9月17日。第七学区のファミレスの隅に、鳴護アリサと前原将貴とはいた。
あたしは帽子と伊達眼鏡を着用して、(将貴くん以外にはバレない)完璧な変装をしている。2人の前には、いつもの『こだわりリンゴネクター』があった。
「いよいよ明日だな。覚悟は決まったか?」
「うん。今夜にはエンデュミオンに行くみたい」
あたしが頼んだのも、将貴くんとまったく同じだ。
あたしが奥で、将貴くんは出口。同じ席で、同じものを口にする。そういうのが、言葉にせずとも分かるくらい、見慣れた光景だ。
「衣装とか打ち合わせは終わってるから、後は向こうの重力に慣れるだけかな」
「少し前までただの歌い手だったのに、今や重力の心配かよ。すごい成長だな」
「ふふん。あたしは天才だからね」
「もう否定できねぇよ」
くくっと将貴くんが呆れたように笑う。でも、本心から認めてくれているのは分かる。
理由はないけど、『分かる』。
「アリサの歌が特別でも、パフォーマンスがそこに追いつけたのはアリサの実力だ。本当、すげぇよ」
「……今日は随分褒めるね」
「嫌か?」
「なんか、気持ち悪い」
「おい」
帽子を目深く被って、思ってもないことを口にする。拗ねたようにラザニアを食べる将貴くんを横目に、あたしは顔の火照りを抑えるのに必死だった。
「あのさ、将貴くん」
「なんだ?」
「明日が無事終わったら、あたしってどうなるかな」
話題を逸らそうと、思わず変なことを口にする。でも、そこを考えてないのも事実だった。
「……今より忙しくなるんじゃないか?大覇星祭でもライブやるんだろ」
「うん。まだ調整中みたいだけど」
「エンデュミオンもだが、大覇星祭も国家規模のプロジェクトだ。知名度は青天井だろうよ。それこそ、世界に名が知れ渡るかもな」
「……世界、か」
自分が立とうとしているステージの高さに、改めて目眩がする。望んでないわけじゃない。ただ、何もかもが急すぎるんだ。
「あたし、頑張るね。見ててくれる?」
「ああ」
何の躊躇もなく、将貴くんは断言した。屈託のないその笑顔が、やけに眩しい。そして、その笑顔を見れたことが、なぜか嬉しい。
そんなまっすぐな目で見られたら、もう頑張るしかない。そう思わせる何かが、将貴くんにはある。
「まぁその時には、正式なプロデューサーもついて、スケジュールも少しは楽になるだろ。大丈夫だ」
そしてその言葉に、一瞬で思考が止められた。不意に顔を上げたあたしを、将貴くんは不思議そうに見つめている。
「正式な、プロデューサー……?」
「……?仕事が増えるなら、企業がその補佐を立てるのは当たり前だろ」
「……な、なら将貴くんは?」
「もう休みも終わるし、
──風紀委員に、戻る。
その事実に、いよいよ本当に目眩がした。
そうだ。将貴くんはあくまで、風紀委員。
『偶然』彼に会って、『偶然』彼に守られて、『偶然』彼が休みだったから、あたしの隣にいてくれるだけ。それも、彼の強さと優しさに甘える形で。
あたし専属なんかじゃ、間違ってもない。
「……風紀委員って、そんなすぐ復帰しなきゃダメなの?」
「こういうのは、暇だからってサボっていいモノじゃない」
「………」
「それに、結構楽しいんだぞ?こうやって、普通じゃありえないような出会いもあるし」
将貴くんが、同じく嬉しそうな笑顔を見せる。それを見て、今度は自己嫌悪に陥ってしまう。
将貴くんは、風紀委員であることに高い誇りを持っている。なのに今の問いかけは、それを軽んずるような、試すようなものだった。
それでも、あたしは両手を強く握り、絞り出すように再度問いかける。
「……あのさ、将貴くん」
「?」
「あの、もし良かったら……あたしと──」
「ん──ちょい待ち」
その声に、はっとした。
いま、あたしは何を聞こうとした?何か、とんでもない事を口走りそうにならなかったか?
