とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第86話

 

 

 

 

 

落ち着きを取り戻した鳴護アリサは、前原に連れられて、病院の奥深くへと来ていた。

本当の意味で何も無い、極めて殺風景な廊下だ。細かく区切られたその壁は、病院より研究施設に近いものを感じる。

 

「ねえ将貴くん、これってどこに続いてるの?そろそろ教えてよ」

「後でな。アリサに危害を加える事は無いから安心しろ」

「それは分かってるけどさ」

 

困惑するあたしを他所に、将貴くんは迷路のような廊下をずんずん進んでいく。歩調はあたしに合わせるという、変な優しさがむず痒い。

 

やがて辿り着いたのは、何の変哲もない灰色の壁。その壁に将貴くんが何かをしていると、壁がスライドして部屋が現れる。

 

「なにここ?」

「まぁ見てな」

 

将貴くんが躊躇なくその部屋に入っていく。

なんとなくその中を覗いたあたしは、その瞬間に言葉を失った。部屋の真ん中に座っていた1人の少女に、思考の全てを奪い取られた。

 

「(──綺麗)」

 

純白の髪は輝くようで、床を撫でるように長い。宝石のような蜂蜜色の瞳は、感情を推し量るには深すぎる。息を呑むほど整った顔立ちは恐ろしいまでの無表情で、職人が丹精込めて作ったビスクドールのように見えた。ただ唯一、首に巻かれた黒いチョーカーとコードが、異物として存在を主張している。

 

「おはよう、明菜」

「────」

 

非現実的にも思えるその姿に、あたしは見惚れてしまった。そんなあたしを他所に、将貴くんはその子の隣に座り、頭を撫で始めた。

その表情は、見たこともないほど優しい笑顔だ。手の動きも、赤ん坊を撫でるように繊細だ。

 

「どうしたアリサ。早く来いよ」

「う、うん」

 

促されて、あたしも白い少女の隣に座る。その子はあたしを認識すらしていないのか、一切の反応を示さなかった。

見た目といい、距離感が狂いそうなほど色の無い部屋といい、この空間そのものに、驚くほど現実味が薄い。

 

「この子は入江明菜」

「………」

「俺が、助けると決めた子だ」

 

その子の頭を撫でながら、将貴くんは確かめるようにそう言った。声は僅かに低く、その目は鋭くなっている。

 

「(……どうしてあたしに紹介したんだろう?)」

 

空白になった思考に生まれた、1つの疑問。

そんな思考を見抜いたかのように、将貴くんがあたしと向き合った。

 

「アリサ。頼みがある」

「え?」

「明菜に、アリサの歌を聴かせてほしい。この子のために歌ってくれないか」

 

そう言うと、将貴くんは深々と頭を下げた。普段のけらけらした姿とは違う、疑う余地も無いほど真摯な姿だ。

少し困惑したが、答えはすぐに分かった。

 

あたし──いや、ARISAの歌に宿ると、される『奇蹟』に、将貴くん()縋っているのだ。

 

そう思うと、あたしの中の何かが、すーっと冷めていくのが分かった。

 

「──うん。いいよ」

 

何も考えず、事務的にそう答える。

将貴くんにはお世話になっているし、ここで『お返し』をするのも悪くない。それに、この白い少女に、あたしの歌が助けになるのなら、協力したいと思ったのだ。

 

「歌はなんでもいいんだよね?」

「ああ、もちろん」

「じゃあ歌うね。音源は頼んでいい?」

「……?」

 

将貴くんには目を向けず、さっさと移動する。明菜ちゃんと向き合って待っていると、あたしが歌いたいと思っていた歌のイントロが流れてきた。曲は何も指定してないのに。

 

本当、こういう時だけは、腹立たしいほどあたしと好みが合うんだから。

 

「すー……はー……」

 

呼吸を整えて、脳内で曲のフレーズを反芻する。どんな形にせよ、歌うのであれば、真剣にやるのがあたしのプライドだ。

 

──どうせ、将貴くんが欲しいのは、『歌』じゃなくて『奇蹟』なんだろうけど。

 

「──♪」

 

ふわり、と。体が軽くなった気がした。

高揚もしない。緊張もしない。歌う以外の感情が削り落とされ、手足の余計な力が抜けていき、パフォーマンスが最適化されていく。

 

