「また1人で行こうとしたの?」
「……あの、それは……その」
連絡を受けて、慌てて現場に駆けつけた御坂美琴は、その態勢のまま立ち尽くしていた。人通りの無い場所に、気まずい空気が充満する。
視線の先には、ニコニコ笑う
「急だったから、連絡する時間がなくて……」
「時間があれば、連絡しようって思ってた?」
「………」
「……またそれ。都合が悪いとすぐ黙っちゃう」
スズさんは悲しそうに溜息をついて、泡浮さんたちに駆け寄る。状態を確認しようとして、私と瓜ふたつな
「双子の妹です。スズさん」
「……そんな子いたんだ。名前はなんて言うの?」
「ヒトミです。隠していた訳ではありませんけどね」
「ふーん……?」
どこか納得してなさそうだが、スズさんは器用に手を回して、2人を起こした。
恐怖から逃れた前原さんもようやく落ち着き、その補助を始める。
「とりあえず、この子たちはどうしたらいいの?」
「……第七学区の総合病院まで運んでくれ。カエル医に見せれば分かるはずだ」
「前に将貴がいたとこ?少し遠くない?」
「あそこなら融通が効くんだよ。それと、それが終わったらこれも頼む」
前原さんはそう言うと、ヒビ割れた携帯端末をスズさんのポケットに押し込んだ。スズさんはそのことに対し、「?」を浮かべるだけだった。
「それは奏に渡してくれ。何かに使えるかもしれない」
「おっけー。じゃあ跳ぶね」
「……涼乃」
跳ぼうとしたスズさんの袖を、前原さんがちょんと摘んだ。スズさんは振り返り、辛そうに自身を見つめる前原さんの姿に、ひどく驚いた様子だ。
私には前原さんが、「捨てないで」と懇願する子供のように見えた。
「俺のことは、信用しなくてもいい。だから、何かあったら、すぐに逃げてくれ。それだけは……頼む」
「……将貴のそういうとこ、ホント嫌い」
ヒュンッと空気を裂く音を残し、スズさんはどこかに跳んでいった。その後には、寂しそうに腕を降ろす前原さんだけが残る。
「――終わった?なら、話を戻すわよぉ」
沈黙を破ったのは、長い金髪をわざとらしくかき上げた食蜂だった。嫌な雰囲気が霧散したおかげで、私も少し助かった。
「まずは情報共有からねぇ。記憶に刻めたら楽なんだけど、2人とも妨害力があるみたいだしぃ、口頭で説明するわね」
「アンタの言葉が真実だっていう証拠はあるの?」
「信じたくないならいいわよ?松浦さんには協力してもらえるし☆」
「松浦さん?」
また唐突に、有名な名前が出てきた。
松浦 奏。
『学舎の園』に住む者なら知らない者はいないであろう、常盤台中学の3年生だ。
曰く、首席。数多の天才が集い、学園都市でも上澄みである常盤台中学の、頂点。さらに
しかし話してみると、驚くほど普通の人だったのを覚えている。141cmの身長で明るく笑う姿は、まるで小学生のようだった。
「アンタ、松浦さんに何かしたの?」
「別にぃー?御坂さんには関係ないしぃ」
「なんですって?」
「奏は心配しなくていい。話を続けるぞ」
ぴしゃりと、今度は前原さんが切り捨てた。風に揺られ、前髪に走る黄金のメッシュがきらりと光る。
「とりあえず、美琴はどうしてここに?」
「えーっとですね……
「……ちょうど、ね。食蜂は?」
「んー、そうねぇ」
食蜂が嫌そうな顔をしつつ、どこかに歩いていく。
ついて来い、と言ってるような背中に、私も前原さんも後に続いた。
「……結論から言うと、私の狙いは1人。
「……なんか、聞いたことある名前ね」
「そりゃそうよねぇ。なんせこの人は、御坂さんも馴染み深いあの実験……『
そう言われて、絶句する。諸悪の根源が、まさかこんな形で明らかになるとは思わなかった。
提唱者であって、実行者ではないとしても、あんな非人道的な計画を考える時点で、ロクな人間でないのは確かだ。
「あと、そこの飼い犬ちゃんも」
「前原な」
「あなたが名を挙げた
前原さんの瞳が、大きく見開かれた。
木山春生と言えば、スズさんや佐天さんを含む1万人を昏睡させ、学園都市を大混乱に陥れた科学者だ。
そのため、それをほぼ単独で抑えた前原さんの名も、主に『暗部』で知れ渡ったと聞く。
「その木原幻生ってのは、計画を再開させる気なのか?」
「そんなセコいことは言わないジーサンだからぁ、
「……ミサカネットワークね」
1万人の妹達を利用した、
「あのジーサンが狙うくらいだからぁ、ミサカネットには、きっと何かがある」
「……それで食蜂は、その木原幻生ってやつを止めに行こうとしたのか」
「ええ。妹達を追ってたのも、言わば保護のためだゾ☆」
食蜂が、そんなことを?
