かつて呼ばれていた名は   作:なめこしいたけ

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セントシュタイン5

「…金銭のトラブルの最中のように見えますが」

 

「この前からずっとああなのよ。あそこに声をかける機会をずっとうかがってるんだけどね」

 

モッチィがため息をつく。なるほど、とマミが答え、数秒黙り込んでから口を開く。

 

「モッチィさんはここにいてください。少し話をしてきます」

 

「ええ……え?」

 

マミはちょっと、というモッチィの制止を他所に、もめている男性と金髪の子の机に歩み寄る。

 

金銭関係は早めに対処しなければ後々面倒になる。どっちが悪いのか、当人同士では解決が難しいようなら、守護天使の出番だ。感情的になってはいけない、とマミは師匠の言葉を思い出す。

 

「こんにちは。何をそんなにもめているのですか」

 

「あ?」

 

声をかけると二人の視線が一斉にマミに注がれた。茶髪の男のほうが心底面倒くさそうにマミのほうをにらむ。お前には関係ないだろ、という男の発言を遮るようにして金髪の子がマミの袖口をつかんで話し始める。

 

「ね、ね、ひどいとおもわない!?こんなに小さな子がおなか減らして困ってるのに、このおにーさん、けちくさくておごってくんないんだよ!!」

 

「お、まえ!一週間前に面倒見てやってからずっとそれじゃねえか!こっちだって最近ここに来たばっかで、お前を養う余裕なんかねえんだよ!」

 

男の方も負けじと言い返す。主張に嘘はないようだ。状況を少しでも把握しようとマミはしがみ付く金髪の子に問いかける。

 

「あなたは、お金を持っていないのですか」

 

「もちろん!」

 

「自慢気に言うことじゃねえっつの。どこのだれかは知らねえがよ、揉めてんの解決したいんなら、こいつ連れてってくれよ。」

 

ため息交じりに男性が金髪の子を指さす。金髪の子の方はひどい、と言いつつもマミの袖口をつかんで離さない。案外まんざらでもないのだろうか、それならこの子を引き取ってしまった方が万事解決なのではないか。そこまでマミの思考が進んだ時モッチィがマミの肩をぽん、とたたいた。

 

「いつか彼らに接触しようとは思ってたけど、こんな形になるとは思わなかったわ。マミ、あなた真面目なのはいいと思うけど人様の事情にすぐ首突っ込むのはあまり感心しないわね。それに、そうぽんぽんとたかられてちゃ、この先やっていけないわよ?」

 

「今日はずいぶんと賑やかだな、俺は早くこんなところ立ち去ってしまいたいんだが。今度は何の用だよ」

 

眉根を寄せて、不機嫌さを増した男が皮肉めいた口調で銀髪の女性を見る。モッチィはそうね、とだけ返してマミに引っ付いている金髪の子を引きはがした。彼らを椅子に座らせ、懐から一枚の紙を取り出し机にのせる。

 

「お金がないんでしょ?あんたたち。それならいい案件があるのよ、と思って」

 

紙には黒い甲冑を身に纏った騎士のような人物が描かれている。マミは広げられた紙を覗き込む。その場にいる全員がモッチィの言葉に乗せられるようにして紙を見ていた。

 

『我が国に 黒き鎧を身につけた 正体不明の騎士 あらわる。 騎士を討たんとする 勇敢な若者 我が城に来たれ。 素性は問わぬ。―セントシュタイン国王』

 

「あんたたち、一週間前からこの国にいるなら知らないんじゃない?大地震が起きてから数日経って、この国を一人で襲った黒騎士の話。」

 

黒騎士。聞きなれない単語が飛に、マミは頭を押さえる。話しぶりから察するに魔物ではないのだろう。モッチィは興味を持ったらしい3人を満足げに眺めながら、話の続きを待つ残り二人の方へ向けて話を続ける。

 

「この国に全身真っ黒の黒騎士がやってきたのよ。結構武装していたみたいだったから国王様もすぐに兵士を手配したんだけど、それが結構やり手でね。隊は半壊。戦えるものはだいぶ痛手を負ったらしいの。」

 

「…その話か。俺も少しだけ耳にしたな。そんだけの被害を出した黒騎士が、結局一人も殺してない、とか。黒騎士の求めたモノのが王様を悩ませている、とか」

 

「そう。黒騎士は誰も殺してない。だけどある約束だけしていなくなったのよ。」

 

モッチィが勿体ぶるように間をおいて指を立てる。じれったくなったのであろう金髪の子が椅子から身を乗り出すようにして「それは?」と問いかける。話の続きを急かす子供のように無邪気な姿だった。

 

「この国のお姫様、よ。フィオーネ姫。姫を渡さなければこの国に安心はもたらせない。だけど姫を渡すわけにはいかない。だから王様は苦肉の策に出たのね。それが、今私が出した張り紙の募集ってわけ。」

 

一同がつられるように紙を覗き込む。

 

「なるほど、それで黒騎士をやっつけようと。この国の兵士でも歯が立たない相手でも誰かどうにかしてくれるだろうってか。」

 

話にならねえな。男はそう言ってかぶりを振るとやれやれとため息をついて席を立とうとする。

 

「つまりは、誰かどうにかしてくれってことだろ?虫が良すぎるぜ。」

 

「そう言ってられるのも今の内よ。」

 

モッチィが男性の顔のすぐ前に紙をぐいと近づける。

 

「素性は問わぬ、なのよ?誰でもいいの。それくらいこの国は切羽詰まってるってこと。解決さえしてくれればそれでいいの。解決さえしてくれれば、この国はなんだって許してくれるはずなのよ。」

 

男がそういうことかよ、と苦虫をつぶしたような顔をする。どゆこと?どゆこと?と金髪の子がモッチィに繰り返し尋ねる。マミのほうもモッチィの意図するところがつかめず怪訝な表情を浮かべていた。一人理解しているらしき男性が答えを述べようと自分が立った席に着く。

 

「つまり、この案件を解決すれば、俺たちはこの国からたくさんの報酬をせびることができるはずだってことだよ。…やなやつだな、お前。」

 

「それはどうも。それで?お金がない皆さん。このお金稼ぎに参加してくださる?」

 

モッチィがテーブルに座る三人の方を見回す。誰も何も言わないが、席を立つ者はいなかった。

 

「それじゃ、決まりね。」

 


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