とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第84話

 

 

 

 

 

モニターの先で、黒い影と真紅の炎が動いている。黒い影がコンテナの山を駆け上がり、炎の塊がそれを追う。両者は頂点で衝突し、小規模な爆発を連続させた。

 

第一一学区南東、人気の無い操車場。

そこから少し離れた所に、蜘蛛のような機動兵器がいた。光学迷彩を利用しているため、周囲からは見えなくなっている。

 

「なんだ」

 

その中にいるシャットアウラ=セクウェンツィアは、口を開けて呆然としていた。見つめるモニターの先では、黒い少年と炎の塊が映っている。

 

少年を侮っていた訳じゃない。

彼の功績は知っているし、能力も調べた。なにより『松浦奏のお気に入り』だ。並の実力者ではないことは理解しているつもりだった。

 

だが、戦闘が始まってから間もなくして、感嘆は徐々に薄まり、やがて無くなった。

 

「なんだ、あれは」

 

モニターが示す数値を見て、急激に冷静になった。というより、あり得ない事態に思考が追いつかなくなった、と言うのが正しいかもしれない。

 

「AIM拡散力場がゼロ、だと?」

 

この機動兵器には、能力者から滲み出る微細な力──いわゆるAIM拡散力場──を可視化させる兵装がある。

 

それが一切反応していない。

それはつまり、AIM拡散力場が存在しない──ひいては()()()()()()()()()()()()ということになる。

 

「(機械の故障か?いや、他は全て正常だ。しかしこれは……)」

 

赤髪の神父は分かる。明らかに外国人の顔だし、『書庫(バンク)』に該当者もいなかった。ならば、何かしらの『力』を持った『外』の人間なのだろう。

 

だが、黒い少年は学園都市で育った、正真正銘の能力者だ。なのに能力者ではないと、その学園都市の機械が言っている。

 

「奴は『原石』なのか……?いや、それでもAIM拡散力場からは逃れられない。ならば奴も『外』の……?」

 

ボンッ!!と。モニターの中で、黒い少年と炎の塊が激突し、炎が爆ぜた。しかし即座に修復され、黒い少年を追撃する。少年はそれを器用に躱し、操車場を縦横無尽に駆け回っていく。

 

「……なんで助けに行かないの?」

 

後ろから、そう声をかけられた。見るとそこには、毛先を結んだ鴇色の長髪に、鳩のブローチがついた帽子をかぶる少女──鳴護アリサがいた。

彼女は指先を震わせ、責めるように私を睨んでいる。

 

「なんで見てるだけで、助けに行こうとしないの?」

「……我々の任務は、あくまで貴様の護衛。戦うと言い出したのはあの男だ。私の管轄じゃない」

「だからって、あんなの将貴くんが死んじゃうよ!!」

 

有事の際、私は鳴護アリサを回収し、黒い少年は単独で『敵』を撃破する──これは他でもない彼の考案だ。私が介入するのは、それこそ彼にとって想定外である。

……もっとも、いきなり空を跳んできて収容しろと言われた時は、流石に驚いたが。

 

「割り込んでも邪魔になるだけだ。それにあれほどの炎、この兵装でも耐えられるか分からん」

「でも、見てるだけなんて」

「くどいぞ。私には私のやり方がある」

 

気持ちは分かるが、下手に動くのは愚策だ。

そもそも、モニターが示す炎の温度は、この兵装を一瞬で溶かせるほどの超高温だ。下手に近付けば、護衛対象をみすみす危険に晒すだけである。

 

「(……仕事に戻るか。この操車場に貼られた変な模様のカード……それが炎の根源、と奴は言っていたな)」

 

まるで意味が分からないが、やる事もないので素直に従うとしよう。なにより、じっとしたままだと後ろの護衛対象が暴れかねない。

 

「貴様、ただでさえ狭いのだから騒ぐな!操縦しづらいだろう!」

「じゃあ将貴くんを助けに行ってよ!」

「分からん奴だな!奴を助けたいなら大人しくしていろ!!」

 

私が気に入らないのか、鳴護アリサが後ろから私の腕を掴んだ。そのせいで足場を踏み外し、ガクンとバランスが崩れる。

なんとか着地するが、コンッと。鳴護アリサが首から下げている巾着袋が、私の頭に当たった。

 

それに無性にイライラした私は、思わずその頭を掴み、引きずり込むようにモニターの前に突きつける。

 

「助ける、と言ったな。なら貴様に何ができる」

「え?」

「よく見ろ。あの戦いに飛び込んで、貴様に何ができる。答えてみろ」

 

