TOS-R×TOZ(+TOB)   作:柚奈

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 ちょっと話の順番入れ換えてますので注意。この話は投稿二話目になります。


●いつかのどこかの、

 

 

 ぼんやりとした、霧のなかにいる。

 そこはとてもとても居心地の悪い場所だ。なのにどうしてか、動く気力がない。聞こえるものも見えるものも、全てに靄が掛かって判然としない。

 そこでは時々声が響く。

『従え』『戦え』

 うるせぇ誰がんなもんに従うか、と毎回無視して意地でも動かずにいるのだが、その度に体が重くなる。今では立っているのも息をするのさえ億劫になるほど。

 それでもどうしても、その時折響く偉そうな声がムカついたから、必死で抗ってきた。

 違ったのは過去に一度。

『面白ぇ、お前、聖隷なのに剣を使うのか』

 なんとも心地のよい奴だったのは、ぼんやりとした意識のなかでもなんとなく覚えている。

 だが他はどれもこれも似たようなものだ。偉そうな奴、ビクビクとした自信無さげな奴、凛とした正義感の強そうな奴。正直うざったい。

 

 

 そんなある日のことだ。

『力を貸せ』『我が力となれ』

 久しぶりに、他とは少し違った声がした。それまでが一言二言目には『従え』『戦え』とこれだったのに。

 凛としているが偉そうではなく、相手に有無を言わせない風格はあれど無体を働くような非道さは感じられず。

 従わないなら仕方ない、だが従うのならば力を貸せ。そんな声。

 ―――力を貸せというならば、力を示せ。

 そんなことを、ふと思って。

 

「覚えよ。汝に与える真名は―――」

 

 

……………………

……………………

 

 

「オスカー。お前にこの聖隷を与える」

 アルトリウスに呼び出され出頭し、特等対魔士が揃うその場所で。

 示された聖隷は、少年の姿をしていた。

 姿形で聖隷の力量を決め付けるのは無意味なことだ。聖隷は人間とは違う。見た目と性能は一致しない。

 オスカーはその聖隷を知っていた。

 金髪の、赤い目の聖隷。特等対魔士メルキオルの術をもってして、完全には掌握できないという特殊な聖隷。

「これは………確か、誰にも反応を示さないと聞きましたが」

「誰もじゃねぇぞ。俺とお前には反応したし」

「シグレ、少し黙っていろ。お前のあれは極端すぎて例にならん」

 アルトリウスに指摘され、シグレは肩をすくめて目を閉じた。

 あれ、というのは、最強の剣士シグレがこの聖隷に剣で攻撃を仕掛けたが、紙一重のところでかわされた、という出来事のことだ。何故斬りかかったかと言えば『剣士だったから』という答えが返る。剣士一族ランゲツのことは、やはり分からぬ。

 だからオスカーはシグレの言葉の大部分を聞き流した。が。

「私にも、反応を?」

「まぁ、僅かにではあったがな。故にこの場で試しておきたい。オスカー、契約術は覚えておるな?」

「は」

 師であり、上司でもあるメルキオルに言われれば、オスカーに否はない。

 言われるがまま、教えられた聖隷と契約を交わすためのその術を、目を閉じ慎重に織り上げる。

「原始の大地に立つものよ。今ここに契約を交わし、我が真摯なる祈り、安寧へと導く剣とならん」

 契約の時の言葉は、教えられたものではない。その時に、その契約に誓うという宣誓。故に定まった形は存在せず、同じ文言はほぼあり得ないとされる。

 オスカーが誓うのは。

 家のこと、姉のこと、世界のこと。どれも大切で、どれのためだけでもなくて。ただ己がそうあるべしと、己に定めたその道を。

「覚えよ。汝に与える真名は―――」

 古代語の真名を、唱えた瞬間。

 

 真っ白な空間に立つ誰かを見た、気がした。

 

 

―――――――――

 

―――――――――

 

 

・タイタニア

 

 オスカーがタイタニアに派遣されたのは、業魔の監視のためだった。

 詳しいことをオスカーは知らない。監獄島タイタニアは業魔を収監する場所。それだけだ。業魔がいる以上、それに対抗するため対魔士が派遣される。それがオスカーだったというだけのこと。

