※追記
区別つけるために、タイトル変えました
●その頃、
―――気が付いたら、知らない天井で。
いやいや、そんなわけがあるか。と思ってこれまで何があったのかを思い返してみるのだが。
みるのだが………………みるの、だが。
(いやいやいや、なんかあるだろ! 何で―――何も覚えてないんだ?!)
覚えているのは、何かの感覚。
苦しくて、休んでいたら何かに引きずり込まれて、―――そのまま何かを突き破って突き抜けて。そうして………それから。
今あるのは妙な不快感と、焦燥感。
ここは違う。ここじゃない。―――帰らなくては。見つけなくては。
頭のなかで繰り返し、そう思うのに肝心の『どこへ』『何を』の部分がまるで思い出せない。
いや、落ち着け。まずは落ち着け。思い出せることは、他にないか。
―――カーラーン。ユグドラシル。ルイン(廃墟)、港町、扉………ろくでなしのイケてない赤い奴?
さっぱりわからん。意味が繋がらない。関係はなんだ。というか最後に至っては悪口だろうに。
そんな風に頭を抱えていたのに、ドアが開く音に反応できたのはどうしてなのか。
ドアの前の板がきしむ音でベッドから飛び起きて、扉が開くと同時に姿勢を落とし、そのまま入ってきた男に下から掌底を―――叩き込もうとしたのだが、腕を捕まれて止められた。
が、体は勝手に動く。捕まれた右腕を軸にして体を捻り、左足でそいつの側頭部を狙う。左腕で防がれるが、右腕の拘束が緩む。左腕一本で体を支え、逆立ちしつつ側転し、拘束を抜け出すと同時に顎を今度こそ蹴り上げて、いったん距離をとる。
また何時でも動けるようにと臨戦態勢で構えていたら―――入ってきて今しがた軽くやり合った男が、大口開けて笑い出した。
「っ、あはははは! お前、やるじゃねえか!」
ちいっと痺れたぜ、なんて左腕をふらふらさせて、にっと笑う。―――今、確かに殺すくらいのつもりで、急所を狙ったのに。
なのに、こちらは構えを解いていないのにもう気合いの欠片すら見当たらない。至って自然体。
だから、こっちまで気が削がれて。ぽかんとして、思わず口に出たのは。
「………あんた、馬鹿か?」
「ああ、それ仲間にもよく言われるな。自分でもそう思うぜ」
あっけらかんと。それで、もう戦おうなんてつもりは何処かに消えてしまった。毒気を抜かれた、というのか。
「そんだけ動けりゃ、平気だな。覚えてるか? 路地裏でふらふらしてて倒れたんだよ。しかも怪我だらけで」
「それは………礼を言う」
「気にするな。俺が放っておけなかっただけだ。………で、よけりゃ何があったのか聞かせてもらいたいんだが」
「―――しらん」
「は?」
「だから、覚えてないんだ。何でここにいるのか、そもそもここはどこなのか、何があったのか―――そんなことは俺の方が知りたい」
その男はアゴヒゲを撫でつつ、椅子を引っ張ってきて腰掛けた。
「記憶喪失ってやつか。んぁ、ってことはテメェの名前も覚えてねえってことか?」
「名前―――」
番人、狩人、魔王………? そんな単語ばかり浮かんでくるなかで、一つ、ふと浮かんだ言葉は。
「―――エミル」
「へぇ、名前は覚えてんだな。エミルか。いい名前じゃねぇか」
「いや、俺の名前は―――」
言いかけて、でもやっぱり思い出せなかった。そのエミル、というのはそれなりにしっくり来るのだが、どうにも、自分の名前ではないような気がするのだ。いや、自分の名前なんだがそうじゃないというか。―――ああ、よくわからなくなってきた。
「お前の名前は、なんだって?」
「………いや、なんでもない。エミルだ。………多分」
そう呼ばれていた気がする。そうじゃない気もする。だが、他に名前らしい言葉は思い出せない。なのにエミルと呼ばれる度に妙な感覚がするのだ。
「そういや、あんたの名前をまだ聞いてない」
目の前の男はにっと笑って。
「俺か? 俺はアイフリード。大海賊バン・アイフリード。それが俺の名前だ」
どうやら、このアイフリードとかいうアゴヒゲ男に助けられたらしい。
ここはウェイストランドという世界の、ミッドガンド王国の首都、王都ローグレス。そこにある酒場、バー・ブラッドバタフライ。
