TOS-R×TOZ(+TOB)   作:柚奈

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 注意!

 暗いです。
 病んでます。
 その過程です!(だってこうでもしないとおちないだろって………

 人によっては気分悪くなったりムカつくと思う。

 いい人だけどうぞ。
(多分読まなくても話は繋がるはずなので)


※追記
 支部にはあげたけどこっちにあげるの忘れてた………
 ま、たいしたネタじゃないんですが


■月のない真夜中

 

 

 会いたい。

 ロイドに、マルタに、コレットやジーニアス、しいなやプレセア、テネブラエや―――ラタトスクに。

 エミルがこの世界に来て、数年。

 一向にロイドは見つからないし、相変わらずラタトスクは眠り続けている。

 

 

 

 

 

 

 あの獅子の体を持つ男は、ヘルダルフという名であるらしい。

 同じことをしろとは言わん、という言葉の通り、ヘルダルフはエミルにあれをしろこれをしろとは言わない。むしろお前の好きにすると良い、と放置され、会うことも少ない。いや、会わないのはエミルにとっても“負”―――穢れに接する機会が減るという意味ではありがたいのだが。

 ともあれ、エミルがすることは決まっている。

 まずは、ロイドを見付けること。それからラタトスクの回復を待って、元の世界に帰ること。

 そのために必要なことは、この世界を知ることだ。

 

 が、知ろうにも会話する相手はいない。

 ヘルダルフとは会わないし、他に人もいないし、出歩こうものなら辺りに充満する穢れで気分は悪くなるし。

「………だから、わたしだと?」

「うん」

 サイモンは嫌そうな顔を隠しもしない。

「わたしも忙しい身だと言わなかったか」

「うん。でもキミくらいしか頼れないんだ。お願い!」

 目の前で手を合わせて頭を下げれば、盛大なため息が降ってきた。

「本ならその辺りにあるだろう」

 確かにある。サイモンがヘルダルフに『こいつに協力してやれ』と命じられて持ってきてくれた本が。

 でも。

「僕、この字読めないんだ」

 文字の形は似ている。一字一字の判別も、まぁなんとか出来る。

 が、文法が違うのか、そもそも単語が違うのか。あの世界の文字と同じように読んでいくと全く意味がわからない言葉の羅列で、暗号のようだった。小一時間ばかり頭を捻ってみたのだが、ジーニアスやリヒターさんのようにはいかないものだ。

 またもや、盛大なため息。

 そして、サイモンはくるりと踵を返してしまう。

「あ、お願い待って!」

「私はこれから行くところがあるのだ。言葉もわからんお前に懇切丁寧な解説をしてやる時間はない」

「う………はい………」

 まあ、ごもっともで。

 しょぼん、と落ち込んで、エミルは途方にくれる。どうしよう………。

 

「半日ばかり待っていろ」

 

「………え?」

「今日の仕事はさほど手間もかからん。そしてその後やることもない。―――しようがないから、その後でお前に手解きをしてやる」

 一拍遅れて、サイモンの言葉が頭に入って。

「! ありがとうサイモン!」

「勘違いをするな。主の命だからだ! それがなければ、どうしてわたしがお前の相手など」

 怒鳴られようとも、今度はエミルが落ち込むことはない。

 

 なるほど、つまりリヒターさんと同じだと思えば良いのだ。

 

 

 ………半日後に開かれたサイモン教室はかなりスパルタだった。

「だから、何故そうなる! さっき教えただろう!」

「はいごめんなさいっ!」

「謝るくらいならば覚えろ! 手を動かせ! まったく………」

 

 因みにこの光景は、字を覚えた後も事あるごとにエミルがわからないことがあればサイモンに聞きに行くので、今後十数年にわたってみられることととなる。

 

 

 

 

 

 

 エミルは、人間だ。

 

 人間の親から産まれたわけではないけれど、見た目通りの年月を生きてきたわけではないけれど。

 エミルは人間だ。

 人間だと思って、人間として、人間の中で生きてきた。それは自分が『精霊ラタトスク』であると分かってからも変わらない。エミルは人間であることを選んだから。

 けれど。

 エミルは人間ではない。

 自我が確立して、意識をもってから、まだ五年とたっていない。そういう意味で言うならエミルはまだ子供と同じだ。子供より体がすこしばかり大きくて、普通の子供よりも重いものを背負っているけれど。

