とある風紀委員の日常   作:にしんそば

90 / 107
第90話

 

 

 

 

 助けたい人がいた。顔も名前も覚えてないけど、絶対に助けたい人がいた。

 

 でも、向こうもそれは同じだったようだ。

 その人は私を庇い、瀕死になってなお、私の心配をしてくれた。争いの原因となった『それ』を、震える手で差し出してくれた。

 

『────』

 

 その言葉も、もう覚えてない。覚えてるのは、私が『それ』を口にしたという事実だけ。

 『それ』のおかげで、私はその争いで助かった。どんなに大きな争いに巻き込まれようと、どんな災難に遭おうと、私だけは必ず生き延びることができた。

 

 『アンブロシア』。

 

 古代ギリシャ語で『不死』を意味するそれは、ギリシャ神話の中に登場する、神々のための食べ物。神々にのみ許された、禁断の果実である。

 

 では、神ならぬ者が口にしたら?

 

「……久しぶりに見たわね」

 

 そう呟くと、レディリー=タングルロードはむくりと起き上がった。不老不死と言っても、疲労は溜まる。そのため睡眠をとっていたら、随分と懐かしい夢を見た。

 

 1000年近く前、自分が不老不死になった運命の日だ。その日を幾度となく呪ったが、やがてそれも薄れ、いつしか何も思わなくなってしまった。

 でも、それも今日で終わる。

  

「生と死。有限と無限。すべてが交差するこの空間では、地上とは違う法則が働く」

 

 ここは宇宙。エンデュミオンの最上部に位置する展望回廊。そこにレディリーの計画の要──術式はあった。 

 

「人々の熱狂と血は、神々の宴に捧げる供物」

 

 手をかざすと、エンデュミオンを囲うように、何千何万もの魔法陣が生まれた。それらが合体を繰り返し、やがて地球を覆いそうなほど巨大な魔法陣になる。

 

「その息吹が、エンデュミオンの永遠(とわ)の呪いを打ち破る──」

 

 術式が発動したのを見届けたレディリーは、穏やかな笑みを浮かべた。思わず両手を広げ、何かを浴びるような体勢になりながら、ゆっくりと目を閉じる。

 

「……オリオン号の実験も失敗したけど、思わぬ副産物が手に入ったわ。それがアリサよ。あの奇蹟の力で、私は死ぬことが出来る」

 

 そして、勢い良く目を剥いた。切れ込みを入れたように口元が歪み、けたたましい笑い声を上げる。

 

「────さあ、一緒に終わりましょう!!!」

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 展望回廊に登る、まさにその途中。窓から見えた景色に、インデックスは愕然とした。

 そこには、エンデュミオンを中心として、半径何十キロにもなる巨大な魔法陣があったのだ。

 

「な、なにあれ……あんな巨大な魔法陣、見たことないんだよ。地球そのものを術式の一部に取り込んじゃってる」 

「アレが発動したらどうなる?」

「……何が目的かはサッパリ分からないんだよ。ゴエティア系*1だとは思うんだけど、こんなのは記録に無いもん」

 

 10万3000冊という膨大な知識を以てしても、これほど巨大な魔法陣は見たことがない。こんなの、私ではどうしようも……いや、違う。

 折り重なった術式も、1つひとつ解けば、必ず答えに辿り着くはずだ。

 

「(……ヒントは、何でもない所に隠されてるんだよ)」

 

 目を閉じて、インデックスは広大な知識の海に飛び込んだ。普段は腹ペコギンギラシスターだが、『魔導書図書館』の名は伊達じゃない。

 

 そもそも、目的は何だろう?

 地球を術式の一部に取り込む魔術など、使用用途は限られてくる。北半球を全滅させるなど、それこそ神話クラスの大魔術になるはずだ。

 

 そして、レディリーがギリシャ占星術の予言巫女(シビル)なら、魔術の源流はギリシャ神話にあるはず。

 

 そして舞台となった、巨大宇宙エレベーター──通称エンデュミオン。エンデュミオンと聞いて最も有名なのは、ギリシャ神話における『エンデュミオンの眠り』だろう。

 

 美しき狩人『エンデュミオン』と、彼に恋した月の女神『セレネ』──『アルテミス』と同一視される──の話だ。 

 セレネはエンデュミオンを愛するあまり、老いていく彼の姿を見ることに耐えられず、エンデュミオンを永遠の眠りにつかせてしまう物語である。

 エンデュミオンからすれば、神から一方的に見初められ、結果的に命を失った悲劇。セレネからすれば、永遠に若く、美しい想い人と結ばれた恋物語として、人々に語り継がれている。