理性が追いついて、急に顔が熱くなる。色んな感情がごちゃ混ぜになり、自分の表情が分からなくなった。
「おい」
将貴くんが不意に立ち上がり、あたし達の後ろの席に回り込む。そこを覗いてみると、座席に身を隠すような体勢の長い黒髪と、花の塊のようなものが見えた。
「よう涙子、初春。奇遇だな?」
ニヤリと、将貴くんが意地悪そうに口を歪めた。状況を楽しんでいるが、少し怒ってもいるようだ。
「……キ、キグウデスネー」
「セ、センパイモイルナンテー」
変な声を出す2人の女の子に、将貴くんは大きな溜息をついた。あたしに振り返り、申し訳なさそうに問いかける。
「アリサ、場所を移していいか?ここだと面倒なことになりそうだ」
「え?う、うん」
「よし」
将貴くんは席に戻ると、残っていたリンゴネクターを一気に飲み干して、そのまま伝票を片手にさっさと席を立った。あたしもそれに習い、リンゴネクターを急いで飲み干す。
「お前ら。訳は話すから、今は支部に戻るぞ」
「えー!?いま来たばっかなのにー!」
「なら俺は帰るから」
「あー!やっぱ行きます!すごい支部に行きたいです!!」
2人が慌てて騒ぐが、将貴くんは慣れた様子でそれをあしらう。先輩と言ってたし、2人は後輩なのだろうか?
「どこ行くの?」
「静かなところ」
そうして来たのは、第七学区のとある中層ビル。看板には『風紀委員活動第177支部──学園都市第七学区──』と書かれていた。
どうやらここが、将貴くんの職場らしかった。
「どうした。早く来いよ」
「あ、うん」
中に入ると、随分と無機質な部屋だった。
簡易な事務机やソファー、あとは小さめの冷蔵庫、ティーカップが入った棚がある。棚には区別された箱が積まれ、壁にはホワイトボードやディスプレイが並んでいた。
「あら、前原さん。復帰は明後日では?」
その隅に、茶髪でツインテールの女の子が、タブレットを片手に出迎えた。幼い印象を受けるが、目つきや立ち振る舞いは、並の大人より凛としている。
制服を見ると、なんとあの名門・常盤台中学だ。
「色々あってな。来客だよ」
あたしを親指で差してきたので、軽く会釈する。するとその子は、少し驚いた顔をして、テキパキと紅茶を淹れ始めた。
人数分の紅茶を囲んだところで、隣に座った将貴くんが耳打ちする。ぞわりと、背筋を舐められたような感覚が全身に走った。
「帽子と眼鏡、取っていいぞ」
「……耳弱いんだからやめてよ」
「……すまん」
驚いたような、そうでもないような表情を横目で見つつ、あたしは帽子と伊達眼鏡を取る。鴇色の髪がふわっと流れ、視界が本来の明るさに戻った。
その瞬間、将貴くん以外の全員が、目を見開きながらあたしを見た。
「なっ……あ……!!」
「えっと、知ってるかもしれないけど。ARISAです」
「顔くらいみたことあるだろ」
「えええええええっっっ!!!?」
今日1番の大声が響き渡る。
見慣れた反応であり、逆にこういうのが一切無かった将貴くんをふと思い出した。
「なっ、なんで、なんでARISAがここに!?なんで前原と一緒に!!?」
「偶然」
「ま、まさか、お2人は付き合ってるんですか!!?」
「絶対違う」
興奮する周囲に対し、将貴くんは淡白に返事する。思考が追いつかない子に代わって、先程のツインテールの子が口を開いた。
「初めまして。白井黒子ですの。そこにいる変態の後輩にあたります」
「おい」
「初めまして。ARISAです」
「アリサもサラッと流すな」
将貴くんが抗議するが無視する。
たとえどれだけお世話になろうと、酔っていようと、異性のベッドに潜り込む人には、変態の呼び名が相応しい。
「……はあ。俺、隣で休んでるから」
「あれ、疲れてるんですか?」
「俺がいない方が話も盛り上がるだろ。聞きたいことがあればアリサに聞け」
「ちょっと!?」
そう言うなり、将貴くんは面倒事をすべてあたしに押し付けて、さっさと退出した。残されたあたしに、女の子たちの好奇の視線が集中する。
「あ、あのさ。隣って何があるの?」
「あ、隣の部屋はベッドがあるんです。一応急患用なんですが、私たちの仮眠室になってますね」
「へ、へー。そうなんだ」
「それより!!」
涙子、と呼ばれた黒髪の女の子が、ぐいーっ!身を乗り出して迫ってきた。目は爛々と輝いて、口元はおかしなほどの弧を描いている。
「前原さんとなぜ一緒に!!?名前で呼び合うほど仲が良いんですか!!?あ、私ARISAさんの大ファンでいつも音楽聴いてるんですけど!!!」
「ひ、ひとつずつ言うから!!」
あまりの剣幕と距離に、少し気圧されてしまう。いや、これがファン本来の姿なのだろう。
将貴くんもあたしのファンだと言っていたが、その割には距離感というか、関係が歪すぎる。
「長くなりそうですわね。いまお茶請けを用意しますの」
「あ、白井さん。ありがとうございます」
「いえ、前原さんが消えたのなら、むしろちょうどいいですの」
白井さん、と呼ばれたツインテールの子が、銀紙に包まれたチョコレートの袋を持ってきた。英語であまり読めないが、どうやらウイスキーボンボンのようだ。
「あー……これは確かに」
「捨てるのは勿体ないですし、後顧の憂いは断っておきたいですもの」
そのお菓子は美味しそうだが、なぜかみんな微妙な顔をする。嫌な思い出でもあるのだろうか?
