とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第88話

 

 

 

 

 

 9月17日。第七学区のファミレスの隅に、鳴護アリサと前原将貴とはいた。

 あたしは帽子と伊達眼鏡を着用して、(将貴くん以外にはバレない)完璧な変装をしている。2人の前には、いつもの『こだわりリンゴネクター』があった。

 

「いよいよ明日だな。覚悟は決まったか?」

「うん。今夜にはエンデュミオンに行くみたい」

 

 あたしが頼んだのも、将貴くんとまったく同じだ。

 あたしが奥で、将貴くんは出口。同じ席で、同じものを口にする。そういうのが、言葉にせずとも分かるくらい、見慣れた光景だ。

 

「衣装とか打ち合わせは終わってるから、後は向こうの重力に慣れるだけかな」

「少し前までただの歌い手だったのに、今や重力の心配かよ。すごい成長だな」

「ふふん。あたしは天才だからね」

「もう否定できねぇよ」

 

 くくっと将貴くんが呆れたように笑う。でも、本心から認めてくれているのは分かる。

 理由はないけど、『分かる』。

 

「アリサの歌が特別でも、パフォーマンスがそこに追いつけたのはアリサの実力だ。本当、すげぇよ」

「……今日は随分褒めるね」

「嫌か?」

「なんか、気持ち悪い」

「おい」

 

 帽子を目深く被って、思ってもないことを口にする。拗ねたようにラザニアを食べる将貴くんを横目に、あたしは顔の火照りを抑えるのに必死だった。

 

「あのさ、将貴くん」

「なんだ?」

「明日が無事終わったら、あたしってどうなるかな」

 

 話題を逸らそうと、思わず変なことを口にする。でも、そこを考えてないのも事実だった。

 

「……今より忙しくなるんじゃないか?大覇星祭でもライブやるんだろ」

「うん。まだ調整中みたいだけど」

「エンデュミオンもだが、大覇星祭も国家規模のプロジェクトだ。知名度は青天井だろうよ。それこそ、世界に名が知れ渡るかもな」

「……世界、か」

 

 自分が立とうとしているステージの高さに、改めて目眩がする。望んでないわけじゃない。ただ、何もかもが急すぎるんだ。

 

「あたし、頑張るね。見ててくれる?」

「ああ」

 

 何の躊躇もなく、将貴くんは断言した。屈託のないその笑顔が、やけに眩しい。そして、その笑顔を見れたことが、なぜか嬉しい。

 そんなまっすぐな目で見られたら、もう頑張るしかない。そう思わせる何かが、将貴くんにはある。

 

「まぁその時には、正式なプロデューサーもついて、スケジュールも少しは楽になるだろ。大丈夫だ」

 

 そしてその言葉に、一瞬で思考が止められた。不意に顔を上げたあたしを、将貴くんは不思議そうに見つめている。

 

「正式な、プロデューサー……?」

「……?仕事が増えるなら、企業がその補佐を立てるのは当たり前だろ」

「……な、なら将貴くんは?」

「もう休みも終わるし、風紀委員(ジャッジメント)に戻るぞ?」

 

 ──風紀委員に、戻る。

 その事実に、いよいよ本当に目眩がした。

 

 そうだ。将貴くんはあくまで、風紀委員。

 『偶然』彼に会って、『偶然』彼に守られて、『偶然』彼が休みだったから、あたしの隣にいてくれるだけ。それも、彼の強さと優しさに甘える形で。

 あたし専属なんかじゃ、間違ってもない。

 

「……風紀委員って、そんなすぐ復帰しなきゃダメなの?」

「こういうのは、暇だからってサボっていいモノじゃない」

「………」

「それに、結構楽しいんだぞ?こうやって、普通じゃありえないような出会いもあるし」

 

 将貴くんが、同じく嬉しそうな笑顔を見せる。それを見て、今度は自己嫌悪に陥ってしまう。

 将貴くんは、風紀委員であることに高い誇りを持っている。なのに今の問いかけは、それを軽んずるような、試すようなものだった。

 

 それでも、あたしは両手を強く握り、絞り出すように再度問いかける。

 

「……あのさ、将貴くん」

「?」

「あの、もし良かったら……あたしと──」

「ん──ちょい待ち」

 

 その声に、はっとした。

 いま、あたしは何を聞こうとした?何か、とんでもない事を口走りそうにならなかったか?