 

 そして、鳴護アリサ。

 アリサの芸名は『ARISA』だけど、ギリシャ語のスペルは『ALISA』。その意味は──

 

「──『(まさ)(とうと)き者』」

 

 偶然だとは思うが、セレネであれば、ギリシャ神話でも特に気高く、貴い存在として頷ける。

 そしてセレネと言えば、月と豊穣、そして狩猟を司る女神だ。代表的な武器は弓矢で────

 

「…………弓矢?」

 

 ぞわりと、全身が震えた。連想から導かれた答えがあまりに恐ろしくて、冷や汗が止まらなくなる。

 一度冷静になり、先ほどの魔術師たちの会話を思い出す。

 

『そこに『聖人』を組み込んで、超大規模魔術装置に──』

 

 『組み込む』。

 『エンデュミオン』に、『聖人』を、組み込む。その結果生まれるのが、超大規模魔術装置。

 

 ギリシャ神話。エンデュミオン。セレネ。アルテミス。アリサ。聖人。組み込む。弓矢。

 

 ならば、この術式は──

 

「──『新月の矢』」

「な、なんだインデックス?何か分かったのか!?」

「これは『新月の矢』かもしれないんだよ」

 

 『新月の矢』。

 セレネが使う武器の代表格にして、正式名称の無い『銀の弓矢』。それで放つ矢の1つが『新月の矢』である。

 

 その特性は大きく分けて2つ。

 1つは、『射抜かれた女は、即座に、確実に死ぬ』こと。そしてもう1つは、『疫病を蔓延させ、大量死を引き起こす』ことだ。

 

 仮に『新月の矢』ならば。

 空を突き刺すようなエンデュミオンは、おそらく『矢』本体。ならば『(やじり)』にあたるは、『聖人』──鳴護アリサになる。 

 

「と、とうま!!しょうき!!このままじゃ取り返しのつかないことになるんだよ!!!」

「……具体的には?」

「……北半球が全滅、どころじゃ済まないんだよ。最悪の場合、地球そのものが壊されちゃうかも」

 

 なぜアリサが『鏃』になりうるのか、それは本当に分からない。

 ただ確実なのは、このままでは計り知れない数の人間が死ぬということ。

 

「大丈夫だインデックス。そんなことはさせない」

「ああ。何も変わんねぇよ。アリサの歌は、誰にも邪魔させない」

 

 でも、とうまもしょうきも、恐れる様子はまったく無かった。こんなのは慣れている、とでも言うような口振りだ。

 それがどれだけ異常なことか、本人たちは気付いていない。でも今のような状況では、そんな2人が嫌になるほど頼もしく感じるのも事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、宇宙」

 

 エレベーターが止まり、耐圧服を脱ぎ捨てた上条当麻は、降り立ってそう呟いた。体が軽い。少し蹴るだけでどこまでも跳べそうな気がする。

 生まれて初めての感覚に気分が高揚するが、すぐに気を引き締める。インデックスの推理を聞いた後では、1分1秒も無駄にはできない。

 

「前原、ここからは──」

 

 どう動こうか、と振り返って、止まった。

 ゴトン、と。糸の切れた人形のように、前原が音もなく崩れ落ちたからだ。宇宙での動きは緩慢だったが、前原は受身を取ることなく、顔面から倒れている。

 起き上がるどころか、口を開くこともない。限界まで開かれた瞳孔は、焦点がどこにも合ってなかった。

 

「……前原?」

 

 不審に思い、倒れた前原の肩に()()で触れる。

 その瞬間、ガラスが砕けるような音がした。同時に、前原の背中で、奔流のような光の爆発が起きた。

 

「うっ──」

 

 バチンッ!!と。拳銃で撃たれたような音がして、前原の体が勢い良く転がった。その背中からは、星屑の煌めきに似た()()の光が、血のように止めどなく流れ出ている。

 

「……これが、奇蹟の代償ということか?」

 

 インデックスすらも言葉を失い、ただ状況を見守ることしかできない。そんな中、唯一シャットアウラだけが、恐れながらも納得した様子で呟いた。

 