ひとつ手に取って食べてみる。美味しい。少し頭にツンときたが、その後には心地よい気分になった。あたしは思わず、もうひとつ手に取って食べてみた。やはり美味しい。
「気に入りましたか?遠慮なくどうぞ」
「うん、ありがとう」
白井さんの紅茶もとても美味しい。元々大食いなのも合わさり、手が止まらなくなる。
それが致命的な間違いだと気付いた時には、もう色々と遅かった。
*
「だからぁ、あたしはぁだいじょーぶっていったの!でもしょーきくんがだめって!」
30分後。
177支部に、妙に艶やかで綺麗な声が、変に間延びしながら響いた。声の主は当然、鳴護アリサである。その目はとろんと惚けており、頬は色っぽく紅潮していた。
「なんでこうなりますの……」
御坂美琴の視界の隅で、黒子が本気で頭を抱えている。初春さんも引き気味に笑っており、佐天さんすら無理のある表情をしていた。
「しょーきくんはなんなの!ぷろでゅーさーでもないのに!めじゃわりなの!」
「ま、まぁまぁ落ち着いて」
「しょーきくんね!いつもかってなことばっかする!こっちのことなんてかんがえないくせに!!」
バン!と机を叩いたアリサさんが、そこにあったウイスキーボンボンをまた口に放り込んだ。慌てて止めるが時すでに遅く、気分が上がったアリサさんは、今度は急に怒り出した。
「きょうもね、『いーからやすめ』とかいって、れっすんにさきまわりしてたの!すとーかーだよ!」
「えーっと」
「かんがえてること、なんでわかるの!へんたい!!」
そういう事が分かるくらい、長く一緒にいるのだろうか?いや、前原さんが休み始めたのはここ1週間くらいのはず。ならその短期間でここまで……?
「さいきんはよるもいっしょだし」
「えっ」
「きのうもよなかにむりしちゃって、こしがいたかったんだからね!!」
「……えっ」
そんな私の懸念を、アリサさんのひと言が吹き飛ばす。あまりにも重い一撃に、支部が一瞬で凍ったのが肌で分かった。
……夜も一緒?夜中に無理した?腰が痛い?
え?
……え?
