モニターの先で、黒い影と真紅の炎が動いている。黒い影がコンテナの山を駆け上がり、炎の塊がそれを追う。両者は頂点で衝突し、小規模な爆発を連続させた。
第一一学区南東、人気の無い操車場。
そこから少し離れた所に、蜘蛛のような機動兵器がいた。光学迷彩を利用しているため、周囲からは見えなくなっている。
「なんだ」
その中にいるシャットアウラ=セクウェンツィアは、口を開けて呆然としていた。見つめるモニターの先では、黒い少年と炎の塊が映っている。
少年を侮っていた訳じゃない。
彼の功績は知っているし、能力も調べた。なにより『松浦奏のお気に入り』だ。並の実力者ではないことは理解しているつもりだった。
だが、戦闘が始まってから間もなくして、感嘆は徐々に薄まり、やがて無くなった。
「なんだ、あれは」
モニターが示す数値を見て、急激に冷静になった。というより、あり得ない事態に思考が追いつかなくなった、と言うのが正しいかもしれない。
「AIM拡散力場がゼロ、だと?」
この機動兵器には、能力者から滲み出る微細な力──いわゆるAIM拡散力場──を可視化させる兵装がある。
それが一切反応していない。
それはつまり、AIM拡散力場が存在しない──ひいては
「(機械の故障か?いや、他は全て正常だ。しかしこれは……)」
赤髪の神父は分かる。明らかに外国人の顔だし、『
だが、黒い少年は学園都市で育った、正真正銘の能力者だ。なのに能力者ではないと、その学園都市の機械が言っている。
「奴は『原石』なのか……?いや、それでもAIM拡散力場からは逃れられない。ならば奴も『外』の……?」
ボンッ!!と。モニターの中で、黒い少年と炎の塊が激突し、炎が爆ぜた。しかし即座に修復され、黒い少年を追撃する。少年はそれを器用に躱し、操車場を縦横無尽に駆け回っていく。
「……なんで助けに行かないの?」
後ろから、そう声をかけられた。見るとそこには、毛先を結んだ鴇色の長髪に、鳩のブローチがついた帽子をかぶる少女──鳴護アリサがいた。
彼女は指先を震わせ、責めるように私を睨んでいる。
「なんで見てるだけで、助けに行こうとしないの?」
「……我々の任務は、あくまで貴様の護衛。戦うと言い出したのはあの男だ。私の管轄じゃない」
「だからって、あんなの将貴くんが死んじゃうよ!!」
有事の際、私は鳴護アリサを回収し、黒い少年は単独で『敵』を撃破する──これは他でもない彼の考案だ。私が介入するのは、それこそ彼にとって想定外である。
……もっとも、いきなり空を跳んできて収容しろと言われた時は、流石に驚いたが。
「割り込んでも邪魔になるだけだ。それにあれほどの炎、この兵装でも耐えられるか分からん」
「でも、見てるだけなんて」
「くどいぞ。私には私のやり方がある」
気持ちは分かるが、下手に動くのは愚策だ。
そもそも、モニターが示す炎の温度は、この兵装を一瞬で溶かせるほどの超高温だ。下手に近付けば、護衛対象をみすみす危険に晒すだけである。
「(……仕事に戻るか。この操車場に貼られた変な模様のカード……それが炎の根源、と奴は言っていたな)」
まるで意味が分からないが、やる事もないので素直に従うとしよう。なにより、じっとしたままだと後ろの護衛対象が暴れかねない。
「貴様、ただでさえ狭いのだから騒ぐな!操縦しづらいだろう!」
「じゃあ将貴くんを助けに行ってよ!」
「分からん奴だな!奴を助けたいなら大人しくしていろ!!」
私が気に入らないのか、鳴護アリサが後ろから私の腕を掴んだ。そのせいで足場を踏み外し、ガクンとバランスが崩れる。
なんとか着地するが、コンッと。鳴護アリサが首から下げている巾着袋が、私の頭に当たった。
それに無性にイライラした私は、思わずその頭を掴み、引きずり込むようにモニターの前に突きつける。
「助ける、と言ったな。なら貴様に何ができる」
「え?」
