とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第85話

 

 

 

 

 

魔術師との衝突から一夜明け、前原将貴はいつもの総合病院にいた。日は沈みかけており、窓からは西日が射し込んでいる。

 

炎の巨神が消えた後、俺は血を吐いて倒れた……らしい。あまり覚えていないのだが、カエル医曰く『特に異常は無いが、念の為1日入院して観察する』ということらしい。

もっとも、火傷のせいで両手は包帯だらけなのだが……血を吐いて何も無い、とはどういう事だろう。俺の身体はどうなってるんだ?

 

「よーっすハラショー。遊びに来たぜい」

「おー、元気そうだな前原」

「しょうき!久しぶりなんだよ!」

 

自身の身体に困惑していると、ふと聞き慣れた声が聞こえてきた。

ドアの方を見ると、金髪アロハの土御門元春、黒髪ツンツン頭の上条当麻、そして銀髪シスターのインデックスの3人がいた。

 

「何で病院なんかに……って、なんだよその手。包帯だらけじゃねーか」

「んー?ハラショーが怪我なんて珍しい。何かあったのかにゃー?」

 

黒い制服に着替えた俺は、ベッドの縁に座って3人を出迎える。俺が呼び出した客人だが、どことなく緊張している俺がいた。

 

「悪いな、急に呼び出して」

「なんだよ、いつになく改まって」

「お前らに聞きたいことがある」

 

当麻とインデックスが首を傾げ、元春はニヤニヤと笑っている。

俺の予想が正しければ──正しくあってしまったら。こいつらは、俺の敵になるかもしれない。

 

「……その、だな」

 

出来ることなら、聞きたくない。

だがアリサのことを考えたら、『聞かない』なんて選択肢はありえない。

 

「……お前らは、魔術師か?」

 

ビシリと、病室の空気が凍る。当麻とインデックスは目を丸くして、乾いた笑いを浮かべながらこう言った。

 

「……な、なんだよ魔術師って。なんかアニメでも見たのかよ?」

「神裂火織」

「っ!?」

「あとはそうだな、炎を操る赤髪のロリコン。身に覚えはあるだろ?」

 

目が泳いでる当麻に対し、元春はニヤニヤと笑ったままだ。見慣れた笑顔がやけに不気味だ。

 

「ハッキリ聞くぞ。この3人のうち誰かが、俺の情報を魔術師に流した。そうだろ」

「あー、それ俺だぜい」

「は?」

 

あっさりと。あまりにもあっさりと、土御門元春はそう言った。

不意打ちのような肯定に、思わず呆けてしまう。そんな思考の空白につけ込むように、元春の言葉を続ける。

 

「ハラショーの情報を奴らに流したのも俺だし、街に招き入れたのも俺だ。つまり俺は、奴らの──魔術サイドのスパイってことだにゃん」

 

スパイだの魔術だの、あまりに現実離れした単語に、映画の話でもしているように思ってしまう。だが、それをすらすら話せてる自体で違和感がある。

土御門元春は、モテたいからと無理に不良っぽい格好をして、そのくせ義妹が風邪ひいただけで慌てふためく、そんな平凡な男だったはずだ。

 

「……話すのか?前原に」

「カミやん。ハラショーはステイルその弟子、おまけに神裂火織(ねーちん)とも戦ってんだぜ?部外者と言うには無理があるにゃー」

「神裂とも?」

「それにハラショーは賢い。根拠も無くこんな事聞かないだろ。なら、下手に隠すより打ち明けた方が楽だぜい」

 

ステイル、と言うのか。あの赤髪の魔術師は。

顔見知り……という事は、やはり元春は『敵』なのか。

 

「結論から言うと、ステイルも禁書目録(インデックス)も俺の仲間だぜい。イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属する、プロの魔術師集団ですたい」

 

ギラリと、サングラスの青いレンズが不気味に照り返る。その瞬間、俺と元春との間に明確な『線』が引かれた気がした。

 

イギリス清教。プロ。魔術師。

俺が理解が及ばない領域に、こいつらはいるのだ。

 

