TOS-R×TOZ(+TOB)   作:柚奈

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 更新二話目ー! 

 元々pixivに最初に上げたネタ後半に加筆したもの。
 エミルがようやくまともに出てきました。

 相変わらず捏造ばかりなので、ご注意。


邂逅

 

 戦場。―――国と国の、戦。

 

 感情がぶつかり合い、国と国が、人と人が、理由もなく争う場所。勝つために戦うのは指揮官だけだ。前線にいる兵士たちは、勝つためではなく、戦うためではなく、生きるために目の前の敵を―――人を殺す。

 戦場ほど人の醜さが分かる場所はない、というのが、ヘルダルフの言葉だった。

「………はぁ」

 やはり、気分が悪い。

 穢れが強すぎるせいだ。今日だって本当なら近付きもしなかった。………アルトリウスの玉座から出掛けるときに、ヘルダルフに捕まりさえしなければ! お前も来い、と直々に言われてしまえば従わざるを得ない。とうの昔に戦場についているのにヘルダルフの所へ向かわないのは、半分は穢れが酷いからで、もう半分は細やかな抵抗だ。

 

 エミルはこの世界の事に干渉するつもりがない。

 この世界の問題はこの世界のヒトが向かい合うべき問題で、異世界からやってきたエミルたちが手を出す問題ではない。エミルが行動するのはあくまでも『彼』を見つけ出し、己の半身と共に帰るため。

 だから戦争になど―――世界に大きく干渉するような出来事になど、加担するつもりはない。

 

 人間であるエミルは普通の人間にも見える。姿を見られたくないからと、エミルは人前に出るときマントを着るようになっていた。体全体を隠せるもの。腰の辺りから後ろに大きく入った切り込みのお陰で、マントを着ていても剣だけを外に出せる。

 マントで姿を隠し、戦いに巻き込まれないよう高台を選んで、エミルは戦場を見ていた。

 だから誰より―――両軍の指揮官よりもヘルダルフよりも先に、気付いた。

「………どうして………?」

 穢れ渦巻く戦場で、何故か戦いが止まった。穢れもその辺りだけ僅かに弱い。それが放たれた矢のように戦場を駆け抜ける。

 その中心に不思議な気配があることを感じ取ったエミルは、その気配が向かう先に足を向けた。気配はここからヘルダルフを挟んで反対側。向こうがヘルダルフの所に辿り着く方が僅かに早いか。

 だとしても、もしもその気配がエミルの探す『彼』ならば―――ヘルダルフに手出しはさせない。

 だからエミルはヘルダルフが領域を広げようとした瞬間、崖から飛び降りて間に割って入った。

「………遅かったな」

「貴方のためじゃありませんから」

 そう、エミルは一度としてヘルダルフの為に動いたことはない。エミルは自分の―――自分の大切なものの為にしか動かない。それでよい、と許しているのは他ならぬヘルダルフ。文句を言われる筋合いはない。

「この穢れのなかにあって、影響を受けていないってことか?!」

 声がした。………『彼』ではない。そして人でもない。いや、妙な衣装を着ている青年は人間だ。他が全員人間ではない。

 人と天族の架け橋となるもの。穢れを浄化するもの。その存在を、エミルは知っている。

「天族………導師か」

「お前が相手をするか?」

「ご冗談を。………僕は見に来ただけですから」

 導師だろうと騎士だろうと、『彼』ではないなら興味がない。―――何故か、あるかないかもわからないささくれに障ったような感覚があったけれど。

 その人間から目をそらし、エミルは戦場の方に意識を向けた。でなければ、ヘルダルフの領域をまともに受けては堪らない。

 ヘルダルフが吼える。広がる穢れに、奥歯を噛んで耐えた。気持ち悪いのも体調が悪いのも、意地でもヘルダルフの前で見せてなるものか。

 そして一拍遅れて、戦場の方から領域が広がった。

 

「―――!?」

 

「………ほう?」

 ヘルダルフの領域を弱めた。加減したとは言え災禍の顕主の領域を、僅かなりとも相殺したのだ。それは導師である青年にさえ出来なかったこと。

 いや、重要なのはそこではなくて。

(今のは、まさか?!)