 

 

 

 

「ともかく、お前は手を出すなよ。黙って見ていろ」

 あそこを出てから何度も繰り返し念を押されたことを再度言われて、エミルは大人しく頷いた。

 サイモンに無理を言って連れてきて貰っているのだから。

 

 

 あの場所―――アルトリウスの玉座と呼ばれる神殿は汚れに溢れたヘルダルフの本拠地だ。

 ラタトスクがいるのがあの場所であることもあって、エミルは基本的にいつもあそこでこの世界のことを学んでいた。街には近付かない。街の近くの穢れはエミルでさえ体調を崩すから。

 エミルの最終目標は、ロイドを見付けて帰ること。ロイドを探すにはやはり“外”に出る必要がある。

 その協力を頼んだのが、サイモンだった。

 最初は露骨に迷惑そうな顔をされた。字を教えてくれと頼んだ頃はまだ気遣いのようなものがあって遠回しに表情一つ変えず断られたものだが、もうあれから随分経つ。互いに互いの性格もよくわかって、遠慮などというものは消えて久しい。

 ―――結論から言って、エミルの粘り勝ちである。サイモンの仕事の邪魔はしない、何かあれば置いて行って良い。代わりにアルトリウスの玉座と外との送り迎えをしてもらう約束を取り付けたのだ。

 半ば以上、強引に。

「だから、“外”に連れていって貰えればそれで良かったんだけどなぁ」

「お前は一応、今のところは我が主の客人だ。そこらに放置などできるか」

 そんなことも分からないのか、と言われてもエミルはへこまない。その言葉の裏に確かな優しさがあることを感じるから。サイモンはこれでかなり真面目で責任感が強いのだ。

「主はお前に協力せよと仰った」

「でも僕は君を手伝わないよ」

 エミルはサイモンたちが何をしているのか知らない。知らないが、予想はつく。何故なら、エミルは世界に溢れる穢れを感じとることができるから。

 エミルは『精霊ラタトスク』だ。魔族から世界を守るために在る、番外の精霊。障気を封じ、負が産まれないように世界にマナを巡らせ、生まれてしまった負を浄化する精霊。

 そのエミルが、サイモンたちの手助けをする筈がない。だから、何をしているのか知っていても知らない。そういうことにしている。

「僕は僕がすることしか、しない」

「分かっている。主はそれを許された。………私が口を挟むことではない」

 不満げだった。サイモンはヘルダルフに関わることだと時々こういう顔をする。留守番させられている子供みたいな顔。

「手伝わないというのなら、約束を忘れてはいまいな? 私の邪魔は―――」

「しない。邪魔になったら見捨てていい」

 サイモンの最優先は主ヘルダルフ。エミルの最優先はラタトスク。互いにそのためなら譲らないと知っているから、それが約束に含まれている以上必ず守ると互いに信用している。

 サイモンが頷いて、杖を振った。周囲の力が渦巻きエミルを包む。………感覚に覚えがある。これは。

『幻覚………?』

「あまり大声を出すなよ。術が解ける」

 この世界に来て初めてサイモンと会ったときと同じ感覚だ。ここに在るのに、薄皮一枚隔てて世界と分離されたような。それはそう、テネブラエがマナに溶けて姿を隠していたときのそれ。

「これでお前の姿は誰にも映らぬ。人間にも知覚されることはない。だがお前は確かにここに“在る”。ぶつかれば気付かれるし、声も響く。が、多少は誤魔化せるだろう」

『わかった。気付かれないように気を付けるよ。………サイモンには見えてるの?』

「当然だ。妙なことはするなよ」

 これにはエミルは答えなかった。気を付けはするが、確約はできなかったからだ。

 しかしサイモンはそれで満足したようで、エミルに背を向けて歩き出した。エミルは足音と気配を殺して追いかける。

 追いかけながら、エミルは辺りを見回した。石造りの立派な建物。堅固で、歴史を感じさせる街並み。広場にあった噴水などはルインのそれなどとは比較にならない。流石に城下町だけあって、人も多いのか相応に穢れも強いのだが。

 

 大きな、城に近い建物の近く。

 そこまできてサイモンはエミルを手頃な建物の屋上に運び、ここで待つよう言い置いて、何処かへと行ってしまった。

『本当に大きい街だ………』

 屋上から見れば、それがよく見えた。恐らくはメルトキオに匹敵するだろう。

 ここが、ローランス帝国の皇都ペンドラゴ。

(サイモンの術がなかったら、危ないな)