「あ、カミやんは違うぜい。ハラショーと同じ『巻き込まれた側』の人間だにゃー」

「……このシスターも魔術師と」

「ちっちっち。確かに魔術サイドの人間だが、魔術は使えないし敵対意思も無いぜい」

「そんな事はどうでもいい」

 

誰が敵で、誰が敵でないか。

そんな事はこの際、どうでもいい。後でゆっくり問い詰めればいい。

 

「そんな殺気立つなよハラショー。聞きたいのは鳴護アリサのことかにゃー?」

「……そうだ。イギリス清教と言ったか。その魔術師が、どうしてアリサを狙うんだ」

「彼女が『聖人』、もしくはそれと同等の力を持っていると見なされているからです」

 

ガラリと、病室の扉が急に開いた。質問に答えたその人を見て、思わず絶句する。

片方を絞ったTシャツと、片足を根元から切ったジーンズ。腰まで届く長いポニーテールに、腰からぶら下げた巨大な日本刀。

 

神裂火織、その人がいた。

 

「お久しぶりですね、前原将貴」

 

思わずベッドのシーツを強く握ってしまう。

先のイギリスでは、文字通り手も足も出ず惨敗した。強さの『格』が違いすぎて、もはや敬意すら抱いた『敵』が、目の前にいる。

 

「そう警戒しないでください。少なくとも今は敵ではありません」

「……どうも。お久しぶりです」

 

頭では分かっている。仮にここで戦っても、また手も足も出ず負けると。でも、だからと言って緊張しないなんて無理だ。

そんな俺を置いて、神裂さんは仕切り直すようにこう続けた。

 

「暫定で第9位。完全に覚醒すれば、私を上回る力を持つ可能性も」

「……『聖人』って言うのは?」

「私と同質、と言えば分かりますか」

 

……理解は、できる。だが、アリサは完全なる無能力者(レベル0)だ。少し"特別"な力はあっても、他は何も変わらない、か弱い少女だ。

 

神裂さんみたいに、力技で『反射』を破り、真っ正面から俺を捩じ伏せる力なんて、ある訳がない。

 

「ま、あくまで推測。証明も何もされてないけどにゃー」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。アリサが聖人?なら、能力開発を受けた生徒が魔術を使うと、全身から血が吹き出してしまうんじゃあ……?」

「なんだと?」

 

当麻の言葉に、ザワリと胸の奥が沸き立った。そんな可能性がある、と考えただけで気が狂いそうになった。

 

「安心しろハラショー。今回そんなモンは起きてねーよ。そのための監視だぜい」

「禁書目録、あなたの見解は?」

「なんとも言えないかも。そもそも『聖人』の定義が曖昧なんだよ。聖痕(スティグマ)の有無が一般的だけど、『天使の力(テレズマ)』との親和性だって無視できないかも」

 

饒舌になったインデックスを見て、やはりこいつも魔術サイドの人間だと実感する。

だいいち神裂さんと普通に話せてる時点で、インデックスも当麻も『まとも』とは程遠い。

 

「……御託はいい。お前らはアリサをどうするつもりだ」

必要悪の教会(ネセサリウス)──我々の組織からは、一刻も早く彼女を聖人だと証明し、確保せよとの命令です」

「聖人ってのは、言ってみりゃ魔術の象徴みてーなもんだ。だからこそ、科学の総本山である学園都市には置いておけない、ってのが本国の意思だぜい」

「……へぇ」

 

だから魔術師はアリサを狙うのか──随分と勝手な話だ。

聖人だの象徴だの、結局は『力』を独占するための口実ではないか。そんな勝手な理由でアリサは渡さない。

 

「元春。学園都市を敵に回して、どうなるか分かってるのか」

「ハラショー。学園都市と『敵対できる』のが魔術サイドだぜい。人口で言えば、こっちは数十億はいるぜ?」

「……なるほど、魔術の根底は十字教か」

「せーかいっ。まあ同じ旧教でも分裂してるし、一枚岩って訳でもないけどにゃー」

 

