とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第99話

 

 

 

 

 

「また1人で行こうとしたの?」

「……あの、それは……その」

 

 連絡を受けて、慌てて現場に駆けつけた御坂美琴は、その態勢のまま立ち尽くしていた。人通りの無い場所に、気まずい空気が充満する。

 視線の先には、ニコニコ笑う涼乃(スズ)さんと、露骨に目を泳がせる前原さんがいた。スズさんの着ている、黒を基調とした制服の背後に、なお黒いオーラが滲み出ている。

 

「急だったから、連絡する時間がなくて……」

「時間があれば、連絡しようって思ってた?」

「………」

「……またそれ。都合が悪いとすぐ黙っちゃう」

 

 スズさんは悲しそうに溜息をついて、泡浮さんたちに駆け寄る。状態を確認しようとして、私と瓜ふたつな妹達(シスターズ)の顔を見て、ひどく驚いた様子だ。

 

「双子の妹です。スズさん」

「……そんな子いたんだ。名前はなんて言うの?」

「ヒトミです。隠していた訳ではありませんけどね」

「ふーん……?」

 

 どこか納得してなさそうだが、スズさんは器用に手を回して、2人を起こした。

 恐怖から逃れた前原さんもようやく落ち着き、その補助を始める。

 

「とりあえず、この子たちはどうしたらいいの?」

「……第七学区の総合病院まで運んでくれ。カエル医に見せれば分かるはずだ」

「前に将貴がいたとこ?少し遠くない?」

「あそこなら融通が効くんだよ。それと、それが終わったらこれも頼む」

 

 前原さんはそう言うと、ヒビ割れた携帯端末をスズさんのポケットに押し込んだ。スズさんはそのことに対し、「?」を浮かべるだけだった。

 

「それは奏に渡してくれ。何かに使えるかもしれない」

「おっけー。じゃあ跳ぶね」

「……涼乃」

 

 跳ぼうとしたスズさんの袖を、前原さんがちょんと摘んだ。スズさんは振り返り、辛そうに自身を見つめる前原さんの姿に、ひどく驚いた様子だ。

 私には前原さんが、「捨てないで」と懇願する子供のように見えた。

 

「俺のことは、信用しなくてもいい。だから、何かあったら、すぐに逃げてくれ。それだけは……頼む」

「……将貴のそういうとこ、ホント嫌い」

 

 ヒュンッと空気を裂く音を残し、スズさんはどこかに跳んでいった。その後には、寂しそうに腕を降ろす前原さんだけが残る。

 

「――終わった?なら、話を戻すわよぉ」

 

 沈黙を破ったのは、長い金髪をわざとらしくかき上げた食蜂だった。嫌な雰囲気が霧散したおかげで、私も少し助かった。

 

「まずは情報共有からねぇ。記憶に刻めたら楽なんだけど、2人とも妨害力があるみたいだしぃ、口頭で説明するわね」

「アンタの言葉が真実だっていう証拠はあるの?」

「信じたくないならいいわよ?松浦さんには協力してもらえるし☆」

「松浦さん?」

 

 また唐突に、有名な名前が出てきた。

 

 松浦 奏。

 『学舎の園』に住む者なら知らない者はいないであろう、常盤台中学の3年生だ。

 曰く、首席。数多の天才が集い、学園都市でも上澄みである常盤台中学の、頂点。さらに風紀委員(ジャッジメント)副委員長(No.2)として、街の治安をその手に握る人物。

 

 しかし話してみると、驚くほど普通の人だったのを覚えている。141cmの身長で明るく笑う姿は、まるで小学生のようだった。

 

「アンタ、松浦さんに何かしたの?」

「別にぃー?御坂さんには関係ないしぃ」

「なんですって?」

「奏は心配しなくていい。話を続けるぞ」

 

 ぴしゃりと、今度は前原さんが切り捨てた。風に揺られ、前髪に走る黄金のメッシュがきらりと光る。

 

「とりあえず、美琴はどうしてここに?」

「えーっとですね……あの子(ヒトミ)が急にいなくなったんで探してたら、ちょうど松浦さんに呼ばれて、あとは成り行きで……」

「……ちょうど、ね。食蜂は?」

「んー、そうねぇ」

 

 食蜂が嫌そうな顔をしつつ、どこかに歩いていく。

 ついて来い、と言ってるような背中に、私も前原さんも後に続いた。

 

「……結論から言うと、私の狙いは1人。木原(きはら)幻生(げんせい)