 何故、とは問うてはならない。世の中には知らない方がいいこと、知ってはならないこと、知ったとしても知らぬふりをしなければならないことがあるのだと、貴族を見てきたオスカーは知っている。それを自分がどうすることも出来ないことも。

 がそれを憂うでなく、嘆くでなく。オスカーはそういうものだとわきまえて、けれど諦めた訳ではなく。

 ただ、世界が巨大であることを知っている。

 

 港に付くと、詰め所の辺りがざわついていた。

「騒がしいな。何事だ?」

「オスカー様! 実は………」

 裏の港に船。侵入者。手早く報告を受け、吟味し。

「………分かった。全対魔士は表と裏の港に別れ集結せよ。ここは離島。たとえ牢は出られても船がなければ脱獄はできない。港で仕留めろ」

「はっ!」

 敬礼をし、伝令のため対魔士が走って行く。使役する聖隷がその後を追っていった。仮面をつけ、揃いの与えられた制服を纏い、長杖を持った聖隷たち。

「………………」

 オスカーは前を向いたまま、背後に控える聖隷を思った。

 他とは違う聖隷。契約こそ交わしたが命令はほとんど受け付けない。なんとか退け、行け、などの大雑把な制御は出来るようになったものの、戦いとなれば術ではなく腰の剣を抜き勝手に飛び出していくから、聖隷術を使うところを見たことがない。

 姉も他とは違う聖隷を与えられたと聞く。自分達は特別に目をかけて貰っているという自覚もあるから、これもその一環と思うべきなのだろうか。

 

「たっ、大変です! 囚人が暴動を………!」

 入ってきた知らせ。

 この一件、穏やかには終わりそうにない。

 

………………

 

 

「はあ、………はぁ………」

 攻めきれない。

 ベルベットは内心舌を打った。牢を出て、暴動で混乱させ、ようやく船がある表の港までたどり着いたと言うのに。

 それをたった一人の対魔士と、一体の聖隷に阻まれる。

「なんなのよ、あんたはっ!」

 叫んでも返事はない。ただ無機質な硝子のような赤の目がベルベットを捕らえ、淡々とこちらの首を取りに来る。

 他の使役聖隷二体はあしらうのも簡単だと言うのに、この金髪の少年の姿をした聖隷だけは。

 聖隷のくせに剣で戦い、その動きには型がない。突然飛び出すベルベットの刺突剣や足技に瞬時に反応し、対応し、同じように蹴りや鋭い攻撃が飛んでくる。それはこれまで相手をして来た、使役されている聖隷とは何かが違って。

「どけええぇぇえっ!!!」

 叫び、左手を振るった。躱される。が、今度は左手を握り締め、そのまま裏拳で横に張り飛ばす。―――浅い。が、当たった。左手が何かを“喰らった”のが分かる。

 その聖隷は壁に体をぶつけ、そのまま床に倒れて動かなくなった。気絶したか。

「こんなものじゃ、あたしを止められないわよ!」

 叫んだベルベットを見て、オスカーがくっと目を細めた。

「………手強いな。聖隷の一、二体は潰す覚悟がいるか」

 

 

………………

 

 ぼんやりとした、霧の中にいた。

 これまでと違うのは、何かと繋がっているその感覚。そして声が響かなくなったということ。

 それでもやっぱり、体が重かった。辺りも見えない。音もぼやけてはっきりした音にならない。

 

 時々、目の前でとても嫌な気配がする。

『行け』

 声はそれだけ。だから飛び出し、気配だけを頼りに渡り合う。いつもそうだ。戦う相手がいなくなれば、また何もわからないぼんやりとした場所に戻る。

 

 だが今度の気配はかなり強烈だ。

 まずもってその気配の濃さが他とは段違いだ。他の奴は何となくの場所と大きさがわかる程度だと言うのに、こいつはその姿が人の形をしていることまではっきりと分かった。

 ―――気配が、膨れ上がる。

 左手。ヒトのそれから、獣のような、竜のような、異形のそれに。なんとか避けて。

 それがかすった、瞬間に。

 

 目の前の霧が、晴れたのだ。

 

 強い風が吹き付けて、一瞬だけ全てを吹き飛ばす。が、やはり一瞬のこと。すぐに霧が立ち込め、元のぼやけた視界に戻る。痛みも苦しさも感情も、何もかもはっきりとしない場所。