 理性が追いついて、急に顔が熱くなる。色んな感情がごちゃ混ぜになり、自分の表情が分からなくなった。

 

「おい」

 

 将貴くんが不意に立ち上がり、あたし達の後ろの席に回り込む。そこを覗いてみると、座席に身を隠すような体勢の長い黒髪と、花の塊のようなものが見えた。

 

「よう涙子、初春。奇遇だな?」

 

 ニヤリと、将貴くんが意地悪そうに口を歪めた。状況を楽しんでいるが、少し怒ってもいるようだ。

 

「……キ、キグウデスネー」

「セ、センパイモイルナンテー」

 

 変な声を出す2人の女の子に、将貴くんは大きな溜息をついた。あたしに振り返り、申し訳なさそうに問いかける。

 

「アリサ、場所を移していいか?ここだと面倒なことになりそうだ」

「え?う、うん」

「よし」

 

 将貴くんは席に戻ると、残っていたリンゴネクターを一気に飲み干して、そのまま伝票を片手にさっさと席を立った。あたしもそれに習い、リンゴネクターを急いで飲み干す。

 

「お前ら。訳は話すから、今は支部に戻るぞ」

「えー!?いま来たばっかなのにー!」

「なら俺は帰るから」

「あー!やっぱ行きます!すごい支部に行きたいです!!」

 

 2人が慌てて騒ぐが、将貴くんは慣れた様子でそれをあしらう。先輩と言ってたし、2人は後輩なのだろうか?

 

「どこ行くの?」

「静かなところ」

 

 そうして来たのは、第七学区のとある中層ビル。看板には『風紀委員活動第177支部──学園都市第七学区──』と書かれていた。

 どうやらここが、将貴くんの職場らしかった。

 

「どうした。早く来いよ」

「あ、うん」

 

 中に入ると、随分と無機質な部屋だった。

 簡易な事務机やソファー、あとは小さめの冷蔵庫、ティーカップが入った棚がある。棚には区別された箱が積まれ、壁にはホワイトボードやディスプレイが並んでいた。

 

「あら、前原さん。復帰は明後日では?」

 

 その隅に、茶髪でツインテールの女の子が、タブレットを片手に出迎えた。幼い印象を受けるが、目つきや立ち振る舞いは、並の大人より凛としている。

 制服を見ると、なんとあの名門・常盤台中学だ。

 

「色々あってな。来客だよ」

 

 あたしを親指で差してきたので、軽く会釈する。するとその子は、少し驚いた顔をして、テキパキと紅茶を淹れ始めた。

 人数分の紅茶を囲んだところで、隣に座った将貴くんが耳打ちする。ぞわりと、背筋を舐められたような感覚が全身に走った。

 

「帽子と眼鏡、取っていいぞ」

「……耳弱いんだからやめてよ」

「……すまん」

 

 驚いたような、そうでもないような表情を横目で見つつ、あたしは帽子と伊達眼鏡を取る。鴇色の髪がふわっと流れ、視界が本来の明るさに戻った。

 その瞬間、将貴くん以外の全員が、目を見開きながらあたしを見た。

 

「なっ……あ……!!」

「えっと、知ってるかもしれないけど。ARISAです」

「顔くらいみたことあるだろ」

「えええええええっっっ!!!?」

 

 今日1番の大声が響き渡る。

 見慣れた反応であり、逆にこういうのが一切無かった将貴くんをふと思い出した。

 

