とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第96話

 

 

 

 

 

『御坂選手、2人目を撃破!常盤台ここから巻き返しなるかー!?』

 

 実況の声が遠くから響く。自分の名前を呼ばれた御坂美琴は、しかし競技の外からそれを聞いていた。

 視線の先には、自分と同じ顔、同じ体の少女が、これまた同じ常盤台中学の体操服を着て、競技に臨んでいる。

 

「ったく。一体全体、なんでこんなことに……いや分かってるけどさ」

 

 はあ、と私は溜息をついた。

 こうなった理由は、数時間前まで遡る。

 

 

 

 ―――

 

 

  

 ―――――

 

 

  

 ―――――――

 

 

 

「お姉様」

「ん?」

 

 大覇星祭が始まって少し経った頃。何か食べようと街を歩いていると、ふと声をかけられた。

 自分とまったく同じ声。違うのは抑揚くらいか。その事実に今でも強烈な違和感があるが、その理由を知っているため、驚きはしなかった。

 

 私の体細胞クローン、通称妹達(シスターズ)である。

 

「お久しぶりです、とヒトミは挨拶します」

「ああ、10013号(ヒトミ)ね。どうしたの?お腹でも空いた?」

 

 声も顔もまったく同じで、見ただけでは何号なのかサッパリ分からない妹達だが、この子だけは分かる。

 おでこに暗示ゴーグル(UV)が無いし、制服には特徴的なゲコ太のストラップがある。なにより、『ヒトミ』という確かな名前を持っているからだ。

 

「ヒトミはそんなに食いしん坊ではありません、と内心で抗議します」

「思いっきり口にしてるけどね」

 

 私の指摘に、ヒトミは拗ねたように顔を反らした。

 このように、性格の面でも、この子は特に強い『個』を持ってる――と思う。その個性(エラー)が、『絶対能力(レベル6)進化(シフト)計画』を止める決定的な要因となったのだから、忘れるはずがない。

 

「本日はお願いがあって参りました、とヒトミは単刀直入に口にします」

「お願い?」

「ヒトミも競技に参加したいです」

 

 その言葉に、私は止まった。

 妹達からのお願いなんて初めてだ。それも、『競技に出たい』という、打算も無い素直なわがまま。

 思わず「どうして?」と聞くと、ヒトミはこう答えた。

 

「参加された方が、楽しそうな顔をしていたからです、とヒトミは嘘偽りなく口にします」

「へえ、よく見てるじゃない。でも競技は……うーん」

 

 あまりに妹達らしくない言葉に嬉しくなるが、それでも懸念は払拭できない。

 万が一でも入れ替わりがバレたら、面倒じゃ済まないことになる。親しい人なら分かる可能性もあるし、やはりここは――

 

「……あの風紀委員(ジャッジメント)の方は」

「……もしかして前原さん?」

「あの人は、妹である私がお願いすれば、お姉様は確実に聞き入れてくれる、と言っていました。とヒトミは遠回しに圧をかけます」

 

 ……そうきたかー。と、私は溜息をついた。

 本当にあの人は、上条当麻(あのバカ)とは違うベクトルで色々やってくれる。

 ヒトミが生き延びれたのも、一方通行(アクセラレータ)に勝利できたのも、ほとんど前原さんのおかげだ。ヒトミという名前も、前原さんが付けたものだ。

 そんな前原さんの影響を受けているからこそ、ヒトミは『個』が強いのかもしれない。

 

 『風紀委員』という便利な言い訳があるため言及はしないが、あの人には感謝しかない。

 

「……分かったわ。明日の『バルーンハンター*1』って競技でいい?電撃も禁止されてるから、能力でバレることもないでしょ。あとは口調ね」

「よろしいのですか?」

「妹にそこまで言われて、聞き入れない姉がいるわけないでしょ」

 

 もう一度溜息をつき、今度は笑った。

 体操服を取りに帰ったり、ヒトミの口調を直させるのは面倒だが、それすらも心地良い。『妹』のために動くというのは、『姉』として当然の使命であり、結構好きだったりする。

 

 こういう気持ちに気付けたのも、やはり前原さんのおかげだろう。また改めてお礼を言おう、と改めて思った。

 

「ありがとうございます、とヒトミはお姉様のサイズが合うかどうか疑念を抱きつつ謝辞を述べます」

「オーケー、ちょっと徹底的に話し合いましょうか。そこ座りなさい」

 

 姉には、妹を躾ける義務もある。

 こんな使命までは、できれば知りたくなかった。

 

 

 

 ―――――――

 

 

  

 ―――――

 

 

 

 ―――

 

 

 

「しっかし、誰も私と見分けがつかないとは……助かったような寂しいような……」

 

 遠くの路地裏に、3人目の獲物を追い詰めるヒトミがいる。その顔はいつもの無表情だが、戦闘以外で、ここまで元気に動き回る妹達は初めて見た。

 それだけでも、見れてよかったと思える。

 

「……でも、ま。妹の願いなら仕方ないか。私の代理で出るんだから、思いっきり暴れなさいよね」

 

