大型トラックの荷台の上で、前原将貴は胡座をかいてケータイをいじっていた。動画サイトに投稿されれば炎上待った無しだが、れっきとした
「(研究所は……あっちか)」
AIM解析研究所が発信源と分かった時、俺はそれほど驚かなかった。驚きより、怒りの方が強かったからだ。
「(……クソが)」
初めて行った時に見抜けていれば、事態は少しでもマシだったのだろうか。あの場で問い詰めて吐かせていれば、被害がここまで広がることもなかったのだろうか。
意味の無いとは分かっていても、そんな『もしも』を考えずにはいられない。
その時、ふと手元のケータイに着信があった。側面を見ると、そこには『白井(変態)』と表示されている。
『もしもし、前原さんですか?』
「そうだが、どうした?」
『
そうか、と短く返事をする。俺にとって、こんなのはただの確認作業だ。少し興奮気味の白井とは対照的に、俺は驚くほど冷静だった。
聴覚で脳を操作するという高い科学力。
発信源であるAIM解析研究所。
となれば、犯人はまず間違いなく――
『――木山春生で間違いありませんわ』
「……断言出来た理由は?」
『……あまり驚かれないのですね。ともかく、昨日リアルゲコ太の病院へ伺いましたね?』
「ゲコ太……?あ、あーはいはい、あのカエル医の事か」
『……呼び方はどうでもいいですが、そこで説明を受けましたよね?』
「脳波がどうこうってやつか?」
確か、幻想御手使用者の脳波が一致している、という話だ。白井と確認し合ったし、昨日の今日であるため、忘れるはずもない。
『その脳波が、木山春生のものとピッタリ一致したんですの』
「……なるほど」
それなら断言に値するし、納得もできる。
他者の脳波に設定するメリットがないのだから、最も身近で、設定しやすい自分のものにするのは自然な事だ
外れてほしいとでも思っていたのか、俺の声は少し小さかった。
「わかった。木山は発見次第確保だな」
『はい。ですが、
「……何か嫌な予感がすんだよ」
幻想御手を開発した目的は?
被験者を眠らせて何をする?
まだ分からない事が山ほどある。人前でビキニで現れるような人だし、普通では考えられない事も平気でやりかねない。単に常識がぶっ飛んでるだけかもしれないが。
「報告サンキューな。これで遠慮なくやれそうだ」
『もう1つありますの』
「?」
『木山春生の所に向かった初春と、連絡がとれなくなりましたの』
「……は?」
思わず間抜けな声を上げる。
何をやっている、以上に、まだ動けたのか、という驚きの方が大きかった。てっきりもうリタイアしてると思ってたが、想像以上にメンタルが強い子のようだ。
今回はそれが裏目に出ているのだが。
『前原さん、このままでは……』
「大丈夫だ。心配すんな」
悔しそうな白井の声に、俺は軽く返した。
白井と初春はペア*1だ。俺にとって涼乃のような存在に近い。
そんな存在が、犯人の人質になったも同然なのだ。誰だって我慢ならないだろう。仮に俺がその立場なら、問答無用で飛び出していたに違いない。
『……前原さん』
「白井は待機。木山確保の連絡があるまで177支部にいるんだ」
『ですが!!』
「怪我人のお前が来ても足でまといだ。立場をわきまえろ」
『……ッ!』
申し訳なく、しかし強い口調で告げる。
確かに、
『……了解、しましたの』
それを受け入れ、納得できる白井は、やはり強い子なのだろう。少なくとも、俺ではこうはなれない。
俺は短く返事をして、白井との通話を終了させた。
「……さーて、行くか」
涼乃や初春、佐天さんはもちろん、白井のためにも、俺は負ける訳にはいかない。後輩に任せっきりでは、先輩の立つ瀬がない。
なんてことを思いながら、俺はゆっくりと目を閉じる。静かに、しかし硬く拳を握りながら。
〜〜〜
「失礼します!!」
AIM解析研究所に乗り込んだ俺は、その勢いのまま所長室のドアを開けた。勢いのあまりドアが軋むが、文句の声は無かった。そもそも、そこは蛻の殻だった。
「遅かったか……」
そう吐き捨て、ドアに鍵をかける。俺を追ってきた研究員や守衛がドア越しに声を上げるが、それも無視する。
「……?」
俺は部屋を見渡して、来客用の机にあったコーヒーカップを手に取った。先日、俺と涼乃が訪れた時も使われたものだ。
「(まだ温かい……)」
ということは、木山先生――木山がここを出たのは、そんなに前のことではない。
今から後を追うか?でもどうやって?方向も特徴も目的も分からない犯人を、どこからどう追えばいい?
『――!!』
「ん?」
『――!?』
「……警備員か」
ドアの奥から、妙な音が聞こえてきた。装備品が擦れる、警備員特有の摩擦音だ。
随分と早い到着だ、と独りごちる。犯人が木山だと断定したのはつい先程だが、それにしては到着が早い。別の捜索ルートがあったのだろうか。
「……さて、どうしよ」
ここの研究員からしたら、俺はどう見ても危険な侵入者だ。そんな状況で廊下に出れば、間違いなく拘束される。能力を使えばどうにでもなるが、警備員と拳を交わすのは、色んな意味で後が怖い。
「(めんどくせぇな……)」
窓に目をやり、俺は溜息を吐いた。
廊下がダメなら、窓から飛び降りれば良い。本末転倒も甚だしい答えだが、
「……?」
その時、机の上に伏せられた、小さな写真立てが目に入った。それは手作りのようで、小学生の工作のように稚拙な作りをしていた。
改めて部屋を見渡すが、嗜好品の類は何一つ無い。だからこそ、こういった普通のインテリアに違和感を覚えたのだろう。
「これは……?」
写真を見ると、そこには子供達が写っていた。
いたずらっぽい顔でポーズをとる男の子。
屈託の無い笑顔を浮かべる女の子。
仲が良さそうに肩を組むの男の子。
嬉しいそうに両手でVサインを送る女の子。
そして、11人の子供たちに囲まれ、恥ずかしそうに笑う、花束を持った教師らしき女性。
「これは……木山か?」
何で教師から研究者に――逆か?