「よく見ろ。あの戦いに飛び込んで、貴様に何ができる。答えてみろ」
重さ数千キロもあるコンテナを掴み、それを投げる黒い少年。それに潰されても、即座に再生し追撃する、摂氏数千度の炎の塊。
「何もできないか?なら邪魔にならぬようじっとしていろ。それが貴様にできる最大の助けだ」
ぶわりと、ひしゃげたコンテナから白い煙が上がる。それは煙ではなく、コンテナに入っていた小麦粉だった。
黒い少年は懐から何かを取り出すと、おもむろにこう言った。
『粉塵爆発って知ってるか?』
ドンッ!!と、ひときわ大きな爆発が起きた。数百枚のカードが消し飛び、炎の塊もそれに飲み込まれる。もちろん即座に再生するものの、最初と比べれば格段に遅い。
「……このカードが炎の根源というのは本当のようだな」
炎は確実に勢いを失っている。このまま行けば消滅させることも可能かもしれない。
だが、それまで少年がもつのだろうか。
前原将貴は人間だ。体力にも限界はある──むしろここまで動けている時点で大したものだ。加えて能力の過剰使用と、『近付く』だけで致命傷になるプレッシャー。
色んな意味で、少年はもう限界のはずだ。
「急がないとまずいな」
「え?」
「あれほどの力、いつまでも持続できる訳がない。早いうちに決着をつけないと死ぬぞ」
『死ぬ』という言葉に、鳴護アリサがびくりと肩を揺らした。そんな思いを踏み躙るように、黒い少年は操車場を駆け回り、爆発や炎剣をすり抜けていく。
「……ん?何をする気だ?」
黒い少年が立ち止まり、炎の攻撃を真上に躱した。すると少年の身体が、そのまま空に吸い込まれるように天高く昇っていった。
目視できないほどの高さまで上がると、思い出したかのように重力が働き、落下を開始する。まるで隕石のように。
「……だめ」
ぽつりと、鳴護アリサが呟いた。
それを無視して、少年の身体はみるみる加速していく。あまりの速さに、半月が黒い筋で切り裂かれたように見えた。
「やめてぇ────!!!」
轟ッッ!!と。鳴護アリサが叫んだ瞬間、少年と炎の塊が激突した。その衝撃で操車場そのものが揺れ、膨大な土煙が巻き上がった。
「(力技にも程があるだろう……!!)」
1人の人間が今の衝撃を生み出したと思うと、超能力の異常性がよく分かる。
状況を確認しようと、私は
「……ん?」
一瞬、カメラが壊れたのかと思った。いや、そうでないとおかしい。
なぜなら、着弾点とされる地点の温度が、なぜか氷点下を示していたからだ。
「……?」
疑問に思っていると、そこの土埃が晴れて、小さなクレーターがあらわになる。
その中心に、黒い少年が立っていた。それを飾るように、地面からは白い霧が立ち込めている。
「……勝った、のか?」
周囲を警戒するが、炎の塊が再生する気配はない。火の粉すら消え失せ、操車場には本来の暗さが戻っていた。少年は勝利したのだ。
機動兵器を操作し、少年の近くに着地する。上部のハッチを開くと、ひりつく冷気が肌に刺さった。なぜか分からないが、地面が氷点下なのは事実らしい。
「将貴くん!!」
鳴護アリサがハッチから飛び出し、凍結した地面に降り立った。しかし凍ったクレーターは足場が悪く、大きくバランスを崩してしまう──が、その中心にいた少年に抱き留められ、事なきを得た。
「将貴くん、大丈夫!?」
「……ッ!?」
黒い少年が咳き込むような仕草をする。対して鳴護アリサは、その存在を確かめるように少年を抱き締めた。
少年は困った様子だが、やがて宥めるように頭を撫で始める。私も外に出て、それを上から見下ろした。
「……なにが、どうなっている?」
ぞわりと、背筋が寒くなる。地面の凍結もそうだが、分からない事が多すぎる。
赤髪の神父は何者なのか。
なぜ鳴護アリサは狙われたのか。
なぜAIM拡散力場が見られなかったのか。
命のやり取りをした直後に、なぜ少年はこうも平然としているのか?