「……なんか、聞いたことある名前ね」

「そりゃそうよねぇ。なんせこの人は、御坂さんも馴染み深いあの実験……『絶対能力(レベル6)進化(シフト)』計画の提唱者よ☆」

 

 そう言われて、絶句する。諸悪の根源が、まさかこんな形で明らかになるとは思わなかった。

 提唱者であって、実行者ではないとしても、あんな非人道的な計画を考える時点で、ロクな人間でないのは確かだ。

 

「あと、そこの飼い犬ちゃんも」

「前原な」

「あなたが名を挙げた幻想御手(レベルアッパー)事件の首謀者……木山春生の上司でもあるんだゾ☆」

 

 前原さんの瞳が、大きく見開かれた。

 木山春生と言えば、スズさんや佐天さんを含む1万人を昏睡させ、学園都市を大混乱に陥れた科学者だ。

 そのため、それをほぼ単独で抑えた前原さんの名も、主に『暗部』で知れ渡ったと聞く。

 

「その木原幻生ってのは、計画を再開させる気なのか?」

「そんなセコいことは言わないジーサンだからぁ、妹達(シスターズ)を使って何をするのか……目的は分からなくても、見当はつくでしょぉ?」

「……ミサカネットワークね」

 

 1万人の妹達を利用した、発電能力(エレクトロマスター)による脳波リンクのネットワーク。緻密な演算を可能とする、見えないスーパーコンピューターだ。

 

「あのジーサンが狙うくらいだからぁ、ミサカネットには、きっと何かがある」

「……それで食蜂は、その木原幻生ってやつを止めに行こうとしたのか」

「ええ。妹達を追ってたのも、言わば保護のためだゾ☆」

 

 食蜂が、そんなことを?

 いけ好かない奴だとは思っていたが、意外と正義感とかあるのかも、しれない。それならそうと言ってほしかった――が、急にそんな話をされたところで、自分が信じるとも思えなかった。

 

「……分かった。俺も向かおう。泡浮やヒトミがやられたんなら、もう無関係じゃない」

「お断りするわぁ。あなたみたいなイレギュラーに動かれちゃ、こっちの計画も狂っちゃうもの」

『いーじゃん。連れてってあげなよー』

 

 あまりに唐突に、前原さんの手元の端末から声が聞こえた。いつの間に繋いだのか、噂の松浦さんだった。

 

『そのおじーちゃんが、素直に捕まるならいーよ。でもさー、みっちゃんに狙われてることも知ってそーだよねー』

「……なにが言いたいの?」

『落ちてる金貨の下には、落とし穴があるかもよ?』 

「………」

 

 食蜂が腕を組み、考える仕草をする。こんなにも素直に人の助言を聞く食蜂の姿は初めて見る。

 

「……ま、警戒力はどれだけ発揮してもいいものね。もう少し考えてみるわぁ」

『ならなにかあったらさー、そこのしょーくんを頼りなよ。実力は保証してあげるよー?』

「松浦さんの保証付きなんて、ちょっと信頼力高すぎじゃない?」

『にゃはは。ま、悪いようにはならないよ。たぶん』

 

 きゃいきゃい話す金髪コンビに、巻き込まれた前原さんが嫌そうな顔をする。そりゃそうである。

 ……それにしても、さっきから食蜂がやけに素直だ。知り合いなのだろうか?

 

「――なら、作戦変更よぉ。特別にあなた達も手伝わせてあげるわぁ」

「……どうするんだ?」

「そうねぇ……松浦さん、人が1番嫌がることってなにかしら?」

『んー。自分の領域を侵されることとか?』

「………」

 

 食蜂がまた考え込む。いつも騒がしい――というか鬱陶しい印象があるだけに、いまの静謐な空気は割り込みにくい。

 やがて食蜂は、胸を寄せるように腕を組んで唸りだし、さんざん悩んだ末に、ようやく口を開いた。

 

「……私は別に動くわね。御坂さん、木原幻生の確保ヨロシクっ☆」

「……どういうこと?木原幻生は、アンタの目的なんじゃないの?」

「そうなんだけどぉ、ちょっと嫌な予感がするのよねぇ。だから、少し確認に行くのよ。飼い犬ちゃんもついて来なさい」

「え、なんで?」

「松浦さんの命令なんだから、黙って来なさいっ☆」

 

 そう言われて、今度は前原さんが沈黙する。口元に手を当てて、目を瞑った後、ゆっくりと口を開いた。

 

「……なら、涼乃は美琴と行動してくれ」

「私、ですか?前原さんといた方が……」

「涼乃は速いし、確保後も移送しやすい。それに監視カメラとかは、美琴の能力で改竄できる。その方が効率が良い」

「……そう、ですね」

 

 それでいいんですか?とは聞けなかった。

 理由には納得できるし、それ以上に、あまりに平然とした様子に、口を挟めなかったからだ。

 

 『暗部』に慣れている?『表』にいるはずの前原さんが?

