とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第92話

 

 

 

 

 

『明日 晴れるかな 空を見る────♪』

 

 

 

『満点の星たち 煌めく────♪』

 

 

 

『手を伸ばしたら 届きそうだねと────♪』

 

 

 

『笑い合ったら ふたり また歩き出す────♪』

 

 

 

『本当はね ひとりの夜が────♪』

 

 

 

『不安で メールをしたの────♪』

 

 

 

『たくさんの夢とか 理想の中に────♪』

 

 

 

『自分が 埋もれそうで────♪』

 

 

 

『いつかは この街を出て────♪』

 

 

 

『大人に なってくことを────♪』

 

 

 

『想像してみたら 心細くて────♪』

 

 

 

『君の顔 浮かんだ────♪』

 

 

 

『いつも 何気ないことで────♪』

 

 

 

『気持ち 分け合える ふたり────♪』

 

 

 

『今から迎えに行くよと 君の声────♪』

 

 

 

『明日 晴れるかな 空を見る────♪』

 

 

 

『満点の星たち 煌めく────♪』

 

 

 

『手を伸ばしたら 届きそうだねと────♪』

 

 

 

『笑い合ったら ふたり また歩き出す────♪』

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ぐにぃっ、と。視界の端で何かが歪んだ。窓を見ると、比喩ではなく、宇宙を覆うような魔法陣が歪んでいるのを、インデックスは目撃した。

 

「な……なに、これ」

 

 あまりに非現実的な光景に、思わず圧倒される。しかし、それ以上に顔を歪める女が1人。

 

 レディリー=タングルロード。

 この事件の首謀者は、限界まで目を剥いたまま、その光景を見つめていた。

 

「これ、は……」

 

 レディリーの理解が追いつく前に、歪みはさらに広がる。魔法陣が1つ、また1つと形を崩していく。

 それを見たレディリーは、正気に戻ったように同じ術式を展開させる。しかしその魔法陣もまた、広がった端で歪んでいた。

 

「……こんな無茶な術式は初めて見たよ。地球を壊しちゃう気?」

 

 それを遮るように、私は話しかけた。レディリーは魔法陣を作る手を止めて、ゆっくりとこちらに振り返る。

 

「……あなたは『何』?魔力を精製するための回路が、乱れてるどころじゃないよ。まるで永久機関みたい」

「……『禁書目録』ね。聞いたことあるわ。10万3千冊の魔導書を記憶させられた人間図書館……私と同じ、魔術に呪われた者」

 

 度重なる想定外に、レディリーは怒り狂ったように叫ぶ。その間にも、歪みは魔法陣全体に広がっていく。

 

「貴女なら分かるでしょう!?私の気持ちが!!だから……邪魔しないで!!」

「………」

「……私が生まれたのは1182年。嬉しいことも楽しいことも、辛いことも苦しいことも、嫌という程味わい尽くしてきたわ」

「(800年以上も……)」

「……もういいの。もうすべて終わりにしたいだけ」

 

 乾いた笑みを浮かべるレディリーの瞳は、闇を煮詰めたよくに黒々と淀んでいる。時の牢獄という、想像すらつかない地獄を味わってきた魔女の、歪みに歪んだ死への渇望は、常人には計り知れないものがある。

  

「──確かに『新月の矢』なら、貴女は確実に死ねると思う。なんせ、あのオリオンを殺せるくらいだからね」

「……安心したわ。禁書目録のお墨付きなら、間違いなく死ねるでしょうね」

「私の前で、死ねるなんて思わないでほしいんだよ。貴女の魔術は絶対に止めて、アリサを助ける。とうまとしょうきと、そう約束したもん」

 

 レディリーは恨めしそうに私を睨み、魔法陣の再構築を再開する。それを合図に、私は脳に刻まれた10万3千冊の魔導書を展開させ、魔法陣の解体に取り掛かろうとする。

 その時だった。

 