 けれど今までよりもほんの少しだけ、意識して目を凝らせば、霧の向こうが見えるようになっている気がする。

 

「――――――!」

 

 声がする。叫び声。咆哮。悲鳴。とてつもなく大きく濃いその気配。見上げれば―――竜。ドラゴン。さっきの奴と同様、姿形がくっきりと見えるそれ。

 見えるのだ。だから、視えてしまう。あんなに歪んでは………もう、戻れない。意識に当たる核の部分まで、食い荒らされて元の形などわからなくなっているから。

 ドラゴンが、こちらに向いて。

 

「危ねぇよけろ!!」

 

 咄嗟に、霧の中に飛び出した。

 己の内側にある繋がりだけを頼りに、『主』を見付けて飛び付き床に伏せさせる。『主』がこちらを見上げた。

「お前は………どうして」

「無事か。なら、いい」

 どっと力が抜ける。重いからだで霧の中で無理矢理動いた反動だろう。意識が遠退く。『主』の中へ。何も分からなくなる、その場所へ。

 ―――守れて良かった。今度こそは。最後に思ったのはそんなことで。

 

 全てぼやけて消えて行く。

 手強い何かに喰われた結果、少しだけ自由を手に入れたことも。

 ドラゴンを見て、その核の状態まで視えたことも。

 

 恐らく初めてちゃんと見た『主』の目を、思い出せない大切な『なにか』と重ねたことも。

 

 

――――――――

 

――――――――

 

 

・“蝶”

 

 導師。民を救う救世主。

 その称号を与えられたアルトリウスこそが、ベルベットが狙う相手なのだという。

「といっても、王国の最重要人物だ。探るにも手掛かりがないとな………」

 ロクロウが顎に手を当ててうんうん唸った。

「なんだったかな………ここまで出てるんだけどなぁ………」

 独り言を言っているロクロウは無視して、ベルベットは一番頼りになりそうなアイゼンに話を振った。

「アイゼン、王都に裏の知り合いはいないの? 船着場の時みたいな」

「内陸には疎いが………アイフリードが懇意にしていた闇ギルドがあったはずだ。バスカヴィルというジジイが仕切っていて、確か、王都の酒場が窓口だと」

「闇ギルド………そんなものがあるのか?」

 こんな、聖寮が支配する世の中で?

 と、ライフィセットの腹が鳴る。

「わっ!?」

 頬を赤らめて顔を伏せたライフィセット。誰も怒りはしない。むしろ微笑ましいものを見たと、アイゼンとロクロウの二人は口許を緩める。

「ははは、とにかく酒場へ行ってみよう。腹ごしらえはできるだろう」

「そうね」

 

 

 

 そうしてやって来た酒場で。

「そうよね。あなたの弟さんは殺されたんですものね」

 マーボーカレーを振る舞ってくれた婦人の目が鋭くなる。ベルベットは立ち上がった。

「なぜそれを!?」

 警戒するロクロウ、アイゼン、ベルベットだが、婦人はそれを受けても柔らかく微笑んだ。

「闇は光を睨む者を見ているものよ」

「バスカヴィルが捕まっても闇ギルドは動いているのか?」

「ええ。船長が消えてもアイフリード海賊団がとまらないように」

 アイゼンがアイフリード海賊団の一員だということも知っている。ただ者ではない。

「………あなたが窓口なの?」

「御用はなにかしら?」

 ベルベットの切り替えは早い。

「アルトリウスの行動予定を知りたい」

「それは、ちょっと値が張るわね」

 婦人は少し考え込み、紙を取り出した。

「非合法の仕事よ。“これ”を全部こなしてくれたら、こちらも情報を提供するわ」

 

「待った」

 

 そこで口を挟んだのは意外なことに、ロクロウだった。普段なら面倒なことはベルベットに任せて口など出さないと言うのに。

「その前に、頼みがあるんだが」

「あら、何かしら?」

「“蝶”に繋ぎをつけてくれ」

 それまで笑顔を崩さなかった婦人の目が、一瞬だけ揺れた。

「………貴方は“彼”のお客だったのね。なら知っているでしょう? “彼”は“彼”を見つけた者からの依頼しか受けないわ。だからその依頼は受けられない」

「知っている。だから俺はお前たちを“見つけた”ぞ」

 ロクロウがもう一度そんなことを言えば、婦人は目を閉じ、そう、と呟いた。そして目を開いて。

「答えは変わらないわ。例え貴方が“彼”のお客だったとしても、“彼”は大切な預かりもの。タダで教えることは出来ない」

「“蝶”の情報も?」

「そこまで言うなら………そうね、この仕事の報酬、というのはいかがかしら?」

 ロクロウはいつもと変わらない態度で、にっと笑う。

「道理だな。承知した」

 