何にせよ、木山は少し珍しい経歴を持っているようだ。だから何だという話だが。
「動くなっ!!」
そんな思考は、ドアを蹴り破る音によって、強制的に途切れた。そちらを見ると、ライフルを構えた数人の警備員が、部屋に突入してきていた。
「木山春生……?」
「ん……?」
「どうしました?隊長?」
突入した警備員が困惑の声を上がる。やがてヘルメットシールドを外し、不思議そうに俺を見る者もいた。
どうやら木山の身柄を拘束しに来たようだが、一歩遅かった。というか、科学者1人捕まえるのに、ライフルはやり過ぎではないか?
「………」
「………」
「………」
「………」
エレベーターの中のような、微妙な空気が部屋を包み込む。写真立てを机に置いた音が、やたらと響いた。
無理もない。予告無しでドアを破って銃口を突きつけたが、部屋にはターゲットではなく謎の少年が1人。困惑するのは当然だ。
しかし、すぐに疑問に思うはずだ。お前は誰で、何でここにいるんだ、と。
「……あの」
「ふんっ!!」
声をかけられた瞬間、俺は窓に突っ込んだ。ガッシャーン!!という爽快な音がして、外に飛び出す。警備員が目を剥いたが、声が上がる前に視界から消えた。
「とりあえず高速に出るか」
勢い良く地面に落下するが、その衝撃を反射し、俺は無傷で着地した。通行人から悲鳴が上がるが、それも無視して道路に駆け出した。
木山の逃走ルートは、恐らく高速道路だろう。警備員から逃げるため、より早く、より遠くへ行けるようにするはずだ。
方向は分からないが、警備員は検問――高速道路では通行止めを実施しているはず。道路交通情報を見れば、ある程度の位置は把握できる。
「(更新速度は早いから、既に載ってるはず……ん?)」
ピロローン、と。取り出そうとしたケータイから、安っぽい電子音が聞こえた。見ると、その側面には『白井(変態)』と表示されている。
『前原さん、お気を付けください』
「どうした?」
それは、自信家の白井にしては珍しい、自信無さげな声だった。困惑というか、どこか動揺しているようにも聞こえる。
『……これから話すのは、あくまで仮定の話ですの』
「……白井?」
はっきりしない白井の口調に、こちらも困惑する。
この状況で話すのだから、重要な情報には間違い無いだろう。だが、そんな調子で話されては、俺まで調子が狂いそうだ。
『現在、1万人の幻想御手使用者は、ほぼ全員が倒れ、その全てが意識不明に陥っていますの』
「ああ」
『そしてそれは、幻想御手という巨大なネットワークに、誰もアクセスしていない、という状況を意味します』
「そうだな」
『ですが、木山春生だけは違う』
白井は言葉を切り、確かめるように告げた。静かに、しかし確実に。
『つまり木山春生は、1人で1万人分の演算力を使役できるかもしれませんの』
とあるサイトに大規模なアクセスがあれば、そのサイトの処理能力は著しく低下する。逆に、極小数のアクセスしかなければ、処理能力は全てその人に注がれる。
ならば、1万に分配されていた演算力が、木山1人に集束したとしたら?
「……面白い考えだが、現実的ではないな」
『わたくしもそう思いますの。ですが、想定はしておいてください。今の木山は――――常識の外側にいる存在かもしれません』
決して大きな声だった訳じゃない。しかしその声は脳に留まり、思考の一部に空白を与えた。息を呑む音が近くで聞こえるが、どちらのものかは分からない。
『……前原さん』
「……何だ?」
『初春を、お願いします』
それは、普段の傲岸不遜な白井からは考えられない、委嘱の言葉だった。予想だにしてなかった言葉だが、俺の答えは既に決まっている。
「分かった。後は先輩に任せろ」
根拠は無い。しかし、俺はまっすぐ告げた。自然と手に力が入る。自身の言葉をもう一度反芻して、俺は大地を蹴り上げた。
〜〜〜
「何だ、これは……」
累々と転がる警備員。
大破した警備ロボ。
横転した特別車両やパトカー。
根元から切られた街灯。
嗅ぎ慣れない硝煙の臭い。
こんなの、まるで戦場ではないか。
「――前原将貴」
砂埃や黒煙が舞い上がる中、女性の声が聞こえた。呻き声が響くこの場所で、その声だけが、風のようにすっと耳に届く。
「学園都市の第一位と同じく、『反射』を生み出す者、か……とても興味深い」
不自然な風が吹き、砂のカーテンが薙ぎ払われる。明瞭となった視界の真ん中には、1人の女性が立っていた。
今回の事件すべての元凶にして、この戦場を引き起こした張本人――――木山春生が、そこにいた。
「どれ、実験といこう」
深いクマが刻まれた瞳に、寒気を覚えるほど禍々しい紅い光が宿る。その光が俺を捉えると、木山は未知との遭遇を果たしたように、口元を薄く歪ませた。
「常識をも跳ね返す君は、1万の脳を統べる私を止められるかな?」