「(裏で『何か』が働いているとしか思えない。だが
命じられた任務を遂行する、これは揺るがない。だが、『敵』がどういう存在なのかは知っておきたい。
なにやら分類不能な能力を使っていたようだが、それを調べるにしても──
「────けほっ」
少年がまた咳をした。
直後、少年は蛇口のように血を吐き出した。
「え」
思考が真っ赤に塗り潰される。鉄の臭いが鼻孔に突き刺さり、強烈な不快感が脳裏をよぎる。
ぐしゃりと、少年が音もなく膝から崩れ落ちた。呻き声どころか呼吸音すら無く、傍目では糸が切れた人形のように見える。
「……え?」
何が起きたのか理解できないのか、鳴護アリサは呆然と立ち尽くしていた。抱き留めていたせいか、鳴護アリサの肩や背中が真っ赤に染まっている。
「…………将貴くん?」
縋るような声が虚しく響く。
あまりに突然の幕切れに、今まで感じたことのない肌寒さが、私の体を突き抜けていった。
*
「それで、どうだろうか」
日を跨ぎ、半月が空を支配する第一学区。『本部』と称される建物の一室にて、木山春生はそう言った。
被害者数1万人という、およそ前代未聞の事件を犯しながらも、これほどの自由が認められているのは、ひとえに目の前にいる幼き支配者のおかげである。
「うんうん、イイ感じですねー。ひとまずお疲れさまです。お茶でも淹れましょうか?」
「では頼む」
「おっけーです」
報告書を一読した少女──松浦奏は、そう言って椅子から飛び起きた。
平均より遥かに小柄な身長と、金糸を編んだようなセミロングの金髪。後ろで結んだ真紅のリボンは、歩調に合わせて小さく揺れていた。
「(……その小さな頭脳に、どれほどの叡智が詰まっているのやら)」
ふと壁に目をやると、そこには大量のデスクトップが並び、それぞれ論文やデータを映し出していた。
見た限り大脳生理学──私の専門分野──のようだが、彼女なりに勉強したのだろう。だからこそ、私の話が理解できたのだ。
……逆に言えば、私が人生を捧げてきた専門分野を、
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
紅茶を持ってきた彼女が対面に座る。ティーカップに紅茶を注ぐ彼女の姿は優雅そのもので、学生のそれとはかけ離れている。
底が見える透明な紅は、彼女のリボンのように美しく映えている。だが味は慎ましく柔らかで、最後にふんわりと香りが口の中に広がった。
「……美味いな」
「そうですねー。なんせイギリス王室から送られてきた品ですし、私も気に入ってます」
「……君は王室とも関わりがあるのか?」
「にゃはは。ご想像にお任せします」
けらけら笑う彼女に、驚きを超えて溜息しか出ない。彼女の『庇護下』に入って1ヶ月以上経つが、その影響力は『計り知れない』のひと言だ。
「……松浦君。改めて聞くが、本当に何とかなるだろうか」
「そのための準備だと、何度も言ってるでしょう。それに常識の外側という意味なら、うちにもジョーカーがいます」
手製のスコーンを摘みながら、彼女はなんの気なしにそう言った。
ジョーカー、と言われて思いつくのは1人だけだ。確かに『彼』も埒外の存在だが、流石に荷が重い気がする。
「勝算もなく丸投げなんてしませんって。仮にも『私のモノ』なんですから」
「……信頼しているのだな」
「自分が信じないものを他人に信じさせるほど、私は愚かじゃありませんよ」
強気につり上がった
体が強ばるが、彼女は紅茶にミルクを入れると、紅白の色合いを楽しむように視線を落とした。
「難しく考えないことです。どうせ2週間もすれば全てが解決します。それまで生きていれば、の話ですが」
「……分かっているさ。今さら逃げようなんて思わないよ」
あまりに達観した物言いに、思わず私も笑ってしまう。
格の違いを示したうえで、状況を把握し、相手を理解し、信じて託す。高い教養と品格をも兼ね備えるその姿は、まさしく『王』のそれだ。
「すみません、電話が……ん?」
彼女が身につける腕時計型の端末に通信が入る。その瞬間、彼女の表情が急激に冷めた。
こんな夜遅くに電話など失礼だが、それだけ重要な事なのだろうか。
「はい、私です。いかがされましたか」
『────』
表情、口調、そして滲み出る雰囲気。先ほどとはかけ離れた姿に、どちらが『素』か分からなくなる。
「は?入院した?」
改めて言うが、彼はジョーカー。
その強さゆえに、予想のつかない動きをするものである。