TOS-R×TOZ(+TOB)   作:柚奈

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精霊は道を選ぶ

 

 対魔士は、業魔に対抗するための存在。

 人々を守る盾、業魔を狩る剣。理と意思を貫くための存在。

 故に一時の感情に流されてはならない。

 一時の感情に、身を任せてはならない。

 鋼の意志と聖寮の理で以て、理性で自らを律さねばならない。

 オスカーは、対魔士なのだ。

 

 けれど対魔士もヒトだ。

「―――姉上!」

 咄嗟の時に、姉の心配をしてしまうことを、姉を想い、その身を想うことを、誰が責められようか。

 

 

――――――

 

 

「ベルベットが死ぬなんて、いやだっ!!」

 ライフィセットを囲んでいた術式が、弾けて消えた。衝撃波が駆け抜け、テレサが吹き飛ぶ。

「ああああっ!!」

「姉上!」

 オスカーが叫ぶ。吹き飛んだテレサが気絶して倒れ、オスカーがそれに駆け寄った。

 それと、同時に。

「――――!」

 オスカーの後ろに控えていた少年の聖隷が、気絶したベルベットに向けて突っ込んだのだ。

「させん!」

 勿論ロクロウがそんなことをさせる訳もなく、間に割り込み聖隷の剣を弾いた。弾いて、そのまま床に叩き伏せて、ロクロウは僅かに訝しんだ。………攻撃が軽い。

 力尽きて倒れるライフィセットの上で、空間が裂けた。

 瞬時に身を翻し、アイゼンがベルベットを、ロクロウがライフィセットを担ぐ。

「あれに飛び込め! ロクロウ!」

「おう!」

「儂を忘れるな~!」

 一行が飛び込み、追いかけてエレノアが走る。

「逃がしはしません!」

 裂け目が閉じかける。と、辺りを吸い込み始めた。エレノアはそれに吸い込まれて、体が浮く。

「ああああっ!?」

 エレノアだけでなく、ロクロウが叩き伏せたあの少年聖隷もふわりと浮き上がった。

 

 

 

 吸い込まれる。

 何処かわからないその空間の、奥がぐにゃりと歪んだのが見えた。ベルベットとアイゼンの背中が遠ざかっていく。

 と。

「わああああっ?!」

 何かがロクロウの背中にぶつかった。拍子に担いでいたライフィセットを手離してしまう。

「ライフィセット!」

 すぐさま手を伸ばし、金色の髪を視界の端で捕らえて、その辺りを感覚だけでひっつかむ。

 そして、視界が歪んで。

 

『―――開け』

 

 気が付いたらロクロウは、見知らぬ遺跡らしき場所に立っていたのだ。

 

 

――――――――――――

 

 

 そこは、力の流れそのもの。

 

 力は、世界を巡る。巡り、大地に還り、そしてまた世界に巡り行く。世界の全てを見て、記憶している。

 この世界で起こった全てのことを、そこは知っている。

 そこは、力の流れそのもの。

 ありとあらゆる命の源に―――世界の根源に、最も近い場所。

 

「――――――!」

 

 大量の情報を、直接あたまにぶち込まれる感覚。おそらく人間なら頭は割れそうに痛むことだろう。しかしエミルは―――『彼』は、その程度で悲鳴をあげたりはしない。

 なにしろ『彼』は、たったひとりで世界の全てを把握し、調節し、守り、統括する、最古の王なのだから。

(あぁ。そうか。そうだった………)

 自分が何者なのか―――『この世界』が、自分の世界ではないことも。

 

 目を開く。

 手を伸ばす。

 

「―――開け」

 

 境界の扉。

 

 

――――――――――――

――――――――――――

 

 

 

「――――今のは、なんだ………?」

「地脈じゃよ」

 マギルゥの声。ロクロウは辺りを見回し、ベルベット達を探した。

 しかしここにいるのはロクロウと、マギルゥと―――ライフィセットではなくオスカーの聖隷。それを認めた瞬間、ロクロウは掴んでいたそいつのマフラーを手放した。気を失っているのか、床にそのまま倒れて頭をぶつける。

