とある風紀委員の日常   作:にしんそば

82 / 107
第82話

 

 

 

 

 

21時を過ぎた第七学区。とある学生寮の一室で、初春飾利は溜息をこぼした。夜も遅いため今は部屋着に着替えており、いつもの髪飾りも外している。

 

「だから本当だってばー、ねー」

「分かりましたって」

「もー、絶対信じてないじゃん」

 

語りかけてくるのは、同じルームメイトの佐天さんだ。彼女も部屋着だが、浮かび上がるプロモーションは、とても中学1年生のものとは思えない。

 

そんな彼女が執拗に語っているのは、私の先輩である前原さんについてである。

 

「本当だって。あのARISAが前原さんとデートしてたの!ちゃーんとこの目で見たんだから!」

「はあ。前原さんがどうやってアイドルと知り合うんですか」

「知らないよ!割り込めるような雰囲気じゃなかったもん!」

 

いつになく鼻息が荒い。嘘をついてるようには見えないが、流石に無理があると思う。

偶然アイドルと知り合う事などまずありえない。あったとすれば、それこそ奇蹟と言っていいだろう。

 

「前原さん、今はお休みなんでしょ?デートする時間ぐらいあるじゃん」

「だとしても、前原さんがデートなんてありえませんって。スズさんが聞いたら悲しみますよ」

「だから私も驚いてるんだってー!それにあの落ち着きよう、絶対何回もデートしてるはず!」

 

それにね!と佐天さんが付け加える。言いたくて仕方ないのか、僅かに前傾姿勢になっている。

 

「あの2人、なんだかそっくりなんだよ!」

「そっくり?」

「2人とも同じジュース飲んでたの。あのめっちゃマイナーなやつ」

「……それだけじゃ流石に」

「違う違う。ちょっとした仕草とか笑い方とか、何かすごい似てたんだよ!」

 

前原さんの仕草なんて覚えてないが、けらけらと笑う姿は想像できる。見ているこちらも笑えてくるような、そんな軽快な笑い方だ。

 

「そう言われましても。写真とか撮らなかったんですか?」

「普通に盗撮じゃん……バレたら私が怒られちゃうよ」

「なら、いくら佐天さんでも信じられませんよ」

「いや、盛夏祭では超カワイイ子を連れてたじゃん。ホラ、あの白髪の」

「……確かに」

 

固法先輩をはじめ、『例の白髪の子』のことは私達は何も知らない。スズさんは受け入れてるようだが、結局どこの誰なのだろうか。

一度調べてみたが、情報は何も出てこなかった。もしかして『外』の人だろうか?

 

「それにさ、たまに誰かと電話してるじゃん。結構砕けたカンジでさ。あの声は絶対女の子だって!」

「た、確かに……!?」

「こうしてる今も、もしかしたら女の子と一緒にいたりして!」

「はわわ……!」

 

思わず変な想像をしてしまい、脳がショートしてしまう。無いとは思うが、前原さんが慕われる理由が分かるからだ。

 

「前原さんって人助けも結構してるんでしょ?それで助けられた子と連絡を取り合ったりして」

 

ありえない話ではない。前原さんは校外活動がやたらと多い──そのぶん始末書も多いが──ため、誰と知り合ってもおかしくはない。

 

よく考えたら、前原さんの交友関係は変に広い気がする。伝説的カリスマを誇る金髪の副委員長さんとも、不思議と仲が良いようだし。

 

「うーん……ダメ元で直接前原さんに聞いてみようかな」

「無理だと思いますが……」

「なら例のウイスキーボンボンで」

「絶対やめてくださいね?」

 

わかってるよー、と笑う声がする。

無いとは思うが、今度会った時に聞いてみよう。やましい事がなければ、なんの問題も無いはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分がなぜ歌うのか、鳴護アリサは考えたことがある。

 

歌うことが好きだから?