 エミルは人間だ。エミルの半身なら何度も会ったことがあるだろう相手でも、エミル自身は面識がない。だがその感覚は知っている。何故ならかつて己の半身を封じ込めたのは“それ”の同族だったからだ。

 この、感覚は。

(まさか、まさか………!)

 近付いてくる、駆けてくる。さっきの導師と同じかそれ以上の速さで、この場所目指して真っ直ぐに。

 

 そうして『彼』がそこに現れた瞬間、エミルは呼吸も忘れ、立ち尽くした。

「スレイ―――ッッ!!」

 ああ、記憶と何一つ変わらない姿。迷わず崖に飛び込む彼と、一瞬目があった気がした。なのにかける言葉は思い付かないし、喉がどうやって音を出していたか忘れてしまったように声が出ない。

 結局エミルは彼が完全に崖に飛び込んで見えなくなってようやく、唾を飲み込んで喉を動かした。

「あれは」

「………知り合いか」

 隣に立つヘルダルフ。居なくなったのかと思えば近くにいたらしい。

「貴方には関係ないです」

「ふ、そうであったな。ワシは行く」

 お前は好きにするがいい、とだけ言い置いて。

 今度こそ気配が消える。災禍の顕主が居なくなっても戦場の穢れは消えない。弱まることもない。この場所が穢れを引寄せ呼び起こすから。

 そんな場所にあって穢れを一切纏っていなかった『彼』。災禍の顕主の領域を相殺した領域の主。導師を追い掛けて迷わず崖に飛び込んだ『彼』。

 

 やっと。

 この世界に来て十年以上経っている。その間ずっと探し続けて、見付からなかった『彼』。エミルに大きな影響を与えた、生きる切っ掛けにすらなった相手。

 ああ、やっと見付けた。

 

 

 

 

 

 崖の下は川で、その川は森に繋がっている。

 ここは遥か昔からある森なのだと、サイモンが言っていた。おおよそ千年以上昔から。この大陸が今の形になる前から。

 それだけ古く深い森の中には、憑魔もそれなりに多いが、憑魔ではない鳥や獣も沢山いる。

 “仕事”で何度か通ったことがある森だが、通っただけで詳しいわけではなかった。

「………うん、教えてくれてありがとう」

 ヒトがいる場所、と聞いて案内してくれた獣たちに礼を言って、エミルは遺跡に向き直る。………確かに、ヒトの気配がする。途中まで人間一人分にしては妙な足跡を見付けたから、きっとあの導師はこの先で、その導師を追っていった『彼』もここにいる。

 けれど『彼』以外にはあまり会いたくなかったから、エミルは気配を消した。

 サイモンの幻に包まれている時と同じように足音を殺し、呼吸も深くゆっくりと。その上でサイモンが『認識しづらくなる』程度の術を籠めてくれたペンダントを起動させて、崩れた遺跡の隙間から、遺跡の中に入り込む。

 

 いくらエミルの能力が高くとも、エミルは人間だ。

 天族であるサイモンとは違って、穢れが強すぎて一般人にも歪んで霞んで見えるヘルダルフとは違って、普通の人間の目にも映る。

 だからエミルはフードとマントで姿を隠す。

 それだけでは心許なかろうと、サイモンが―――命じられての事かは知らないが―――ペンダントをくれた。

 鈴に似たような、鉱物をただ磨いただけのような、そんな形の石を何の変哲も無い皮の紐で繋いだもの。

 その石は“力”に反応する特別な石で、かつてはそれを加工し術を施すことで結界として使われたことがあったらしい。

 エミルはサイモンやヘルダルフの遣いとしてあちこちに行くときや、潜入するとき、また一人で街を歩きたいときなどはこれを使っていた。サイモンの術とエミルの気配を消す技術が合わされば、気付けるのは霊応力が高く、尚且つ高い戦闘能力を持つ者だけ。さすがにぶつかったり大声を出せば気付かれるが、エミルが今更そんな下手をうつ筈もなかった。