いけ好かない奴だとは思っていたが、意外と正義感とかあるのかも、しれない。それならそうと言ってほしかった――が、急にそんな話をされたところで、自分が信じるとも思えなかった。
「……分かった。俺も向かおう。泡浮やヒトミがやられたんなら、もう無関係じゃない」
「お断りするわぁ。あなたみたいなイレギュラーに動かれちゃ、こっちの計画も狂っちゃうもの」
『いーじゃん。連れてってあげなよー』
あまりに唐突に、前原さんの手元の端末から声が聞こえた。いつの間に繋いだのか、噂の松浦さんだった。
『そのおじーちゃんが、素直に捕まるならいーよ。でもさー、みっちゃんに狙われてることも知ってそーだよねー』
「……なにが言いたいの?」
『落ちてる金貨の下には、落とし穴があるかもよ?』
「………」
食蜂が腕を組み、考える仕草をする。こんなにも素直に人の助言を聞く食蜂の姿は初めて見る。
「……ま、警戒力はどれだけ発揮してもいいものね。もう少し考えてみるわぁ」
『ならなにかあったらさー、そこのしょーくんを頼りなよ。実力は保証してあげるよー?』
「松浦さんの保証付きなんて、ちょっと信頼力高すぎじゃない?」
『にゃはは。ま、悪いようにはならないよ。たぶん』
きゃいきゃい話す金髪コンビに、巻き込まれた前原さんが嫌そうな顔をする。そりゃそうである。
……それにしても、さっきから食蜂がやけに素直だ。知り合いなのだろうか?
「――なら、作戦変更よぉ。特別にあなた達も手伝わせてあげるわぁ」
「……どうするんだ?」
「そうねぇ……松浦さん、人が1番嫌がることってなにかしら?」
『んー。自分の領域を侵されることとか?』
「………」
食蜂がまた考え込む。いつも騒がしい――というか鬱陶しい印象があるだけに、いまの静謐な空気は割り込みにくい。
やがて食蜂は、胸を寄せるように腕を組んで唸りだし、さんざん悩んだ末に、ようやく口を開いた。
「……私は別に動くわね。御坂さん、木原幻生の確保ヨロシクっ☆」
「……どういうこと?木原幻生は、アンタの目的なんじゃないの?」
「そうなんだけどぉ、ちょっと嫌な予感がするのよねぇ。だから、少し確認に行くのよ。飼い犬ちゃんもついて来なさい」
「え、なんで?」
「松浦さんの命令なんだから、黙って来なさいっ☆」
そう言われて、今度は前原さんが沈黙する。口元に手を当てて、目を瞑った後、ゆっくりと口を開いた。
「……なら、涼乃は美琴と行動してくれ」
「私、ですか?前原さんといた方が……」
「涼乃は速いし、確保後も移送しやすい。それに監視カメラとかは、美琴の能力で改竄できる。その方が効率が良い」
「……そう、ですね」
それでいいんですか?とは聞けなかった。
理由には納得できるし、それ以上に、あまりに平然とした様子に、口を挟めなかったからだ。
『暗部』に慣れている?『表』にいるはずの前原さんが?