 ロクロウが興味を示さないそいつを、マギルゥがまじまじと見た。

「しかし、こやつ何者じゃ? 地脈に“穴”を開けよった」

「マギルゥ?」

 答えがない。と、マギルゥがそっぽを向いてあーあ、と背伸びする。

「ふん、ベルベットの復讐見物もこれまでじゃな。つまらんオチじゃったわ。ま、どーでもいいがの」

「まだ死んだとは限らん」

「生きておっても終いじゃよ。あれだけの力量差を見せられて折れんはずがない」

 五人がかりでほとんど傷をつけられず、それも一瞬で回復されて。しかもあれで全力を出していないように見えた。

 マギルゥがにやり、と笑んで。

「10ガルド、賭けてもいいぞ?」

 そんなマギルゥの反応を受けて、ロクロウはすうっと目を細めて、同じように笑う。

「………その賭け、のった」

 と、いきなり二人の前の空間が光りだした。光は辺りを包み込み―――

「みゅわわっ!?」

 光が収まった時、そこにはベルベット、アイゼンの姿が。ベルベットは辺りを見回しながら。

「ライフィセット!? あの女対魔士は………?」

 と、視線が下に向いて。無言でベルベットを見上げるロクロウと目があった。

 ベルベットが踏みつけている、ロクロウと。

 無言で三拍。ベルベットはさっと飛び退く。

 ロクロウは何も言わずに立ち上がり、いつもの調子で聞いた。

「なにがあった?」

 

 

 

「………そうか、例の女対魔士がライフィセットの器にな。で、そいつはどこに行ったんだ?」

「ロクロウたちがここにいたということは、あいつも近くに出ているはずだ」

 ベルベットはアイゼンの言葉に力強く頷く。

「なんとしても捜し出す」

 マギルゥとロクロウがベルベットを見つめた。心なしか、マギルゥは驚き呆れたように、ロクロウは楽しそうに。

「もう、そんなにムキにならんでもよかろー?」

 ベルベットは胸元で左手を握り。

「助けるって決めたのよ。それに………あの子の力は戦力になる」

 あぁ、悪い顔。しかし良い顔をしている。

 マギルゥはつまらなさそうにし、ロクロウは笑みを浮かべる。ロクロウはマギルゥを横目で。

「………さっきの賭け、忘れるなよ」

「へなぷしゅ~………儂の10ガルドがぁ………」

 マギルゥがわざとらしく項垂れた。

 その二人の足元で、倒れている少年を見て、ベルベットの目がすぅ、と鋭くなる。

「………で、そいつだけど」

「あぁ、すまん。吸い込まれるときにライフィセットと間違えて連れて来てしまった」

 穴を開けた云々やあの声については話さない。必要がないことだ。ロクロウはそう判断した。ベルベットは気にしないだろうと。

 項垂れ元気のない素振りをしていたマギルゥが、いつも通りの飄々とした調子に戻って。

「こやつはオスカーの聖隷じゃろう? 面倒な事になる前に喰ってしまえばよい。それでしまいじゃ」

「………いや、連れていく」

 アイゼンが口を挟んだ。しかも決定事項として。

 この一行の指針を決めるのは主にアイゼンとベルベット。けれど最終的な主導権はいつもベルベットが握っていることが多い。

 アイゼンが譲らないのは海賊団と、アイフリードに関わることと―――。

 その例外に思い当たって、ロクロウは改めてその聖隷を見下ろした。

「じゃあ、こいつが?」

「あぁ。恐らくな。十代半ばの少年の姿、淡い金髪、そして聖隷なのに剣を使う………あいつから聞いていた特徴はすべて合致する」

「まぁ、ばあさんにも連れてきてくれと頼まれてたしなぁ」

 言いながら、ベルベットの様子をうかがう。顎に手を当て、考え込んでいたベルベットは、譲る気がないアイゼンにはぁ、と息を吐く。

「あたしは知らないわよ。あんたが面倒みなさい」

「あぁ」

「良いのか~? 面倒は嫌いではなかったのかえ?」

「タバサとの約束もある。本当に邪魔になったときには、それこそあたしが喰らえば良いでしょう」

 アイゼンが少年を肩に担ぐ。ベルベットが先を歩き出し、ロクロウは後に続いた。

 ベルベットが良いのなら、ロクロウが気にすることではない。

 

 

