「時間通り来れないやつはどこのどいつだよ」
予想はしてたがな、とハイローズが杖を地に叩く。赤く鈍く光る球が埋め込まれた木の杖がコンコンと響く音を立てる。そう遅くない朝だ。人通りも少なく、音がよく響く。
「置いて、行きますか?」
まっすぐ城門まで伸びた道を眺めながらマミが呟く。
「待ちましょう。お金も返してもらってないし、とんずらだけはこかせないわ」
三人は時刻通りに現れないレイのことを待っていた。
***
「いやー、ごめんって!」
悪びれるようすもなく笑う少年をしんがりに四人は案内をする兵について城内を歩く。メイドが朝食の片づけをしているのだろう、奥からは食器の音がカチャカチャと響く。
「訓練している兵が少ないように思えますが」
きょろきょろとあたりを見回していたマミが兵に尋ねる。食器の音がするのに、武器の打ち合う音が耳に届かない。ここまで音の響きやすい城内なら、ある程度は聞こえるはずなのに。
よくわかりましたね、と返す兵が立ち止まり通路の先にある階段を指さした。
「この前の黒騎士の襲撃でだいぶやられてしまった兵が多いんですよ。彼らの手当てや武器の手入れで兵自体の数も足りていなくて…」
「それなら、俺らが黒騎士退治に行くっつっても援軍はほとんど見込めないってことか」
ハイローズの言葉に兵が渋い顔をして頷く。
「そうですね、そもそも国王様のご方針でこれ以上の兵隊の派遣をなさらないそうなので。…それではこの階段を昇れば国王様のいらっしゃる玉座の間でございます。旅の皆様方の黒騎士退治のご健闘を祈ります。」
兵が階段の下で頭を下げるや否や城内に怒声が轟いた。
「フィオーネよ!何度言えばわかる!!!あのものに会いに行こうなど、このワシが許せる訳なかろう!」
城の者全てが凍り付くように息をひそめ、その先をうかがっている。随分とご立腹だな。ハイローズがため息をつく。怖いけど、行くの?とレイがきゅ、とマミの服の裾をつかむ。普段通りの冷静さを崩すことなくモッチィが階段を上る。マミがその背に続く。
「黒騎士との約束まで日もないのでしょう、日を改める時間はありませんよ」
「いいわね、その意気よマミ。まあ交渉は任せなさい。適材適所ってやつよ。私、こういうのは得意なの。」
城全体から唾をのむような音が聞こえた気がした。玉座の間からはさらに口論が飛んでくる。
「黒騎士の目的はこの私です!私が赴けば…」
「誰があんな不気味な男に娘を差し出すか!!!!」
ぱちぱちぱちぱち…
「素晴らしいですわ、さすが国王様です。どの御父上でもご自分の娘を差し出すわけにはいきませんものね。」
わざとらしく大きな音をたて拍手をし、モッチィが玉座の間に姿を現す。
「…客人か、見苦しいところを見せたな」
王が玉座に深く腰を下ろす。側に控えているのは先ほど口論をしていた姫だろう。水色のドレスがよく似合っている。優しそうな双眸はわずかに潤んでいるようにも見える。客人がいたことに気づき少し顔を赤らめているが、毅然とした態度は崩さない。
「……めっちゃかわいい」
「口を慎め、バカ」
思わずといった体でレイが漏らした言葉をハイローズが諫める。
「そんなことより、ありゃなんだ、マミ」
ハイローズが冷や汗をかきながら指をさすのは今まで見たことのないほどににこやかな微笑みを見せるモッチィの姿だった。
「知りませんよ、私もモッチィさんと知り合ったのは昨日のことですから。」
「営業スマイルってやつかよ、末恐ろしい女だな、オイ」
彼女は身に纏うローブの裾をつかみ丁寧にお辞儀をする。所作は流れるように綺麗だった。先ほどまでのくちを一文字に結んで醸し出していた神秘的な様子は微塵も感じさせない。そこにいるのは人当たりの良く裏を感じさせない快活な女性だった。
「見苦しいだなんてとんでもないです。その、聞いてしまったのですけれども、黒騎士の件でお困りではありませんか?」
「!まさか、おぬしら広場の告知を見てきたのか!」
「ええ、そうでございます。黒騎士退治にお力添えできるかと思いやってまいりました。お話は伺っております。」
「おお、それなら話も早い!そなたらにはこのフィオーネ姫を狙う黒騎士を退治してもらいたいのじゃ」
「お父様!!見ず知らずの旅の方々にそんな…」
遠慮がちに言うフィオーネの言葉は勢いづいた国王の言葉に遮られる。
「馬鹿者、みすみす愛娘を取引の材にできるものか!…して、そなたら、名前は何という。成功した暁には褒美を出そう。」
「私はモッチィと言います。こちらは左から順にマミ、ハイローズ、レイと申します。全員若いですが腕は立ちます。必ずやご期待に添えることでしょう」
国王が告げられた名前を繰り返すと満足げに頷き立ち上がる。
「よろしい、黒騎士は三日後の満月の夜この城より北にある湖、エラフィタ湖にフィオーネ姫を連れてくるように申してきた。そなたらにはそこに赴いてもらい、黒騎士が本当に現れるかどうか見てきてほしい。」
そして、と国王が続ける。もし黒騎士が城を襲撃せずに湖に現れたときにはそのまま黒騎士を殺してしまって構わない、と。
「こっ」
口を挟もうとしたマミの口をハイローズの手が咄嗟に塞ぐ。黙ってなさい、と振り返ったモッチィの目がマミを射抜く。
(殺すって、人間でしょう!?ただ国を襲撃し、誰も殺してはいない人間をそんな簡単に殺していいはずがないじゃないですか。姫を所望することが死と同等とだとでも…)
「かしこまりました。三日後の夜ですね。それでは直ちに出発しましょう。実際に黒騎士を討伐できた暁には、報酬の方も…」
「勿論、はずもう」
モッチィがにこりと紫の目を細めて頭を下げる。踵を返しさっさと帰るわよ、と言わんばかりの表情で後ろに控えていた三人に手で合図を送る。
「…さま……んか」
「?」
姫がことばをこぼす。四人が振り向いた瞬間
「私の気持ちなんかちっとも知ろうとしないで!!お父様のわからずや!!!」
涙を流し走る姫が横を通り過ぎた。