十字教。

世界最大の宗教にして、古くから現在まで全大陸を覆う教えだ。同時に、『神』を否定する科学と激しく対立してきた歴史を持つ。

 

「なんであれ、学園都市は聖人の能力を解剖学的に解明して、科学に利用したいらしい。雇用主であるロリッ子社長の協力でな」

「は?」

「聖人を知る者──つまりあのロリッ子社長も『こっち』の人間ってことだぜい」

 

──怪しいとは思っていたが、そうきたか。いや、今さら驚くまい。

 

俺は以前、『あなたは何歳か』とレディリーに問いかけたことがある。というのも、レディリーに呼ばれる前、偶然見つけたのだ。

 

『1870年パリにて』という色褪せた写真を。服装や装飾が大きく違う中、唯一何も変わらないレディリーの姿を。

 

「……その聖人を調べて、レディリーは何がしたいんだよ」

「さぁな。なんにせよ、科学の総本山で『聖なる神の子の現し身』が大量に生まれるなんて、魔術サイドからすれば我慢ならないだろーからにゃー」

 

確かに聖人の強さを考えれば、その研究価値は計り知れないだろう。無名だったアリサがアイドルになれたのも、レディリーがその価値を知っていたと考えれば納得がいく。

 

まあ、だから何だという話だけど。

 

「アリサはただの女の子だ。十字教だの魔術サイドだの、お前ら()()()がどうこう言う権利はねぇよ」

「聖人という存在、時として国家戦略をも左右します。どうか分かっていただけませんか」

「それは女の子の夢を犠牲にできるほど(とうと)ぶべきものなのか?」

 

ベッドから降りて、当麻を含め全員と対峙する。これは明確な敵対意志であり、場合によっては宣戦布告とも捉えられる。

そんな俺を不思議に思ったのか、神裂さんが目を細めて、こう問いかけた。

 

「……どうして貴方が戦うのですか?」

「は?」

「貴方と鳴護アリサは、まだ知り合って数日程度のはず。そのために貴方が戦う意味が分かりません」

「俺は戦うんじゃない。アリサを守るんだ。何か文句あんのか」

 

俺の目的は、『敵』を打ち倒すことじゃない。アリサが安心して歌えるようにすることだ。

そのための拳なら、俺は喜んで握ってやる。

 

「ほー、随分とあの子に惚れ込んでるんだにゃー。スズやんが泣くぜい」

「違うっつの」

「その辺はさておき、ひとつ聞きたいんだがいいかにゃー?」

 

元春が面白そうに声をあげた。ニヤニヤと、先ほどより不快な笑みを浮かべ、俺にこう問いかけた。

 

「その選択は風紀委員(ジャッジメント)としてか、前原将貴としてか、どっちのものだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のせいで戦いが起きている。

私のせいで誰かが傷付いている。

 

鳴護アリサの思考を埋め尽くすのは、そんな暗い考えのみ。泥沼に踏み入れてしまったように、気持ちは下へ下へと沈むばかりだ。

 

今日もライブがあった。

前より大きなステージだったし、前より多くのファンが来てくれた。練習の成果だろうか、パフォーマンスだって完璧だったと言える。

 

だけど、失敗した。

あたしは空っぽだった。歌も、ダンスも、笑顔すら偽って『アイドル』を演じてみせた。周りはそれで満足したようだが、あたしからすれば過去最低のライブだ。

 

「(将貴くんが見たら失望するだろうなぁ)」

 

ライブが終わって、まず思ったのはそれだった。

ファンの拍手も、クライアントの賞賛も聞こえない。そんなのより、あたしは彼の声が聞きたかった。

 

「(……どんな顔して会えばいいの?)」

 

第七学区の総合病院、その病室のドアノブに手をかけて、止まる。

 

彼が倒れたのは、他でもないあたしのせい。そんなあたしが、彼にどう許しを乞うべきだろうか?