「なんだシャットアウラ。何か知っているのか」

「……いや、以前レディリー(あの女)に言われたんだ。前原(この男)をエンデュミオンに連れてきたら死ぬ、とな」

 

 聞いた瞬間、シャットアウラへの感情が、敵意に変質したのが分かった。胸倉を掴みたくなる衝動に駆られるが、ギリギリでそれを我慢する。

 

「テメェ……それを知っててなぜ黙ってた!!」

「素直に言ったら信じていたか?下らん脅し文句と思うのが関の山だろう」

「頭の片隅にでもあれば、少しでも早く違和感に気付けたかもしれない。前原がこんなに苦しむことは無かったかもしれないんだ!!」

「どの道、引き返すことはできなかった」

 

 淡々と告げるシャットアウラに腹が立ち、インデックスと共に前原に駆け寄る。顔を覗き込んで、また驚愕した。

 前原の頬の辺りに、割れ物のようなヒビが入っていたのだ。その内側からは、太陽より眩い黄金の光が漏れている。まるで、内側から殻を破るように。

 

「……なに、これ。こんなの、ゴエティア系でもないんだよ」

「でも、超能力とも違う。全反射(ハーモニクス)はこんな力じゃない」

「……もしかして」

 

 ミシミシミシミシッッ!!!と。インデックスの言葉を遮るように、空間そのものが悲鳴を上げた。それと同時に、前原の顔のヒビが、顔から首へと伸びていく。

 

「ま、前原!!」

 

 何がなんだか分からない。だが、このままでは大変なことになる。これが『異能の力』ならば、幻想殺し(イマジンブレイカー)で破壊できる。

 そんな確信のもと、俺はそのヒビを右手で塞いだ。

 そして、それが致命的な間違いだった。

 

「a────』

 

 ガラスが砕けるような音が炸裂する。そして、ヒビの入った頬の皮膚──のようなものが、ほんの僅かに剥がれ落ちた。

 その瞬間、蒼銀の輝きが、ダムに穴を開けたように爆発した。

 

「なッ──……?」

 

 光の洪水に思わず身構えて────何も起きない。

 ゆっくり目を開けると、一面の蒼銀が見えた。光がエンデュミオン内部全体に広がっていたのだ。なのに息苦しいどころか、何の感触も無い。幻想を見ているような気分だ。しかし、幻想殺しは何も発動しない。

 

「……止まった、のか?」

 

 呟いた瞬間、そうでないことに気付いた。

 ビシリ、と。回廊となっている窓の1枚に、大きなヒビが入っているのが見えたからだ。

 

「走れ!!」

 

 シャットアウラが叫ぶ。俺はとっさにインデックスを別区画の方に押して、前原の腕を『左手』で掴んだ。宇宙にいるせいか、前原の体は軽く、運ぶのは容易だった。

 視界の先で、別区画に到達したシャットアウラとインデックスが手を振って急かしている。

 

 区画まであと数メートル、というところ。

 遥か後方で、ガラスが割れる音が聞こえた。

 

「うぉ──!!?」

 

 床を蹴った瞬間、ふわりと体が浮き上がる。重力から解放されたのではない。『吸い込まれている』のだ。

 空気の無い宇宙と、空気のある施設内では、恐ろしいほどの圧力差がある。そこに穴が開けば当然、凄まじい風と共に、宇宙に放り出されるだろう。

 

「冗談、だろ!?」

 

 足をバタつかせるが、空中ではなんの意味もない。冷や汗が流れる間もなく、あと僅かだった別区画が、どんどん離れていく。

 

 しかし次の瞬間、右腕に激痛が走ると同時に、景色の移動が止まった。見ると、シャットアウラの腕から伸びたワイヤーのようなものが、俺の右腕に巻き付いていた。

 

「くっ──早くしろ!!長くはもたんぞ!!」

 

 前原を離さないようしっかり抱えると、ワイヤーがシャットアウラの腕にゆっくりと巻き戻っていく。

 腕が千切れるような激痛があったが、俺と前原は、何とか安全な別区画に移動することができた。

 

「……すまない。助かった」

「……ふん。死ぬならレディリーの計画を潰した後にしろ。でないと私が困る」

「……そういうことにしとくよ」

 

 そっぽを向くシャットアウラに、思わず笑ってしまった。敵意を向ける命の恩人、という奇妙な立ち位置に、どう言葉をかけていいか分からない。

 

 しかし状況は、そんな余裕すら与えない。

 