 穢れが強い。サイモンの幻術は、外界と自分とを隔てる効果もある。勿論完璧なものではないし、例えるなら一度別の器で受けとめて衝撃と勢いを和らげるようなもの。―――だからラタトスクがいるあの部屋に何重にも術を展開しても、穢れの浸食を止められない。

 どうにかして、穢れを浄化、あるいは遮断する方法を見つけなくては………。

 

『―――! 何!?』

 

 穢れが、弾けた。

 元からこの街の穢れは強い。しかし今、明らかに穢れの増え方が変化したのだ。じわりと染み出すのが、ポコポコと沼のそこから沸き上がる泡のように、浮かんで、弾けて、………穢れを撒き散らす。

 変化は僅かだ。だが、徐々に加速する。穢れは、負は、相乗効果で強まるのだ。人々の悪意が負を生み、負は人々の意識を歪め、それが更なる負を生む。穢れも同じだ。

 その源を探ろうとして、意識を集中させて―――

『うっ、ぐ………!』

 吐き気を催して、エミルはその場に踞る。

 なんだこれ。なんだこれ!

 辺りに穢れが満ちているせいで、人間たちの心は荒れている。それはわかる。不安や恐れや恨み、怒り、それは当然に存在する感情だ。

 だがこれは違う。

 なんだこれは。ドロドロとした、絡め取られそうな嫌なモノ。じわじわ浸食されるこの感じ。頭の芯が冷えていくような、体から熱が逃げて別のモノが入ってくるような。そのくせ腹の底でチロチロと燻り続ける冷たい炎が、時おり爆発したように体を駆け巡って何もかもが自棄になる。

 これは、ダメだ。なにがどうダメかはわからないが、これはよくないものだ。

『は、ぁ………はぁ、はぁ………』

 座り込んでその悪寒を抑え込んで、ようやくエミルは一息つく。

 これは、どうにもならない。少なくともエミルの手には負えない。ラタトスクか、或いはここにセンチュリオン達がいたら少しは違うかもしれないが。

『早く見つけて、帰らないと』

 じゃないと本当に、ラタトスクがどうにかなってしまう。

 

 

 サイモンが戻ってきて、改めて街を回った。

 エミルは普通に人間にも見えるので、ロイドの特徴を告げてそんな人を知らないか、と聞いて回ったけれど、誰もロイドらしき人物を知らなかった。

 そのうちにエミルも穢れに気分を悪くして、サイモンと一緒にアルトリウスの玉座に帰った。

 

 ああ、本当に、穢れをどうにかしないとロイドを見つける前にラタトスクが。

 

 

 ―――サイモンが何をしに行っていたのか、エミルは知らない。聞くことも忘れていた。

 だからあの奇妙な穢れの膨らみも、それがサイモンの『仕事』であったことも、気が付いて予想はついていたのに、他に気を取られてすっかりと忘れてしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 穢れは世界に溢れて止まらない。

 穢れを浄化できるモノがこの世界にはないからだ。

 

 

 あの世界には溢れてしまった“負”と障気を浄化する方法がある。一つはラタトスクのマナを操作する力。もう一つは【封魔の石】を使う方法。

 どちらもマナの浄化作用を使う方法だ。

 マナには元々僅かながら浄化作用がある。だからこそ障気と負を抑え込め、魔族にとって毒となる。それをラタトスクは精霊としての力で引き出し、【封魔の石】は生物のマナを超高密度に圧縮して、それぞれ負と障気を浄化するのだ。

 だがこの世界にはラタトスクが使えるほどのマナがないし、封魔の石を作り出せるほどのマナもない。―――というかマナという概念がない。

 代わりにあるのが霊力と天族の加護だ。

 だというのに、この世界の人間たちは天族を信じない。

 

 

「天族なんてお伽噺だろ。目に見えない奴がいるって、それじゃお化けじゃん」

 若い青年はそんな事を言って、天族を信じているかと聞いたエミルを笑い飛ばした。

 そのすぐ後ろに天族がいたのに、悲しそうな顔をして、すうっと消えていった。それから少しして、村に穢れが溢れ出した。加護が消えたのだ。

 