 

「────」

「……?」

「──〜〜♪」

 

ドアの向こうから、ふと鼻歌が聞こえた。

まだ発表すらしていない、あたしの歌。リズムも音程も歪んでいるが間違いない。

以前は『勝手に歌うな』とまで言ったが、あたしは思わず笑ってしまった。

 

「へたくそ」

「なんだいきなり」

 

ドアを開けるなり、ベッドの縁に座る将貴くんにそう言い放つ。彼は驚いた様子だが、あたしだと分かるとすぐに笑いかけてくれた。

 

「思ったより元気そうだね。何ともなくてよかった」

「そうかい」

「それにしても、あの炎は何だったのかな。やっぱり超能力?だとしたら相当強かったよね」

 

将貴くんの隣に座り、適当に話す。何を話そうか考えていたが、先に口が動いてくれた。

 

「アリサは今日はライブだったか。護衛はシャットアウラだったけど、どうだった?」

「うん、当麻君とインデックスちゃんも呼んで、最高のライブになったよ。やっぱりうるさい人がいないからかな?」

「……?」

 

将貴くんがあたしを見て、不思議そうに眉を顰める。あたしの言葉に怒ると思ったが、返ってきたのはこんなひと言だった。

 

「……疲れてんのか?」

「……なに、急に」

「お前、そんなにお喋りじゃないだろ。無理して喋ってるの丸わかりだぞ」

「………」

「だいいち、そんな腫れた目で『最高のライブ』は無いだろ。化粧くらいじゃ誤魔化せねぇよ」

 

呆れた様子で将貴くんは言う。いつもの軽口のように、あっさりとそう言い放つ。

そのひと言が、どれだけあたしの奥を抉るかなんて、まるで考えずに。

 

「……なんで」

 

なんで、分かっちゃうかな。

 

ファンやクライアントはもちろん、当麻君やシャットアウラちゃんにも隠し通せた。腫れてると言ったが、きっとメイクは完璧なはず。

 

なのに、どうして。どうして将貴くんは、そんな『あたし』を見破れるのかな。

 

「……疲れてる、って?どうしてだと思う?」

「アリサ?」

「そんなの、将貴くんのせいに決まってるでしょ……!!」

 

将貴くんの制服の下襟を、正面から両手で掴む。表情を見られぬよう顔を下げて、あたしは震える声でこう呟く。

 

「……あたしが今日歌えたのは、将貴くんが守ってくれたから」

「……それが?」

「……昨日あんな姿を見て、普通に歌えると思う?」

 

昨晩の衝突はケンカじゃない、間違いなく命を奪い合う"ソレ"だった。

そして、それに将貴くんを巻き込んだのは、間違いなくあたしだ。いくら無知でもそれくらい分かる。

 

「あたしの歌が、将貴くんを傷付けたんだよ?あたしが歌わなかったら、きっと何も無かったのに……」

「自惚れるな。俺が戦ったのは、それが『正解』だと信じたからだ。アリサのためじゃない」

「……他人の命で守られた人が、本当の意味で救われてると思う?」

 

あたしが歌えば、誰かが傷付く。

それが分かって歌えるほど、あたしは強くない。歌もアイドルも、結局はただの自己満足なのだ。誰かを傷付けていい免罪符にはならない。

 

「……もう、無理だよ」

「アリサ?」

「あたしは……将貴くんを傷付けてまで、ステージに立ちたくない……歌いたくないよ……」

 

あたしの目に、熱い何かが込み上げてくる。それを隠そうとして、彼の胸元に顔を埋めた。

 

彼の力強い鼓動をシャツ越しに感じる。この鼓動があること自体、昨晩からしたら奇蹟。

そして、そんな『当たり前』を奇蹟にした自分が嫌になる。

 

「………」

 

将貴くんの手が、恐る恐るあたしに伸びる。そのまま髪に優しく触れると、やがて抱き寄せるように撫で始めた。

 

「……ここなら誰も見てない。俺だって何も見えない……だから、無理すんな」

「……っ、」

 

そのひと言で、ついに感情が涙となって溢れ出てきた。止めようと思えば思うほど、彼の優しさがそれを邪魔する。

今のあたしは泣くことでしか、自分の気持ちを収めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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