違う。歌うことしかできなかったからだ。

 

記憶も無ければ、家族も無い。名前すら与えられたあたしが、どう自分を表現するのか。それを考えて残ったのが、たまたま歌だっただけだ。

 

だからせめて歌では、せめてダンスでは、納得が行く結果を出さないといけない。

 

「はぁ、はぁ……」

 

喘ぐような呼吸が連続する。酸素が足りず、どれだけ吸っても足りない気がした。くらくらして明滅する視界の隅に、黒い何かが映る。

 

「休憩も無く2時間も……そりゃ倒れるよ」

 

見慣れた黒い少年が、覗き込むようにあたしを見下ろしていた。心底呆れたような表情に、こちらもむっとしてしまう。

 

「で、やってた振り付けは?」

「……全然」

「あっそう」

 

彼は興味無さげに視線を外し、ケータイのロック画面──時計を見せてきた。時刻は21時半──通常レッスンを含めると、レッスン場に来てから、もう4時間も経っている。

 

つまりあたしは、4時間もかけてステップの1つも満足に踊れなかった、ということになる。

 

「………」

 

ゆっくり立ち上がり、大きな鏡と対面する。

そこに映るあたしは、それはもうひどい姿だった。呼吸は乱れ、足は震えて、笑顔なんて見る影も無い。こんなあたしを見たら、ファンもガッカリするだろう。

 

「言っとくがもう帰るぞ。夜も遅いし、体も限界だろ」

「時間が無いの。それくらい許してよ」

「ダメだ。もう休め」

「うえぁっ!?」

 

ひゅんっ、と。首筋に冷たい何かが走り、思わず変な声を上げてしまった。

振り返ると、スポーツドリンクを持った将貴くんが、ニヤニヤと笑いながら立っている。

 

「……セクハラ」

「俺は触ってない。だから無罪だ」

「うるさいバカ。またビンタされたいの?」

「そんな口が聞けるなら大丈夫そうだな」

「ちぇっ」

 

スポーツドリンクを受け取り、ぐいーっと一気に流し込む。苛烈なまでの爽快感が喉の奥で弾けて、全身が生き返るのが分かった。

そんなあたしの横で、将貴くんは缶ジュース──いつもの『こだわりリンゴネクター』を飲んでいた。

 

「……あたしそっちがいいな。一口飲ませてよ」

「断る」

「セクハラした罰。よーこーせー」

 

あたしのワガママに呆れたのか、将貴くんは渋々それを渡してくれた。あたしは遠慮なく一気に飲み、心を癒していく。

疲れのせいか、いつもより甘い気がした。

 

「ぷはっ。やっぱりコレが1番好きかも。将貴くんと一緒なのは癪だけど」

「一言余計……ってオイ、飲み過ぎだろ。半分くらい減ってるんだが?」

「ふふんっ。ごちそうさま」

 

ペロッと舌を出して、からかうように謝る。将貴くんは呆れたようだが、文句も無くそれを飲み干した。実際『こだわりリンゴネクター』はかなり甘いため、2人で1缶くらいでちょうどいい。

 

……休憩で気を抜いたせいか、溜まっていた疲れがどっと押し寄せてきた。

 

「……はあ。なんかスイッチ切れちゃった。もういいよ帰る」

「ならさっさと着替えてこい」

「分かっ──」

 

大人しく更衣室に向かおうとする──が、思った以上に疲れていたのか、ぐらりと視界が揺れた。何がなんだか分からぬまま、体が傾いていく。

 

「っ──……?」

 

しかし、地面に叩きつけられる事は無かった。

胸の感触から、あたしが抱き留められたことを理解した。逞しい腕と厚い胸板が、あたしの胸としっかりと当たって────

 

「わぎゃぁっ!!」

「ぐへぇぁっ!!」

 

数秒後、それはそれは見事なビンタが炸裂した。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

「まだ怒ってる?」

「怒ってない」

「怒ってるじゃん」

「あのな、もう三度目だぞ三度目。仏だって黙っちゃいないだろうが」

 

30分後、ほっぺに大きな紅葉を咲かせた将貴くんを横に、あたし達は帰路についていた。

夜の第一一学区は閑散として、ひどく静かだ。アイドルのあたしにとって、人がいないのは幸いだが。

 

「ったく、よかれと思ってやったのに」

「ごめんって。余程の事が無い限り、今後は控えるからさ」

「余程の事って何だよ」

「あたしの布団に入ってくるとか?」

「あれは事故だって」

 