「ええ、信じております。ですから信仰が大切なのですよ。貴方も信仰心を目に見える形で示すべきです」

 どこか媚びて見える司祭は、そう言って寄付を促した。

 見ためばかり豪華に飾り立てた聖堂には、天族もいなければ穢れが漂っていた。

 

「あぁ? んなもん知るかよ。第一そんなカミサマみてぇなのが本当にいるなら、この災厄の時代をどうにかしてもらいたいね」

 柄の悪い酒場のマスターは、忙しそうに手を動かしながら答えた。

 穢れはないが、清浄でもない。ただ、酒場にいる人の中には化け物の姿が数人混じっていた。

 

 あるときには頭がおかしいと言われて兵士に捕まりそうになり。

 あるときには穢れを纏う人間たちに変な場所に連れ込まれそうになって逃げ出したり。

 あるときには気持ち悪いと真正面から言われて物を投げつけられたり。

 あるときには詐欺師だと訴えられそうになり。

 あるときには完全に無視をされたり。

 

 そして天族たちにさえも余計なことはしなくていいんだ、なんて言われた日には。

 

 エミルは、まっとうな方法で穢れをどうにかしてラタトスクを助けることを諦めた。

 

 

―――――――――

 ラタトスクを守るための『誓約』をたてる少し前のこと。この後エミルは何度かサイモンと一緒に外出してロイドを探すが、見つからないし情報も集まらず。

 そうこうしてる内にラタトスクが穢れに耐えられなくなり、エミルは『元の世界のことを話さない』という誓約を立ててラタトスクの周りに穢れを寄せ付けない結界を張る。

 

 時期は黄の瞳石の頃です。

 

 エミルがラタトスクを封印するのは、またもう少し後の話。

―――――――――

 

 

 

 ラタトスクが極端に穢れに弱いことを知り、手を出さぬという約束のもと、ヘルダルフとサイモンはアルトリウスの玉座の一角の穢れを弱めてくれた。

 それでも僅かに漏れてくる穢れに苦しむラタトスクを見て、サイモンは呆れたようだった。

「ここまで穢れに弱い天族も珍しい」

「違う。穢れに弱いんじゃなくて、力が足りなくて弱ってるんだ」

 元々『精霊ラタトスク』は魔族の星だったアセリアにマナによる守りを敷いて、魔族を退けあの世界を成した。魔族の力の源は負であり、つまり元々アセリアは負に塗れた星だった。マナを産む大樹カーラーンがあったとはいえ、ラタトスクはそこに移り、負と魔族と戦ってきたのだ。

 ラタトスクが穢れに弱いわけではない。寧ろ他の精霊より耐性もあり浄化の力を持つ分、ずっと負には強い。

 なのに、ここまで弱るのは何故か。

 

 ヘルダルフは本当にエミルに何かをさせることはなかった。エミルが望めば自由に外出も出来たし、遠出するときにはサイモンが連れ出し送ってくれさえした。

 そうして世界を見て、分かった。

 理由は二つ。

 

 一つはこの世界に、極端に負が、穢れが溢れていること。それはそれだけ人間たちの心が荒んでいることを示している。

 何しろ、ラタトスクにとって一番安全なのが他の町や村よりも、穢れの直中にあって少し穢れを薄めただけのこの部屋の方なのだから。

 もう一つはこの世界ではマナがかなり薄いこと。

 マナと負は相反するもので、互いが互いを抑え込む。故にマナが多ければ負は少なくなり、負が強まればマナが薄まる。だからなのか、それとも元々この世界にマナが無いのか、ともかく今のこの世界には殆んどマナが無い。

 ラタトスクは精霊だから、人間として在るエミルよりも負には弱いし、マナが薄ければ力が出ないのだ。

「ねぇ、君はその天族? なんだよね。どうしてこんなに穢れに溢れている中で普通にしていられるの?」

「普通ではない。私も天族の一人だ。穢れが強ければ本来の力は出せぬ」

 サイモンはそれで話を打ち切るつもりだったのだろうが、エミルはサイモンが穢れの直中で凄まじい力を振るうのを見ていた。この部屋に穢れを寄せ付けないようにする結界もサイモンの力によるものだ。

