とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第98話

 

 

 

 

 

 表から外れた工事現場に、前原将貴の舌打ちが響く。

 どうやら泡浮を庇っている間に、敵を逃してしまったらしい。今後もぶつかる可能性を考えたら、気が滅入るどころじゃない。

 

「(とりあえず、奏に連絡するか)」

 

 そう思って、右手の拳銃を見つめる。

 幼き支配者から「多分使うから」と渡されたものだ。残念なことに、その読みは今回も正しかった。

 

「(奏はどこまで見えていたんだ?)」

 

 今後について、改めて話し合う必要がある――と思ったそのとき、じくりと頭が痛んだ。

 動悸が激しい。冷や汗が湧き上がり、空気の濃度が急に下がったような息苦しさがあった。喉の奥から強烈な吐き気がせり上がり、鼻の奥がつんと痛む。

 

「うっ……!!」

 

 この感覚はよく覚えている。

 アレルギーのように、外ではなく、内からの拒否反応。

 

 すなわち、『自分が人を撃った』という事実に対する、強烈な忌避感。

 

「(久しぶりだな、これも……!!)」

 

 足がふらついて、視界が傾いた。  

 俺は、人を撃った。どんな形であれ、人を殺す兵器を、人に向けて使った。

 その事実が、毒のように俺の頭を犯し始める。

 

 エンデュミオンでシャットアウラを撃った時は、まだよかった。狙ったのは手に持った武器で、撃ち抜く自信はあったし、事実成功している。

 だが今回は、急所は外したとはいえ、明確に人を狙った。しかも、相手は老人。その1発が致命傷になりうると、理解したうえで撃った。

 

 俺がやったのは、偶然にも相手が死ななかっただけの、殺人未遂なのだ。

 

「(……っ。それで、いい。俺は『正解』を選べているはずなんだ)」

 

 深呼吸して、どうにか自分を落ち着かせる。

 武器を握る者は、それ相応の覚悟が求められる。その覚悟なら、既に決めている。いまさら迷う余地は無い。

 俺は額の汗を拭って、改めて顔を上げて、そしてがようやく、目の前の存在に気付いた。

 

「はじめましてぇ☆」

 

 それは蜂蜜色の髪の少女だった。

 明らかに不自然な場所にいる、あまりに自然な立ち姿が、強烈な違和感として浮かび上がる。

 

 その少女は見覚えがあった。おそらく、この学園都市において、最も有名な少女の1人だろう。

 

「……食蜂操祈?」

「あらぁ?私を知ってるの?」

 

 食蜂(しょくほう)操祈(みさき)

 学園都市の頂点である超能力者(レベル5)の第五位にして、学園都市最高の精神系能力『心理掌握(メンタルアウト)』を誇る少女だ。

 

「すごいわねぇ。アレでも暗部組織のリーダーなのに、撃退するなんて大したものだわぁ♪」

 

 食蜂は軽く振る舞っているものの、視線は見定めるようにじっと俺を捉えている。

 星が宿ったような大きな瞳は、俺を見ているようで、見ていない。

 

「(常盤台の女王、か)」

 

 記憶をもとに、俺も食蜂を見定める。

 俺が無能力者(レベル0)だった頃、目標として超能力者(レベル5)について調べたことがある。その中でも、食蜂は印象的だった。 

 常盤台で『女王』として君臨し、校内で圧倒的な影響力を誇り、思うがままに振る舞う。良くも悪くも超能力者(レベル5)然とした人物だ。

 

「時間力もないし、申し訳ないんだけどぉ」

 

 食蜂がブランド品らしい小さな鞄に手を伸ばす。出てきた手には、何の変哲もないテレビのリモコンが握られていた。

 

「さっきのこと、ぜーんぶ忘れてね☆」

 

 ピッ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「っ――」

 

 少年が膝をつき、頭を垂れる。揺れた前髪のメッシュが、陽の光を浴びてキラリと輝いた。

 黒とグレーを基調とした体操服に、肩がけの小さなリュック。緑の腕章が通る腕の先には、無骨な拳銃が握られていた。

 