 

「食蜂は、まあ、なんかあるんだろ。行きながら聞く。美琴は涼乃が戻り次第、木原幻生の確保に向かってくれ」

「……分かりました。食蜂、詳しい情報を教えなさい」

「記憶に刻めないって不便ねぇ」

 

 食蜂は溜息をついて、自分の携帯端末を取り出した。

 私は手をかざして、微弱な電気を通して電子情報を素早く抜き取る。やってることはハッカーのそれだが、今回は大目に見てくれるだろう。

 

「終わった?なら、私たちは行くわよぉ」

「分かった。じゃあ美琴、涼乃を頼むぞ」

「あ、はい」

 

 早々に背を向けた2人の背中が、だんだんと遠ざかっていく。時間が惜しいのは分かるが、なんの躊躇もなく踏み出せるものではない、とは思う。

 

「(前原さんは突然巻き込まれた、のよね……?)」

 

 ――時々、思うことがある。

 前原さんは、『正しい人』だ。善行を重ねて、色んな人を救って、道をまっすぐ進んできた人だ。

 だけど、()()()鹿()と同じかと言われたら、少し違うと思う。スズさんとも、黒子とも、違うと思う。

 

 じゃあ、なに?

 この違和感の正体は、なんなのだろう?

 

「戻ったよ〜……って、あれ?将貴は?」

 

 しばらく考え込んでいると、空気が裂けるような音とともに、スズさんが戻ってきた。だいぶ長時間跳んでいたはずだが、スズさんは汗1つかいていない。

 

「あ、お疲れさまです。前原さんたちは、ひと足先に向かいました」

「……置いてったの?」

「……まあ、そう、ですね」

 

 スズさんの表情がみるみる暗くなる。驚いて、怒って、最後は悲しそうに眉を落とした。

 

「……私、信用されてないのかな」

「そ、そんなことありません!!前原さんは……その、食蜂に無理やり連れて行かれたんですよ!!」

「……心理掌握(メンタルアウト)を使われたってこと?」

「いえ、そういうわけでは……」

「……ならいいけどさ」

 

 そう言って、スズさんは安心したように息を吐いた。

 置いてかれたと思いながらも、どうしても前原さんの無事を喜んでしまう姿は、あまりに真っ直ぐで、眩しい。

 

「前原さんから指示を受けています。まずはこれを成し遂げましょう」

「……ん、分かった」

 

 私の端末で場所を確認したスズさんが、ゆっくりと深呼吸して、目を開く。

 その一瞬で『仕事の顔』に変わったスズさんを見て、やはり風紀委員は総じて切り替えが早いのか、と呑気に思った。

 

「(こういうのは柄じゃないけど……)」

 

 超能力者(レベル5)が2人。

 信頼する風紀委員の精鋭と、その指導者。

 年寄り1人を捕まえるには、ハッキリ言って過剰戦力。

 

「(どうにでもなりそうね、今回は)」

 

 スズさんの手を取って、私は少しだけ笑った。

 

 これが致命的な慢心だったと気付くのに、そう長い時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 大覇星祭に熱狂する学園都市の中を、1台の大型トラックが静かに走る。

 バンの中は涼しいが薄暗く、外部の音もあまり聞こえない。椅子は床に固定されており、元より移動用なのは違いなかった。

 

「……食蜂、どこに向かってるんだ?」

 

 そんな窮屈な空間に、最初に音を上げたのは前原将貴だった。

 今からどこに行くのか、行ってどうするのか。敵は誰で、どんな戦力で、どこで戦うのか。

 なにも、分かっていない。色んな経験をしてきたつもりだが、今ほど手探りな状況は無かった。こんなのでは覚悟だってできない。

 

「黙ってついて来なさいって言ったでしょぉ。誰も近付けたくない場所なんだから」

 

 椅子に座る超能力者(レベル5)――食蜂操祈も、同様に居心地悪そうに呟いた。

 まあ当然だろう。自分の能力が効かず、素性も分からないあげく、銃口を向けた男と一緒なのだ。少なくとも良い気分にはなれまい。

 