「(……今ならやれる。折り重なった術式を解いて、崩す方法を見つけ──)」

 

 ふわり、と。エンデュミオンの一区画から、蒼銀の靄が生まれた。星屑の煌めきに似た、鋭く、冷たい色だ。

 そんな非日常的な輝きは、瞬く間にエンデュミオン全体に広がり、宇宙に展開する魔法陣を呑み込んでいく。

 

「なに、これ……貴女……!?」

「(……違う。これは私じゃない。私の『歌』の前に、何かが強引に干渉したんだよ……!!)」

 

 ポーカーフェイスで隠しているが、私自身、何が起きているか分からなかった。

 私の『歌』は、魔術の綻びを見つけて、そこを突いて自壊させる、言わば『傷口を広げる』やり方だ。しかしこの蒼銀は、魔術そのものを『呑み込んで』いる。それも、神話クラスの大魔術である『新月の矢』を、だ。

 

 あまりに非常識。あまりに非効率。

 そして、なんという規格外。

 

「……っ⁉︎これ、は……何かが、歪め……いや、違う。これはまるで……?」

「(……まるで、()()()())」

 

 プラスにマイナスをかければ、どんなに数でもマイナスにひっくり返るように。『完成した』音律に不要な音を加えれば、曲そのものが破綻するように。

 この蒼銀は『新月の矢』に干渉し、強引に調和を乱した。その結果、性質の急激な変化に耐えられなかった魔法陣そのものが、少しずつ崩れているのだ。

 

「(……口にするのは簡単なんだよ)」

 

 数字なら数字。音なら音。何かに干渉するには、()()()()()()()()()()()()()()が不可欠だ。

 

 では『新月の矢』の本質は?性質は?

 

「(……いま考えることじゃないんだよ)」

 

 首を振って、思考を切り替える。大切なのは、魔法陣が崩れつつある今こそ、最後のチャンスということ。

 私は祈りの姿勢をとり、静かに歌い始めた。

 

「――♪」

「……っ!?」

「――――♪」

 

 魔法陣が、今までとは違う輝きを放ち始める。やがて、歪んでいた魔法陣の一部に、小さな亀裂が走った。私の歌が、術式への干渉に成功したのだ。

 

「く……崩れてく……私の希望が、私の夢が……‼︎」

「――♪――――♪」

「やめろっ‼︎」

 

 レディリーが叫ぶが、もう遅い。この規模の大魔術になると、修復にも時間がかかるはず。その隙に、今度は別の亀裂を入れればいい。あとはその繰り返しだ。

 それだけで、『新月の矢』の発動は大幅に遅れるし、最終的には解体できるだろう。もっとも、私がそこまでする必要はなさそうだが。

 

「(あとは頼むんだよ。とうま。しょうき)」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 エンデュミオンの上部。魔法陣の中心に続く廊下を、上条当麻は走っていた。視界を覆う魔法陣は形を大きく歪ませ、所々で割れ始めている。放つ光も淡くなり、まさしく風前の灯といったところだ。

 

「……上手くいったみたいだな」

 

 口元を歪め、さらに足を早める。

 別れてから少し経ったが、未だに『新月の矢』は発動していない。それどころか、魔法陣が目に見えて崩れ始めている。つまりインデックスは、自分の使命を果たしたということだ。

 ならば、俺も使命をまっとうしなければならない。

 

「――見つけた」

 

 そして辿り着いた、エンデュミオンの最上階。『矢』で言えば先端にあたる部屋に、それはあった。

 不気味に重なる幾層もの魔法陣と、その中心で毒々しく輝く赤紫(ガーネット)に似た八面体の結晶。その周囲には数百にも及ぶ結晶が、血を流す鍾乳石のようにぶら下がっていた。

 

「明らかにこれだよな……!!」

 

 不自然な結晶を前に、俺は右手を硬く握って――その拳を解いた。

 

「(……これは()()()()()()()()()()?)」

 