「食蜂は、まあ、なんかあるんだろ。行きながら聞く。美琴は涼乃が戻り次第、木原幻生の確保に向かってくれ」
「……分かりました。食蜂、詳しい情報を教えなさい」
「記憶に刻めないって不便ねぇ」
食蜂は溜息をついて、自分の携帯端末を取り出した。
私は手をかざして、微弱な電気を通して電子情報を素早く抜き取る。やってることはハッカーのそれだが、今回は大目に見てくれるだろう。
「終わった?なら、私たちは行くわよぉ」
「分かった。じゃあ美琴、涼乃を頼むぞ」
「あ、はい」
早々に背を向けた2人の背中が、だんだんと遠ざかっていく。時間が惜しいのは分かるが、なんの躊躇もなく踏み出せるものではない、とは思う。
「(前原さんは突然巻き込まれた、のよね……?)」
――時々、思うことがある。
前原さんは、『正しい人』だ。善行を重ねて、色んな人を救って、道をまっすぐ進んできた人だ。
だけど、
じゃあ、なに?
この違和感の正体は、なんなのだろう?
「戻ったよ〜……って、あれ?将貴は?」
しばらく考え込んでいると、空気が裂けるような音とともに、スズさんが戻ってきた。だいぶ長時間跳んでいたはずだが、スズさんは汗1つかいていない。
「あ、お疲れさまです。前原さんたちは、ひと足先に向かいました」
「……置いてったの?」
「……まあ、そう、ですね」
スズさんの表情がみるみる暗くなる。驚いて、怒って、最後は悲しそうに眉を落とした。
「……私、信用されてないのかな」
「そ、そんなことありません!!前原さんは……その、食蜂に無理やり連れて行かれたんですよ!!」
「……
「いえ、そういうわけでは……」
「……ならいいけどさ」
そう言って、スズさんは安心したように息を吐いた。
置いてかれたと思いながらも、どうしても前原さんの無事を喜んでしまう姿は、あまりに真っ直ぐで、眩しい。
「前原さんから指示を受けています。まずはこれを成し遂げましょう」
「……ん、分かった」
私の端末で場所を確認したスズさんが、ゆっくりと深呼吸して、目を開く。
その一瞬で『仕事の顔』に変わったスズさんを見て、やはり風紀委員は総じて切り替えが早いのか、と呑気に思った。
「(こういうのは柄じゃないけど……)」
信頼する風紀委員の精鋭と、その指導者。
年寄り1人を捕まえるには、ハッキリ言って過剰戦力。
「(どうにでもなりそうね、今回は)」
スズさんの手を取って、私は少しだけ笑った。
これが致命的な慢心だったと気付くのに、そう長い時間はかからなかった。
*
大覇星祭に熱狂する学園都市の中を、1台の大型トラックが静かに走る。
バンの中は涼しいが薄暗く、外部の音もあまり聞こえない。椅子は床に固定されており、元より移動用なのは違いなかった。
「……食蜂、どこに向かってるんだ?」
そんな窮屈な空間に、最初に音を上げたのは前原将貴だった。
今からどこに行くのか、行ってどうするのか。敵は誰で、どんな戦力で、どこで戦うのか。
なにも、分かっていない。色んな経験をしてきたつもりだが、今ほど手探りな状況は無かった。こんなのでは覚悟だってできない。
「黙ってついて来なさいって言ったでしょぉ。誰も近付けたくない場所なんだから」
椅子に座る
まあ当然だろう。自分の能力が効かず、素性も分からないあげく、銃口を向けた男と一緒なのだ。少なくとも良い気分にはなれまい。
「飼い犬ちゃん」
「なんだ通り魔」
「……飼い犬さん」
「そこじゃねぇよ」
「心配しなくても、
「……そのナノデバイスを撃ち込んだのも、木原幻生なのか?」
「多分ねぇ。妹達を探してる組織があるって言うから探ってたんだけどぉ、その親玉だったみたいっ☆」
Vサインとウィンクを決める食蜂を横目に、俺も近くの椅子に腰掛ける。食蜂は不満げに口をすぼめた。
「殺すんじゃなくて、無力化するナノデバイスを使ったおかげで、妹達も先に押さえることができたわぁ。これでミサカネットワークへのアクセスも断てたし、上出来ね☆」
「ほかの妹達はどうなってるんだ?」
「大多数は国外の研究施設にいるし、簡単には干渉力も効かないはずよぉ。学園都市に残った子たちも、安全な場所だから心配ないわ」
食蜂が長い足を組み替える。
そのスタイルも長い手足も、醸し出す色気も、明らかに年下のそれではない。こいつホントに中学生か?