 

 だから、それは本当に偶然だったのだ。

 

 たまたま、そこにいたのが“暗殺”という特殊な稼業を営んでおり、気配に敏感な人々だったこと。

 たまたま、そこには“暗殺ギルド風の骨”の主力とも言えるメンバーが揃っていたこと。

 たまたま、そこに『導師』が滞在しており、その導師の領域は穢れを抑えることから、『なんとなくそんな気がする』レベルでも霊応力が僅かに向上するものであること。

 

 そんな数々の偶然が重なった結果。

 

「貴様、何者だ!」

 

 エミルは風の骨に囲まれることになってしまったのだ。

 

 

――――――

 導師の領域は、穢れに対抗できる。

 ってことは、導師の領域は多少なりとも穢れを抑えることができる。

 穢れは強くなると霊応力を阻害する。

 そして、一般人の低い霊応力も影響を受けてる筈。

 

 なら導師の領域で穢れが抑えられていれば、存在しないに等しい霊応力でも、少し、ほんのちょーーっとでも変動するのでは?

 っていう妄想です。

 イズチに入るときにアリーシャが何かを通り抜けたり、遺跡ではミクリオの視線にも気づかなかったのにイズチでは『誰かに見られているようで落ち着かない』と言ってたりしたのは、きっとイズチの天族達の強力な領域とアリーシャの元々秘められていた潜在能力が反応した結果だと信じてる。

 まぁ、あの天族だらけ&高位天族ジイジの領域&元々才能があるアリーシャであのレベルだったんだから、天族や憑魔を関知できるレベルではないんだろうけど。

 

 霊応力がなくても『勘が鋭くなる』『五感が鋭敏になる』レベルなら影響あってもいいんじゃないかなーと。

 まぁそれでも気のせいと片付けられるレベルであり、導師としても未熟なスレイでは元々の能力が高くなければその加護も効果は薄いのだが。

 

 イメージでは、導師で神依できて元々天族が見えたスレイを10とするなら、アリーシャは4くらい。一般人は1から3。

 で、導師の加護によって1の人が1.5になるくらい。アリーシャはイズチの領域で4が5になって、従士契約で6か7まで底上げされた。

 知覚遮断は息止めるまでやると1を3にする。

 

 因みに。

 0はノーカン。見えない聞こえない感じない。

 3で何か居るような気がしなくもなくもない。感覚がするどい人や勘がよく当たるひとレベル。

 5くらいから気配が分かるようになって、6で聞こえる、7で見える。

 セルゲイは5、ロゼは5→9。

 

 

 暗殺者としても元傭兵としても感覚が鋭い風の骨は、気配に敏感だったのが更に鋭敏になり、『何かおかしい気がする』程度なら気づけた(3→3.5)。

 そしてサイモンのペンダントは『認識しづらくなる』ものであって『認識を歪める』ものではないので認識された時点で普通に気付かれた、というわけです。

 

 余計な、なのに細かい妄想設定解説でした。

 

 あ、ついでにサイモンのペンダントは原作にもベルセリアにも出てきませんよ? これも私が自己解釈で弄った部分ですので。

――――――

 

 

 

「スレイ」

 振り返った、スレイの目は、どこかすがるようで。

 それでもロイドは、やっぱりスレイが大切だ。

「俺も、お前が戦場に行くのは反対だ」

「ロイドまで!」

 スレイの顔が泣きそうに歪む。泣かないけれど、でも泣きたいように見えた。泣いて、喚いて、今すぐにでも駆け出したいような、そんな顔に見えた。

「落ち着けって。戦場の穢れとかを抜きにしても、お前、倒れてさっき起きたばかりだろ。それにあれだけ高いところから落ちたんだぞ? 少し休めって。な?」

 ロイドが言葉を重ねれば、それが『導師スレイ』ではなく『スレイ』を案じての事だと伝わって、スレイは表情を緩めた。

 が、今度は額の皺が濃くなった。苦い顔。スレイは欠片も納得していないのだ。

 確かに導師は戦争には関わってはならなかったのかもしれない。導師スレイはたった一人で数万の人間がぶつかる戦況を変えた。それだけの力が、導師にはある。そして世界に溢れる穢れを鎮めて、世界の災厄を終わらせられるのは浄化の力を持つ導師スレイだけだ。―――それは、わかっている。もう十分すぎるほど、『導師スレイ』はそんなことはわかっている。