「なっ、なんで、なんでARISAがここに!?なんで前原と一緒に!!?」

「偶然」

「ま、まさか、お2人は付き合ってるんですか!!?」

「絶対違う」

 

 興奮する周囲に対し、将貴くんは淡白に返事する。思考が追いつかない子に代わって、先程のツインテールの子が口を開いた。

 

「初めまして。白井黒子ですの。そこにいる変態の後輩にあたります」

「おい」

「初めまして。ARISAです」

「アリサもサラッと流すな」

 

 将貴くんが抗議するが無視する。

 たとえどれだけお世話になろうと、酔っていようと、異性のベッドに潜り込む人には、変態の呼び名が相応しい。

 

「……はあ。俺、隣で休んでるから」

「あれ、疲れてるんですか?」

「俺がいない方が話も盛り上がるだろ。聞きたいことがあればアリサに聞け」

「ちょっと!?」

 

 そう言うなり、将貴くんは面倒事をすべてあたしに押し付けて、さっさと退出した。残されたあたしに、女の子たちの好奇の視線が集中する。

 

「あ、あのさ。隣って何があるの?」

「あ、隣の部屋はベッドがあるんです。一応急患用なんですが、私たちの仮眠室になってますね」

「へ、へー。そうなんだ」

「それより!!」

 

 涙子、と呼ばれた黒髪の女の子が、ぐいーっ!身を乗り出して迫ってきた。目は爛々と輝いて、口元はおかしなほどの弧を描いている。

 

「前原さんとなぜ一緒に!!?名前で呼び合うほど仲が良いんですか!!?あ、私ARISAさんの大ファンでいつも音楽聴いてるんですけど!!!」

「ひ、ひとつずつ言うから!!」

 

 あまりの剣幕と距離に、少し気圧されてしまう。いや、これがファン本来の姿なのだろう。

 将貴くんもあたしのファンだと言っていたが、その割には距離感というか、関係が歪すぎる。

 

「長くなりそうですわね。いまお茶請けを用意しますの」

「あ、白井さん。ありがとうございます」

「いえ、前原さんが消えたのなら、むしろちょうどいいですの」

 

 白井さん、と呼ばれたツインテールの子が、銀紙に包まれたチョコレートの袋を持ってきた。英語であまり読めないが、どうやらウイスキーボンボンのようだ。

 

「あー……これは確かに」

「捨てるのは勿体ないですし、後顧の憂いは断っておきたいですもの」

 

 そのお菓子は美味しそうだが、なぜかみんな微妙な顔をする。嫌な思い出でもあるのだろうか?

 ひとつ手に取って食べてみる。美味しい。少し頭にツンときたが、その後には心地よい気分になった。あたしは思わず、もうひとつ手に取って食べてみた。やはり美味しい。

 

「気に入りましたか?遠慮なくどうぞ」

「うん、ありがとう」

 

 白井さんの紅茶もとても美味しい。元々大食いなのも合わさり、手が止まらなくなる。

 

 それが致命的な間違いだと気付いた時には、もう色々と遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからぁ、あたしはぁだいじょーぶっていったの!でもしょーきくんがだめって!」

 

 30分後。

 177支部に、妙に艶やかで綺麗な声が、変に間延びしながら響いた。声の主は当然、鳴護アリサである。その目はとろんと惚けており、頬は色っぽく紅潮していた。

 

「なんでこうなりますの……」

 

 御坂美琴の視界の隅で、黒子が本気で頭を抱えている。初春さんも引き気味に笑っており、佐天さんすら無理のある表情をしていた。

 

「しょーきくんはなんなの!ぷろでゅーさーでもないのに!めじゃわりなの!」

「ま、まぁまぁ落ち着いて」

「しょーきくんね!いつもかってなことばっかする!こっちのことなんてかんがえないくせに!!」

 

 バン!と机を叩いたアリサさんが、そこにあったウイスキーボンボンをまた口に放り込んだ。慌てて止めるが時すでに遅く、気分が上がったアリサさんは、今度は急に怒り出した。

 

「きょうもね、『いーからやすめ』とかいって、れっすんにさきまわりしてたの!すとーかーだよ!」

「えーっと」

「かんがえてること、なんでわかるの!へんたい!!」

 

 そういう事が分かるくらい、長く一緒にいるのだろうか?いや、前原さんが休み始めたのはここ1週間くらいのはず。ならその短期間でここまで……?