「今から行くのは、考えられる最悪を想定したとき……私の頭脳力が暴かれた場合に備えてよ」
「頭脳?」
「行けば分かるわよぉ。詮索力はいらないのっ☆」
「なら尚更、なんで俺を呼んだんだよ。見せたくない場所なんだろ?」
「そうなんだけどねぇ。ほら、私ってば可愛くて可憐でスタイル力抜群なただの美少女じゃない?」
「……お、おう」
「……野蛮力が必要になったら、色々不利なのよ。それに、あなたは
また、その名前か。
食蜂操祈がやたらと協力的なのも、事態がテンポよく転がるのも、俺の手元にある拳銃も、すべては1人の少女に起因する。
奏とは、いったい何なんだ。
「だったら、美琴たちにも共有したほうがよかったんじゃないか?あいつほど頼りになる奴もいないだろ」
「街中で呑気に話せる話題力じゃないのよ。特にあの風紀委員の子はなぁんにも信用できないしぃ、遠ざけたかったのよねぇ」
そういうことかと納得するが、協力関係にあるのだから、少しは信用してほしいとも思う。
そんな考えを見透かしたように、食蜂がゆっくりと口を開いた。纏っていた甘ったるい雰囲気が霧散し、怜悧な視線が突き刺さる。
「勘違いしてるみたいだけど、私は別に、アナタや御坂さんなんて信用してない」
「――!」
「今一緒にいるのは、松浦さんの言葉に免じたのと、できるだけ早く決着をつけるためよ。本当は『あの風紀委員』の頭も覗きたかったけどぉ、時間力が無いからパスしたの」
「………」
ピリッと、頭の後ろがひりつくような感覚。
食蜂に『その気』があったというだけで、拳を握るには十分すぎる。
「くすくす、なぁにその顔?思惑の有り様、営為の規範……それが分かるなら、頭の中くらい覗くでしょ?アナタの言う『信用』が、どうして信用できるのかしら?」
「……!」
「私が協力すると言ったのは、松浦さんに対してのみ――何考えてんだか分からないアナタと組む気なんてハナから無いの」
金髪の
決まりだ。食蜂は協力者であっても、仲間ではない。俺がここにいるのも、すべては食蜂自身のためだ。
――だが、それでいい。
猫を被るよりよほど信用できる。そもそも俺たちの間に、信用なんて関係は不要だ。
「分かった。ならこっちも1つだけ――」
俺たちは、別の目的を目指し、互いを利用する。そしてそのためには、『絶対に譲れないライン』を示す必要がある。
「中村涼乃にだけは、絶対に手を出すな」
そう言って、食蜂を見つめる。食蜂は一瞬だけ驚いたものの、手元のリモコンで上品に口元を隠しながら、くすりと笑った。
トラックは間もなく、目的の場所に到着する。
「右腕の腕章力に騙されたわぁ。アナタ、なかなかイイ男じゃない☆」