「……え、まじで?」
「……うへぇぁ」
「……失礼、少し席を外しますの。わたしくはあの変態の首を獲ってきますので」
いつもより数段低い黒子の声が、支部に虚しく響く。初春さんたちは『ソレ』を想像したのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
だがしばらくして、それを遥かに超える焦りが湧いてでてきた。考える前に、私はアリサさんに問いかけた。
「あ、アリサさんと前原さんは……その……付き合ってるんですか……?」
前原さんの隣には、
それは風紀委員でもプライベートでも変わらない、誰もが認める公然の秘密である。恋人という事実こそ無いが、その関係は不可侵のものであるはず。
アリサさんは、結果的にとはいえ、そこに土足で割り込んだ──かも、しれない。そんなの、看過できる訳がない。
「ちがうよー。いろいろあって、いっしょにいるだけ」
「色々って……?」
「それに、まだいっしゅうかんだよ?なにかあるわけないじゃん」
明確な否定の言葉に、心から安堵する。前原さんもハッキリと否定していたし、これなら安心──
「……でも、そうならいいなって、おもうことはあるけどね」
──と思った瞬間、見事に破壊された。
頬を紅潮させ、少し寂しそうに呟く姿を見れば、真偽のほどは明確だ。佐天さんはもちろん、黒子すら驚きを隠せていない。
「──なんてね」
「へ?」
「だまされた?だまされたでしょ!!」
だがそれも、にへっと破顔したアリサさんに破壊される。妙な雰囲気が霧散し、けらけらと笑うアリサさんの声だけが残った。
「……な、なーんだ、びっくりした。本当に前原さんのこと好きなのかと思っちゃいました」
「あはは、ないない。ありえないって」
「当たり前ですの。これほど綺麗な人が、前原さんを選ぶわけがありません」
安心感からか、黒子が軽口を言い始める。
前原さんと黒子は、口喧嘩が多いが仲は良い。少なくとも、黒子がハッキリと文句を言う相手は、初春さんか前原さんくらいである。
「だいたい、アリサさんのような方と一緒にいること自体、あの変態にとってはまさしく奇蹟です」
「……そう?」
「ええ。なんなら、わたくしが変わって差し上げたいくらいですの」
「いや、それはいいかな」
黒子の提案に、アリサさんはキッパリと断った。明らかに平静ではないが、それでもハッキリと聞こえるほどに。
「あたしは、しょーきくんがいい」
「へ?」
「『あたし』を見てくれるのは、しょーきんくんだけ。しょーきくんいがいのひとなんて、やだ」
──今度は、笑わなかった。
前原さんを求めるアリサさんの瞳に、冗談や嘘は欠片も無い。怒気すら感じるその声に、黒子は愕然とした様子だ。
どれだけ冗談であってほしくても、現実は覆らなかった。その現実が、ただ受け入れられない。
「かおあらってくるね」
「……あ、はい」
凍結した空間を、アリサさんはさっさと退出した。後に残された私たちは、色んな衝撃と焦燥が綯い交ぜになり、しばらくは誰も言葉を発さなかった。
「……
「……普段通りなので、恐らくご存知ないかと」
ようやく出た佐天さんの言葉に、黒子が首を振る。
前原さんはオフ期間だが、
「……言った方がいいんじゃないですか?これ、割とどころかかなりヤバいんじゃ」
「……なら佐天さんが言いますか?私は嫌ですが」
「わ、私だってヤだよ!というか、言ったら絶対悲しむでしょ!!」
「だから嫌なんです!!」
言うべきか、誰が、どうやって言うべきか、真剣な口論が始まる。終わり無き押し付け合いがしばらく続いて、紅茶を飲み終えて、ふと気付いた。
アリサさんの帰りが遅くないか?と。
「……まさか」
みんな一斉に立ち上がり、すぐ隣にある仮眠室に向かう。その扉を開けるのに、かつてないほどの勇気を振り絞った気がした。
そしてその結果、アリサさんは見たかった。
「くー……」
前原さんと同じベッドで、仲良く添い寝する形で。
アリサさんは前原さんの首に手を回し、ぎゅっと体を密着させている。大きな胸が押し付けられ、ふにゅんと形を変えていた。
対して前原さんは、『タスケテ』とパッチリした目でこちらを見つめている。
「………」
「……んんっ」
前原さんが出ようと動いて、アリサさんにさらに強く抱き締められる。アリサさんが前原さんに乗っかる形になり、互いの頬がぴったりくっついていた。アリサさんの吐息が耳にかかり、前原さんはぞわっと震えた。
「………」
「………」
「………」
「………」
その光景を前に、私達は何も言わなかった。ただそっと、扉を閉じただけだ。
今日は何も見てない。何も話してない。誰にも会ってない。そう言い聞かせるように、支部での仕事を手伝ったり、おしゃべりに花を咲かせたりした。
「わぎゃぁっ!!!」