 脳裏をよぎったその疑問に、自然と足も止まる。

 この拳なら、この結晶は間違いなく破壊できる。だが、本当に壊していいのか、急に分からなくなった。

 

「(さっきの前原は、間違いなく俺の右手でおかしくなった)」

 

 宇宙に着くなり昏倒した前原に、俺が右手で触れたことで、事態は悪化した。まるで、堰き止めていたダムに、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が小さな穴を開けたように。その蒼銀の奔流は、ある時ふと止まったが、その理由だって何も分からない。

 ましてや今回は、エンデュミオン全体を覆う魔法陣。これが一気に壊れたら、エンデュミオンそのものも崩れ落ちてもおかしくない。

 

「(……どうする?もう少し様子を見るか?だとしたら、いつまで?)」

 

 そう自分に問いかけて、頭を横に振る。考えても分かる訳がないし、時間だって残されてない。破壊する以外に、選べる道は無いのだ。

 

 だが、前原の時みたいなことになれば――と思った、その時だった。

 

「――?」

 

 ふわり、と。新たに生まれた蒼銀の波が、すべてを洗い流すように、部屋全体を呑み込んだ。

 

「前原、か……?」

 

 蒼銀が右手に触れる。その瞬間、ガラスが砕けたような音が響き、波に空白が生まれた。しかしその空白は新たな波に呑まれ、すぐに見えなくなる。

 

 どうやらこの蒼銀は、()()()()()()()()()()()()()らしい。しかし力が入り続けているのか、完全には消し切れないようだ。

 

「……大丈夫みたいだな」

 

 この蒼銀は冷たい色だが、どこか温かさを感じて、俺は思わず笑った。人類の危機とも言えるこの状況で何が笑えるのか、考えたらすぐに分かった。

 それを超えるほどの奇蹟が、エンデュミオンに満ちているからだ。そしてそれを生み出した、2人の演者のことも。

 

「つくづく、分かんねぇな。あの2人は」

 

 夜這いとビンタから始まって、僅か1週間で奇蹟を共演するなど、摩訶不思議にも程がある。それでも、今ここに奇蹟があるのは、2人がいるからだと信じれる。

 『みんなを守る』というアリサの決意と、『アリサを守る』という前原の決意が合わされば、守れないものなど1つも無い。

 

「『聖人』も『新月の矢』も、あの2人には関係ない」

 

 拳を岩のように硬く握る。異能の蒼銀か、2人への信頼か分からないが、今度は迷わなかった。

 ゆっくりと赤紫の結晶に歩み寄る。その毒々しい色も蒼銀に呑まれ、輝きを損ねている。なにも臆することはない、とでも言うように。

 

「アイツらの『奇蹟』は、科学や魔術が破れるような、薄っぺらい幻想じゃねぇんだよ!!」

 

 握った右手で、結晶を思い切り殴りつける。ゴキンッ!!!と、壮絶な音が炸裂した。

 瞬間、空間が軋むような音と共に、結晶が粉々に砕け散った。エンデュミオンを覆う巨大な魔法陣も、流れ星が燃え尽きるように霧散していく。

 

「……?」

 

 同じように蒼銀の波も、溶けるように消えていく。何もかもが消えゆく空間で、最後に輝いたのは、エンデュミオンの中心――前原とアリサがいる、奇蹟のステージだけだった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

  

『ありがとう 口にするのは────♪』

 

『今さら 少し照れるよ────♪』

 

 アリサの歌が、世界に木霊している。そんな圧倒的な姿に、前原将貴は見惚れていた。それこそ、『新月の矢』のことも、頭から抜け落ちるくらいに。

 

「(この歌、だったのか。そしてこれが――アイドル)」

 

 初めてライブに行った時、俺は「この程度か」と思った。だが、今はどうだ。

 踊る炎も、歪む魔法陣も、アリサの前ではすべてが脇役だ。ライトもBGMも歓声も無い、ライブとも呼べないステージなのに、俺はもうアリサしか見えない。

 