 

「さいきんはよるもいっしょだし」

「えっ」

「きのうもよなかにむりしちゃって、こしがいたかったんだからね!!」

「……えっ」

 

 そんな私の懸念を、アリサさんのひと言が吹き飛ばす。あまりにも重い一撃に、支部が一瞬で凍ったのが肌で分かった。

 

 ……夜も一緒?夜中に無理した?腰が痛い?

 

 え?

 

 ……え?

 

「……え、まじで?」

「……うへぇぁ」

「……失礼、少し席を外しますの。わたしくはあの変態の首を獲ってきますので」

 

 いつもより数段低い黒子の声が、支部に虚しく響く。初春さんたちは『ソレ』を想像したのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 だがしばらくして、それを遥かに超える焦りが湧いてでてきた。考える前に、私はアリサさんに問いかけた。

 

「あ、アリサさんと前原さんは……その……付き合ってるんですか……?」

 

 前原さんの隣には、涼乃(スズ)さんがいる。

 

 それは風紀委員でもプライベートでも変わらない、誰もが認める公然の秘密である。恋人という事実こそ無いが、その関係は不可侵のものであるはず。

 アリサさんは、結果的にとはいえ、そこに土足で割り込んだ──かも、しれない。そんなの、看過できる訳がない。

 

「ちがうよー。いろいろあって、いっしょにいるだけ」

「色々って……?」

「それに、まだいっしゅうかんだよ?なにかあるわけないじゃん」

 

 明確な否定の言葉に、心から安堵する。前原さんもハッキリと否定していたし、これなら安心──

 

「……でも、そうならいいなって、おもうことはあるけどね」

 

 ──と思った瞬間、見事に破壊された。

 頬を紅潮させ、少し寂しそうに呟く姿を見れば、真偽のほどは明確だ。佐天さんはもちろん、黒子すら驚きを隠せていない。

 

「──なんてね」

「へ?」

「だまされた?だまされたでしょ!!」

 

 だがそれも、にへっと破顔したアリサさんに破壊される。妙な雰囲気が霧散し、けらけらと笑うアリサさんの声だけが残った。

 

「……な、なーんだ、びっくりした。本当に前原さんのこと好きなのかと思っちゃいました」

「あはは、ないない。ありえないって」

「当たり前ですの。これほど綺麗な人が、前原さんを選ぶわけがありません」

 

 安心感からか、黒子が軽口を言い始める。

 前原さんと黒子は、口喧嘩が多いが仲は良い。少なくとも、黒子がハッキリと文句を言う相手は、初春さんか前原さんくらいである。

 

「だいたい、アリサさんのような方と一緒にいること自体、あの変態にとってはまさしく奇蹟です」

「……そう?」

「ええ。なんなら、わたくしが変わって差し上げたいくらいですの」

「いや、それはいいかな」

 

 黒子の提案に、アリサさんはキッパリと断った。明らかに平静ではないが、それでもハッキリと聞こえるほどに。

 

「あたしは、しょーきくんがいい」

「へ?」

「『あたし』を見てくれるのは、しょーきんくんだけ。しょーきくんいがいのひとなんて、やだ」

 

 ──今度は、笑わなかった。

 前原さんを求めるアリサさんの瞳に、冗談や嘘は欠片も無い。怒気すら感じるその声に、黒子は愕然とした様子だ。

 どれだけ冗談であってほしくても、現実は覆らなかった。その現実が、ただ受け入れられない。

 