 私は小さく笑って、壁に背を預けた。

 なんの心配もなく、慈愛に満ちた表情で行く末を見守るその姿は、間違いなく『姉』のそれだっただろう。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 そんな姉の思いは露知らず。競技に出場するヒトミは、割と調子に乗っていた。ゲームとはいえ、単独で3人を撃破すれば、妹達と言えど気分が良いらしい。

 しかし、そのままでは終わらないのがゲームというもの。

 

「(……妙ですね、とヒトミは首を傾げます)」

 

 目の前には、背を向けて走る少女が1人。明らかに逃げているが、時々こちらの様子を伺っており、どこか意図的なものを感じた。

 

「(あえて見晴らしのよい場所に来たのは、彼女の能力に関係するのでしょうか。もしくは、罠――)」

 

 そう思った瞬間。コーン、と。電灯に何かが当たる音がした。

 それを合図だったのだろう、がさがさと四方の茂みが鳴り、そこから10人以上の人が現れる。こちらに迫るその手には、競技用の球が握られていた。

 

「――そうきましたか、とヒトミ……いえ、ミサカは腹を括ります」

 

 この競技のルールは、あくまで『指定の球を使って紙風船を割る』こと。つまり球を投げず、持ったままでも割ることはできる。しかし、仮にヒトミが電撃を使えば、それは競技者への攻撃と見なされ、失格となってしまう。

 そのルールの穴に、向こうは気付いたようだ。

 しかし――

 

「甘く見られたものですね、とミサカは嘆息します」

 

 前からの攻撃を、後ろへのステップで躱す。その後ろにいた選手の攻撃は、体を横に捻って躱す。左右から迫る攻撃は、しゃがんで同士討ちの形にする。

 選手たちは驚いた顔をしているが、これくらい、ヒトミにとっては朝飯前だ。

 

「ミサカを捉えるのは容易ではありませんよ、とミサカは忠告します」

 

 ヒトミ1人に集中したため、相手は互いにぶつかったり、同士討ちを避けるために、1歩引いた攻撃にならざるを得ない。

 

 その程度の攻撃なら、ヒトミは躱せる。

 なんせミサカは、触れるだけで命を失う相手と、10000回以上戦闘を繰り返してきたのだから。

 

『おおおおおーーーーーっ!!?これはスゴいっ!!御坂選手、群がる無数の手を躱す躱す躱すーーーっ!!』

 

 躱して、躱して、隙を見て風船を割って、また躱す。

 あとはそれを繰り返すのみ。『実験』と比べれば、あまりにも緊張感の無い、簡単なゲームだ。それこそ、実況の興奮する声が聞こえるほどに。

 

「(とはいえ、ラッキーパンチを食らったら悔しいので、ここは一度撤退して態勢を整えましょう、とミサカは目標に狙いをつけます)」

 

 人の壁が薄い部分を見抜き、そこの競技者に狙いを定める。左右の手を躱したヒトミは、球を目標に投げつける――その時だった。

 

 ちくっ、と。

 左足のあたりに、何かが刺さった。

 

「――っ」

 

 その違和感に、一瞬だけ動きが止まる。だがすぐに立て直し、目の前の競技者に集中した――その時だった。

 

 ぼすっ、と。

 ヒトミのすぐ真横に、どこからか球が落ちてきた。

 

「間に合いました」

 

 続いて()()から、鈴のような声が聞こえる。

 それに反応すると同時に、ヒトミのすぐ後ろに、紺色の髪を三つ編みにした少女が降り立った。少女はヒトミの方を向き、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「御坂様。差し出がましいかもしれませんが、助太刀させていただきます」

 

 突然の乱入者に驚いた競技者たちが、僅かに距離を取る。ヤケクソになったのか、何人かが少女に球を投げた――が、それは明らかに不自然な軌道を描き、少女の手前に落下した。

 

「後ろは任せました、とミサカはちょっと憧れてたセリフを口にします」

「――!分かりました!」

 

 少女は嬉しそうに微笑み、改めて後ろを向いた。背中を合わせるようになり、ヒトミと2人で包囲網と相対する。

 本当は撤退するつもりだったが、もう1人いるなら心強い。それに、2人で徹底抗戦した方が、映画っぽくておもしろそうだ。

 

「ここからが本番です、とミサカは改めて宣戦布告します」

 

 その後、ルールの穴を克服したヒトミたちは、残った包囲網を逆に殲滅し、逆転に成功。常盤台中学は、初日に続いて無敗を堅持することができたのだった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「先ほどはありがとうございました、とミサカは改めて感謝を述べます」

「御坂様の助けになれたのなら、光栄ですわ」

 

 競技後、泡浮万彬はミサカの隣を歩いていた。

 別れるきっかけが特に無く、なし崩し的にそうなったのだ。私にとって御坂様は、それこそ雲の上の存在であり、並んでいる今も実は緊張してたりする。

 

「申し遅れました。わたくし、1年の泡浮万彬と申します」

「ミサカです、とミサカは挨拶します」

「もちろん存じておりますわ」

 