それはもう分かってるが、あたしだって年頃の女の子だ。異性と添い寝など、そう簡単に忘れられるはずがない。

その日の事を思い出して、なんだか恥ずかしくなる。ええい、何かで気を紛らわさないと。

 

「──♪」

「?」

Son of a bitch(このクソ野郎),the end of your life at this very time(てめぇの最期はまさにここだ)*1──♪ 」

 

周囲に誰もいない事を確認し、ゆったりと歌ってみる。無人の街という開放感から、思考がおかしくなっていたのかもしれない。

隣の将貴くんは引いてこそいないが、珍しいものを見たように眉をひそめた。

 

「なにそれ。デスメタ?」

「うん。あたし結構好きなんだけど、知らなかったでしょ?」

「それはいいが、仮にもアイドルが街中で歌うなよ。アホか」

「アホって言うな。別にいいでしょ、誰もいないんだし」

 

もう一度を見ても、周囲にはあたし達以外に誰もいない。気味が悪いほどの静けさだが、だからこそあたしも歌ったのだ。

 

「…………誰も?」

「うん」

「……まさか」

 

将貴くんはハッとして周囲を見渡し、右手を顎に添える仕草をした。彼が考える事をする時にする癖だ。

 

「………」

「……──♪」

「静かに」

「んあっ」

 

耳を引っ張られ、強引に歌を止められる。背筋がぞわぞわして、何だか変な感じがした。

将貴くんは知る由もないが、あたしは耳が弱いのだ。あと背中も。

 

「なにす──」

 

思わず抗議の視線を送るが、それは止められた。将貴くんの纏う雰囲気が、先ほどとは明らかに変質していたのだ。

言うならば、『切り替わった』。

 

『三度目になれば流石に気付くよ』

「え?」

 

将貴くんはニヤリと口を歪め、虚空に向けて英語で話しかけた。流暢なもので、彼があの名門・瀬川高校に通っていることを思い出す。

 

だが、そこには誰もいない──と、つい先ほどまで思っていた。

 

『下手な英語は止めてくれるかな。耳障りで仕方ないよ』

 

ゆらりと、景色が陽炎のように揺れて、そこから1人の男が現れた。

2メートルを超えるような巨体に、燃えるような赤い髪。神父のような格好だが、香水と煙草の匂いは強すぎて、思わず顔をしかめてしまう。毒々しいピアスに、目の下に彫られたバーコードのようなタトゥーと、神父でありながら不良のような印象を受けた。

 

『……おーう』

『反吐が出るのは僕の方さ。クリスマスを性交の日としか思ってないイカれた国に、誰が好き好んで来るものか』

『そのイカれた国に、わざわざ休暇を取ってまで来たのか。案内でもしてやろうか?』

『ははっ、英語も下手ならジョークも下手だね。呆れてものも言えないよ』

 

笑っているが、将貴くんの目は怖いほど冷めている。あまりの温度差に、取り残されたあたしは困惑するしかない。

 

『茶番はこれくらいにしよう。わざわざ魔術を使ってまで、なんの用だよ』

『魔術を受け入れるとは、科学サイドのくせに柔軟性はあるようだね。ほんの少しは見直してやるよ』

『科学サイド……?』

『ただの回収だよ。そこにいる不良品の、ね』

 

男があたしを指差すと、将貴くんは庇うようにあたしの肩を抱いて、ぎゅっと引き寄せた。落ち着いた彼の呼吸音が、すぐそばから聞こえる。

 

「将貴くん……?」

「大丈夫、心配すんな」

 

屈託なく笑う姿は普段そのもの。だが、それが上面である事は、流石のあたしでも分かった。

 

「舌噛むなよ」

「え?」

 

ぐんっ!!と。声が聞こえた瞬間、視界が一気に高くなった。全身に夜風が当たり、眼下には学園都市の夜景が広がっている。

彼があたしを抱えて跳んだのだ、という事に、少し遅れて気付いた。

 

「────、──」

 

ボソボソと呟く将貴くんを横目に、映画のワンシーンみたいだ、と悠長な事を思った。

 

あたしがどれだけ危険な立場にいるか。この時のあたしは、何も分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
コミック版『エンデュミオンの奇蹟』第2巻おまけページ参照。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。