とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第83話

 

 

 

 

 

赤髪の神父は夜の学園都市を歩いていた。

毒々しいピアスにギラリと光る指輪。目の下に彫られたタトゥーに咥えタバコと、教師が見れば発狂しそうな風貌である。しかし人払い(Opila)をかけたため、それを咎める者はいなかった。

 

「そろそろかな」

 

壊れたフェンスをくぐり、静かな土地に足を踏み入れる。そこは小さな半月だけが浮かぶ、暗く開けた土地だった。

遠くにはコンテナの山と風力発電のプロペラが見え、地面にはレールが敷かれている。

 

第一一学区の操車場。

ステイル=マグヌスが選んだのは、そう呼ばれている場所だった。

 

「ちょうどいい場所があってよかった」

 

広くて人目につかないという、魔術師が戦うには最高の舞台だ。

知る由もないが、学園都市の第一位とその『劣化版(リザーブ)』が、つい先日本気で殺し合った場所でもある。

 

「やる事はやった。あとはどう転ぶかだ」

 

呼吸を整え、昂る感情を落ち着かせる。

 

準備不足とはいえ、相手はイギリスで屈辱的な敗北を喫した少年だ。また負けるとは思ってない……が、安易に勝てるとも思えない。

 

だが今回は万全の準備をしてきた。彼のことも調べたし、『スパイ』からの情報もある。

 

「いるのだろう。前原将貴」

 

独り言のように呟いてみる。するとそれに応えるように、高く積まれたコンテナの頂に、黒い影が立った。

悠々と浮かんでいた半月が、主役を譲るかのようにその背後に回る。逆光のせいで表情は見えないが、滲み出る威圧感は本物だった。

 

「やあ。会いたかったよ」

「俺は会いたくなかったよ」

「つれないな。わざわざ会いに来てやったと言うのに」

「お呼びじゃねぇよ」

 

年相応の軽快な声。この『戦場』では、そんなのはただの違和感でしかない。

 

「アレはうまく隠せたかい?」

「……アレ、ね」

「名前を言わなきゃ分からないほど、君は馬鹿じゃないだろう」

 

チッと、短い舌打ちが聞こえてくる。表情は見えないが、イライラしているのは分かった。

 

「アリサは1人の人間だ。お前ごときがモノ扱いしていい奴じゃねぇんだよ」

「不要な芽は先に摘んでおくべきだろう。それに本人の意思なんて関係ないさ」

「個人の尊厳すら知らない人間に、どうこう言われる筋合いは無い」

 

……大人しく渡してくれるなら、僕らも手荒な真似はしたくなかったが……やはり難しいか。僕だって殺しはしたくないが、それも視野に入れる必要があるかもしれない。

 

僕たちの目的はアレの回収。

その障害となるなら、排除するだけだ。

 

「それにしても、僕の弟子にまで手を出すとはね。仮にも年頃の女の顔を殴るとは、酷い事をするじゃないか」

「……ああ、あの魔女。ってことはお前の指示か」

「まさか。僕が狙うなら逃がす訳がないだろう」

 

だが、その衝突がある確信をもたらしたのも事実。そういった意味では、あながち無意味とも言えないが。

 

「──Fortis931(我が名が最強である理由をここに証明する)

 

持っていたタバコを投げ捨てる。落ちた瞬間、轟ッ!!と炎が酸素を吸い込む音と共に、巨大な火柱が噴き上がった。

真っ黒な人型の芯が立ち上がり、摂氏3000度の炎がそれを飲み込んでいく。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)』。

 

僕の切り札にして、『必殺』を冠する強力な魔術。何度破壊されても即座に修復して襲いかかる、巨大な炎の塊であった。

 

「君のために用意した。気に入ってもらえたかい?」

 

真紅の炎が暗い操車場を照らした。浮かび上がったのは、風力発電の柱からレールの枕木まで、それこそ至る所にびっしりと貼られた大量のルーンだった。

我ながらよくやったものだ、と少し感心する。

 

「ルーンの枚数は8600枚。単純に計算してもイギリス(UK)の時の8倍だ」

「……それをわざわざ貼り付けたって訳か。手の込んだことで」

「まったくだよ。上条当麻の時でさえ、ここまで準備はしなかったさ」

 

知っている名前に驚いたのか、そう呟いた瞬間、前原将貴の目が大きく見開かれた。

だが、なんだか様子がおかしい。ハッと何かに気付くなり、確認するように周囲を見渡して、そのまま何か喋り始めた。

 

「……お前さ。7月頃に当麻の家で……学生寮の中で戦ったりした?」

「7月……ああ、上条当麻と初めて会った時か。確かにそんな気がするが、それが?」

「……へえ」

 

