かつて呼ばれていた名は   作:なめこしいたけ

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プロローグ2

天使界。

 

天にそびえる人ならざる者の居する世界。

 

地上のいかなる建物よりも高く、空に浮かぶ雲よりも高く、人間が決して関与することのない空の世界。

 

人間の目から姿を消す力を持ち、天使の証とみなされる輝きを放つ光輪。

 

一人前であるほど大きく、立派になるといわれており、天使界と地上とを行き来するのに要される一対の翼。

 

日の光を表す黄色、夕の輝きを表す橙、夜の暗闇を表す黒を基調にした独特の衣装を身にまとい、か弱き脆い、人間を導き守る者たち。

 

神により作られた天使たちが、一堂に会す場所。

 

遠目には神殿、というものに近いのかもしれない。

 

特筆すべきはやはり宙に浮いていることなのだが、神殿に見えるのは上に行くほど先細りしていく上半分のみであって、土台となっている下半分は土塊で、ほとんど天使たちが使うことはない。

 

地上のどこからか引っこ抜いてきたのかと見まがうほどに、下半分の土台は土と緑であふれている。

 

私たちが主に使っているのは上半分に鎮座している建物だ。

白い柱が幾何学的にいくつも建てられていて、数多くの扉と部屋が作られていることでひどく入り組んでいる。私も幼い頃はしばしば迷子になったものだった。

 

そして、私たちが地上から戻って降り立った場所は階層でいえば一階。

星形にくりぬかれた出入口の周りには地上から天使たちの趣味で持ち込まれた花々が揺れている。

 

「さて」

 

先に戻っていた師が私に声をかける。

 

「地上から戻ったら長老オムイ様に報告するのが守護天使の習わし。オムイ様は長老の間にいらっしゃるはずだ」

 

私は頷き、歩を進めようとするが、師は動くことなく立ち止まっている。一緒に報告に上がらないのだろうか。訝し気に見つめていると、すぐに師は気づき、

 

「私は別の用事があるから先に行って構わない。報告の必要があるのは今やお前だけだからな。」

 

なるほど、と納得する。と同時に嬉しさがこみ上げる。自然と階段へ向かう足取りも軽やかになる。

 

私はもう守護天使のを引き継いだのだ。報告するのは自分だけでも良く、師の背中を追うのでもない。自らが責任をもって報告する役割にいる。

 

自分が一人前であると認められたことを改めて自覚する。

 

 

短く肩まで切りそろえられた茶色の髪が歩くたびに上下に揺れていた。

 

「星のオーラを落とさないようにしませんと…」

 

「ばあっ!お帰り、マミ!!」

 

「っっっっっっ!?か、カリナ…!」

 

「あっはは、化け物じみた聴覚のマミが気付かないなんて、よっぽど緊張してたのかな?それとも、初仕事に浮き足立っちゃった?」

 

物陰から飛び出してきたのは同期である天使のカリナだ。深い藍色のかみを頭の後ろで一つにまとめており、悪戯っぽく光る赤色の目が細められて笑っている。

いつもなら物陰に隠れたって気づくものなのに。

 

「そ、うかもしれない。緊張もしてたし、ウキウキ…も、してたから。ただいま、カリナ。」

 

そういうと満足そうにカリナは懐から鏡を出して私の顔を映す。

 

「長老様に報告でしょ?髪、ばさばさ。整えていかないと恥ずかしいよ?」

 

ありがとう、と言って私は手鏡を覗き込んだ。

 

人間には滅多にいないらしいエメラルド色の瞳と目が合う。私の目だ。光が当たるとさらに明るくなる茶色の髪はカリナの言う通り空を飛んだ拍子だろうか、寝起きのように乱れてしまっていた。

 

童顔、だなあと髪を整えながらしみじみ思う。ただでさえ年の割に低い身長と相まって、実年齢よりも一回り小さく見られる傾向にある。それが悪いことであるとまでは思わないが、もう少し師匠のように頼りになる見た目の天使になれないものかと内心悩んでいるのだ。

 

「マミ、それ星のオーラでしょう?初日にしてそんなもの持ってくるなんてすごいじゃん!すごい、すごい!」

 

「ふふ、半分以上は師匠のおかげだけど。カリナは?書庫番、ちゃんとやれてる?」

 

聴覚に優れ、戦闘能力の高さをイザヤール様に買われた私と異なり、読書を好み戦いを嫌った彼女はイザヤール様の同期である書庫の番人、ラフェット様の弟子となっていた。

どちらも長い間弟子を取らなかった天使であったからか、私たちが弟子となった当初は噂になったものだった。

 

問うと、カリナは少し考えてから腕を組み、尻切れ悪そうにうーん、まあ。と答える。

 

「書庫番だからさ。一日中本に囲まれるの。本好きだから別にいいんだけど、やっぱり少し息が詰まるんだよね…。」

 

「お師匠様と仲、悪いの?」

 

おずおずと私が尋ねるとカリナは大きく首を振る。

 

「そんなことないよ!ただ、マミがそうやって自分の手で直接人間を助けてるの見ると、ちょっとね。憧れる。羨ましいんだ。マミにしかできなくて、私にはできないことだからね。」

 

カリナはそこまで言うと、思い出したようにあっと大きな声を出した。

 

「ラフェット様に資料を取ってくるように言われてたんだった!星のオーラ捧げるの、こっそり見たかったんだけどな。また今度にするよ。じゃね、マミ!報告行ってらっしゃい!」

 

彼女は私がじゃあねと返す間もなく2階にある書庫へ走り去ってしまった。その先でうかつに走らないようにと注意されている声が聞こえる。

 

師匠は私を無感情だとよく言うが、全く感情がないわけじゃない。笑うし、悩みもする。…たまに、かもしれないけれど。

 

(マミにしかできない、か)

 

同期であり親友でもある彼女が好きなのは「自分にしかできないこと」だ。幼いころからずっと一緒にいたよしみで、私はこの言葉を幾度となく聞いていた。

 

どの本で見たのかも、誰から聞いたのかも知らないが、彼女は言う。

 

「生きとし生けるものは自分にしかできないことを探して生きているんだよ。だから、私もマミも、天使も地上に生きる人間も関係なく、それを探して一生懸命に命を燃やす。」

 

私にしかできないことって何だろう。聞いてもカリナは絶対にこたえてくれなかった。

 

守護天使になったからと言って私にしかできないことが見つかった気配もない。

 

このままウォルロ村を守っていけば見つかるのかな。

天使として生きていくだけでそんな大層なもの見つかるのかな。

 

(わからないな)

 

とりあえずこの言葉で思考を切ることにした。まずはオムイ様への報告が先だ。

私は2階に続く階段に足をかける。

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