『伝わるならいいな 一緒に居るだけで────♪』

 

『なぜか笑顔になる────♪』

 

 そしてもう1つ。聴き慣れたこの旋律。俺が普段から口ずさむ、名前も知らない『あの歌』だ。

 今日が初披露のはずなのに、何故俺が知っているのか。分かるわけもなく、俺はつい笑ってしまう。

 

『空は どこまでも澄んで――――♪』

 

『星は 瞬きつづける――――♪』

 

 俺とアリサは、決して望んだ間柄じゃない。あまりに歪に絡み合った、名前を付けるのも難しい関係だ。

 ただなんとなく、似ていると思った。能力に固執していた頃の『前原将貴』と。

 外面は気丈でも、悪意に晒されれば傷付く所も。打たれ強く振る舞っても、どこかで無理をしている所も。なのに自分のことになると、急に視野が狭くなる所も。

 

『ふたりの肩越しキラリと 流れ星────♪』

 

『光った────♪』

 

 だからカバーしたいと思った。だって、アリサが何を望んでいるか『分かる』から。

 だから、鳴護アリサが間もなく消えてしまうことも、『分かる』。

 

『明日 晴れるかな 空を見る────♪』

 

『満点の星たち 煌めく────♪』

 

 スポットライトの無いステージで、アリサが光り始める。比喩ではなくアリサは本当に、薄い燐光を纏っている。

 そのことに、アリサは気付いているのだろうか。

 

『強く願ったら きっと叶うから────♪』

 

『自分 信じて────♪』

 

 アリサが歌うにつれて、その燐光は強さを増しているように見える。宇宙との境界を曖昧にするような光に、アリサのすべてが包まれたら。その先を考えようとして、止めた。

 

「――っ」

 

 ざわり、と。エンデュミオンを呑み込んだ蒼銀が、静かに波打つ。音の無い光の波は、燐光を纏うアリサをさらに塗り替えていく。まるで、帰るべき場所へと回帰するように。

 

『明日 晴れるかな 空を見る────♪』

 

『満点の星たち 煌めく────♪』

 

 奇蹟なんて、いくらでも疑ってきた。中村涼乃が八月十日事件で生還したときも。入江明菜が笑顔を取り戻したときも。

 そんな『当たり前』を享受することが『奇蹟』なら、奇蹟とはなんと歪んだものだろうか。

 

 今だってそう。

 エンデュミオンを救おうと祈って、代償としてアリサが消えてしまうくらいなら、奇蹟なんて起きなくていい。そう思ってしまっている。

 

「(――眩しいな)」

 

 でも、止めることはできない。心から楽しそうに歌うアリサを、否定できる者などいない。それこそ、神すらも。

 

 そして俺は、その歌を聴くことを許された、ただ1人の人間だ。だから俺は、忘れない。

 ダンスも。笑顔も。歌声も。アリサがしてきたこと、そのすべてを忘れない。アリサが幻想なんかじゃなかったことを、世界に示し続けるためにも。

 

『手を伸ばしたら 届きそうだねと────♪』

 

『笑い合ったら ふたり また歩き出す────♪』

 

 アリサと俺の視線が重なる。アリサがふっと微笑んで、俺も同じように返した。今度は勘違いじゃない。

 

 『力の限り歌え』という言葉に、アリサは確かに応えた。なら俺は、とびきりのエールで応えよう。今この瞬間は、アリサのためだけに笑おう。たとえそれが、言葉にも出さない、ただの自己満足にすぎなくても。

  

『未来へ────♪』

 

 ファンとは本来、そういうものなのだから。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「アリサは……?」

 

 上条当麻がステージに戻った頃には、もうすべてが終わっていた。ライブも、奇蹟も、なにもかも。

 

「――歌いきったよ」

 

 そこにいたのは、ステージを見上げる観客と、燐光のような光の粒のみ。淡く煌めいた光の粒は、前原を包むように広がり、やがて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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