ふっ、と。前原将貴が静かに破顔した。探し求めていた恋人と再会したような、そんな微笑みだ。

しかし、目はぞっとするほど冷えきっていた。良くも悪くも、前原将貴もスイッチを入れたのだ、と直感で分かった。

 

「俺の家を焼いたのは……へえ……そうか」

 

何か呟いているが、ここからではよく聞こえない。先ほどと雰囲気が違いすぎて、なんだか不気味である。

 

「君の能力……全反射(ハーモニクス)、といったか。ふざけた能力だよ。幻想殺し(イマジンブレイカー)もそうだが、主の奇蹟(システム)を跳ね返すなど、許し難い大罪だ」

 

前原将貴の能力は、文字通りあらゆる力を跳ね返す効果を持つ。それは魔術も同様のようで、事実として彼には『人払い(Opila)』が効いていない。

 

明らかに異質で、対抗しがたい能力。しかし、2回目となれば話は変わってくる。

平たく言えば、特性さえ理解していれば、戦術の組み立てようはある。

 

「拳の射程圏に入らないこと」

 

炎剣を振るい、爆発させ、前原将貴が立っているコンテナを倒壊させる。

本人に攻撃が通らないなら、周囲から逃げ道を奪っていけばいい。

 

「そして持続的なダメージを与えること」

 

前原将貴の『反射』は、あくまで瞬間的なものにすぎない。じわじわと炎で炙ってダメージを与え続ければ、確実に倒すことができる。

 

「──ッ!!」

 

降りてきた前原将貴を『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が迎え撃つ。

前原将貴は空中でコンテナを蹴ってそれを躱した。正面から挑むようなことはしないらしい。

 

「よく動けるじゃないか」

 

僕自身も炎剣を振るい、前原将貴を真横に叩き切る。今度は跳ね返されたが、それでいい。

反射しても炎がすぐに消える訳ではない。僅かでも残っていれば皮膚を焼くし、あとはその繰り返しだ。

 

「……舞台が準備されても、俺がそこで踊る理由は無いよな」

「ならどうする?」

「逃げる」

 

前原将貴は即答し、くるりと踵を返した。舞台の外──ルーンのフィールドから出ることで、少しでも有利に戦うつもりらしい。

 

だが、それも予想通り。

 

「なら、僕はゆっくりここを焼かせてもらおうかな」

 

1歩後ろへ下がり、見せつけるように炎剣を振るう。切られたコンテナはバターのように溶け出し、その中身をぶちまけた。

 

「君の最大の弱点は、『自分しか守れない』ことだ」

 

前原将貴が反射できるのは、あくまで自分だけ。にも関わらず、前原将貴は他者を見捨てるほど冷徹でもない。

その二面性の中に、隙が生まれる。

 

「ここに来るまでに逃げる場所は無かった。しかし戦うには邪魔でしかない……なら、どこかに隠すのが妥当だ。例えばコンテナの中とかね」

「………」

「逃げても構わないよ。僕はコンテナを1つひとつ焼いていけばいい」

 

コンテナを全て調べれば、回収対象も出てくるだろう。そうでなくても、前原将貴が何かしら行動を取るはずだ。

 

このタイミングを狙ったのも、全てはこの瞬間のため。戦いを優位に進めるには、相手の弱点を狙うのが常識だ。

 

「やれ。『魔女狩りの王(イノケンティウス)』」

 

轟ッ!!と、近くにあったコンテナに切りつける。中身は小麦粉だったのか、そこから白い煙が上がった。

 

「ちっ!!」

 

前原将貴が駆け出して、炎の巨人に肉薄した。視線の先で、黒い影がひとつふたつと炎剣を躱している。

 

僕の『魔女狩りの王(イノケンティウス)』は自動制御ができる。あとは適当なタイミングで僕が介入するだけでいい。

 

「……切り札はそんな簡単に見せるもんじゃねぇよ」

「?」

「強いのはこの巨人だ。お前じゃない」

 

前原将貴がニヤリと笑って、だんっ!!と踵を返した。逃げたように見えるが、そうじゃない。

一直線に僕に向かって突っ走ってきたのだ。

 

「っ!?」

 

慌てて『魔女狩りの王(イノケンティウス)』に指示を出すが、もう遅い。鈍重な炎の巨人に、加速していく少年に追いつけるほどの速さは無い。

 

道中にあるルーンを爆発させるが、並のトラップでは反射は破れない。

 

「イギリスで見た限り、出せるのは1体までだろ?」

「くっ!!」

 

炎剣を真横に薙ぎ払うが、前原将貴は真下に沈み込んでそれを躱した。慌てて次の炎剣を生み出すが、黒い影は沈んだ勢いを利用して、側転の要領で右足を振り上げた。

 

