マミは今、遺跡の前に来ていた。
真横にやっとの事で立っている立て札を見つめると、掠れた文字で「キサゴナ遺跡」と書かれている。ここが、マミの目的地だった。
「ほんとに行くのか?」
峠を出る直前、ニードがマミに尋ねた。ルイーダの向かうところの心当たりを聞いたところ、兵士の男性は遺跡ではないかと答えたのだった。地震で峠の道が崩れているであろうことは彼女に取って予想の範疇だったらしい。それならと使われた抜け道が遺跡であるそうだ。
峠が開かれるまえ、ウォルロ地方とセントシュタインを行き来する方法は古代の人々が作ったと語り継がれている遺跡を通り抜けるしかなかった。どういうわけか地下が繋がっており、綺麗な水が注いでいることから、道としては不足なかったようだ。
男性曰く、魔物が出るようになって使われなくなった道であるらしい。
「行きますよ。そのような危険なところ、女性1人で切り抜けられたとは思えませんので。」
男性との話の後、2人はこうすることにした。ニードはキメラの翼で村へ戻り状況を報告する。マミは遺跡に向かい、ルイーダの様子を見に行く。
「…気を、つけろよ。」
「そちらこそ。ちゃんと村についてくださいね。」
こうして別れてから数時間。マミは遺跡の前にたどり着いたのだった。
見た感じ相当古そうだった。木々が無く、ひらけた場所ではあるが人が使っていないことを強調するかのように所々には毒の沼地が蔓延っていた。マミが試しに触れてみた指の先は赤く腫れている。長い時間触れ続けていればただでは済まないだろう。
マミが息を吐く。ある程度の荷物は持ってきているが、遺跡に入れば、ルイーダさんを発見するまでそう簡単に村に戻るわけにはいかない。長居することになるかもしれない。あるいは、自分自身戻ってこられないかもしれない。
「よし…」
意を決したのか、彼女は古びた扉に手をかける。鈍重そうに見えた扉は案外軽く押し開く。開く瞬間こそぎぎ…という音こそすれ、一度開いた扉はすぅっと音もなくマミを迎え入れた。
さらさらと流れ落ちる水の音。彼女の耳に一番最初に入ってきたのはその音だった。
次いでぴんと張り詰めた空気が顔をなぞる。誰も利用していない、というのは本当なのだろう。たった今新しく入った風で中の空気がほんの少し変わる。しかし安心できるような雰囲気では決してない。
「魔物だらけ…ですね」
マミがひとりごちた。整然と並んだ柱の陰。何かが潜んでそうな壁の下。壁の裏から覗きこんでいる気配。いたるところで、突然の訪問者に警戒を抱いている魔物の存在が感じ取られた。
とはいえきれいな遺跡だった。
外観からは想像もつかないような内装にマミは目を見張っていた。
入ってすぐの広間の中央には透き通った水、恐らくはウォルロの原水であろうもの、が波1つ立てず湛えられていた。その上をまっすぐ横切るように作られた通路は、人が数人横並びしてもまだ空白が残るほど十分な幅がある。全体的に白で統一されていて清潔感さえ感じられる。均等に並んだ柱や、壁に腐った苔や植物の蔦が巻きついている店でしか、古さを感じられない。
マミは恐る恐る、初めの一歩を踏み出した。
ザッ。水音だけがこだまする空間に足音が連なる。
「ーーーっ!」
響く足音が鎮まる前に、魔物が姿をあらわす。
先手必勝、とはよく言ったものだ。いつの間に示し合わせていたのか。柱の陰から3体の大蝙蝠が飛び出して瞬く間にマミを囲んだ。
「………ドラ…キー…でしたっけ」
マミはかつて天使界で教わった魔物の記憶を掘り起こす。この尋常でない大きな蝙蝠は確かそんな名前だったはずだ。
存外冷静でいられるものですね、と思いつつ、マミは剣を抜く。囲まれているというのに頭はひどく冴えていた。
ドラキーたちは様子を伺っていた。3匹しかいないのであれば、強行突破が可能だと、マミは考える。二度。うまくやれば一撃でこの大きさの塊は両断出来そうだ。
「やぁっ!」
考えるよりも早くマミは地を蹴った。翼があるときほど身軽に動くことはできないが、それにももう慣れ始めてきていた。下に構えていた剣を切り上げる形で、自分の頭上を漂っていたドラキーを二つに裂く。
二つに裂かれた蝙蝠はすぐさま光と化してマミに降り注ぐ。その様を眺めていた残りのドラキーがキィキィと鳴きたてた。
彼女はこの時に気付くべきだったのだ。