ただ笑って、踊って、歌を届ける。どんな状況だろうと、アイドルの役割なんて、それだけだ。

 

「──♪────♪」

 

歌声に、さらなる熱が宿る。思考が薄れていき、視界すらも狭まった。見えるのは、目の前のファンだけ。

 

黒い制服で、いつになく優しい視線を送る将貴くん。それを向けられる白い少女は、深すぎる蜂蜜色の瞳はそのまま、ほんの僅かに、口角を上げていた。

 

「…………明菜?」

 

将貴くんが何か呟いたが、あたしには聞こえない。

ただ、歌う。それだけでいい。

 

そうして1曲歌い終わったあたしは、ゆっくりと目を開けた。そこには、白い少女の肩を掴んだ将貴くんが、震えながら下を向いていた。

 

「明菜、明菜……!本当に良かった……ッ!」

 

感極まった将貴くんが、そのまま白い少女を抱き締める。白い少女は細い両腕をゆっくり伸ばして、その抱擁を受け入れた。

その口角は、やはりほんの僅かに上がっている。よく見ないと気付けないほど小さな変化だが、彼女は確実に笑っている。

 

「──?」

 

抱擁を止めて、こちらに向き直った将貴くんの顔は、安堵のあまりだらしなく緩んでいた。

あたしには一度だって見せなかったその表情に、無性にイライラする。

 

「ありがとう、アリサ。本当に……」

「よく分かんないけど、よかったね。お望みの『奇蹟』が見れたみたいで」

「……?」

「もう帰っていい?セレモニーライブの振り付けとか確認したいんだけど」

 

目を逸らし、さっさと出口へと向かう。今のあたしは、自分でも驚くほど不機嫌だ。

あたしの歌を利用されたことも、だらしない表情を見せる将貴くんも、それが嫌なあたし自身にも。

 

「待てよ」

「──っ」

 

部屋を出ようとしたあたしの手が、後ろから将貴くんに掴まれる。ごつごつした手は力強くて、振り払うことはできなかった。

 

「……離してよ」

「断る」

「離せって言ってるの!」

 

振り返り、将貴くんを睨みつける。しかし将貴くんは、あたしと目が合った瞬間、ふっと微笑んだ。

 

「やっとこっち見たな」

「──っ」

「アリサ。俺がお前をここに呼んだのは、明菜に『奇蹟』を届けるためだ。それは間違いない」

「……それが何なのよ」

 

手を掴んだまま、将貴くんが話し始める。あたしも抵抗を諦め、素直に聞くことにした。

 

「ならアリサは、今の歌で、明菜に『奇蹟を届けたい』と思ったか?」

 

目が丸くなった、気がした。

想像もしていなかった問いかけに、もう一度将貴くんを見る。将貴くんはあたしをまっすぐ見たまま、さらにこう続けた。

 

「アリサは今まで、同じ曲を何回も、何百回も練習したはずだ。だが、その全てで『奇蹟』が起きた訳じゃないだろ」

 

それは当たり前だ。歌う度に奇蹟が起きるなら、それはもはや奇蹟ではない。だいいち、そんなの気にしたこともない。

奇蹟とは、それを認識して初めて『奇蹟』になる。極端な話、地球に生物が生まれたことも、凄まじい奇蹟の集合なのである。

 

「なら聞くが、アリサは『奇蹟が起きなかった歌』が、全て無価値だと思うか?失敗作だと、聞く価値も無いと、そう思うのか?」

「……そんな訳、ない」

 

あたしは努力してきた、つもりだ。

歌もダンスも、笑顔もたくさん練習して、なんとかやってこれた。『奇蹟』が起きるからと言って、それに胡座をかいたことなんて、一度もない。

 

「アリサの歌に『奇蹟』が宿るかどうか──そんなのは重要じゃない。仮に本当だとしても、アリサの歌は、『奇蹟』だけじゃない」

 

世間の評判が気持ち悪かったのも、きっとそのせい。『奇蹟』ばかり持ち上げて、あたしの歌は二の次だ。あたしはそれが嫌だった。

そして今は、その『奇蹟』のせいで、将貴くんがたくさん傷付いている。『奇蹟』の代償に、望まない戦いを強いられている。

 