ガゴッッ!!という轟音が、僕の側頭部から炸裂した。

 

「──ッ!!」

 

視界が明滅し、脳内に雷が走ったような衝撃があった。脳がぐらついて倒れそうになり、とっさに手を前に伸ばす。

しかし、それが悪手だった。

 

「ご丁寧にどうも」

 

それを掴んだ前原将貴は、その指を逆に回して折ろうとしてきた。骨が軋む激痛に、朦朧としていた意識が強制的に引き戻される。

 

「この──!!」

 

だんっ!!とその場で踏み止まり、敵を捉えるべく顔を上げる。しかしその視界に広がったのは、体重と勢いに乗った膝だった。

 

ゴンッッ!!という衝撃があった。

 

「ぐ──」

 

視界が急激に歪み、手足から力が抜け落ちる。鼻が熱くなり、鼻血が出ているのが感覚的に分かった。

 

「ふんっ!!」

 

揺れた視界の隅に、右手を構える前原将貴が映る。その直後、短い呼吸とともに、顎への衝撃があった。

 

それを最後に、僕の意識は完全に途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ予定通りか」

 

黒い制服を纏った前原将貴は、辺りを見てそう呟いた。目の前には赤髪の神父が、手足を投げ出して倒れている。渾身のアッパーカットを顎に叩き込んだため、軽い脳震盪を起こしているようだ。

 

それにしてもこの神父、我が家を燃やした張本人*1だったとは。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。

 

「(アリサは大丈夫か?)」

 

コンテナの方を向き、鴇色の髪の少女のことを思う。無事とは思うが、これからまた忙しくなりそうだ、と独りごちた。

 

「さっさとコイツを拘束して……奏にでも引き渡すか」

 

赤髪の神父に向き直り、今後の処断を考える。先日はイギリスだったが、ここは学園都市。

侵入者の対処など知らないが、あの金髪の少女ならどうにでもできるだろう。

 

「(にしても、このカードはどうしよう。8000枚とか言ってけど、放っておく訳にもいかんし……)」

 

げんなりしながら、周囲にびっしりと貼られたカードを見渡そうとする────その視界に飛び込んできたのは、煌々と燃え盛る真紅の炎剣だった。

 

「──え」

 

轟ッ!!と、至近距離で炎剣が振り抜かれた。周囲の酸素が一瞬で奪われ、高熱が俺の肌を炙ってくる。

 

「熱っ──!?」

 

とっさに地面を蹴って距離を取ると、そこには真紅に燃える炎の巨神がいた。近くに倒れる、赤髪の神父が紅く照らされる。

 

「(あ、危なかった。なんだ、術者は倒したのにどうして……まさか意思があるのか?)」

 

そう思うなり、炎剣を片手に炎の巨神が突っ込んできた。正面から相手はできないので、落ち着いて躱して、逃げるしかない。

 

「(違う、そうプログラムされてるんだ。なんとしても俺を倒すように、って)」

 

ちっ、と短く舌打ちする。炎の巨神の厄介さは身をもって知っていたからだ。

 

俺の反射は瞬間的なもので、炎のような持続的な攻撃とは相性が悪い。知能が無いという点も、絶え間なく攻めてくる狂戦士(バーサーカー)、という事でもある。

 

「(放っとく訳にもいかんよな。次の日になってここの作業員が巻き込まれちゃ困るし……)」

 

動きは鈍重なため躱すのは楽だが、相手は炎の巨神だ。ただ歩くだけで災害になるバケモノを放ってはおけない。

 

だが、まともな戦い方でアレは倒せない。一度倒したとはいえ、イギリスの時とは威力も密度も、何もかも違う。その時より強いのに、ただの反射が通じる訳が無い。

 

「ふー……」

 

ゆっくりと呼吸を整えて、思考を強制的に落ち着かせる。策が無い訳ではない。

 

完全反射(オーバーロード)』。

 

威力や温度に関係なく、全てを拒絶する力。俺の切り札にして、ごく短い間しか使えないという難点を抱える諸刃の剣。

 

だが、それを持続することができたら?

 

「……〜〜♪」

 

意味もなく歌を口ずさんでみる。

アリサに言われて抑えていたが、やはり俺はこの曲が気に入っていた。どんな状況でも、これを口ずさむと不思議と落ち着くのだ。

 

「──〜〜♪」

 

イギリスの魔術師?炎の巨神?

 

だから何だ。鳴護アリサという少女を邪魔する権利が、この世界のどこにある。

 

「────邪魔なんだよ。お前」

 

根拠は無いけど、今ならできる。

 

()()()()()

 

錯乱反射(オーバーフロー)』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
第2話参照


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