「かおあらってくるね」

「……あ、はい」

 

 凍結した空間を、アリサさんはさっさと退出した。後に残された私たちは、色んな衝撃と焦燥が綯い交ぜになり、しばらくは誰も言葉を発さなかった。

 

「……涼乃(スズ)さんは、この事を知ってるんですか」

「……普段通りなので、恐らくご存知ないかと」

 

 ようやく出た佐天さんの言葉に、黒子が首を振る。

 前原さんはオフ期間だが、涼乃(スズ)さんは勤務している。そう、前原さんとアリサさんのことを何も知らず、普通に勤務しているのである。

 

「……言った方がいいんじゃないですか?これ、割とどころかかなりヤバいんじゃ」

「……なら佐天さんが言いますか?私は嫌ですが」

「わ、私だってヤだよ!というか、言ったら絶対悲しむでしょ!!」

「だから嫌なんです!!」

 

 言うべきか、誰が、どうやって言うべきか、真剣な口論が始まる。終わり無き押し付け合いがしばらく続いて、紅茶を飲み終えて、ふと気付いた。

 

 アリサさんの帰りが遅くないか?と。

 

「……まさか」

 

 みんな一斉に立ち上がり、すぐ隣にある仮眠室に向かう。その扉を開けるのに、かつてないほどの勇気を振り絞った気がした。

 

 そしてその結果、アリサさんは見たかった。

 

「くー……」

 

 前原さんと同じベッドで、仲良く添い寝する形で。

 アリサさんは前原さんの首に手を回し、ぎゅっと体を密着させている。大きな胸が押し付けられ、ふにゅんと形を変えていた。

 対して前原さんは、『タスケテ』とパッチリした目でこちらを見つめている。

 

「………」

「……んんっ」

 

 前原さんが出ようと動いて、アリサさんにさらに強く抱き締められる。アリサさんが前原さんに乗っかる形になり、互いの頬がぴったりくっついていた。アリサさんの吐息が耳にかかり、前原さんはぞわっと震えた。

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 その光景を前に、私達は何も言わなかった。ただそっと、扉を閉じただけだ。

  

 今日は何も見てない。何も話してない。誰にも会ってない。そう言い聞かせるように、支部での仕事を手伝ったり、おしゃべりに花を咲かせたりした。

 

「わぎゃぁっ!!!」

「ぐへぇぁっ!!!」

 

 しばらくして、鋭い破裂音と、男女の悲鳴が隣から聞こえてきた。 

 その数分後、頬に真っ赤な紅葉を咲かせた満身創痍の前原さんと、俯きながら耳まで真っ赤になったアリサさんが、2人並んで出てくる。

 

「お前ら覚えとけよ……」

 

 去り際に前原さんが吐いた呪詛のような言葉も、聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二十三学区。

 エンデュミオンの根元と言える場所に、シャットアウラ=セクウェンツィアはいた。その目の前では、鴇色の髪の現役アイドル、ARISAが眠っている。

 

「………」

 

 前原将貴に呼ばれ、この女を回収するまでは良かった。宇宙へ向かう準備や最終的確認のため、どの道ここには呼ぶつもりだった。

 しかし、その時に巾着袋からちらりと見えた『欠片』は、見逃す訳にはいかなかった。

 

「……なんなんだ、この女は」

 

 まさかと思い、自分の持っている欠片と、その欠片を合わせてみる。それはあまりにすんなりと繋がり、1つのブレスレットが出来上がった。

 

「どうしてこのブレスレットを……」

「やっぱり貴女達は引き合ってしまうのね」

 

 疑問に思うまもなく、平坦な声が聞こえてきた。

 ピエロのような奇抜なスーツを着る幼女は、オービット・ポータルの社長であるレディリー=タングルロードだ。こちらに歩み寄る彼女は、見た目とは不相応に不敵な笑みを浮かべていた。

 