 三つの仕事を引き受けて、宿を提供してもらい。

 仕事は明日から、ということになった。

 

 

「………ロクロウ、さっきのあれはなんなのよ」

「ん? あぁ、昔世話になった情報屋でな。繋ぎが取れればと思ったんだが」

「“蝶”って言ってたね。アイゼン、知ってる?」

「裏社会では有名な奴だな。ここ最近はさっぱり噂を聞かんが………なんでもそいつの手に掛かれば手に入らない情報はないとか」

「確かなの? その話」

「応、確かだぞ。なんせランゲツの屋敷から情報を盗み出した腕だ」

「………なるほど。確かに事実なら是非とも繋ぎをつけたいものだ」

「仕事をこなせば教えてもらえるんだよね?」

「そうね。とにかく今は仕事を片付けましょう。話はそれからよ」

 

……………………

 

……………………

 

「ギデオンの件は、分かった。もうひとつの話を聞かせて貰うわよ」

「………そうね、貴方達になら、教えても良いでしょう」

 血翅蝶の長である婦人、タバサは一つ、息を吐いて。

「結論から言えば、“蝶”の居場所は分からないわ」

 ベルベットの眉間に皺がよった。無駄なこと、手間がかかることを嫌うベルベットだ。が、タバサがそんなベルベットに臆することはない。

「彼はアイフリード船長から預かっていたのだけれど、三年前、居なくなってしまったのよ。それ以来私たちはずっと彼を探している」

「ロクロウ、あんたが仕事を頼んだのはいつ?」

「三年前。タイタニアに入れられる前だ。といっても直接会ったことはないんだが」

「会ってないの?」

 不思議そうな顔をしたライフィセットにはタバサが優しげに。

「彼は動物を使役できるのよ。だからやり取りは全て動物を通して行っていたの」

 そのやり取りが、三年前に突然途絶えたのだと。

「だから、貴方達にお願いするわ。もしどこかで彼を見付けたら、連れてきて欲しい。代わりに、私たちは貴方達への協力は惜しまない」

 そもそもベルベットが血翅蝶を頼ったのは、アルトリウスを殺すため。その準備のため。だとするならあとはギデオン司祭を暗殺して情報を受けとれば、それで血翅蝶との縁は切れる。けれど血翅蝶の情報網と、裏社会で有名な情報屋との繋ぎは、あれば助かる。

 ベルベットは決してアルトリウスを侮っていない。

「あくまでついで。見つけられなくてもいいのなら」

「構わないわ。彼は聖寮に追われていたの。手がかりがあるとするなら、そこじゃないかしら」

 笑顔でそう返されたベルベットの目が、今度こそ据わった。

 ベルベットは利用されたり騙されるのを嫌う。

「………」

「手間が省けて良いじゃないか。敵も聖寮、探してるやつも聖寮」

「三年前にいなくなった顔も名前も分からない聖隷を、どうやって探せっていうのよ」

 ロクロウは笑うが、ベルベットの機嫌はさらに降下していく。

 そんなの腐るほどいるはずだ。アイゼンが言っていたことが本当なら。本当にこの世界にずっと人間だけではなく聖隷もいて、それが三年前の『降臨の日』に知覚できるようになったというのなら。聖隷が、人間と同じように意思を持つ存在だというのなら。