重さ数千キロもあるコンテナを掴み、それを投げる黒い少年。それに潰されても、即座に再生し追撃する、摂氏数千度の炎の塊。

 

「何もできないか?なら邪魔にならぬようじっとしていろ。それが貴様にできる最大の助けだ」

 

ぶわりと、ひしゃげたコンテナから白い煙が上がる。それは煙ではなく、コンテナに入っていた小麦粉だった。

黒い少年は懐から何かを取り出すと、おもむろにこう言った。

 

『粉塵爆発って知ってるか?』

 

ドンッ!!と、ひときわ大きな爆発が起きた。数百枚のカードが消し飛び、炎の塊もそれに飲み込まれる。もちろん即座に再生するものの、最初と比べれば格段に遅い。

 

「……このカードが炎の根源というのは本当のようだな」

 

炎は確実に勢いを失っている。このまま行けば消滅させることも可能かもしれない。

 

だが、それまで少年がもつのだろうか。

 

前原将貴は人間だ。体力にも限界はある──むしろここまで動けている時点で大したものだ。加えて能力の過剰使用と、『近付く』だけで致命傷になるプレッシャー。

色んな意味で、少年はもう限界のはずだ。

 

「急がないとまずいな」

「え?」

「あれほどの力、いつまでも持続できる訳がない。早いうちに決着をつけないと死ぬぞ」

 

『死ぬ』という言葉に、鳴護アリサがびくりと肩を揺らした。そんな思いを踏み躙るように、黒い少年は操車場を駆け回り、爆発や炎剣をすり抜けていく。

 

「……ん?何をする気だ?」

 

黒い少年が立ち止まり、炎の攻撃を真上に躱した。すると少年の身体が、そのまま空に吸い込まれるように天高く昇っていった。

 

目視できないほどの高さまで上がると、思い出したかのように重力が働き、落下を開始する。まるで隕石のように。

 

「……だめ」

 

ぽつりと、鳴護アリサが呟いた。

それを無視して、少年の身体はみるみる加速していく。あまりの速さに、半月が黒い筋で切り裂かれたように見えた。

 

「やめてぇ────!!!」

 

轟ッッ!!と。鳴護アリサが叫んだ瞬間、少年と炎の塊が激突した。その衝撃で操車場そのものが揺れ、膨大な土煙が巻き上がった。

 

「(力技にも程があるだろう……!!)」

 

1人の人間が今の衝撃を生み出したと思うと、超能力の異常性がよく分かる。

状況を確認しようと、私は温度測定装置(サーモグラフィーカメラ)に目を向けた。

 

「……ん?」

 

一瞬、カメラが壊れたのかと思った。いや、そうでないとおかしい。

なぜなら、着弾点とされる地点の温度が、なぜか氷点下を示していたからだ。

 

「……?」

 

疑問に思っていると、そこの土埃が晴れて、小さなクレーターがあらわになる。

その中心に、黒い少年が立っていた。それを飾るように、地面からは白い霧が立ち込めている。

 

「……勝った、のか?」

 

周囲を警戒するが、炎の塊が再生する気配はない。火の粉すら消え失せ、操車場には本来の暗さが戻っていた。少年は勝利したのだ。

 

機動兵器を操作し、少年の近くに着地する。上部のハッチを開くと、ひりつく冷気が肌に刺さった。なぜか分からないが、地面が氷点下なのは事実らしい。

 

「将貴くん!!」

 

鳴護アリサがハッチから飛び出し、凍結した地面に降り立った。しかし凍ったクレーターは足場が悪く、大きくバランスを崩してしまう──が、その中心にいた少年に抱き留められ、事なきを得た。

 

「将貴くん、大丈夫!?」

「……ッ!?」

 

黒い少年が咳き込むような仕草をする。対して鳴護アリサは、その存在を確かめるように少年を抱き締めた。

少年は困った様子だが、やがて宥めるように頭を撫で始める。私も外に出て、それを上から見下ろした。

 

「……なにが、どうなっている?」

 

ぞわりと、背筋が寒くなる。地面の凍結もそうだが、分からない事が多すぎる。

 

赤髪の神父は何者なのか。

なぜ鳴護アリサは狙われたのか。

なぜAIM拡散力場が見られなかったのか。

命のやり取りをした直後に、なぜ少年はこうも平然としているのか?