「『あの日』オリオン号に乗っていたのは、乗客乗員88名。そして事故の直後、88名の生存が確認された。誰もがこれを、奇蹟と呼んだわ」

「………」

「でも本当は、1人だけ死亡者がいた。オリオン号のパイロット、ディダロス=セクウェンツィア……そう、貴女の父親」 

 

 くすっ、とレディリーは蠱惑的な笑みを浮かべる。すべてを見透かしたような、癪に障る笑みだった。

 

「でも、その事実が確認された時には、もう手遅れ……世界は奇蹟に湧き、89人目の死亡者は隠蔽され、そして奇蹟だけが残った」

「………」 

「88人しかいないオリオン号に突如現れ、その奇蹟を演出した少女……それが鳴護アリサ(この子)よ」

 

 レディリーの眼下には、鴇色の髪の少女がいる。奇蹟を歌う少女ではなく、奇蹟そのものと言える存在が、だ。

 

「……貴女はあくまでも奇蹟だと言い張るのか」

「誰も助からないはずの事故よ?あれが奇蹟でなくて何?」

「……なに?」

 

 レディリーの不自然な言い回しに、思わず聞き返す。しかしレディリーは気にせず、疲れたように語り始めた。

 

「宇宙からなら死ねると思ったのに、まさか貴女の父親以外全員助かっちゃうなんてね」

「……お前が、やったのか?」

「違うって言ってほしい?」

 

 愉しそうに笑う様子に、頭が一瞬でショートする。理由は分からない。分からないが、確信した。

 

 私の父親を殺したのは、この女だ。

 

 殺しておいて、この女は笑っている。笑い飛ばせる程度にしか思っていない。私がなにより大切にしていた、たった1人の肉親を。

 

「はあ……はあ……」

 

 そして気が付いたら、私の眼下に、レディリーの死体が転がっていた。そして私の手には、愛用のナイフが握られている。

 私が殺したのだ。レディリーの体からは赤黒い液体が止めどなく流れ、目は既に光を失っている。

 

 なのに。

 

「満足した?」

「……っ!?」

 

 レディリーは、ほどなくして目を覚ました。朝の眠りから覚めたように体を起こし、私を見つめる。瞳の光は歪すぎて、底を推し量ることができなかった。

 

「もう1000年は生きたわ。ナイフで刺されるのは16回目かしら。相変わらず痛くて嫌ね」

「バケモノめ……」

「そう?私も大概だけど、貴女『たち』だって相当なものよ?」

「なんだと?」

「気付いてるでしょう?()()()()()()()()()()()()()

 

 ……気付いては、いた。

 

 私が失ったもの。鳴護アリサが持っているもの。そしてそのタイミング。

 

 それを考えれば、どれだけ現実性が無くても、鳴護アリサの出自は、なんとなく見えてくる。

 

「ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なに?」

「アリサと貴女。そしてあの子……本当の奇蹟は、誰によって起こされるのかしらね」

「──ぐっ!?」

 

 レディリーが指を鳴らした瞬間、足に鋭い痛みが走る。見ると、小さな針のようなものが、私の足に刺さっていた。

 

「麻酔弾……!?」

「貴女は生かしておいてあげる。貴女の言う奇蹟がどんなものか、その目で見届けなさい」

 

 混濁する意識の中で見えたのは、不敵に口を歪めるレディリーだ。その顔に、これ以上ないほどの憎しみを込めて、誓った。

 

 こいつが何者でも、何を企んでいようと、絶対に潰してやる、と。

 

「……さて、後は貴女ね。」

 

 シャットアウラに興味を無くしたレディリーが、今度はアリサの顔を少し撫でる。すると、ずっと眠っていたアリサが、ゆっくりと目を覚ました。

 

「貴女にお願いがあるの。鳴護アリサさん?」 

 

 目を覚ましたアリサが見たのは、それはそれは愉しそうに笑う、1000年を生きる魔女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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