――――――

・表に出てエレノア戦。

・下の話は、エレノアが目覚めて表で密命受けてる辺りの話。

――――――

 

 

 意識が覚醒して、無意識に“目”を開く。

 

 視覚ではなく、マナを視る目。それは人間の五感よりも更に細かく鋭く、多くのことを“彼”に教えてくれる。

 しかしそれをやって、強烈な目眩と吐き気と頭痛を覚えて、慌てて“目”を閉じた。

(穢れ、が)

 穢れ。負。呼び方は様々だが、同じものだ。本来あるべき力が、何かの影響で歪んだもの。それは『力』によって生かされている存在にとっては毒でしかない。

 しかもその塊が、彼のすぐ側に在った。

「起きてるんだろ? さっきと呼吸が違うからな」

 彼は身動ぎもしていないのに、確信した声で。

 それは、ヒトであった。

 頑なに心を閉ざした聖寮の奴等よりも、なにも分からずただ本能に突き動かされる穢れに飲み込まれたものたちよりも、ずっとずっと、彼が見慣れたヒトに近い存在だった。

 体を起こす元気はなかったので、目を開け、首だけでそいつの方を見た。剣士。片膝を立て、背を壁に預けて、大太刀を肩に立て掛けている。常在戦場。一呼吸のうちに、こいつは刀を抜きこちらの首をはねることが出来るだろう。

 ………あぁ、半分堕ちて歪んで、壊れかけている。なのにその形こそが己のあるべき形なのだと言わんばかりの、なんたる堂々とした。

 見違えた。素直に、そう思った。

「………ロクロウ・ランゲツ」

「俺を知っているということは、お前が『蝶』で良いんだな」

 黄金色の瞳が、彼を見た。前髪に隠されたもう片方から感じる気配が、抑えきれぬとばかりに一瞬膨れあがり、そして消える。

「お前に会ったら、一度礼を言おうと思っていたんだ」

「礼………?」

「ああ。三年前の依頼は本当に助かった」

 三年前。

 と言われても、彼には三年経ったのだという実感がない。あの夜、妙な力が世界中を駆け抜けて、そこから記憶がほとんどないのだ。気がついたらぼんやりとした霧のなかにいて、時間の感覚などなかったから。

 ただ、ロクロウの依頼、ということなら心当たりはあった。

 ランゲツ当主、シグレ・ランゲツに関する情報を集めてほしいという依頼。彼は動物たちに命じて情報を集め、それを纏めて伝えただけのことだ。

「大したことはしていない。俺は依頼を受け、それを果たしただけだ」

「応、そうか」

 会話が途切れる。ロクロウは、もうそれ以上を話すつもりは無いらしい。首を横に向けているのも疲れてきて、上向きに戻した。はぁ、と息を吐く。

 

 辺りに妙な気配もないことだし。

 彼はそっと、目を閉じた。

 

 

 

 