 今現在聖寮に使役されている聖隷の、そのほとんどが当てはまる筈だ。

「そんなあてもないことに付き合ってるほど暇じゃないわ」

 記章を突き返し、さっさと出ていこうとしたベルベットを、アイゼンが止める。

「いや、待て。恐らくだが、名も容姿も分かる。―――名はエミル、俺より淡い金髪の、十代半ば程の少年の姿をしているはずだ」

「ほう? どうして分かる」

「アイフリードから話だけなら山ほど聞かされたからな。それがあの“蝶”の事だとは思わなかったが」

 淡い金髪。少年の聖隷。

 ベルベットは一人だけ、それが当てはまる聖隷を思い出した。

「確かに、船長は彼のことを“エミル”と呼んでいたわ。姿までは………わからないけれど」

 婦人が頷き、酒場の店主も小さく頷いた。間違いないらしい。

「アイゼン。あんた、そのエミルって奴のこと分かるのね?」

「見れば、おそらく、な」

「なら、あんたに任せるわ。あたしは―――アルトリウスさえ殺せればそれでいい」

 

 ベルベットはその為だけに、生きている。

 弟を殺したアルトリウスを殺すため。そのためだけに、生きている。

 

 

――――――――

 

――――――――

 

 

・聖主の御座

 

 

 聖隷は、道具だ。

 意思も無い、自我もない、ただそこに在るだけの道具。

 剣士が剣を選ぶように、鍛冶屋がハンマーを選ぶように、文官がペンを選ぶように。対魔士は道具である聖隷を与えられ、使い、業魔と戦う。そういうものだ。そう教えられ、事実聖隷は命じれば命じたままに動く。

 ―――そういうことに、なっている。

 

 けれど真実が別にあることを、オスカーはちゃんと気付いている。

 例えば特等対魔士シグレが使役する猫の聖隷。あれは一見普通の猫と区別がつかない。それくらい自由気ままに過ごしているし、主たるシグレと楽しそうに話している所を何度も見たことがある。

 例えば、かつてアルトリウスが使役していた聖隷。シアリーズという名の聖隷は、自分の意思を持って行動した。

 そして、己が使役する、この聖隷。

 契約を交わした当初から、いや、その前から。特等対魔士メルキオルの術に抗い、契約を試みた対魔士たちを片端から拒み続けた。契約を交わしてもこちらの命令などほとんど聞かない。

「………っ」

 あの時も。

 監獄島タイタニアで、ドラゴンと化した己の聖隷に襲われたとき。

『危ねぇよけろ!!』

 声がして、気が付いたら床に倒れていた。誰の声か。なぜ倒れているのか。なにがあったのか。呆然と辺りを見回せば、あの聖隷に押し倒されているのだと理解した。

 助けられた、のだ。

 どうして、と言った気がする。どうしてお前が勝手に動いているのか。どうしてお前はそんな泣きそうな顔をしているのか。―――どうしてお前が、自分を助けるのか。

 けれど、何故だか泣きそうなのに、心底ほっとしたように、顔を歪めて。

『無事か。………ならいい』

 そのまま、自分の中に戻った。

 あれから何度か呼び出し、誰も見ていないときに話しかけてみた。しかしあのときのような顔は一度もしない。いつも通り、作り物の人形のような顔でこちらを見るだけだった。

 聖隷は道具だ。対魔士が振るう、業魔と戦うための。世界を救う、理と意思を貫くための。

 聖隷は、道具だ。

 

 オスカーは悩まない。

 道具であるはずの聖隷に実は意思があるのだと気付いた所で、だからといって人間扱いをしようとは思わない。オスカーは対魔士だ。だから己が為さねばならないことを為すのみ。

 己が見ている世界がすべてではないことを、オスカーは理解している。

 だから、悩まない。少なくともアルトリウスが世界を救おうとしていることと、アルトリウスがいなければ世界はとっくに滅んでいたであろうことは、紛れもない事実だったから。

 無意識に顔が暗くなっていたのだろうか。一緒に控えていた姉テレサが、心配そうにこちらを覗き込む。

「………オスカー、どうしたのです。傷が痛むのですか?」

「ああ、いえ。大丈夫です。ご心配には及びません」

 左目は、まだ痛む。けれどそれは己の未熟さ故。そう思えば耐えられる。

「………行きましょう。結界が破られた」

 違和感は、ある。

 対魔士でなくとも解除できるようにした仕掛け。いくら祈りのために籠るからと言っても、付き添いのための対魔士―――自分達さえも、手出しはならぬと遠ざけること。

 そうなるように、誰かが仕組んだ―――だとしても。

(鳥は、飛ばねば。飛ぶ力があるのだから)

 

 

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 ノブレス・オブリージュ。

 持つものの責務。

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多分後日ネタを追加します

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