かつて呼ばれていた名は   作:なめこしいたけ

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父と娘に1

「マミさん!!!!!」

 

村に入って開口一番、マミの手を取り叫んだのは入口の青年だった。がけ崩れを見に行くときに内緒だと言ってニードとマミを送り出してくれた彼だ。

 

「ニードさんもマミさんのことめっちゃ心配してたんすよ!ここだけの話ですけどね…!」

 

彼が言うには、ニード一人で帰ってきたことをニード本人はひどく悔やんでいたらしい。ついて来いといった手前もあるのだろうが、力の差をその目で見たとはいえ、魔物の出る遺跡に自分が行けなかった。否、行くといえなかったことを悔やんでいたそうだ。そして、マミが無事帰ってきたらすぐ俺に教えてくれとも告げられたらしい。

 

「ニードさん本人はどこへ?」

 

「それがですね、親父さんにコテンパンに絞られてる最中っす。村長の息子ということであそこも厳しいんすよ。まあ、大体ニードさんの素行が悪いのが原因…」

 

そこまで言うと彼はおっと、とでもいうかのように大げさに肩をすくめた。ともかく、彼のほうも無事村についていたことがわかりマミはほっとした。村長に怒られてしまっているのは気の毒であるが。

 

「そういや、さっきすごい美人なお姉さんが通ったんすよ。声かけようと思ったんすけど、そんな雰囲気ではなくってですね。マミさん、なんか知ってます?」

 

青年が思い出したように語る特徴にマミは心当たりがあった。青い髪に、スタイルの良い、切れ長の瞳。間違いないだろうとは思っていたが確信に変わる。その女性こそルイーダだろう。遺跡をでたあと迷うことなくこの村まで来たようだ。悪い人ではないようだが、この村に来る目的をマミは知らされていない。害をなすとは思えないとはいえ、この村の守護天使としてまずはこの村でルイーダが何をしようとしているのかを確かめるのが先決と踏む。

 

怒られているニードには悪いが、彼に会うのは後だ。守護天使時代にも彼が怒られているのは数えきれないほど見ており、むしろ見飽きてすらいる。村長が、何を言っても聞かない頑固な人間であることも把握している。マミができることなどないだろう。

 

青年曰くルイーダと思しき女性はわき目も振らずにまっすぐ、この村の宿屋に向かったらしい。その情報を頼りに、マミは宿屋の入り口に手をかけて押し入ろうとする。と、中から話し声が聞こえてくる。耳を澄ませるとどうやらルイーダとリッカが会話をしているらしい。

 

「こんばんは、夜道の中よくお越しくださいました」

 

「単刀直入に聞くわ。リベルトはどこにいるの?」

 

「は…、リベルトは私の父ですが…。父をご存知ということは、もしかしてあなたがルイーダさんですか⁉」

 

接客中であるというのにリッカの声がわずかに上ずった。ルイーダが自らの父親の知り合いというならリッカ自身も面識があったのだろう。どうやらニードはきちんと仕事をしてくれたらしい。ここでルイーダの名が思い当たったということは、リッカにルイーダ捜索のためマミが遺跡に向かったことは伝わっていたのだろう。それなら村の人々に土砂が城の兵によって撤去されている旨もきちんと伝わっているはずだ。ルイーダのことを心配していたのだというリッカの言葉に彼女は頷く。

 

「ええ。何とかね。それで娘さん、お父さんは今どこに?」

 

マミが戸を開けて二人の会話に交じる。カウンターで話をしていた二人が一斉にマミのほうを向いた。割り込む形でマミはルイーダの質問に答える。

 

「亡くなりましたよ。2年前に、流行り病で。」

 

「ええ⁉」

 

リッカが申し訳なさそうに声色を落として謝る声が聞こえる。ルイーダのほうはその謝罪も聞こえていない様子で、そんな…、とつぶやいている。

 

「マミさん、ご無事で。」

 

リッカは入ってきたのがマミであると気づくと心底ほっとしたらしい笑顔で会釈をした。マミのほうも無表情ながらただいま戻りました、と挨拶を交わす。この間にルイーダは何かに気づいたかのようにあたりを見回し始め、カウンターの上に指を滑らし、部屋中の明かりに目をやり、先ほどまで美しい顔に浮かべていた落胆の表情とは打って変わって明るい色を見せた。

 

「ねえ!ってことは、この宿今はあなた一人で経営しているのよね?小さいのに、いい宿屋だわ。隅々まで配慮が行き届いてる。」

 

唐突に話を振られたリッカが素っ頓狂な声でハイ、と返す。ルイーダの顔はいいことを思いついたとでも言わんばかりだ。返事が終わるのを待たずして彼女はカウンター越しに立つリッカの手を両手で握りしめる。