 翌朝、彼が目を覚ましたとき、少し遠くから声がした。

 壁の向こうから聞こえるような、すこし籠って反響したような声。

「一度発動した誓約は自分でも解除できない。私は貴方との約束を守らざるを得ないのです」

 聞き覚えのある声だった。それはそう、霧のなかで―――なるほど、こいつも対魔士か。

 立ち上がり声の方に歩く。その間話していることを聞いていて、大体の事情が把握できた。

 聖寮の狙い。カノヌシ。

「やっぱり、カノヌシの正体を知るにはライフィセットの古文書を解読するしかなさそうね」

「サウスガンド領のイズルトに行けば、そやつの手がかりがあるはずじゃよ」

 そこで彼は壁の陰から出て、口を挟んだ。

「俺も行く」

「………」

 すぐさま睨んでくるのが二人。笑顔で、しかし値踏みするような視線を向けてくるのが二人。心配そうにこちらを見てくる甘い奴が二人。

「やられっぱなしは性に合わねぇ。後、『あそこ』に妙なのが居座られると俺が困る」

 おそらくは力の流れが集中する場所。この世界で、最も根源に近い場所だ。―――つまりは世界を渡るのに一番良い場所。

 そこにあの巨大な神殿と『何か』が居座っているせいで、力の流れに栓がされているような状態だ。

「………んー、つまり、お前の敵も聖寮とカノヌシ、ってことで良いんだな?」

「そうなるな。あとついでにメルキオルとかいうジジイもだ。あいつもぶん殴る。俺だけじゃなくてアイフリードにまで手を出しやがった」

 アイフリード、というところで眉を動かしたのが、聖隷の男―――アイゼン。

「確認させろ。お前が、エミルでいいんだな?」

「そうだ。で、お前がアイフリードがやたら目付きが悪くて細かくてシスコンだって言ってたアイゼンか」

『――――――ッッッ!!』

 魔女とロクロウが吹いた。他の面々も、二人ほど大袈裟でなくても似たような反応だ。

 なぜそんな反応をする。彼は首をかしげた。

「違う、のか?」

「あの野郎………!」

 喉の奥で唸るような低音に、視線だけで相手を殺せそうな殺気。

 腹を抑えながら息も絶え絶えに魔女が言う。

「いやいや、間違っておらんぞ。そやつがアイゼンで間違いない。やたらめつきが悪くて、小姑並みに細かく………っ!」

「マギルゥ、話すか笑うかどっちかにしなさい」

 さっきまでそっぽを向いていた女がため息をついて魔女を押しやった。アイゼンもロクロウも、女に対して道を譲る。正面に立ち、向かい合えば、己とほとんど背丈が変わらない。

「………あんた、オスカーに使役されてたわよね」

「オスカーが誰かは知らんが、誰かと契約していたのは事実だな。今は………その契約も切れているようだが」

 元々が術で意識を押さえ付けられていなければ成立していなかった契約である。地脈に触れ、記憶と力を取り戻したことで、強引に為されていた契約は意味を無くした。

 ちらりと、女の左手に目をやって。

「………そうか。お前、あの妙な手の………なるほどな、どうやら俺が意識を取り戻したのは、半分はお前のお陰らしい」

「ベルベットの………?」

 少年が首をかしげる。ベルベットも意味がわからないとばかりに眉根を寄せたので、己の左手を見せた。術が幾重にもかけられ、動かすことさえ出来なかった左手。布で覆い、隠していたそれ。

 ベルベットの左手が喰い尽くした術。それの名残が、布を捲れば腕に残っていた。絡み付く茨のような痣。

 けれどそれも、だんだんと薄くなりつつある。

「あのクソジジイの術をお前が喰ってくれたお陰で、俺はあいつの術を破れた。あいつ、性格は最悪だけど技術は最高級だからな………」

 魔女が、魔女の目が一瞬死んだ。しかし誰もそれに気付かない。

 ベルベットは確かめるように左手を握り、ふっ、と目を閉じた。再び目を開けば力強くも危うい目をしている。

 

 

 なんだ。この目が、何かと重なる。だがそれが何なのか、誰なのかが、分からない。

(俺は、ヒトと関わったことなど、ない)

 ずっと、星から星に移ってからずっと、大樹と共に在った。きっとそれは、これからもそうで――――これからも?

 違和感。なんだこれは。なんなんだ。

 分からない、分からない。自分が見ているものが、正しくないような。まるで湖に写った月を見て、空の月を見ていないような。違和感。そう、違和感だ。そうとしか言いようがない。何が違うのか分からない。

(俺は、精霊ラタトスク。大樹カーラーンに宿り世界を守る精霊。………ヒトと契約を交わしたことはないし、ヒトが大樹の元まで到ったことも、ない)

 大丈夫。覚えている。彗星デリス・カーラーンからあの星に移り、魔族と戦い世界を守り続けてきた数万年の記憶が、確かにある。

 なのにどうして、こいつらを見ているとどうしようもない怒りや、不安や、後悔を覚えるのだろう。どうしてちゃんと思い出せた筈なのに『思い出せ』と声がするのだろう。

(………ああくそ、いらいらする)

 

 

 ベルベットが彼を頭から足先まで見て。

「………いいわ。ただし、妙なことをして足手まといになるようなら、あたしはあんたを置いていくわよ」

「好きにしろ」

 この世界が己の世界ではないのなら、帰らねばならない。その為には、あのカノヌシの神殿があったあの場所に、もう一度行かなければならないのだから。

 

――――――

 

 補足!