「飼い犬ちゃん」

「なんだ通り魔」

「……飼い犬さん」

「そこじゃねぇよ」 

「心配しなくても、妹達(あの子)に危害なんて加えないわよぉ。ナノデバイスを撃ち込まれてるみたいだから、免疫力的に少し心配だけどぉー」

「……そのナノデバイスを撃ち込んだのも、木原幻生なのか?」

「多分ねぇ。妹達を探してる組織があるって言うから探ってたんだけどぉ、その親玉だったみたいっ☆」

 

 Vサインとウィンクを決める食蜂を横目に、俺も近くの椅子に腰掛ける。食蜂は不満げに口をすぼめた。

 

「殺すんじゃなくて、無力化するナノデバイスを使ったおかげで、妹達も先に押さえることができたわぁ。これでミサカネットワークへのアクセスも断てたし、上出来ね☆」

「ほかの妹達はどうなってるんだ?」

「大多数は国外の研究施設にいるし、簡単には干渉力も効かないはずよぉ。学園都市に残った子たちも、安全な場所だから心配ないわ」

 

 食蜂が長い足を組み替える。

 そのスタイルも長い手足も、醸し出す色気も、明らかに年下のそれではない。こいつホントに中学生か?

 

「今から行くのは、考えられる最悪を想定したとき……私の頭脳力が暴かれた場合に備えてよ」

「頭脳?」

「行けば分かるわよぉ。詮索力はいらないのっ☆」

「なら尚更、なんで俺を呼んだんだよ。見せたくない場所なんだろ?」

「そうなんだけどねぇ。ほら、私ってば可愛くて可憐でスタイル力抜群なただの美少女じゃない?」

「……お、おう」

「……野蛮力が必要になったら、色々不利なのよ。それに、あなたは()()()()()()()でもあるしぃ」

 

 また、その名前か。

 食蜂操祈がやたらと協力的なのも、事態がテンポよく転がるのも、俺の手元にある拳銃も、すべては1人の少女に起因する。

 奏とは、いったい何なんだ。

 

「だったら、美琴たちにも共有したほうがよかったんじゃないか?あいつほど頼りになる奴もいないだろ」

「街中で呑気に話せる話題力じゃないのよ。特にあの風紀委員の子はなぁんにも信用できないしぃ、遠ざけたかったのよねぇ」

 

 そういうことかと納得するが、協力関係にあるのだから、少しは信用してほしいとも思う。

 そんな考えを見透かしたように、食蜂がゆっくりと口を開いた。纏っていた甘ったるい雰囲気が霧散し、怜悧な視線が突き刺さる。

 

「勘違いしてるみたいだけど、私は別に、アナタや御坂さんなんて信用してない」

「――!」

「今一緒にいるのは、松浦さんの言葉に免じたのと、できるだけ早く決着をつけるためよ。本当は『あの風紀委員』の頭も覗きたかったけどぉ、時間力が無いからパスしたの」

「………」

 

 ピリッと、頭の後ろがひりつくような感覚。

 食蜂に『その気』があったというだけで、拳を握るには十分すぎる。

 

「くすくす、なぁにその顔?思惑の有り様、営為の規範……それが分かるなら、頭の中くらい覗くでしょ?アナタの言う『信用』が、どうして信用できるのかしら?」

「……!」 

「私が協力すると言ったのは、松浦さんに対してのみ――何考えてんだか分からないアナタと組む気なんてハナから無いの」

 

 金髪の超能力者(レベル5)が、ゾッとする冷笑を浮かべる。

 決まりだ。食蜂は協力者であっても、仲間ではない。俺がここにいるのも、すべては食蜂自身のためだ。

 

 ――だが、それでいい。

 猫を被るよりよほど信用できる。そもそも俺たちの間に、信用なんて関係は不要だ。

 

「分かった。ならこっちも1つだけ――」

 

 俺たちは、別の目的を目指し、互いを利用する。そしてそのためには、『絶対に譲れないライン』を示す必要がある。

 

「中村涼乃にだけは、絶対に手を出すな」

 

 そう言って、食蜂を見つめる。食蜂は一瞬だけ驚いたものの、手元のリモコンで上品に口元を隠しながら、くすりと笑った。

 トラックは間もなく、目的の場所に到着する。

 

「右腕の腕章力に騙されたわぁ。アナタ、なかなかイイ男じゃない☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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