 でも、スレイは。

 それを見ていたロイドは、ふっと笑んだ。物凄く、自分にも覚えがあったから。

 ああ、俺もこんな顔をしてたんだろうなぁ。いや、今でもやる。だから、譲りたくない気持ちは痛いほどわかる。

 なら。

「じゃあ、俺が行って見てくるよ」

 と、スレイの目が大きく見開かれた。周りで二人を見守っていた天族三人が満面の笑みで続ける。

「………確かに、ロイドなら兵士に姿を見られていないし」

「それに天族でも器でもないから穢れもあんまり関係ないわね」

「ロイドさんの腕なら憑魔相手でも退けられるでしょうし」

 あの穢れ溢れる戦場に『導師スレイ』が行くことには支障があっても、ただの人間(では、本当は無いのだが)のロイドが行くことには何の問題もない。

 それでごねるほど、スレイは子供ではなかった。

 

「―――わかった。お願い、ロイド………!」

 

 ロイドなら、スレイが気にしていることもちゃんと分かっているから。ロイドなら、憑魔を相手にしても必ず生きて戻ってくると信じられるから。それでもやっぱり、無事でいてほしいと願うくらい、大切だから。

 だからロイドは、安心させるように、笑った。

 

「任せとけ!」

 

 

 

――――――

 この辺りから原作はなんかがおかしい。

 レディレイクで「遺跡も楽しみだけど人が心配」とそっちを優先させたスレイが、アリーシャを後回しにすることに違和感しかなかったのを覚えてます。

 『導師』としては正しいんですよ。

 災禍の顕主に対抗できなければ戦場に行くのは危険すぎる。天族も、最悪導師が穢れてしまうかもしれない。

 

 でもスレイは『スレイ』だと思うのです。

――――――

 

 

 

 

 

 と言って請け負ったは良いものの、ここから出るのならロゼに一言挨拶して行かなくてはならないだろうということになって。

 そうして広間まで、戻ると。

 

 広間では戦いが起こっていた。

 

 正確に言うならばそれは戦いにはなっていない。何しろ風の骨の攻撃は相手に掠りもしないし、かといって相手はこちらに攻撃を仕掛けてこないからだ。

 同時に五人、十人の相手をして、それなのに攻撃を危なげなく避けている。紙一重の回避ではないのは、反撃の意思がないからだ。

「あの人は………」

 スレイは気付いた。その人が、グレイブガント盆地でヘルダルフとの間に飛び降りてきた人だと。

 全身をフードつきのマントに身を包み、口元以外ほとんど見えない。なのにその状況で攻撃を避け続け、腰の剣を抜きもしない。

「何だ?!」

 ロイドが思わず声を上げた、途端。

 少年の動きが一瞬鈍って、風の骨の一人の攻撃が被っていたフードを掠めた。

 露になったのは、金色の髪に、きれいな翡翠色の目。

「エミル! お前なんでここに―――」

「え、あんたの知り合い?」

 会えてよかった、とロイドが声を出して、ロゼの指示で攻撃が一旦止まる。

 その一瞬で、少年がロイドに向かって。

「こんの、」

 抱き付くかと思いきや、ロイドの一歩手前で、ぐっと勢いよく踏み込み。

「ええっ?」

「あら」

「まあ」

「ちょ、」

 

「バカ―――ッッッ!!」

 

