力もかなり強い。どういう技術か知らないが、俺の対人格闘術は通じるのだろうか。

 

「(……遠距離から決めるか?)」

 

黒い制服──ブレザーの下にあるショルダーホルスターに意識を向ける。以前妹達(シスターズ)の1人が残した本物の拳銃が、そこにはある。

 

「(いや、まだいい。銃声とか聞かれたら面倒だし)」

 

だんっ!!と男が踏み込んでくる。その瞬間、槍のような男の右足が、俺のすぐ傍を掠めた。

慌てて躱すが、直後に拳が迫るのが見えた。どんな技術なのだろう、タイムラグが無いどころか、同時に攻撃してるような速さである。

 

「(意味分かんねぇ、これが『魔術』なのか?)」

『前原将貴。無事か』

「うるせぇ後にしろ」

『ならこのまま聞け。部隊のメンバーがこの地下に爆弾を発見した。すぐに退避しろ』

「は?爆弾?」

 

耳に着けた通信機から聞こえた、物騒な単語に驚く。瞬間、バガンッ!!という音がした。

男の足刀蹴りが、俺の腕に直撃した──瞬間に弾かれて、倍の勢いで男が吹っ飛んだのだ。

 

『ああ、それも複数個だ。鳴護アリサの誘導はこちらでやるから、貴様もさっさと退避しろ』

「解除はできないのか」

『我々は特殊部隊じゃないし、いつ爆発するかも分からない。迂闊な真似はできない』

 

そう言うなり、ぶつりと通信が切れる。既に退避を始めたようだ。行動が早い。

 

俺は爆弾くらい平気だが、他はそうはいかない。早くこの男を何とかして、一般客の誘導をせねば。

 

「──!」

 

逡巡の隙をつくように、起き上がった男が肉薄した。その勢いを乗せた右足を躱して、その反対の足──軸足を横に薙いだ。当然、ぐらりと男の体勢が崩れる。

 

「とった」

 

思い切り踏み込み、その勢い全てを乗せた右手を、男の顎に突き上げる。男が転んだのも合わさり、バガンッ!!と壮絶な音がした。

 

「────」

 

ぐらついた男の右手──その人差し指を掴み、思い切り反対に回す。ミシミシと軋む音がして、バキリと折れる感触があった。

 

「……?」

 

男が地面を転がり、俺から距離をとる。確実に指を折ったのだが、男は気にしていない様子だ。

それに今の感触……なんだろう、骨にしては軸の無い、パイプのような感触だったが。

 

「?」

 

男は何でもないように起きると、懐から何かを取り出した。細長い箱にボタンがついた、スイッチのようなもの────それが何かを理解した時には、もう遅かった。

 

「待っ」

 

止める暇すら無かった。

口を開いた瞬間、苛烈なまでの光が炸裂する。それは迫り来る壁のように俺を飲み込み、思考の全てを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果だけ言えば、ライブイベントは大失敗に終わった。

イベントの途中に爆発が起き、特設のステージが倒壊したのだ。高さ数メートル、重さ数百キロという巨大なステージトラスが、だ。

 

『第七学区内ショッピングモールにて爆発が起きるも、奇蹟的に死傷者はゼロ──』

 

しかし、出た被害は小さなものだった。現場にいた風紀委員の活躍もあるだろうが、それでも死傷者ゼロとは、まさしく『奇蹟』と呼ぶに相応しい。

 

『ARISAの歌には奇蹟が宿っていると話題に。他にもこのような事が──』

 

はあ、と。鳴護アリサはネットニュースを読むのを止めて、大きく溜息をついた。

 

ここはあたしが住む女子寮、そのベランダだ。既に日は跨いでおり、頭上では満点の星たちが煌めいている。

あたしも服装はパジャマで、鴇色の長髪も自然に垂らしていた。部屋の電気も消してるし、あとは寝るだけだ。

 

「……奇蹟、か」

 

ネットニュースだけじゃない。テレビのアナウンサーもSNSも、街を歩く人でさえも、今日の事故をそう言っている。

さらにこの事件で、あたしの名前は『奇蹟』と共に爆発的に広がった。事実、曲の試聴回数も、この数時間で何十万回も増えている。

 

『奇蹟のアイドル・ARISA』は、あの瞬間に完成したのだ。

 

「………」

 

喉の奥から、強烈な吐き気が込み上げてくる。あたしに付き纏うその言葉が、あたしを見る信仰じみた視線が、気持ち悪くて仕方ない。

今まで力をくれた夢や理想に、あたしは埋もれそうになっていた。

 

「……まだ起きてるかな」

 

ケータイを取り出して、あまり使わないメッセージアプリを開く。『将貴くん(バカ)』という名前で登録している少年との会話を、意味もなく見返してみる。

 

『明日の授業は何時に終わる?』

『15時過ぎ』

『なら15時半に迎えに行くから』

『分かった』

 

今日の会話はこれだけだ。会話を辿っても似たようなものばかりで、見返す価値すら無い。その事が逆に面白かった。

しかし、今はそれが仇となった。

 

『忘れる前に言っとくけど、今回の件について明日に調書を取るから』

 

まさにその時、将貴くんからメッセージが届いた。当然、すぐに"既読"をつけてしまい、それは相手にも伝わる訳で。

 

『既読つくの早いな。何を見てたんだか』

 

ピコンと新たなメッセージが届く。急に恥ずかしくなり、慌てて違うと返信した。連絡先を交換してから、初めての無意味な会話であった。

 

『違うから。ただの偶然だから』

『見返すほどの会話も無いのに、偶然?』

『うるさい。またビンタされたいの?』

『味をしめるな。アレ割と痛いんだぞ』

『へえ。なら明日を楽しみにしててね』

『やめて。変な目で見られる』

『じゃあ人目の無いレッスン場でお見舞いしてあげる』

『トレーナーさんがまた誤解するぞ』

 

そのメッセージを見て、ピタリと指が止まる。先日の"バランスボール事件"を思い出して、急に顔が赤くなった。

 

「……は、はあ!?変なこと言わないでよバカ!」

 

スタンプだけ送って、そのままベッドにダイブする。もういい、変な会話はさっさと止めて、大人しく寝るとしよう。

 

ピコンと、メッセージが届く音がした。返信する気は無いが、一応見ておこうと思い、淡く光る画面表示を見つめる。

そこにはただ一言、こう書かれていた。

 

『おやすみ、アリサ』

「……おやすみ、将貴くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
ツヤを抑え、しっかりと色を出すタイプの口紅。

*2
色が薄くツヤがあり、唇の色味を活かすタイプの口紅。

*3
目元だけを隠すマスク。仮面舞踏会とかで着けるアレ。

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