・ラタトスクの記憶は、『大樹カーラーンが枯れる前』までしか戻ってない。からミトスたちのことやマルタやロイドやエミルのことは覚えてない。

・地脈経由で異世界に来てしまったことは理解したので、同じく地脈経由なら帰れるのではないかと考えている。

 

・捏造設定。地脈は力そのものだから、一番奥はすべての世界の根源に繋がっており、そこから異世界に渡れる。

 

――――――

 

 

 

・ブリギット渓谷にて

 

「はぁっ!」

 エミルが切り伏せた業魔が倒れる。腰に剣を納めて後ろを振り返れば、ベルベット達も業魔を倒したところだった。

「ははっ、獲物はほとんどエミルにとられてしまったなぁ」

「じゃな。お陰で儂らは後ろからゆっくりお主らの奮戦を見物できるというものじゃが」

「あんたは見てないで働きなさい。この辺りのやつらは、あんたの技が役に立つんだから」

 ベルベットが言うマギルゥの技、というのは、辺りの霊力に干渉してそれを自分のところに引き寄せる、『スペルアブソーバー』という技のことだ。スペルアブソーバーは敵の術に対して効果があり、この渓谷には術を多用する妖魔種の業魔が多く棲息しているのだ。

「けど、エミルが走り回って敵の詠唱を妨害してくれているお陰で、僕たちにはあまり被害が出てないよ。ねぇ、アイゼン?」

「まぁ、そうだな」

 一行の回復を担っているのは主にライフィセットだ。そのライフィセットがいうならそうなのだろう。アイゼンも認めたならそれは間違いない。

 が、エミルには全くそのつもりがなかった。ただ何時ものように戦っていただけ。己のみの力で魔族と渡り合う為には綺麗だの卑怯だのと言っていられなかったから。

「しかし、剣を使う聖隷とは変わっておるのう。その上術を使わんとは」

「………別に、良いだろ」

 厳密には聖隷ではなく精霊だ。そして己が使う術とは、聖隷術ではなくマナを紡いで放つ術。仕組みが違う。あまり見せたくはない。

 と、ベルベットがこちらをじっと見ていた。

「何だよ」

「別に。何でもないわ」

 そっぽを向いたベルベット。そしてロクロウがエミルに問う。

「なぁ、ここが何処かわからないか?」

「無理だな。土地も町の名も、人間が勝手に区別して勝手に呼んでる名だ。野に生きる獣たちが知る筈はないだろう。………ヒトに近い、犬猫やよく街に立ち寄る鳥とかならその音を覚えているかもしれんが、この辺りの獣は何かを恐れて隠れている。俺が喚んだところで来ないだろうし、そんなことをするのは俺も気が引ける」

 無理矢理に呼び出すのも可哀想だ。ただでさえ業魔が彷徨いているというのに。

 と、何故か一行が驚いたような顔でエミルを見ていた。

「何だよ、そろって人をじろじろ見やがって」

「いえその………すみません、少し驚いて」

「動物を使役できるってのは本当だったのね」

「………使役してる訳じゃない。少し話を聞かせてもらったり、手伝って貰ってるだけだ」

 使役と言うなら、それはセンチュリオン達のこと。魔物と契約しそれを束ねていても、魔物の王と呼ばれていても、彼は統治し従えているわけではない。してはならぬこと、せねばならぬことを教え、それを違えて世界に混乱をもたらすならば斬る。彼の仕事はそれだけだ。

 実際、魔物の営みに干渉したことなどない。魔物がヒトを襲うのも、魔物同士が争うのも、それが自然の営みの一部であるならば彼が止めることはない。

 元の世界でもそんな訳だから、契約を交わしたのでもないこの世界の鳥獣たちには、本当に手伝って貰っているだけなのだ。

 アイゼンが一歩踏み出す。

「お前が『蝶』だというのなら、アイフリードについて何か知らないか」

「アイフリードが失踪したのは一年前、だったな。悪いが、この三年俺はほとんど意識が無かった。だから恐らくお前より何も知らない」

「………そうか」

「だがあのクソジジイが一枚噛んでることだけは間違いない。―――俺もアイフリードには借りがある。捜索救出の協力は惜しまんさ」

 そのつもりだ。

 彼は恩知らずではない。それに、あいつには、会って言ってやらなければならないことがある。

 

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