 見事なまでの拳が、ロイドをそこに殴り倒した。

 倒れたロイドが体を起こすより早く、少年はロイドに馬乗りになって胸ぐらをつかむ。

「い、いきなりなにす」

「ここ十数年何処にいたの?! あちこち探しても見付からないし気配も辿れないし! というか何でこんな所まで来てるのさ探すの大変だったんだからね!?」

 大音量で、馬乗りで、怒鳴ったその内容が。心配していたのがすぐに分かる、震えた声が。

 全員の動きを止めさせた。

「見つかって、良かった………!」

 胸ぐらを掴んでいた手の力が抜ける。下がった頭の下、伏せられた顔がどんな表情をしているかなんて、少年の涙声とロイドの顔を見れば誰でもわかる。

「………悪い、エミル。まさか追いかけてきてるとは思わなくてさ」

「目の前でキミが消えたって、キミと旅してたコが僕のところに駆け込んできたんだよ! 追いかけられるのは『僕』くらいだからって………全く皆に心配かけて!」

「………ご、ごめん、エミル」

「ごめんで済んだら騎士団と自警団はいらない!」

 叫んで、少年―――エミルは落ち着いたようで。ロイドの上から退いて、そうしてロイドに手をさしのべた。ロイドは笑顔で手を掴んで、立ち上がる。

「エミルが無事でよかった。ありがとな」

「そっちこそ、元気そうでよかった」

 お互いに、笑い合った。

 

 

「え、えーと、いいかな?」

 スレイが声をかけて、二人はようやく周りにも人がいたことを思い出したらしい。

 いくらロゼが仲間達を下がらせたとはいえ、そこはロゼ達のアジトであり、その中心部。部屋を行き来するのに必ず通る場所で、商人でもある風の骨のメンバーはさっきから遠回りをしてこちらを避けながらも、何かを抱えて忙しそうに動き回っている。

 ロイドは罰が悪そうに頬を掻いて、少年はロイドと笑っていたのとは別人のように表情を消して、スレイを見た。

「………キミは、さっきの」

「!」

 構えたのはミクリオだった。が、ライラとエドナも表情を強張らせた。覚えている、こちらを認識している相手は、あの“災禍の顕主”と並んでいた相手。すなわち―――導師たるスレイの、敵になり得る存在。

 なのにそれを止めるのは、いつもと変わらない調子のスレイ当人なのだ。

「ミクリオ」

「けどスレイ!」

「大丈夫だって」

 守るように前に出ていたミクリオの、その前に呆気なく―――あっさりと立って、スレイは笑い、手を差し出す。

「はじめまして! オレはスレイ、よろしく!」

 何の警戒もせず、無造作に、当然のように、手を伸ばして。

 エミルは無表情だったのが呆気に取られて、ロイドとスレイを何度も見比べて、ため息を一つ吐いた後で。

「………キミ、僕があの人と一緒にいたの、見てるよね」

「うん。けどあのときはちゃんと話もできなかったしさ。改めてってことで」

「はぁ。………僕がいうのも何だけど、もうちょっとヒトを疑うことを覚えた方がいいよ、キミ」

「はは、ミクリオにもよく言われるよ。でもロイドの知り合いなら、悪いひとじゃないんだよね?」

 エミルは答えない。答えず、苦々しい顔をした。否定も肯定もしなかった。

 その反応を見て、ミクリオの目が鋭くなった。

「………」

「そんなに睨まなくてもなにもしないよ。………僕はキミ達の味方じゃない。けど敵にもならない。それだけは誓う」

 今度はエドナが傘で肩を叩きながら。

「その言葉を信じると思うの?」

「キミ達が信じなくても良いよ。僕はキミ達の味方じゃない。この人を探してただけだから」

 この人、とロイドを示して。

 ロイドがそうだ、と手を打った。

「エミルこそ何してたんだよ。ラタトスクは?」

 ラタトスク、とロイドが言った瞬間、エミルが一瞬だけ強張った。けれどスレイがそれに違和感を覚えるよりも先に、エミルは胸に手を当て、目を閉じた。

「………眠ってる」

「大丈夫なのか?!」

「帰るためだよ。何ともないから心配しなくていい」

「帰るんなら『この剣』を使えば………」

「やってみれば?」

 ロイドが剣に手をかけ、双剣を引き抜いた。重ねるように掲げて―――。

 