 

「あなた、セントシュタインで宿屋をやってみる気はない?あの伝説の宿王の娘なら申し分ないわ!!!」

 

***

 

「順を追って説明してください、ルイーダさん。リッカさんが困っています。」

 

「ええ、ええ、そうね。私としたことがいろいろありすぎてびっくりしちゃったわ。あなたは、洞窟で私を助けてくれた女の子ね。ええと…」

 

「マミ、と申します。それで、なぜリッカさんがセントシュタインで宿屋をやることになるのですか?」

 

今は客もいないということで、マミたち三人は宿屋に一つしかない一室を利用して話をすることにした。正直マミはいなくてもよい旨をリッカには伝えたのだが彼女のほうがいてほしいと懇願してきたため同席することになった。

 

マミが名ばかりの自己紹介を済ませ本題に移ろうとすると、ルイーダは先ほどより幾分か落ち着いたらしく、快く承諾した。首を組んだ手の上にのせてリッカの目をじ、と見据える。青色の深い瞳がリッカをとらえた。妖艶ささえ感じさせるその姿に傍らに立つマミでさえ固唾をのんだ。

 

「今、センタシュタインの宿屋は経営危機に陥っているの。大変な状態で、立て直しを図らないともうやっていけない状況なのよ。そこで立て直しの案として出たのが新しい宿屋の主人としてリベルトを連れてこよう、ってものだったの。」

 

「な、んで父さんが…?」

 

「あら、知らない?あなたの父親のリベルトは昔名をはせた伝説の宿王だったのよ。並みいるライバルたちを抜かして、その手腕で瞬く間に彼の宿屋は世界で一番のものになったわ。」

 

マミはリッカの顔をちらと見る。そしてその表情に一瞬固まった。嘘だ、と小さくつぶやいた少女の表情はその事実をたったいま聞かされたかの如く呆然としていた。ルイーダは話を続ける。

 

「あなたにもその姿を見せてあげたかったわ。そりゃあもうすごかったんだから。なんでこんな張り合いのない田舎に引っ込んじゃったのかっていうくらい、人の多い宿屋で欠かさずもてなしをする彼はまさに伝説……」

 

「嘘だ!父さんは……」

 

リッカが急に立ち上がった。勢いで、座っていた椅子がひっくり返った音が宿に響く。ルイーダが驚いたように目を見開いて組んだ手から顎を外す。

 

「父さんは…」

 

「リッカさん」

 

マミは立ち上がったまま半泣きのようになってしまったリッカの肩をおさえる。彼女が声を絞り出してかすかな声で先をつづけた。

 

「こんな小さな宿屋でも、わたしと一緒にやれるのがうれしいって。あの温厚な父さんが、そんな、伝説だなんて。信じられません、信じられないですよ。だって、いつもこの宿屋で…私と………」

 

「…2年前に亡くなってたなんて知らなくて、ごめんなさいね。でも、事実は事実なのよ。」

 

ルイーダがゆっくりと椅子を引いて立ち上がる。倒れた椅子を元に戻して、呆然としている少女の隣に立つ。

 

「それに、リベルトの代わりにはあなたを連れて行くから大丈夫よ」

 

「いやです。その話、無理がありますよ!だって、わたし、父さんが宿王だったなんて信じられないし、」

 

リッカが助けを求めるようにマミのほうを向く。そんな目で見られたところでマミにはどうしようもできなかった。ともかくリッカが落ち着かないことにはこれ以上話を続けられそうにない。マミはそう判断し、暗くなった空を見やる。

 

「リッカさん、そろそろ…」

 

「ゆうはん、つくらないと、ですね。」

 

マミさんは、ゆっくりしてから来てください。私先に支度して待ってますので。とリッカがマミに言う。ルイーダに対しては何も言わず、そのままゆっくりと部屋の扉に手をかけ立ち止まった。こちらを振り向くことなく、彼女は言い放った。

 

「私、セントシュタインになんて行きませんから!!!」

 

そしてそのままルイーダの制止もむなしく走り去っていってしまった。外の虫が鳴く声が聞こえる。彼女は宿の扉を閉めることもせずに行ってしまったのだろう。マミが戸締りを済ませてルイーダのもとに戻ると、彼女は何やら楽しそうだった。

 

「ルイーダさん?」

 

「これは、なかなか骨が折れそうね」

 

「どうして楽しそうなんです?」

 

「さあ、どうしてかしらね。ねえ、マミ。私のことを助けついでに彼女のことを説得してみる気はない?」

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