 ギシギシギシッ!!と、何かが歪むような音がして、床が傾き出したのだ。

 

「こ、今度は何だ!?」

「……恐らく、先ほどの穴と、この男の蒼い光で、建物の応力バランスが崩れたのだろう。倒壊はしないだろうが、展望回廊(ここ)が安全とは限らんぞ」

 

 改めて時間が無いことと、状況の悪さを認識する。

 前原をどうしようか考えていると、シャットアウラはすっと立ち上がり、俺たちに背を向けた。

 

「どうしようもないなら、その辺に転がせておけ。そこまでの面倒は見切れん」

「お前はどうするんだ」

「私は決着をつけに行く」

 

 そう言って、シャットアウラは静かに銃を構える。

 明確な殺意を滲ませる激情と、それでもとっさに人を助ける善性。相反する2つの性質を持つ姿が、どことなく前原に似ていると、ふと呑気なことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳴護アリサは呆然とした。ライブは時間通りに始まり、順調に歌っている最中。突然床が大きく揺れて、転びそうになった。 

 それでも歌を続けようとしたところで、ガシャンッ!!という轟音が炸裂する。あたしは歌うのを止めて、音のした方を見た。

 そこでは、建物の一部が崩れて、その上にあった観客席が大きく傾いていた。当然、そこにいたお客さんは宙吊りに近い形になる。

 

「な、なに……?」

 

 それを見たお客さんたちも、突然の状況に動きを止めた。役目を果たそうとする音楽だけが、ステージに虚しく響いている。

 

 ガシャンッ!!と。

 二度目の轟音が、さっきとは別の方向から炸裂した。その音で、時間の停止が終わる。

 

「な、なんだ!?事故か!?」

「おいどうすんだよ!!」

「怖い!!」

「やばい、ここ宇宙だぞ!!」

 

 悲鳴と怒号が一気に伝播し、観客席を飲み込んだ。出入口に殺到するお客さんと、詰め寄られる係員の人たちがぶつかる。

 崩落事故というだけで恐ろしいのに、ましてやここは宇宙。1歩でも外に出れば死を免れない空間にいて、平静でいられる訳がない。暴動にこそなっていないが、それも時間の問題だろう。

 

 なのにあたしの思考は、彼らとは対照的に、非常に冴えていた。

 

「(こんなこと、どこかで……)」

 

 あたしには1年以上前の記憶が無い。大きな事故に遭ったことは、記憶の限り無いはずだ。

 なのに、知ってる。今と同じようなことを、あたしはどこかで経験している。

 

「(……そっか。あたしは、『あの時』も)」

 

 漠然と思っていた自分の謎が、何となく繋がる。いつ、どこで、なぜ記憶を無くしたのか。いつ、どこで、なぜ生まれたのか。

 でも、それは重要ではなかった。重要なのは、今この瞬間、あたしが何をしたいか、ということ。

 

「係員なにしてる!!」

「早く開けろ!!」

 

 お客さんの怒号が聞こえてくるが、それすらも耳に入らない。鼓動が早い。思い出は走馬灯のように駆け巡り、色んなことを思い出した。

 まだ小さな歌い手だった頃の願い。あたしがやりたかったこと。その願いが、まさに今ここで、できる。

 

『──アリサの歌はアリサから生まれた』

 

 ふと、将貴くんの言葉を思い出す。

 『ARISA』の仮面を脱ぎ捨てて、将貴くんの体温を感じたあの日。あたしのすべてを受け入れて、守ると、忘れないと約束してくれた言葉。

 

『だからアリサは、どんな時でもきっと歌える』

 

『だからもし、何かあったら』

 

『怖くて、体が震えて、どうしようもなくなったら』

 

『そのときは────』

 

 立ち上がり、衣装についた汚れを取って、深呼吸を繰り返す。相変わらず鼓動は早いが、それ以上に落ち着いている。

 

 音楽なんて流れない。お客さんも観ていない。ステージだって崩れている。でも、何も関係ない。アイドルという肩書きすらも、今のあたしには必要ない。

 

 これは、あたしが、あたしのために歌うもの。

 

 さあ。最低のステージに、最高の歌を届けよう。

 

 

 

 

  

『────歌えアリサ。力の限り!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
17世紀に書かれた書物『レメゲトン』の表題。ソロモン王が使役した72体の悪魔の召喚方法と使役方法が書かれている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。