 じっと見ていると、サイモンは根負けしたのか、口を開いた。

「誓約、というものがある」

 せいやく。そうだ、と頷き、サイモンが続ける。

「自らに誓いを立て、それを遵守することで力を得ることができる。その誓いが重ければそれだけ得る力も強くなろう」

「君がこの穢れの中で強い力を使えるのはそのため?」

「そうだ。先に言っておくが、誓約とは安易に他人に明かすものではない。私が誓約を立てていることも他に洩らすなよ」

 言うだけ言って、サイモンは踵を返した。エミルに付き合ってくれてはいるが、サイモンは忙しい身なのだ。知っているから、いつもは呼び止めたりなど、しない。

 けれど、限界だ。

 どれだけヘルダルフが負を―――穢れを近付けぬようにしようと、サイモンが結界を張ろうと、世界に穢れが溢れる限り、ラタトスクは苦しみ続ける。

 何よりもエミルが、部屋のベッドで気を失ったまま呻き続けるラタトスクを、見ていられなかった。

 

「………その誓約って、どうやるの」

 

 そして、………こんな姿を、見られたくなかったから。

 

 

 

 

 

・誓約後の話

 

 ロイドは見付からない。

 あの目立ちすぎる外見ならすぐに見付かるだろうと思っていたのだが………よく考えたら服を着替えてしまえばあの髪と目の色は地味ではないかということに最近になってようやく気が付いた。

 もうこの世界に来てから数年たっている。

 文字を覚え、世界の有り様を覚え、何度か幾つかの街を巡って、………誓約を立てて。その間ずっと探しているのに、手がかりのひとつも見付からない。

 これが元の世界であれば魔物と契約してネットワークを構築して全世界を把握することも出来たのに。

 世界の法則さえ違っている場所で、ラタトスクもセンチュリオンもいないエミルではそんな事はできないのだ。代わりに穢れに侵されていない動物であれば多少お願いを聞いてくれるけれど、マナの加護がない以上無理はさせられないし、そもそも数が少ないし。………それにエミルはラタトスクと違って、契約していなければ正確な意志疎通は難しい。

 結局のところ地道に出向いて探す他なく、その度にサイモンの力を借りている。

 

 

 あるとき、サイモンと“外”を歩きながら話をした。

「………お前、何故そこまでする?」

「なにが?」

「お前は何故、そんなに必死になって人を探しているのか、ということだ」

 何故。何故か。

 穢れに侵され憑魔となった獣と植物とを蹴り飛ばして追い払いながら、エミルはええと、と思考を巡らせる。

「だって『彼』は僕にとってもある意味恩人だし。それから僕らにとって大切な人に頼まれたから」

 エミルにとってはそれが理由だ。『精霊ラタトスク』としてはオリジンとその契約者を野放しに出来ないから、という理由もあったりするが、ラタトスクもエミルもそんな小難しいことは考えていない。

「お人好しだな」

「僕より『彼』のほうがよっぽどだけど―――それを言うならサイモンもでしょ」

 サイモンはすごくすごく変な顔をした。

 が、それがまたあの世界で待っているであろうひとを思い出す。

「僕、サイモンのこと嫌いじゃないよ」

「私はお前が嫌いだ」

 

 

 

・ぼきんとおれる

(唐突に始まります)

 

「………あなたたちみたいな、人がいるから」

 

 自分のことは棚にあげて、当てはまらないモノを除外する。分からないものを拒絶する。自分の保身のためだけに平気で他を切り捨てる。

 たった一つ、自分にとって都合が良いものだけを盲信して、持ち上げて頼って、都合が悪くなれば手のひらを返す。

 そんな人たちばかりだから。

 だから天族は力を失うのだ。

 だから穢れは溢れて止まらないのだ。

 だから憑魔が生まれて災厄の時代は悪化するのだ。

 だから、誰かのために必死に動く人が損をする。

 だから、真正直に生きている人が苦しむ。

 だから、英雄が真っ先に潰れて救いがなくなる。

 

 それでも世界は変わらずに、最悪の最低へと転げ落ちる。―――世界の終わりが来るその瞬間まで、底無しの奈落に堕ちていく。

 

「あなたたちみたいな人が、いるから………!」

 

 もっと幸せな世界があるのに。もっと楽しい世界があるのに。この世界だって、最初はちゃんと、それがあったはずなのに!

 この世界も美しく優しかったはずなのに!