そこまで教えてもらって、あぁ道理で酒の臭いがするわけだと納得した。
「何で宿じゃなくて酒場なんだ」
「そりゃ、海賊が堂々と宿屋に止まるには王都はちいっとでかすぎる。それにお前、聖隷だろ? 普通のやつには聖隷は見えねぇからなぁ」
「せいれい………」
聖隷。せいれい。
「お、なんだ。なんか思い出せそうか?」
「………さぁな。さっぱりだ。―――というか、聖隷って見えないものなのか? だとしたらお前はどうして俺が見えてるんだ?」
「霊的な才能―――霊応力ってやつがあると見えるんだとよ。………つーか、聖隷も記憶喪失になるんだな。いや、ボケか? お前らって見た目以上に長生きなんだろ。お前ももしかしたら爺さんかもな。ははは!」
………爺扱いにはものすごくムカついたが、何故か反論する気にはなれなかった。
「聖隷に詳しいんだな、お前」
「まぁ、聖隷の知り合いがいてな。お前以上に目付きの悪いヤツで、ああでも、お前みたいにキレイな顔してるんだよ」
「黙ってれば、だろ。どうせ」
口をついて出た言葉。………誰に言われたのだったか。
「………なんだ、バレてたか。お前も見かけによらず口が悪いな」
まただ。また、胸がちくりとする。なのにその理由がわからない。
そんなときだ。かちゃりと、部屋の扉が開く。顔を見せたのは上品そうな年配の女性。
「船長、いいかしら?」
「良いぜ。どうかしたか?」
「ボスがお呼びよ。『起きたんなら暴れてねぇで連れてこい』って」
「響いてたか? 悪い悪い」
「大丈夫よ。まだ明るいから、お客はほとんどいないの」
すぐ行く、とアイフリードが返事をすると、女性は下で待ってるわ、と言い残してさっさと部屋を出ていった。
「エミル、お前あれだけ動けるならもう体はいいんだな? ならちょっと付き合え」
「別に良いが」
寝ていたのは宿屋の二階の部屋で、アイフリードの後を追いかけて一階に降りれば、先程の女性が言う通り、なるほどほとんど誰もいない。
いるのはカウンターで呑んでいるじいさんと、さっきの女性、そしてバーのマスターらしい男。
アイフリードは勝手知ったる様子でカウンターのじいさんの隣に座った。すぐにグラスと酒が出される。常連らしい。
じいさんが、アイフリードの方も見ずに言う。
「―――で、テメェが連れてきた奴は目を覚ましたのか?」
「おう。助かったよ、じいさん」
互いに顔を見ることなく。けれど確かな信頼が垣間見えるやり取り。
………そこで気づく。アイフリードについて降りてきたのに、エミルの方を見るものは誰もいないこと。本当にアイフリード以外には見えていないらしい。
キョロキョロと辺りを見回すと、窓辺に鳥が止まっていた。そっちのほうに近づく。
「まぁ、テメェには借りがあるからな。これくらいなら安いもんだ。………ところで、例の件だが」
そこでほんのわずか間があった。
「王国が海賊の討伐隊を出すのは間違いねぇ。が、肝心の場所がまだ掴めていない………すまん」
「そうか………」
ぐい、とアイフリードが酒をあおる。
「まぁ、いいさ。襲撃があるのが分かってりゃいくらでも対策はたてられる。それに追い掛けられんのはある意味名誉みてぇなもんだ」
鳥はコツコツ窓をつついて、鳴く。
………ふむ。へぇ―――ほう。
「けどよぅ、国は軍隊一つ動かしたんだぞ。場所だけでも分かれば………」
「当たりもついてねぇのか?」
「ウェストガンド領なのは分かってる。けどあそこにはほら、教会の施設があるだろ。そのせいで動向が掴みづらくなってんだ」
「そういや最近またこそこそしてるな、教会(あいつら)は。―――気に入らねぇ」
鳥は窓のところでクル、と鳴く。窓から離れて、カウンターの二人に近付いて。
「――――――おい、アイフリード」
声をかけても、やはり反応するのはアイフリードだけだ。
「どうした?」
「お前らが言ってる王国軍ってのがヒトの横顔が書いてある旗と、剣みたいなマークの旗の船なら、ゼクソンからレニードってところの間の航路で待ち構えてるぞ」
「………なに?」