「………あれ?」

 

 何も起こらなかった。超常の力を感じられるスレイでさえ、なにも感じない。本当に、波一つ起こらなかったのだ。

 本気で不思議そうに首を捻るロイドに、エミルは肩をすくめる。

「分かったでしょ。『ここ』にはその剣を使えるだけの『力』が無いんだ。眠ってるのはそれを集めるため―――集め終えて目覚めるまでは、帰りたくても帰れない。そうだよね?」

 誰に問いかけたのか、一拍遅れてロイドが諦めて剣を戻した。 

「『僕』には掟があるから、キミ達の敵にも味方にもならない。僕の望みは無事に帰ることだけだ」

 自分に言い聞かせているように、見えた。

 

 

 

 寝床がある場所に移動して、床に座り込んで。

 ロゼはやることがあるとかで居ないので、ここにいるのはスレイ、ロイド、エミルの三人と、ミクリオ、ライラ、エドナの天族三名である。

「エミルはこれからどうするんだ?」

「どうしようかなぁ………」

「待ちなさい。肝心なことを聞いてないわ。アナタ、あのヒゲネコの仲間なの?」

 不覚にも、エミルはエドナのヒゲネコの一言に噴き出した。ロイドは見ていないから分からないが、他にはそれで通じている辺り、なかなかに秀逸なアダ名である。

「あー、えーと、仲間じゃ、無いよ。うん。だからキミ達をどうこうしようとかそんなつもりはないし、あの人にキミ達の行動を教えるつもりも全く無い」

 というか、正直なところ『どうでもいい』。ロイドと、その中のオリジンさえ無事ならば。だからサイモンやマルトランに報告するつもりも義務もない。どうせ頼まれてないし。

 だからと言って、この導師たちに協力するつもりも欠片もないが。

「エミルは、あのひとのことを知ってるのか?」

 導師―――スレイが、やけに真剣な顔でそう聞くので、エミルは笑ってはぐらかすのではなく、答えてやることにした。

「ううん。僕は“災禍の顕主”のあの人しか知らない。それもあんまり会ったことはないかな。やっぱりあの穢れは直接会うとかなり“くる”もの」

 割と正直に答えたはずなのだが、何故かスレイ達は変な顔をした。………分からない。思い出せない。ロイドだけが分からないというような顔をしている。

「なら、どうして………」

 独り言に近い呟きだった。

 どうして。

 そんなのは決まっている。半身のため。守るために交わした、約束のため。手を出さぬという口約束を、守らせるための。半身から、穢れの全てを遠ざけるための―――そのため、の。

 

 違和感を覚えた。なのにその違和感は掴み取る前に形を無くして、もやもやとしたものだけが残る。忘れようとすれば忘れられる、小さな違和感。

 それを忘れてはダメだと、とっくに忘れ去っていた筈のナニカが胸の内で叫んだ。だというのに思い出したくなくて、けれど同じくらいナニカの声の方が正しいこともわかっていて。

 ―――あぁもう、なんだって言うんだ。

 

 エミルは一つ呼吸をして、些かわざとらしく話題を変えた。

「キミ達の方は、これからどうするの? 何か目的でも?」

「俺はアリーシャの様子を見に行くんだ」

 答えたのはロイドだった。

 アリーシャ。アリーシャ。何処かで聞き覚えが―――あぁそうだ、マルトランが言っていた。

「確か、ハイランドのお姫様だっけ。………え、まさかここからハイランドに行くつもり?」

「ああ!」

「でも、今グレイブガント盆地には入れないよ?」

 戦場になったあの盆地は、昔からハイランドとローランスが小競り合いを繰り返してきた場所だ。それだけに大地にも穢れが染み込み、穢れが産まれやすく溜まりやすい、穢れの坩堝になりやすい場所でもある。

 今二国は事実的な休戦状態にあるが、それは導師によって無理矢理に起こされたもの。二国の間でやり取りされたものではなく、あそこでの大規模な衝突は無いものの、兵は退いてはいないため散発的な小規模の交戦は未だに続いているのだ。