 

「だから『僕ら』が苦しむんだ。だから『彼』が辛い思いをするんだ!」

 

 どうして、どうして。

 世界を守っているだけなのに、どうして魔王なんて呼ばれて憎まれなくちゃならない。

 次の被害者を生まないために動いているのに、どうして石を投げられて裏切り者なんて叫ばれなくちゃならない。

 どうして必死に努力するひとたちばかりが、歯を食い縛って我慢しなくちゃならない!

 

「………はは、もう、いいや」

 

 そんな人たちばかりの世界に、いつまでもいる必要はない。そんな人たちばかりの世界で『僕ら』が苦しむ必要はない。

「早く見つけて、帰ろう」

 ここは僕の世界じゃない。

 そうだ、僕の世界じゃない。僕たちの世界じゃない。この世界のことは、この世界の人がどうにかする問題だ。

 ―――関係ないんだ。自分には。

 

 

 

―――――――――

 よくよく考えてみれば、『エミル』の人格って生まれてから数年しか経ってないんですよね。

 子供は良くも悪くも周囲の影響を受けるもの。

 素直で余計なことを考えない分、見たもの、見続けたものを全てだと信じてしまうもの。

 

 ラタトスクは穢れのせいで苦しんでいる

 ↓

 穢れは人の心から生まれる。浄化手段はない。

 ↓

 人の心がそもそも荒んでいるので、相乗効果で悪循環

 ↓

 ↓

 でも『もとの世界』ではこんなことはなかったし、いい人も居たことは知ってる

 ↓

 つまりは『この世界』は―――

 

 

 っていう思考回路ですね!

 まぁエミルが見ていた人間と言うのはサイモンの仕事の側の人間ですが。

 それだけならエミルだって『そういう人もいる』ことは知ってるので挫けたりしないんですが

・偏った人しか見ていないこと

・偏った相手(サイモンとヘルダルフ)としか接していないこと

・その偏りを指摘してくれる相手(ラタトスクとかマルタとか)がいないこと

・更には自分がラタトスクを封印したと言う罪悪感

 とか諸々あって、穢れの影響を受けたらこうなったということで。

 

 ただこのエミルはマルタやロイドのことを忘れてませんから、『もとの世界の』人間のことは好きです。ただ『この世界の』人間が皆こんなものなのか、と思ってしまっただけなのです。

 

 勿論こうなるようにヘルダルフがサイモンに命じてサイモンが誘導したのですが、サイモンは“壊れ”てしまったエミルを見る度に、胸がざわめいて仕方ないのでした。

―――――――――

 

 

・月下の対面

 

 

「―――誰だ!」

 

 その声に気配を揺らしてしまったのが失敗だった。

 頭めがけて鋭い槍がつき出され、咄嗟に身を捩ったせいで体勢を崩し、枝から落ちてしまったのだ。

 追撃は容赦ない。地面に落ちる所目掛けて上段からの袈裟斬り―――咄嗟に空中で腰の剣を抜き、受け止め、斬られることはないものの衝撃はまともにくらって吹き飛んだ。

「―――っ!」

 開いた距離は、相手の踏み込み一つで埋められた。眼前を襲う無数の刺突を必死に剣で受け止め、いなし、避けて。

「―――やっ!」

 強打のために相手が槍を引いた一拍で相手の槍を跳ね上げ、そのまま距離をとった。追撃はせず、剣こそ納めないが構えは解く。

 相手も槍の穂先をこちらから外し、槍の柄で掌を叩く。

「………お前、何故今止めを刺さなかった? それだけの腕があれば容易いだろう」

「僕はあなたと戦うために来た訳じゃありませんから。―――ハイランド王国教導騎士、マルトラン………さん、ですよね?」

 答えはないが、その女性が僅かに目を動かした。それにこれだけの槍の腕、聞いていた通り間違いないだろう。

「僕はエミル。あなたに届け物を預かってきました」

 明らかにマルトランは訝しんだ。まあ当然だが。

「“見せれば分かる”と。今別の用事で動けないからと、僕が頼まれました」

 剣を納め、腰のポーチから“預かり物”の手紙を取り出す。そのまま動かずにいれば、マルトランの方から近付いて来て、エミルの手から手紙をとった。器用に片手で開き、素早く中身に目を通して。