 

「(裏で『何か』が働いているとしか思えない。だが依頼主(レディリー)に聞くわけにも……)」

 

命じられた任務を遂行する、これは揺るがない。だが、『敵』がどういう存在なのかは知っておきたい。

なにやら分類不能な能力を使っていたようだが、それを調べるにしても──

 

「────けほっ」

 

少年がまた咳をした。

直後、少年は蛇口のように血を吐き出した。

 

「え」

 

思考が真っ赤に塗り潰される。鉄の臭いが鼻孔に突き刺さり、強烈な不快感が脳裏をよぎる。

ぐしゃりと、少年が音もなく膝から崩れ落ちた。呻き声どころか呼吸音すら無く、傍目では糸が切れた人形のように見える。

 

「……え?」

 

何が起きたのか理解できないのか、鳴護アリサは呆然と立ち尽くしていた。抱き留めていたせいか、鳴護アリサの肩や背中が真っ赤に染まっている。

 

「…………将貴くん?」

 

縋るような声が虚しく響く。

あまりに突然の幕切れに、今まで感じたことのない肌寒さが、私の体を突き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうだろうか」

 

日を跨ぎ、半月が空を支配する第一学区。『本部』と称される建物の一室にて、木山春生はそう言った。

被害者数1万人という、およそ前代未聞の事件を犯しながらも、これほどの自由が認められているのは、ひとえに目の前にいる幼き支配者のおかげである。

 

「うんうん、イイ感じですねー。ひとまずお疲れさまです。お茶でも淹れましょうか?」

「では頼む」

「おっけーです」

 

報告書を一読した少女──松浦奏は、そう言って椅子から飛び起きた。

平均より遥かに小柄な身長と、金糸を編んだようなセミロングの金髪。後ろで結んだ真紅のリボンは、歩調に合わせて小さく揺れていた。

 

「(……その小さな頭脳に、どれほどの叡智が詰まっているのやら)」

 

ふと壁に目をやると、そこには大量のデスクトップが並び、それぞれ論文やデータを映し出していた。

見た限り大脳生理学──私の専門分野──のようだが、彼女なりに勉強したのだろう。だからこそ、私の話が理解できたのだ。

 

……逆に言えば、私が人生を捧げてきた専門分野を、()()()()()理解したということか。

 

「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない」

 

紅茶を持ってきた彼女が対面に座る。ティーカップに紅茶を注ぐ彼女の姿は優雅そのもので、学生のそれとはかけ離れている。

底が見える透明な紅は、彼女のリボンのように美しく映えている。だが味は慎ましく柔らかで、最後にふんわりと香りが口の中に広がった。

 

「……美味いな」

「そうですねー。なんせイギリス王室から送られてきた品ですし、私も気に入ってます」

「……君は王室とも関わりがあるのか?」

「にゃはは。ご想像にお任せします」

 

けらけら笑う彼女に、驚きを超えて溜息しか出ない。彼女の『庇護下』に入って1ヶ月以上経つが、その影響力は『計り知れない』のひと言だ。

 

「……松浦君。改めて聞くが、本当に何とかなるだろうか」

「そのための準備だと、何度も言ってるでしょう。それに常識の外側という意味なら、うちにもジョーカーがいます」

 

手製のスコーンを摘みながら、彼女はなんの気なしにそう言った。

ジョーカー、と言われて思いつくのは1人だけだ。確かに『彼』も埒外の存在だが、流石に荷が重い気がする。

 

「勝算もなく丸投げなんてしませんって。仮にも『私のモノ』なんですから」

「……信頼しているのだな」

「自分が信じないものを他人に信じさせるほど、私は愚かじゃありませんよ」

 

強気につり上がった蒼氷玉(スイスブルー)の瞳が、深い湖のように私を呑み込む。

体が強ばるが、彼女は紅茶にミルクを入れると、紅白の色合いを楽しむように視線を落とした。

 

「難しく考えないことです。どうせ2週間もすれば全てが解決します。それまで生きていれば、の話ですが」

「……分かっているさ。今さら逃げようなんて思わないよ」

 

あまりに達観した物言いに、思わず私も笑ってしまう。

格の違いを示したうえで、状況を把握し、相手を理解し、信じて託す。高い教養と品格をも兼ね備えるその姿は、まさしく『王』のそれだ。

 

「すみません、電話が……ん?」

 

彼女が身につける腕時計型の端末に通信が入る。その瞬間、彼女の表情が急激に冷めた。

こんな夜遅くに電話など失礼だが、それだけ重要な事なのだろうか。

 

「はい、私です。いかがされましたか」

『────』

 

表情、口調、そして滲み出る雰囲気。先ほどとはかけ離れた姿に、どちらが『素』か分からなくなる。

 

「は?入院した?」

 

改めて言うが、彼はジョーカー。

 

その強さゆえに、予想のつかない動きをするものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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