 そのため、両国ともに盆地の入り口に陣を築き、部外者の立ち入りを禁じている。

「まして何の立場もない一般人なら必ず止められるし、例え商人でも陣の手前で止められるんじゃないかな。今は二国間の交流はほぼ全てが遮断されてる」

 本来通商条約で守られている筈の商人でも止められるのに、一般人が通れるはずがないのだ。

「ダメか………」

「ちなみに、どうするつもりだったの?」

「ハイランドに行きたいから通してくださいって言えば―――まぁダメでも高台とかから回り込めば通れそうに見えたし」

 どちらにしても、戦場を突っ切るつもりだったらしい。………いやいや、だからあそこにはいったいどれだけ穢れがあって、憑魔が彷徨いていると。

 なんというか、懐かしい。この素直さと真っ直ぐさ―――やはり、ロイドは変わっていなかった。

「………道はあるよ」

「本当かエミル!」

「道っていうか、洞窟なんだけどね。この森のなかに入り口があって、ハイランドまで繋がってるんだ」

 ラモラック洞穴、と呼ばれるそこは、裏ではそこそこ有名な道。

 ハイランドとローランスの間には高い山々が聳え、通り抜けられる場所は二ヶ所しかない。

 一つは戦場にもなったグレイブガント盆地。歴史上、何度も激戦が繰り広げられた場所だ。平時は一般人にも解放され、手形さえあれば通ることができる。

 もう一つは神殿―――アルトリウスの玉座を経由するルート。こちらは途中険しい山岳地帯を抜けるために、ある程度の実力がなければ通れない。しかし現在は途中で道が崩れており、使われなくなった道だ。

 つまりは実質的に通れるのは一ヶ所だけ。しかしこういう場所には往々にして違法な秘密の抜け道というものが存在するもの。

 その一つとして使われているのがラモラック洞穴だった。怪しい商人や、公権力に目をつけられた者など、後ろ暗いところがあり手形を使えない者たちが使う道なのだ。

「結構長くて途中憑魔も出るけど、キミの腕なら大丈夫だと思う。案内しようか?」

「ああ、頼む!」

 即決だった。欠片も疑うとか怪しむとか、そんな発想がそもそも無い、裏のない笑顔。

 ミクリオがロイドの肩を掴んで目を合わせる。

「ロイド、待つんだ。ロイドとスレイの人を疑わないところは美徳だが、さっきから言っているだろう、少しは怪しむとか、警戒するとか、」

「ドワーフの誓い第18番『騙すより騙されろ』だ。それにエミルは友達なんだ。友達を疑う必要なんかないだろ?」

 そこらの子供よりも純粋なことを言われて、ミクリオはううっと言葉につまった。正論だけに言い返せない。返したところでロイドは聞き入れないのは目に見えている。だってさっきのスレイもそうだったのだ。自分が信じたものは、誰に何を言われようとも信じ抜く強さがある。

「―――諦めなよ、この人、こうなると聞かないから。大丈夫、言ったでしょ。僕はずっとこの人を探してた。この人相手には、絶対になにもしないし、させない。それだけは約束できる」

 エミルが重ねて言えば、ミクリオは渋々ながら引き下がった。さっき無事でよかった、と言ったエミルを見ていたからかもしれない。

「必ず、無事に戻ってきてくれ」

「約束だ。ミクリオ、ライラ、エドナ。スレイを頼む」

「はい、お任せください」

 頷くのを見て、ロイドは一つ荷物を抱え、立ち上がる。

 

「行こうぜ、エミル」

 

 その顔がとてもとても懐かしくて。

「―――うん」

 エミルは少しだけ泣きそうになりながら、伸ばされたロイドの手をとった。

 

 

 

 

 

 

(ラタトスク………まさかね)

(エドナ? どうかした?)

(何でもないわ。それより遺跡の仕掛けは解けそうなの?)

(んー、もうちょっと! あと少し………!)

 

 

――――――

 ロイドにアリーシャのことを任せ、休養に専念することにしたスレイは、遺跡の謎に挑む。

――――――

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