あたしはただ、『奇蹟』とか関係なく、あたしの歌を聴いてほしかっただけ。

奇蹟を歌うアイドル──『ARISA』ではなく、1人の『鳴護アリサ』を見てほしかっただけなのに。

 

「『奇蹟』なんてのは、アリサを彩る魅力の1つにすぎない」

 

あたしの手を握って、あたしをまっすぐ見つめて、将貴くんは続ける。何故かあたしは、それを拒もうとはしなかった。

思考はもはや止まっている。ただ将貴くんの言葉だけが、あたしの全てを呑み込んでいく。

 

「そんなのが無くても、『奇蹟』を届けたいと願うアリサの歌は、すべて特別だ」

 

────とくんっ、と。

あたしの心臓が、大きく跳ね上がった。

 

それを自覚しようとして、脳が拒否する。気のせいだと、何かの間違いだと、そうやって思考を塗り替える。

 

「…………えっ、あれ?」

「……?どうしたアリサ」

「あっ。えっと」

 

名前を呼ばれたが、あたしは彼を直視できなかった。それでも、彼に握られた手から流れ込んでくる熱は、あたしの思考を焼くには十分だった。

 

「…………も、もう帰るね。この後レッスンがあるから」

「……?予定では、今日はもう何もないだろ?」

「帰るって言ってるの!!」

 

叫びに驚いたのか、将貴くんがあたしの手を離した。その手を胸元に握っていると、あたしの心臓が、服を隔てても分かるくらい速い鼓動を刻んでるのが分かった。

そんなあたしを心配したのか、あたしの顔を、将貴くんが横から覗き込んできた。当然、顔が近い。

 

「アリサ?」

「〜〜目を瞑ってッ!!」

 

直後、それはそれは見事なビンタが炸裂した。

 

帰り道、将貴くんは口を聞いてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー」

 

第一学区に位置する風紀委員『本部』。

その一室で1人呟くのは、副委員長である松浦奏だ。金糸を編んだようなセミロングの金髪と、それを後頭部で結ぶ真紅のリボン。平均より遥かに小柄だが、強気につり上がった蒼氷玉(スイスブルー)の瞳は、見る者を射抜くような鋭さがある。

 

「どうしてこう、次から次へと問題を持ってこれるかな。しょーくんって子は」

 

どかっ、と背もたれに倒れる。常盤台中学の制服である短いプリーツスカートも気にせず、私は椅子の上で胡座をかいた。

はあ、とついた溜息の原因は、私が『所有』する人間の1人──前原将貴である。

 

幻想御手(レベルアッパー)事件。

木山春生に入江明菜。

妹達(シスターズ)一方通行(アクセラレータ)

そしてイギリスの『魔術師』。

 

「よくもまぁ、これだけの面倒事に関われるよ」

 

先日、しょーくんが入院したと連絡が入った。

彼の『所有者』である私は、当然その原因を調べた。その中で、ふと疑問に思った人物が1人。

 

それが『鳴護アリサ』。

最近、しょーくんと一緒にいる女子高生であり、いま最も勢いに乗る現役アイドルだ。

 

アイドルと一緒の時点でもうおかしいが、問題は彼女の出自だ。

 

アイドルの『ARISA』が現れたのは、今から1年前のことだ。そして、『鳴護アリサ』という人間が現れたのも、今から1年前。

 

学校の入学記録も無いれば、外への出入りも無い。『書庫(バンク)』の情報も、『施設』で保護された、以外は秘匿されてる。

 

「(つまり鳴護アリサは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())」

 

置き去り(チャイルドエラー)』の可能性もあるが、彼女が1年前──中学生でそうなるのは不自然だ。どこかの研究機関から出てきたとしても、『奇蹟』という類まれな能力を、そう簡単に手放すとは思えない。

 

「しょーくんにも伝えとこうかな」

 

いずれにせよ、アリサは『何も無い人』ではない。そして、それが良い事ではないのも確かだ。

とりあえず警告はして、後でゆっくり調べるとしよう。私の嫌な予感は、結構当たるのだ。

 

「誕生日は()()()()()、ね」

 

ふと目に付いた、鳴護アリサの誕生日。特に珍しい日付ではないのに、どうもそれが気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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