「(……ただの風紀委員(ジャッジメント)にしては、随分とやんちゃねぇ)」

 

 暗部組織のリーダーを撃退する時点で、並の能力者ではないのは確かだ。それに、本物らしいその拳銃は、ただの風紀委員が持てるものではない。

 

「こっちも収穫力は無さそうだしぃ……」

 

 落ちていた『ハカセ』の端末を拾って、画面が点かないことに落胆する。もっとも、動くとしても『残しても問題ない』程度の情報しか出ないだろう。

 となると、それを見ていた人間に聞くのが、1番手っ取り早い。

 

 「一応、覗かせてもらうわね☆」

 

 形だけの謝罪をして、いつものようにリモコンのボタンを押す。

 そう、いつものように、記憶を覗こうとした。 

 

「――――えぁ?」

 

 ガクンッと、視界がズレる。

 膝をついたと思う間もなく、全身から汗が溢れる。呼吸が途切れて、唇が震えてきた。

 

「え……?」

 

 意識を手放さないよう、必死に思考を巡らす。しかし、苛烈なほどの『生』の実感が、思考を支配する。

 引き金を引かれたが、偶然にも弾切れだったような。

 竜に呑まれたが、偶然にも吐き出されたような。

 

「――うっ!?」

 

 伸びた右腕が、私の胸倉を掴んだ。強引に顔を上げられて、金のメッシュの奥にある、鋭い視線が突き刺さる。

 

「……そんな簡単に、やられると思ったか?」

「(な、んで……!?)」

 

 少年の呼吸は荒く、ひどく辛そうだが、意識は手放していなかった。

 

 どうして?能力に失敗した?いや、そんな自覚は無い。複雑な命令は出してないし、『例の少年』のように、打ち消された訳でもない。

 

「……ッ」

 

 少年の顔がさらに歪み、腕の力が緩む。呼吸が戻り、急に酸素を取り込みすぎて、肺が痛くなった。互いに膝をついて咳き込み、落ちついたところで、私はようやく口を開いた。

 

「なんで、気絶しないのよぉ……?」

「……いきなり襲ってきて、言うことはそれか?食蜂操祈」

「……知ってたの?」

超能力者(レベル5)の知名度ナメてんのか」

 

 ガチッと、少年が私に銃を向ける。黒より黒い銃口を前に、さすがに肝が冷えた。

 悪意には慣れているものの、能力に自信が持てなくなったのは初めてだった。

 

「……さて、話を聞こうか」

「銃口を向けて話なんて、紳士力が足りないわねぇ」

「自分は通り魔みたいなことしてただろ」

 

 笑う気分にもなれず、気まずい沈黙に包まれる。

 といっても私は、少年と敵対したいわけじゃない。常盤台の少女を助けた時点で、少なくとも悪人ではない。妹達(シスターズ)を知ってる時点で、まともな人間でもないが。

 

「ひとつ、ハッキリさせておこう。お前は、泡浮の『敵』か?」

 

 妹達(シスターズ)や『ハカセ』を前に、まず聞くことはそれなのか、と内心で驚く。いや、むしろ風紀委員の性分なのかもしれない。

 

「……とりあえず、敵ではないわ。あの子がいたのは本当に予想外って感じ?」

「泡浮は巻き込まれただけってことか?」

「そうねぇ。好奇心が猫を殺しちゃっただけだと思うわぁ」

「ならいい」

 

 そう言って銃を下げた少年は、携帯端末でどこかに電話をかけた。

 さて、この子の上には、いったい誰がいるのだろうか――

 

「奏。早速動き出した」

『――。――より――ね』

「……え?」

 

 少年が口にした名前と、かすかに聞こえた声が、私の思考を固定する。しかしそれとは無関係に、話は進んでいく。

 