 独特な口調は気になるが、まさか人違いなはずもないので、今はスルーする。直接聞くのも、なんだか踏み込みすぎな気がして憚られる。

 

「それにしても、よくミサカの頭上の球が見えましたね、とミサカは視野の広さに感心します」 

「競技前、ある方にアドバイスいただきましたので」

「アドバイスですか?」

「はい。『相手が目の前に現れた時こそ、目の前以外も警戒した方がいい』と」

 

 随分と実戦的なアドバイスだと、改めて思う。でも、今も活躍する風紀委員(ジャッジメント)だからこそ、その言葉をよく覚えていたのかもしれない。

 事実、その言葉がなければ、私も御坂様を狙う球に気付かず、そのまま敗れていたかもしれない。

 

「む。なにか良い匂いがしますね、とミサカは甘美な香りに無意識に釣られます」

「お屋台ですね。御坂様はお昼は摂られましたか?」

「いえ。ですが食券は持っています、とミサカは誇らしげに手にします」

 

 無表情で食券を掲げる御坂様に、思わず笑ってしまう。あまり話したことはなかったが、思ってたより親しみやすい方のようだ。

 

「綿菓子。りんご飴。どんな味がするのでしょう。今から楽しみです」

「わたくしも、いただいたことはありませんわ。よろしければご一緒していただけないでしょうか?」

「もちろん構いません、とミサカ、は……」

 

 御坂様の言葉が急に途切れる。なんだろうと思って隣を見た私は、思わず息を呑んだ。

 御坂様が荒い呼吸を繰り返し、夥しい量の汗を流していたのだ。熱があるのか、無表情だが顔も赤い。

 

「み、御坂様?」

「大丈夫、です、と、ミサカは……」

「御坂様!?」

 

 どさっ、と。膝を着いた御坂様は、そのまま糸が切れた人形のように倒れてしまった。慌てて触れると、かなりの高熱であることに気付いて、再度驚く。

 

「大丈夫か?」

 

 あまりに突然の状況に慌てて、連絡を取ろうとケータイを触っていると、ふと声がかけられた。

 見ると、紺色のアーマーを着た――完全装備の警備員(アンチスキル)が3名いた。彼らはヘルメット越しに、御坂様をじっと見下ろしている。

 

「あ、警備員の方ですか?御坂様が急に倒れてしまって……」

「分かった。後のことは任せたまえ」

「すごい熱だな。すぐに病院に運ぶぞ」

 

 警備員は慣れた手付きで、両手足を持って御坂様を運ぼうとする。もう1人は私に話を聞きたいのか、私のすぐ前に立った――のだが。

 

「(……なにか、おかしいです)」

 

 ふと、違和感があった。

 警備員や風紀委員に詳しい訳じゃないが、その姿や行動が、なんとなく変な気がした。

 

「(なぜ、このタイミングで現れたのでしょう……盾まで用意して……)」

 

 街中を巡回中、偶然見かけたなら分かる。

 しかし、御坂様が倒れたちょうどそのタイミングで、こんな裏道を通ることなんてあるだろうか?それも、盾やヘルメットをつけた完全装備で。

 

「……申し訳ありませんが、ご質問があります」

「なんだ?我々は一刻を争うのだが」

「貴方様の所属支部を教えていただけませんか?後ほどお礼がしたいのです」

 

 思わず私はそう聞いた。

 時間が無いのは分かっている。杞憂で済めばその方が良い。だが、一度気になってしまえば、聞かずにはいられなかった。

 

「……そんなものは必要ない。これは仕事だからな」

「それでも、感謝の言葉を送りたいです。ですので、支部を教えていただけませんか」

「くどいぞ。とにかく時間が無いのだ」 

「……もしかして、申し上げることができないのですか?」

「……なんだと?」

 

 ぴりっ、と。彼らの纏う空気が変わった。そこに宿るのは、『敵意』のような何か。 

 それを理解して、なんて失礼な言い方をしてしまったのか、と反省する。しかしもう遅い。

 

「なにが言いたい?」

「……い、いえ。ただ、どうしてそんなにも支部名を仰ってくださらないのかと、疑問に思ってしまって」

「……チッ、面倒だな」

 

 ガシャン、と。目の前の1人が盾を投げ捨てる。それは滲み出ていた悪意が、明白に表面化した瞬間だった。初めて向けられた悪意に、私はどう反応していいか分からなくなってしまう。

 

「よさんかね」

 

 ふと、声が聞こえた。

 しわがれた老人の声。路地裏にはあまりに場違いで、この状況にはあまりに落ち着いた、つまり不自然極まりない声だった。

 そちらを見ると、メガネと白衣という、いかにも学者という風貌の老人が1人。

 

「か弱い女性1人に、大の男が3人がかり……情けないとは思わんのかね?」

 

 本名不詳。通称『ハカセ』。

 この時は知る由もないく、まともに生きたら今後も絶対に関わらないような『闇』が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
各校から選抜された30人が、互いの頭につけた紙風船を、指定の球で割り合う競技。超電磁砲第8巻参照。

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