「………なるほど、私とお前は同士というわけか」

 ふっと笑った顔はどこかあの絶望の目に似ている。諦めて、絶望して、けれど奥で胸を焦がす炎。

 なのにこの騎士は、それを抑え込んでいるように見えた。穢れさえも。

「了解した、十日以内に手配する。そう伝えてくれ」

「分かりました」

 エミルが素直に頷くと、マルトランの目が僅かに鋭さを増した。

「聞かないのだな。何の話かと」

「聞いても意味がありません。手伝う気も止める気もありませんから。―――聞いてほしいんですか?」

「いや。単なる好奇心だよ」

 マルトランは目を閉じる。ああまた、じわりと穢れが。

「あなたは聞かないんですね。どうして僕がこんなことをしているのか」

「何だ、聞いてほしいのか?」

「いいえ―――いいえ」

 聞かれたら考えてしまうから。答えは出ている―――出したことを、蒸し返す気はない。蒸し返してしまったらどうなるか、薄々分かっているから。

 分かっているのだ、本当は。

 わからない筈がない。でも分からない、分かってはいけないのだ。分かってしまえば、気づいてしまえば、………そうしたら。

 エミルは頭を振った。振って意識を切り替えて、本来の目的を思い出す。

「一つ頼みがあります」

「頼み?」

「僕は人を探しています。心当たりがあれば、教えて欲しいんです」

 続けて特徴や簡単な性格を告げる。………変わっていなければ、の話だが、まあそうそう変わらないだろうとも思う。あれはもう、そうやって育ったのだ。余程の事がなければ根本的な部分は変わるまい。

 聞いて、マルトランは腕を組む。少しして、いや、と否定の答え。

「知らないな。少なくともハイランドでは情報はない」

「そう………ですか」

 落胆。ローランスではサイモンに協力して貰って(させて)いるが、いくら探しても見つからない。ハイランドならと一縷の望みを賭けていたのに。

 マルトランの口角がくっと上がった。

「お前は信じるのか? 私が嘘をついている可能性もあるぞ」

「嘘をつく人は、信じる相手にそんなことは言いません。それに………貴方はきっと、隠し事はしても嘘はつかないひとだ」

 それはどこか、あの英雄たちに通じるところ。この人を【騎士】たらしめているもの。憑魔に堕ちても人を保っているこの人の、恐らくは矜持、あるいは流儀、あるいは信念。

「ふっ、根拠もないのによくそこまで人を信じられるものだな」

「根拠は三つ」

 指を立て、一本ずつ折り数える。

「一つ。僕が何者かわからないときに貴方は他の兵を呼ばなかったこと。二つ、僕の頼みをなにも言わずに引き受けて情報をくれたこと。三つ―――貴方が“貴方”であること」

 憑魔となっても、理性と姿を保っていること。その状態で尚、災禍の顕主に与していること。

 マルトランの目が細められるのに対して、エミルは笑み。

「僕は貴方の目的の邪魔をしない。貴方が僕の邪魔をしないなら」

「………良いだろう」

 

「もう一つにも返事を返そう。―――“御随意に”。私に異存はない、とな」

 

 

 戻ってその言葉をサイモンとヘルダルフに伝えれば、珍しくヘルダルフは声を上げて笑い。

 ―――手紙の内容をエミルが知るのは、数年後。

 エミルの探し人を見つけた、その後のことだ。

 

 

――――――

 サイモンの使いでハイランドに行ったエミル。手紙の内容は『戦争』の下準備。知らない間に加担させられてるエミル。

――――――




・エミル
 オリジンごと異世界に行ってしまったロイドを追いかけてきた。
 ギリギリでラタトスクが旅の頃のように人間に近く作って排出した体を与えられ、ラタトスクと分離する。ラタトスクを守るためヘルダルフと取引する。
 ちなみに誓約の内容は『元の世界のことを話さないこと』で『ラタトスクを穢れから守る力を得る』こと。守る対象を限定したこともあって穢れを寄せ付けない強力な結界を張る(領域を展開する)ことができる。さらにラタトスクを深く眠らせ封印することで完全にラタトスクを穢れから遮断する。

 この後ロイドを探しつつ、取引でサイモンと世界を渡り歩くのだが、世界の人間の汚さや醜さをこれでもかと見せ付けられ、人間不信になる。ロイドやマルタのことは覚えているし、それが心の支え。なので『この世界の人間』が嫌いになる。
 ロイドを見付けられるならそれでいい、この世界のことはこの世界の問題で自分には関係ない、と自分に言い聞かせ、ロイドを探しながらヘルダルフに命じられるまま暗躍する。
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