「ヒトミと泡浮が襲われた。至急移送を頼む。特に泡浮が重傷だ。応急処置は終わってるが、急いでくれ」

『――を――――したの?』

「とりあえず撃退はした。だけどもう1人、よく分からん奴がいる」

『――?』

「食蜂操祈」

 

 名前を呼ばれ、はっとする。見ると、スピーカーにしたのか、こちらにスマホを見せてきた。

 そこから、よく知った声が聞こえる。

 

『みっちゃん?わー、久しぶりだねー』

「……松浦さん」

 

 幼い声色。軽快な口調。聞き覚えのあるその声に、自然と背筋が伸びる。

 常盤台中学3年にして、首席。さらに風紀委員の副委員長(No.2)に君臨する少女――『表』では指折りの実力者、松浦奏だった。

 

『みっちゃんが動いてるのはちょっと予想外かなー。美琴(みこ)ちゃんと一緒だったりする?』

「……いいえ、私1人よ。それに、やっと分かったわぁ。この子、噂の飼い犬ちゃんね?」

「誰が飼い犬だ」

 

 スマホを持った少年――前原将貴が私を睨む。顔は知らずとも、聞き覚えのある名前だった。

 第一位の劣化版(リザーブ)にして、松浦奏の忠実な『飼い犬』。松浦奏を良く知る者ならば、彼の存在は無視できない。

 

『良かったねしょーくん。有名人じゃん』

「年下に犬呼ばわりされたんだけど」

『にゃはは。ま、少し待っててねー』

 

 場違いなほどの軽口が飛び交うなか、私は思わず口を開く。この人相手には、考えるより聞いた方が早いことを、私は経験で知っていた。

 

「松浦さん。貴女はどこまで知っているの?」

『んーにゃ、特になにも。ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんとなく察しはするけどねー』

 

 はあ、と。諦めの溜息をつく。

 この人がそう言うなら、ほぼ確定だ。『表』に住んでいながら、ここまで暗部を牽制する存在もいないだろう。

 

「ねえ、松浦さん。私たちの目的は、きっと近いところにあると思わない?」

『そーだねー』

「協力させてくれない?少なくとも私は、貴女とは敵対したくないし☆」

『おっけー』

 

 松浦さんがあっさりと了承する。こちらと向こうの温度差に、思わずがっくりしてしまう。

 そうだ。この人はこういう人だった。

 

「……分かってるのかしら?私に協力して、って言ってるんだけどぉ?」

『後輩に頼まれたのに、突き放すのは嫌でしょ?』

 

 にゃはは、と松浦さんが笑う。何も考えてないようで、私の理解が及ばないだけということも、私は知っている。

 いずれにせよ、松浦奏さんが味方に――いや、松浦さんのカードに私が加わった。これだけで、こちらの勝算はグッと増える。

 

『ところで、しょーくんの記憶とかって見た?』

「……?いいえ、見ようとしたら妨害力を発揮されちゃったわ」

『ふーん?そう?』

 

 松浦さんが、少し考えるような口ぶりをする。しかしそれは一瞬で、気付くともう話が進んでいた。

 

『まあ、のんびりお茶する時間も無いし、動くのはしょーくんたちに任せるよー』

「え?」

『もうすぐ着くと思うし、後はそっちで動いてねー』

 

 それじゃ、とだけ言い残し、松浦さんの声が途切れる。

 それとほぼ同時に、視界に2人の影が現れた。どちらも茶髪で、年も同じくらいの女の子だった。

 

「えっ」

 

 1人は御坂美琴。私と共に常盤台の双璧を成す超能力者(レベル5)の第三位。

 しかし隣の少年は、御坂さんには目もくれず、もう1人の少女を見て絶句した。

 

「さっきぶりだね、将貴」

 

 薄茶色の髪に、同じ色の瞳。肩まで伸びたセミロングの髪は、素朴な白い髪留めで飾られている。

 そんな純朴そうな女の子が、ニコニコとブチ切れた様子でそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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