「ぐへぇぁっ!!!」
しばらくして、鋭い破裂音と、男女の悲鳴が隣から聞こえてきた。
その数分後、頬に真っ赤な紅葉を咲かせた満身創痍の前原さんと、俯きながら耳まで真っ赤になったアリサさんが、2人並んで出てくる。
「お前ら覚えとけよ……」
去り際に前原さんが吐いた呪詛のような言葉も、聞かなかったことにした。
*
第二十三学区。
エンデュミオンの根元と言える場所に、シャットアウラ=セクウェンツィアはいた。その目の前では、鴇色の髪の現役アイドル、ARISAが眠っている。
「………」
前原将貴に呼ばれ、この女を回収するまでは良かった。宇宙へ向かう準備や最終的確認のため、どの道ここには呼ぶつもりだった。
しかし、その時に巾着袋からちらりと見えた『欠片』は、見逃す訳にはいかなかった。
「……なんなんだ、この女は」
まさかと思い、自分の持っている欠片と、その欠片を合わせてみる。それはあまりにすんなりと繋がり、1つのブレスレットが出来上がった。
「どうしてこのブレスレットを……」
「やっぱり貴女達は引き合ってしまうのね」
疑問に思うまもなく、平坦な声が聞こえてきた。
ピエロのような奇抜なスーツを着る幼女は、オービット・ポータルの社長であるレディリー=タングルロードだ。こちらに歩み寄る彼女は、見た目とは不相応に不敵な笑みを浮かべていた。
「『あの日』オリオン号に乗っていたのは、乗客乗員88名。そして事故の直後、88名の生存が確認された。誰もがこれを、奇蹟と呼んだわ」
「………」
「でも本当は、1人だけ死亡者がいた。オリオン号のパイロット、ディダロス=セクウェンツィア……そう、貴女の父親」
くすっ、とレディリーは蠱惑的な笑みを浮かべる。すべてを見透かしたような、癪に障る笑みだった。
「でも、その事実が確認された時には、もう手遅れ……世界は奇蹟に湧き、89人目の死亡者は隠蔽され、そして奇蹟だけが残った」
「………」
「88人しかいないオリオン号に突如現れ、その奇蹟を演出した少女……それが
レディリーの眼下には、鴇色の髪の少女がいる。奇蹟を歌う少女ではなく、奇蹟そのものと言える存在が、だ。
「……貴女はあくまでも奇蹟だと言い張るのか」
「誰も助からないはずの事故よ?あれが奇蹟でなくて何?」
「……なに?」
レディリーの不自然な言い回しに、思わず聞き返す。しかしレディリーは気にせず、疲れたように語り始めた。
「宇宙からなら死ねると思ったのに、まさか貴女の父親以外全員助かっちゃうなんてね」
「……お前が、やったのか?」
「違うって言ってほしい?」
愉しそうに笑う様子に、頭が一瞬でショートする。理由は分からない。分からないが、確信した。
私の父親を殺したのは、この女だ。
殺しておいて、この女は笑っている。笑い飛ばせる程度にしか思っていない。私がなにより大切にしていた、たった1人の肉親を。
「はあ……はあ……」
そして気が付いたら、私の眼下に、レディリーの死体が転がっていた。そして私の手には、愛用のナイフが握られている。
私が殺したのだ。レディリーの体からは赤黒い液体が止めどなく流れ、目は既に光を失っている。
なのに。
「満足した?」
「……っ!?」
レディリーは、ほどなくして目を覚ました。朝の眠りから覚めたように体を起こし、私を見つめる。瞳の光は歪すぎて、底を推し量ることができなかった。
「もう1000年は生きたわ。ナイフで刺されるのは16回目かしら。相変わらず痛くて嫌ね」
「バケモノめ……」
「そう?私も大概だけど、貴女『たち』だって相当なものよ?」
「なんだと?」
「気付いてるでしょう?
……気付いては、いた。
私が失ったもの。鳴護アリサが持っているもの。そしてそのタイミング。
それを考えれば、どれだけ現実性が無くても、鳴護アリサの出自は、なんとなく見えてくる。
「ま、
「……なに?」
「アリサと貴女。そしてあの子……本当の奇蹟は、誰によって起こされるのかしらね」
「──ぐっ!?」
レディリーが指を鳴らした瞬間、足に鋭い痛みが走る。見ると、小さな針のようなものが、私の足に刺さっていた。
「麻酔弾……!?」
「貴女は生かしておいてあげる。貴女の言う奇蹟がどんなものか、その目で見届けなさい」
混濁する意識の中で見えたのは、不敵に口を歪めるレディリーだ。その顔に、これ以上ないほどの憎しみを込めて、誓った。
こいつが何者でも、何を企んでいようと、絶対に潰してやる、と。
「……さて、後は貴女ね。」
シャットアウラに興味を無くしたレディリーが、今度はアリサの顔を少し撫でる。すると、ずっと眠っていたアリサが、ゆっくりと目を覚ました。
「貴女にお願いがあるの。鳴護アリサさん?」
目を覚ましたアリサが見たのは、それはそれは愉しそうに笑う、1000年を生きる魔女だった。