「ここと、西の大陸の間の海。丁度妙な、臭いは良いのに不味い花が咲いてる森の沖辺り」
「臭いは良いのに不味い? サレトーマか! ってことはワァーグ樹林の沖………待てよ、確かあそこは」
考え込んで、じいさんとなにやら話し込んで。
しばらく放っておかれた。
誰にも見えないし気づかれないし、つまらないから酒場の窓辺で鳥やら犬やら眺めて時間を潰す。
で、半日後、アイフリードはものすごく疲れた様子でカウンターに座り。
「………………エミル」
「なんだ」
「どうしてあんなこと知ってた?」
まあ聞かれるよな、と思っていたので驚きもしない。むしろその場で聞かれなかったのが不思議だった。
「お前、ミッドガンド王国の兵か?」
「違う」
「なら教会の者か?」
「生憎と、宗教には興味がない」
というか嫌悪感すらある。
「お前が言った場所は、陸からも海からも死角。情報は騎士団の隊長以上しか知らなかった。血翅蝶さえ教会側から探ってようやく裏がとれた」
ヒトの顔の旗がミッドガンド王国の、剣のようなマークの旗が教会―――そのうちの対魔聖寮と呼ばれる組織の旗らしい。それはこの世界では常識で、少なくとも王国の旗を知らないものはいないのだとも。
「常識も知らねぇ、街の名前すら知らねぇ。聖隷が普通の奴に見えないってことも知らねぇ」
目は鋭い。豪快に笑っていた時とは別人のよう。だが、恐ろしくはない。“こんなこと”で恐れることはない。
だって、一番恐ろしいのは―――
「………答えろ。お前は、どうしてあんなこと知ってた」
いくら凄みをきかせて睨んでも、やましいところなどこれっぽちもないのだから、こちらが退く理由などない。
「知ってたんじゃない。教えてもらったんだ」
「だから、誰に―――」
「そいつ」
つ、と指差したのは。
「………誰もいないぞ」
「違う。外だ。窓のところ」
「ぁあ? 外にもヒトは………………鳥?」
そう。教えてくれたのは―――その鳥なのだ。
「そいつ、レニードって村からこっちに飛んできたんだと。で、途中で変な所に停まってる船を見てたんだ。覚えはないかって聞いたら、その事を教えてくれた。………あ、礼なら後で餌くれって言われたから、酒場の奴に用意してもらってくれ。俺じゃ声かけても気づかれないし、勝手にもらうのは気が引ける」
撫でてやろうかとも思ったが酒場に鳥が入ってきたら不味いだろうし、こちらが外に出ようにも勝手に扉や窓が開いたら不審がられるし、なにより外の方は気分が悪くなるし。
結局窓越しに鳥や犬やネコのと話すくらいしか出来なかった。それだけでも、彼らは喜んでくれたけれど。
「………どうした、アイフリード?」
「お前、動物と話せるのか?」
「話せ………言ってることが分かるだけだ。人間を相手にするように言葉で話してる訳じゃない。………なんというか、そうだな。こう、漠然としたイメージとそれにまつわる心情が伝わってくるというか―――あとはニュアンスだな」
勿論知性が高く、言葉のようなものを交わせる相手もいるのだが―――………はて。なぜそんなことが分かるのか。
アイフリードはアゴに手をやり、髭を撫でる。
「………なるほど。確かにあそこは空からなら丸見えだ。それに旗の印が分かったのも、そのイメージとやらで見たからか」
言葉で分かるわけがない。何しろ動物たちとヒトでは目線も見方も色々違う。優先順位も注目する場所も違うのだから、会話などそうそう成り立たない。
今回の場合は、その船のせいで何時もの餌場に降りられず、彼らの意識に強く残っていたのが伝わってきただけ。完全に偶然だったのだ。
と、アイフリードがエミルの肩を掴んで。
「お前、凄ぇな!」
「………は?」
元々は完全な没ネタだったんですが、ちょこっと書いてみようかと。
以下、簡単な設定。
エミル
記憶喪失の聖隷。海賊アイフリードに助けられて血翅蝶の世話に。
動物と会話でき、ある程度使役できる。この力を生かして凄腕の情報屋として裏で有名になる。
何故か教会の妙な組織に狙われているが………?
開門の日以降、降臨の日前―――ゲーム原作開始の五、六年前。